ある日の昼下がりのマドラス基地。そこには、食堂から学園中央の噴水に向けて歩いている2人の少女の姿があった。
「ねぇねぇクレセントちゃん」
「なによ?」
少女は自分の後ろを歩くジャベリンに声をかけられ、お気に入りのピンクのリボンをひらりとなびかせて振り向く。ジャベリンが口にした通り、彼女の名前はクレセントという。ロング・アイランド、ジャベリン、ハムマン、ノーフォークに次いで、5番目にこのマドラス基地に着任したロイヤルのCクラスの駆逐艦だ。
「指揮官のウワサ、って知ってる?」
「指揮官の噂...? さぁ、聞いたことないけど......」
ここ、マドラス基地では艦隊発足から数週間が経過しようとしていた。クレセントとジャベリンは同じロイヤルの駆逐艦ということでなにかと顔を合わせて話すことが多く、今日もこうして、寮舎へ向かいながら何とは無しに会話している。だが、今日の会話の内容はいつものそれと少しばかり異なっていた。
「最近ね、指揮官とノーフォークさんが2人きりで秘密の特訓をしているそうなの!」
「ひ、秘密の特訓!?」
瞬間、クレセントは目を丸くして足を止めた。ジャベリンはクレセントが自分の話に興味を持ってくれたことを確信し、嬉々とした表情を浮かべて話を続ける。
「ハムマンちゃんの話だと、この前ノーフォークさんが執務室に呼ばれて、指揮官と2人きりでお話ししてたんだって! その日から2人でなにかしてるらしいの!」
「へ、へぇ~.......」
(艦隊が発足したばかりだってのに、指揮官はもうあんなコトやこんなコトをしてるっていうの!? しかも、ノーフォークさんにつけ込んでなんて...!!)
クレセントは平静を装っているが、心の中は絶賛エマージェンシー。『秘密の特訓』という言葉に対してありとあらゆる警報が作動し、あることないこと妄想がポンポンと湧き出ては消え、消えては湧き出ていたーーーーーのだが、当然、それは彼女の誤解である。クレセントにはどこか大人ぶりたがる癖があり、それは戦闘時や日常を問わない。現に今もクレセントは腰に手を当て、『大人の余裕オーラ』を出そうと努めている。そんな彼女の性格が災いし、ジャベリンの言葉に対して余計な意味を含めて捉えてしまっていた。
「ジャベリン、と~っても気になるの! クレセントちゃんも気にならない?」
「ま、まぁ、気にならないこともないけど...大人なら当然のコトだし......」
相変わらず余裕ぶった態度をとろうとしているが、360°どこから見渡しても「興味津々です」と言っているのがひしひしと伝わってくる。
「え? 2人で内緒の練習をするのは、大人にとって当然のことなの...?」
「な、なんちゃあないっ!! とにかく、行ってみるわよ!!」
「あ、クレセントちゃん! 待ってよ~!!」
そうして、ジャベリンは足早に学園へ向かうクレセントに、急いで付いていくのだった。
クレセントはペースを落とすことなく歩みを進めていたが肝心の場所が分からないことに気づき、はたと足を止めた。クレセントのすぐ後ろを付けていたジャベリンが「ふぎゃっ」と言って彼女にぶつかってしまったのはご愛嬌。
「で、その秘密の特訓ってのはどこでやってるのよ」
「それがね、ハムマンちゃんもロング・アイランドちゃんも知らないんだって」
「まぁ、秘密の特訓って言うくらいだから当然よね」
「でも、何かの練習をするならきっと体育館だと思うの! さっき執務室の前を通ったら指揮官はいなかったから、きっと今の時間も秘密の特訓を...」
「なるほど、体育館ね......よし、行ってみましょ」
クレセントはジャベリンが的を射た予想を立てたことが先を行かれたようで少し不満だったが、気を取り直して体育館へ向かう。そうして足を進め体育館の入り口に近づいた頃、そこからは物音が聞こえてくるではないか。どうやらジャベリンの予想は正しかったらしい。クレセントはジャベリンに人差し指を口に当てて見せ、ゆっくりと体育館へ近づいていった。
「・・・・・・・け・・る・・・」
「・・・・い・・・で・・・・・・・」
次第に中にいる人物の声が聞こえるようになり、クレセント達はさらに歩みを進める。そして、中からこちらが見えないように、2人は扉の脇に隠れた。耳を澄ましてみると、先ほどよりもはっきりと会話の内容が聞こえてきた。
「ハァ...... ノーフォーク、まだいけるか?」
「私は大丈夫ですけど、指揮官は......」
「少し体がなまっていたかな......なに、私なら心配いらない」
「そ、そうですか...」
クレセントとジャベリンは仲良く頭を上下に並べて、扉からちらっと顔を覗かせる。どうやら指揮官とノーフォークの秘密の特訓はこの場所で行われているようだ。クレセントの位置からは指揮官の姿しか見えないが、彼の首筋には汗がつたっており、それを見た彼女はドキリとして思わず顔を引っ込めた。
「クレセントちゃん、ウワサは本当だったみたいだね...!」
ジャベリンは小声でキャ~~~!と叫び、興奮してクレセントの制服の袖を引っ張る。一方のクレセントは初めて見る指揮官の軍服以外の恰好と彼の状態のせいで、心が落ち着かない。
「やはり艦船少女は凄まじいな...あれだけ体を動かしても汗一つかかないとは」
「そ、そんな...私はただ受け止めているだけですから......」
(受け止める...?)
