「えっと......あの......その......よろしくお願いします......」
「あぁ、こちらこそよろしく頼む。早速だが、指揮官について何か話せることがあったら聞かせてくれないだろうか。私が着任するよりも前の事を話してくれると助かる」
どちらかと言えばお願いするのはこちらの方である、というツッコミはさておき、エンタープライズは早速大講堂に到着したノーフォークに話をするよう促した。
「エンタープライズさんが着任する前の話、ですか......分かりました、ノーフォーク......が、がんばります......」
会議室にいるメンバーは「こんなにオドオドしていて話ができるのだろうか」と心配していたが、ノーフォークは自分の指揮官との記憶を掘り起こし、ポツリポツリと話し始めた。
ノーフォークは指揮官の初めての建造で着任した艦船少女である。その時既に着任していたのはロング・アイランドとジャベリン、ハムマンだけで、彼女は早速第一艦隊の前衛艦隊に編成された。その後、海域を攻略してクレセントとレパルスが着任するが、艦隊内の重巡洋艦はノーフォークただ一人であり、指揮官は彼女に対して艦隊唯一の巡洋艦として期待を寄せていたのだが......
ノーフォークには、ある悩みがあった。
コンコンと執務室の扉が叩かれると、扉の向こう側からか細い声が聞こえてくる。
「ノ、ノーフォークです......失礼します......」
「あぁ。入ってくれ」
ノーフォークが執務室に来るのは着任の挨拶に来た時以来であり、彼女は目に涙を浮かべながら非常に緊張していた。というのも、今回彼女が執務室に来たのは他でもない指揮官からの呼び出しを受けたからである。この時のノーフォークは「指揮官に怒られる」と思っており、気が弱い彼女からすれば目が潤む程緊張するのは無理もないことだった。
「そこに座ってもらえるだろうか」
「は、はい。失礼します......」
ノーフォークは指揮官の顔色を何度も伺いながら、ゆっくりと、慎重に腰を下ろす。
「まず、先日も海域へ出撃してもらったばかりなのに急に呼び出して済まない。君のことで話をしたかった」
「わ、私......何か悪いことしましたか......?」
「悪い、という言い方は出来るかもしれないが......君にとってあまり良くないことには違いない」
ノーフォークは胸の辺りがキュウッと引き締まるのを感じて、思わず両手でそこを抑える。
「指揮官......あの、ごめんなさい......」
「ーーーーー私はまだ何も言っていないぞ」
彼女は『自分が何か悪いことをしてしまった』と感じたら反射的に謝る癖が付いていたが、指揮官はそのことについて触れるのは今ではないと考え、話を続ける。
「話を戻そう。君のスキルについてだ」
ノーフォークのスキル『正面装甲』は敵からの攻撃を受けると発動し、前衛艦隊の前方に敵弾を防ぐシールドを1枚展開するというものである。現在マドラス基地の艦船少女でシールドを展開するスキルを持っているのはノーフォークだけであり、指揮官は彼女の耐久力とそのスキルによる前衛艦隊の継戦能力の上昇を期待していたのだが、そこにはある問題があった。
「率直に言えば、君は自身のスキルを満足に使いこなせていない。心当たりがあるだろう」
「はい、その通りです......」
指揮官の言う通り、ノーフォークはスキル『正面装甲』を自分の意思で発動することができていない。戦場で敵からの攻撃を受けた時にたまたま発動することはあるが、激しい攻撃を受けたここぞという時に自発的にシールドを展開することができないのだ。彼女が戦術教室で自身のスキルについて勉強をし始めてから暫く経つが、シールドそのものの耐久力は上がっているにも関わらず、それを自分の意思で出せていない。このことは、指揮官だけでなくノーフォーク自身も気にしていたことだった。
「戦術教室での勉強の成果として、シールドの耐久力が上昇している傾向は見られるが.....」
彼女は前述の指揮官の考えにより、敵からの被弾が最も多い前衛艦隊の一番前に配置されている。しかし、彼女が今後もスキルを自分の意思で発動できなければ、前衛艦隊の編成について再考しなければならない。指揮官がノーフォークに関する資料に目を通していると、彼女は急に立ち上がって頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 私......砲撃も魚雷の発射も苦手なのに、シールドも出せないなんて......役立たず、ですよね......」