と、ここで再びクレセントの悪い癖が発動してしまう。2人の会話にはなんらやましい要素は無いが、一度スイッチが入ってしまえばクレセントの脳内はクリームパイのようなあまーい思考で埋め尽くされて、壊れた翻訳機能が勝手に作動してしまう。
「どうやら、私の方がくらいつく程必死になって、やっと対等になるようだ」
(く、喰らいつく......? 指揮官が汗をかいてるのって......)
「でも、指揮官...これ以上無理をしたら......」
「心配ないと言っただろう。君がその域に達するのはまだ先だとしても、私は必ず君と一緒にやり遂げよう」
(達する...!? やり遂げる!?!? あ、あわわわわわわわ)
「わぁ~~~ 指揮官とノーフォークさん、なんだかすごく一生懸命に話してるね、クレセントちゃん......クレセントちゃん?」
ジャベリンがクレセントの異変に気付いたが、時既に遅し。
「な、なな、なにハレンチなことしてるのよ! このケダモノー!!」
クレセントの絶叫はそこが体育館ということもあってか、それはそれはよく響いたのだそうだ。
「なるほどぉ...それで、指揮官とノーフォークさんはここで特訓してたんですね」
「はい...きちんと説明していなくて、ごめんなさい......」
「提案したのは私だ。説明不足に非があるなら、責められるのは私だろう。すまなかった」
「...........................」ムスー
「ほら、クレセントちゃん! 壁に鼠を書いてないで、こっちに来てよー! 指揮官もああ言ってるんだし......」
「............................」
クレセントは先程の自分の失態が相当応えたのか、完全にいじけモードになってぐすんと鼻をすすっている。言ってしまえば彼女の自業自得だが、現在のクレセントは、体よりも先に心が大きくなろうとしている繊細な時期の真っ只中にいるのである。
「ーーーーークレセント」
指揮官はそんな彼女の姿を見かねて、声をかけた。
「ーーーなによ」
「私が君達にノーフォークとの訓練を説明していなかったことを謝らせてほしい。すまなかった」
「それはさっきも聞いたわよ...」
「が、それを差し引いてもーーー先程の君の言葉を不問に付すには、少しばかり失態の度合いが大きい」
「し、指揮官! クレセントちゃんも悪気があったんじゃ......」
指揮官はクレセントをかばおうとしたノーフォークを片手で制する。
「そこでクレセント、私はこの艦隊のーーー君の指揮官として、然るべき罰を与えよう」
「......っ」
クレセントの肩がわずかに震える。ノーフォークとジャベリンは、指揮官とクレセントを見守ることしかできない。
「ーーークレセント。本日よりノーフォークのシールド展開訓練に参加し、彼女のスキルの習熟に尽力せよ。艤装展開の上、至急訓練に参加されたし」
「指揮官......」
気づけばクレセントは立ち上がり、指揮官の方へ向き直っている。
「この訓練の成功をもって弁明とする。早急に準備に取り掛かり、15分後にこの場に戻って来い。以上だ」
クレセントは指揮官の言葉を聞くや否や、勢いよく体育館を飛び出していく。その姿を見送ったノーフォークはヘナヘナと膝から崩れ落ちて床に座り込んだ。
「はぁ、き、緊張しました...指揮官、心臓に悪いですよ......」
「ホントそうですよ! クレセントちゃんが怒られるんじゃないかと思って、ずっとハラハラしっぱなしでしたよ!!」
ジャベリンはがーっと指揮官に詰め寄るが、当の本人はけろっとしている。
「言葉で謝るよりも行動で示す方が彼女には適していると思っただけだ」
「ーーーそうだ! 指揮官、ジャベリンも一肌脱ぎますよ!!」
ジャベリンは力こぶをつくるように右腕を曲げて意気込むが......
「いや、脱いで貰う肌は間に合ってる」
「えぇ!? そんなぁ~~~!!」
ジャベリンは指揮官に縋り付こうと彼に突撃するが、頭をがっちりと掴まれ、それ以上彼に近づけない。
「ーーー冗談だ。彼女の力になってやってくれ」
「ですよね、そうですよね! 指揮官ならきっとジャベリンにそう言ってくれると思ってました!! クレセントちゃんと一緒にすぐ戻ってきますからね!!」
ジャベリンはそう言うと、先程のクレセントに負けない勢いで外に向かって突撃していった。
「あ、あの...指揮官」
「なにかな」
ノーフォークは2人の駆逐艦達を見送ると、再び立ち上がって指揮官の傍へ行く。
「私、がんばります! きっと、スキルを使いこなしてみせます!!」
「あぁ。何しろ、心強い仲間が2人も加わるんだ。あとは君の強い気持ちさえあれば、きっとできる」
指揮官が見下ろす彼女の目は、執務室で自らを卑下した時のものとは全く異なっている。今のノーフォークは、自分のために頑張るのではない。みんなのために......指揮官と、この艦隊の仲間達のために頑張ろうとしていた。
また別の日の昼下がり。食堂には2人の少女の姿があった。だが、いつの日かのそれとは異なり、2人のうち一方は巡洋戦艦である。
「ねぇハムマン。最近、ノーフォークだけじゃなくてクレセントとジャベリンも見ないんだけど...なにか知らない?」
「ふん。どうせ、あの2人も指揮官と一緒に仲良く遊んでるのよ」
レナウン級巡洋戦艦のレパルスは、テーブルを挟んで向かいに座っているシムス級の駆逐艦、ハムマンに声をかけるが、その返答は素っ気ないものだった。
「なーんか、最近お昼の時間が寂しくなっちゃったよねー」
これまでは昼時になると食堂には4人の艦船少女が集まっていたのだが、近頃、クレセントとジャベリンはお昼ご飯を食べ終わった後、2人ともどこかへ急いで向かってしまう。この艦隊には他にもロング・アイランドという空母がいるのだが、彼女は元々あまり学園に姿を見せない。任務が無い日は、日がな一日、自室で過ごすことが多いようだ。
「っていうかハムマン、『あの2人も仲良く遊んでる』って言った?」
「? そうだけど...」
レパルスは、はて、と首をかしげる。
「この前、私に指揮官とノーフォークのことを教えてくれた時は『何をしてるかわからない、興味はない』みたいなこと言ってなかったっけ? 今のじゃまるで、2人が何をしてるのか知ってるような...」
「ーーー!」
ハムマンはレパルスの言葉に対してケモミミをビクッと振るわせた後、慌てて立ち上がりテーブルに身を乗り出した。
「ハムマンはアイツが練習って言ってどうせ遊んでるだけだと思って言っただけで! 何をしてるのか気になったとかそんなことはないんだから!!」
「あー...はいはい」
「な、なんなのだその言い方は!」
「わかった! わかったから落ち着きなよ」
レパルスがハムマンを落ち着かせると、彼女は元のように椅子に腰掛け、腕組みをする。
「からかってごめんね! このとーり!!」
レパルスは両手を合わせて頭を下げる。ハムマンはそんなレパルスの姿を見て「ふん!」とそっぽを向いてしまうが、どうやら許してくれるようだ。
「で、私もその特訓? ってやつを見てみたいんだけど、ハムマンも一緒に行かない?」
「ハムマンは別に興味ないし...」
「んー困ったなぁ。私、指揮官達がどこで特訓してるのかわからないし、誰かに付いてきてもらえると助かるんだけど......」
レパルスはわざとらしく顎に手をあて、横目でチラッとハムマンを見る。
「わ、わかったわよ! ハムマンも一緒に付いて行くぞ」
レパルスは心の中で「やれやれ...」と呟く。ハムマンは自分の気持ちを素直に表現することが苦手だが、こちらがそれを理解してあげれば彼女ともうまくやっていける。レパルスは今それをやってみせたのだ。