「......」
ノーフォークは頭を下げたままでいるが、指揮官が何も言わないことが怖くてそのまま動けないでいる。しかし、十数秒程続いた沈黙は指揮官によって破られた。
「ノーフォーク、どうか頭を上げて欲しい。私は君をスキルのことで怒ってなどいないよ」
「ーーーえ?」
「そんなことより私が余程怒っているのはーーー君が自分を『役立たず』と言ったことだ」
ノーフォークは指揮官に対して「常に表情を崩さないしっかりとしたまじめな人」という印象を持っていたが、持ち前の気の弱さに起因する他人への察しの良さで、自分の目の前にいる人物が「怒っている」ことに気付く。
「全ての艦船少女達一人一人に役割があり、個性があり、信念がある。艦隊において、役に立たない艦船少女など一人としていない。ーーー私がそのような艦隊にしてみせる」
指揮官はノーフォークの瞳を真っ直ぐ見つめながら言葉を続ける。
「誰にもーーー例えその子自身にも、絶対に『役立たず』などとは言わせない」
指揮官はそう言うと椅子から立ち上がり、執務室の扉の方へと向かう。
「今から君には先程の発言を撤回してもらう。30分後に、艤装を展開した上で体育館に待機しておくように」
「......え? 体育館......? 艤装......? あ、あの、しきかーん!」
指揮官はそのまま執務室を後にし、そこには怒った指揮官を初めて見て半ば放心状態になっているノーフォークだけが取り残された。
30分後、ノーフォークは指揮官に言い渡されたように艤装を展開して体育館で待機していた。
(どうして体育館に......それも艤装を展開して......)
少しすると、体育館の扉の方から声が聞こえてきた。
「待たせてしまったかな。それでは始めようか」
声の主は指揮官だった。彼の姿は普段身につけている軍服ではなくスポーツウェアのようなものであり、その手の中には数個のバレーボールくらいの大きさのボールが抱えられている。
「あの......指揮官、これから何をするんですか......? わっ」
指揮官を不安そうに見つめるノーフォークに対して、彼はボールを1つ彼女へ放り投げて言った。
「特訓だ。これから、シールドを展開する練習を始める」
「えぇ!? 指揮官が私と......ですか?」
「そうだ。なんせ、私が発案者だからな。最後まで付き合うのが筋だろう」
「そ、そうですか......」
なんと、指揮官はノーフォークがシールドを自分の意思で展開できるようになる為に、この体育館で練習をしようと言うのだ。それも、自分も一緒に。彼女は指揮官の考えにひどく困惑したが、彼が先程執務室で自分に言った言葉を思い出して、指揮官が自分の為に何かしてくれているのだと考え、申し訳なさが半分嬉しさが半分といった気持ちだった。
「少し資料を探して、君のスキルに関して調べた」
「現在、君のようなスキルを有している艦船少女は複数隻確認されている。それらは全て複数枚の回転するシールドを生成するものだが、君のそれは1枚の固定シールドを前面に展開するものだ」
「うぅ......私だけ1枚しか出せないんですね......」
ノーフォークは自分だけがシールドを1枚しか生成できない事を知って落ち込むが、指揮官は話を続ける。
「だが利点もある。先程言ったように、君以外の艦のスキルは『回転する』シールドを展開するのに対して、君のシールドは『前面に固定』して展開される」
ノーフォークは指揮官の言葉の意味を計りかねているようで、首を傾げる。指揮官はその様子を見てさらに詳しく説明する。
「つまり、回転する複数枚のシールドはその性質故に、必ず一瞬だけ正面にシールドとシールドの『隙間』ができてしまう。しかし、君のシールドは1枚だが常に前面にあって移動しない」
「あっ......」
「あらゆる方向からの攻撃を防ぐのであれば他の艦に軍配が上がるが、正面の防御に関しては君のスキルの方が適している」
「で、でも、やっぱりシールドはたくさんあった方がたくさん攻撃を防げるんじゃないでしょうか......」
「君の言う通りだ。だが、君のスキルと他の艦のスキルで決定的に異なる点がもう一つある」
「えっ...?」
指揮官は2個目のボールをノーフォークに投げ渡す。
「発動条件だ。他の艦のシールドは戦闘開始後からおよそ数十秒毎に発動するものだが、君のそれは『攻撃を受けた』際に発動する。つまり、やろうと思えばシールドが消えて被弾した瞬間、すぐに次のシールドを展開することが可能なんだ」