「ありがとーハムマン! よーし、そうと決まれば Let's go!」
「ちょ、ハムマンを置いて行くなー!!」
「ーーーふっ!」
助走をつけたクレセントから、一直線にボールが飛んでいく。ボールはそのまま・・・
「ーーーっ」
バシンと音をたてて、ノーフォークの両腕の中に吸い込まれた。
「ノーフォークさん! ジャベリン、投げますよー!」
「はい、お願いします!」
ジャベリンもまた、たたっと数歩助走をつけて、ボールを投げる。
「ーーっ」バシン
指揮官は腰を降ろして、3人を眺めている。クレセントとジャベリンが訓練に参加したばかりの頃は指揮官も一緒になってボールを投げていたのだがーーー残念なことに、指揮官の力は艤装を展開した駆逐艦には及ばなかった。
「ーーーーー」
指揮官とて、大の大人である。運動神経や体格は決して悪くなく、ボールを勢いよく投げるコツもやっと掴んできたところだったが、その努力はクレセントとジャベリンの登場であっさりと水の泡になった。艤装を展開した2人はさながらバレーボールマシンのようであり、汗一つかくことなくズバンズバンと勢いの良いボールを投げ込んでく。指揮官も2人に混ざってボールを投げてはいるが、足手まとい......とは言わないまでも、他の2人の少女に遅れをとっているのは誰の目から見ても明らかである。ーーーーーのちに指揮官は、この出来事が割と心に刺さったことをぽろっと吐露する。
「ふむ......」
訓練が始まった頃のノーフォークはボールを怖がってキャッチできないことが多かったが、今では飛んでくるボールに合わせて体を動かし、難なく体の中心で受け止めている。流石は重巡洋艦と言ったところだろうか。ノーフォークは砲撃や魚雷の扱いに苦手意識を持っているがその耐久性には目を見張るものがあり、それは、バレーボール選手のスパイク並の速度で飛んでくるボールを臆することなく受け止めているその姿からも、ひしひしと伝わってくる。しかし、肝心のシールドが出現する様子は一向にない。
(ボールの威力が足りないから、『攻撃を受けた』と認識できないのか...? それとも、ボールに慣れてしまったから防衛本能が働かないのだろうか...)
指揮官は一人、そう思案する。あれかこれかと考えを巡らせるが、そもそも、ノーフォークのスキルだけでなく艦船少女の『スキル』には判明していないことが多い。結局、こうして考えて分かったことは『考えていてもしょうがない』ということだけだった。
「よし、充分に休憩できた。私もまた入ろう」
指揮官がそう言って腰を上げると、体育館の入口の方から足音が聞こえてくる。
「やっほー指揮官!」
「......」
「あぁ、レパルスとハムマンか.........む?」
現れたのはレパルスとハムマンだった。指揮官は2人がこの場に足を運ぶことに対してはなんら不思議ではなかったが、問題なのはレパルスの格好だった。
「レパルス、何故艤装を......」
「何をしてるのかなーと思ってたら、みんなでドッジボールをやってたんだね! さっき一度こっちに来たんだけど、みんな艤装を付けてたから私も付けてきたの! 私に内緒でこんな面白いことやってたなんてねー。私もやっていい? なんか体を動かしたい気分なんだよねー」
「あぁ、それは構わないが、これは...」
『ノーフォークの為にやっていることで』と言う前に、レパルスは足元に転がっていたボールをひょいと拾い上げ、指揮官の方を向いたではないか。
「あ、レパルスさんとハムマンちゃんだ! お~い!」
「レパルスさん...? なんで艤装を......」
既に訓練を行っていた3人も、2人の来訪者に気がついたようだ。だが、レパルスは声をかけられたことに気付いていない様子である。
「あっちは1対2でやってるようだし、こっちも2人で行くよー! ね、ハムマン」
「ハ、ハムマンはやらない!」
「ちぇっ、なーんだ。まぁ、1対1も燃えるからいいんだけどね!