「これは、シールドを決まったタイミングでしか発動できないスキルと比べて、敵の攻撃が激しくなるタイミングでシールドを展開することに適していると言える」
「私の......シールドを......」
指揮官は、彼女にしかないシールドの展開方法と発動方法に目をつけていたのだった。
「君は他のシールド系スキルと比べて自身のスキルに引け目を感じているかもしれないが、その実、他のシールド系スキルとは全く異なった魅力を持っている」
「自信を持て。私は君の、そんなオンリーワンの力を信じている」
「ーーーで、でも、私はシールドを......」
「あぁ、自発的に展開することができない。だから、それを克服する為にこれを使う」
指揮官は手に持っているボールを掲げる。ノーフォークは自分が持っているボールに目を落とす。
「えっと、ボールを使ってどんな風に練習するんですか......?」
「それは、ウォーミングアップをしながら話そう。ボールを床に置いて、まずはキャッチボールだ」
「は、はい」
ノーフォークは指揮官の言う通り、持っていた2個のボールを少し離れた場所に置き、指揮官とキャッチボールを始めた。勿論、艤装を展開した状態で。
「繰り返すようだが、君のスキルは被弾時に発動する。言い換えれば、被弾しなければ発動することができない」
「君の他にも、攻撃された時にスキルを発動する艦がいるそうだ。彼女達は攻撃されることによって防衛本能が高まり、それによってスキルを発動するとされている。つまり、君も防衛本能の高まりでスキルを発動している可能性が高い」
「防衛本能の高まり......ですか?」
ノーフォークはいまいち理解できないようで、困った顔をしながらキャッチボールを続ける。
「つまり、こういうこと......だッ」
すると、指揮官はそれまでノーフォークに投げていた山なりの遅いボールではなく、予告なしに速い直球を投げる。
「えっ!?」
ノーフォークは予想外の出来事に思わず顔を手で覆う。しかし、指揮官の投げたボールはノーフォークの顔の横を通り過ぎた。
ノーフォークは艤装を展開しているので動体視力が上がっており、飛んでくるボールを目で追うことはできていたが、それでも突然のことに驚いて防御姿勢を取らざるを得なかった。
「驚かせてしまってすまない。しかし、私が言っているのはそれだ。『敵の攻撃に当たりたくない』『痛い』『怖い』といった、生き物なら誰もが持っている、自分を守ろうとする本能だ。それの高まりがスキルの発動に繋がる」
「ほ、ほんとうですか......?」
ノーフォークは未だに驚きが冷め止まないのか、両腕で顔を隠す防御姿勢をとっている。
「確固たる根拠がある訳ではないが、実は君にもその傾向が見られている」
「私に...?」
「あぁ。君の出撃記録から、シールドを展開できた状況をまとめてみた。すると、多少練度の低い敵艦隊やこちらから先手を取っている場合よりも、急に敵艦隊からの先制攻撃を受けたり敵主力艦隊のような練度の高い敵と戦う時の方がシールドを展開できている」
「それって......」
「そう。それらは今みたいに、防衛本能が強くなっている時だと考えられる」
「こんな言い方はあまり良くないが......気が弱い君だからこそ、戦場では防衛本能をより引き出せるのかもしれない」
「う、うぅ......」
ノーフォークは反論できない自分が惨めだったが、指揮官の言ったことに自分でも心当たりがあったので、彼の練習を信じてみることにした。
「ボールをキャッチした衝撃を敵の砲撃による被弾に見立てて、シールドを展開できるようにする。これが私の作戦だ」
「えっと、ボールをキャッチするような弱い衝撃で、シールドを展開できるんですか......?」
「それは分からない」
「えっ」
指揮官のまさかの返答にノーフォークは目を丸くする。
「だが、ボールをキャッチする程度の弱い衝撃でもシールドを展開できるようになれば、実際の戦場ではどんな攻撃でもシールドを展開できる筈だ。要するに、大切なのは感覚を掴むことだ」
「は、はぁ......」
この指揮官は確かにしっかり者である。しかし、偶に天然な部分を見せることがあったのだが、今がまさにそれだった。
「今の君は艤装を展開しているから、ちょっとやそっとの衝撃ではなんともないだろう。だから、私もそれなりのボールを投げるようにする。準備はいいか、ノーフォーク」
「はい! ノーフォーク......が、がんばります!」
こうして、ノーフォークと指揮官の特訓が始まったのであった。