「おい、私達は遊びでやっている訳では」
瞬間、氷のような悪寒が電流のように速かに指揮官の全身を走った。艤装を展開した駆逐艦の放つボールがバレーボール選手のスパイク並なら、そこから軽巡洋艦、重巡洋艦を飛ばして巡洋戦艦クラスになると、一体どれ程の剛速球が飛んでくるのか。目で見てから回避することなど到底不可能だろう。ただの人間がその一撃をもらってしまえば、無事では済まないのは必至。この場にいるレパルス以外の全員が、指揮官に緊急事態が迫っていることを察知した。だが、無情にもレパルスから繰り出されようとしている悪魔のような一撃は止まる気配がない。
「狙って〜...」
「レパルス、ま」
「しきか」
「ちょっ」
投擲体勢に入ったレパルスとジャベリン、クレセントは数メートル以上離れている。2人は驚きのあまり、レパルスと指揮官をただ見ていることしかできず、そのままボールは...
「ポン!」
「だめぇッ!!」
指揮官はレパルスの投擲体制を見た瞬間、間に合ったとしても間に合わなかったとしても無事では済まないと分かっていたが、せめて頭は守ろうと防御体勢をとろうとした。
「ーーーッ!!」
どこに飛んでくる。頭か、腹か、足か。どこにせよ、コンマ数秒先にやってくる激痛に耐えなければならない。指揮官は歯を食いしばって最悪の瞬間に立ち向かおうとーーーーー
「ーーーーーーーーーん?」
(痛みが来ない......?)
「あ、あれ......?」
「うそ......」
ジャベリンとクレセントは、広がっているであろう最悪の事態に覚悟を決めて目を開く。しかし、そこにはーーーーー
「はぁ、はぁ......」
指揮官の前にノーフォークが立ち塞がり、彼女の目の前には青く光る一枚の盾が広がっていた。
「ーーーーーーわーお」
レパルスの本気のボールにただの人間の指揮官が当たってしまったら..... 考えるより先に、ノーフォークは飛び出していた。艦船少女であり重巡洋艦である自分なら、レパルスのボールに当たったとしても怪我はしないだろう。だが、足を広げ、手を伸ばし、艤装を大きく広げたとして、絶対に指揮官に当たらないと言えるだろうか。おそらく指揮官の肩にぶつかっただけでも、骨が外れかねない。......こんな時、自分が指揮官を守れる『盾』になれたならーーーーー
「ーーーーーーーーーーーーーーーあれ?」
「ノーフォーク......それは......」
ノーフォークは指揮官の声を聞くと、急いで振り向いて彼に駆け寄る。
「指揮官! 大丈夫ですか!? どこも痛くないですか!?」
「あ、あぁ。私なら大丈夫だ、どこにも怪我は無いよ。だが、それは......」
指揮官はノーフォークの背後、ボールが飛んできていたであろう方向に1枚の青い盾のようなものが浮かび上がっていることを確認した。
「ノーフォークさん! それってノーフォークさんのシールドですよね!!」
ジャベリンはそう言ってその場で元気よく跳ねる。いつも海上で、彼女のとなりで『それ』を見ているジャベリンだからこそ、それが本物のシールドであることをすぐに理解した。予想外の事態に全員が困惑しているが、その予想外の事態を引き起こした張本人が一番困惑していた。
「これ、私のシールド? でも、なんで......」
ノーフォークが状況を飲み込めていないのは当然のことだった。なぜなら...
「
そう。『彼女にボールは当たっていない』のだ。本来、彼女のスキルである『正面装甲』は
「ーーーーーノーフォーク」
「......え? は、はい!」
ノーフォークが俯いて困惑していると、指揮官から名前を呼ばれ、びっくりして顔を上げる。
「ありがとう。君のおかげで助かった」
「あ......」
指揮官はノーフォークの頭にぽんと手を置いた後、やさしく前髪を撫でた。ノーフォークはその手を取り、大切そうに頬を擦り付ける。
「うぅ、指揮官...しきかん......」
この指揮官、既にお分かりだろうがかなりの堅物である。たまにジョークを挟んだりすることはあるが、常に艦船少女本位で行動し、彼女達には決して鼻の下を伸ばさない。だが、今回だけは『私の手はハンカチではないぞ』などという無粋なことは言わず、黙って彼女の涙を拭いていた。
メンタルキューブ、艦船少女、スキル。これらにはまだまだわからないこと、不思議なことがたくさんある。それは時を選ばず、場所を選ばす、突然やってくるものだ。それがたまたまこの時間、この場所というだけ。ーーーーーだけど今回は、防衛本能などではなく、『大切な人を守りたい』という強い気持ちが
「あーーー......これ、やっちゃったカンジ...?」
やっちゃった当人には後日、それなりの罰が下されたんだとさ。