女神と簪
「何でお姉ちゃんのようにできないんだ」
「お姉ちゃんよりも成績が悪い……。お姉ちゃんはオール5なのに、貴方には4が一つ付いている」
またこれだ。何をしても褒められたことがないなぁ。ずっとお姉ちゃんはどうだ、お姉ちゃんはこうだということばかり……。
たしかに姉さんは優秀だよ。文武両道で何でもこなす完璧超人。苦手なのは編み物という些細なことぐらい。そして今は家の当主だ。
それに比べて、私ときたら何処に行くにも何をするにもやれ貴方のお姉さんはどうだったとか、お姉さんに比べると良くないとかそんなことばっか。
成績だってそうだ。今回は一教科だけ成績が4だったことでこう言われる。一つでも4がついたらこれだ。普通の家ならまずそんなことは起こりはしない。そりゃ、私の家がとても大事な役目を担っている特別な家なのは知ってるよ。だからといって何でこんなにまで言われなきゃいけないの?
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん……、どこに行ってもお姉ちゃんのことが付いてくる。そして私は劣化品扱いだ。
「やれやれ、やっと終わったよ。お姉ちゃんのようになりなさい……か……」
どうやってあんな天才になれって言うんだ。私は残念ながら天才ではない。姉さんにも言われたが無能だ。少しずつ進歩していくしかないのに。
家にいるのも嫌になり、フラフラと外に出る。付き人も付けずにフラフラと歩いていると懐かしい場所に出た。
「昔よく遊んだ公園だ」
黄色い滑り台に砂場、赤塗りのブランコに青い少し錆びついたシーソー……、小さな頃はここでよく遊んだんだっけ。姉さん達と一緒に。楽しかったなぁ。あの時は。姉さんとも仲良かったんだよね。
ブランコに腰掛けて少し揺らす。
「少しベタだけど何だか落ち着く」
「そりゃーよかったー」
不意に横から声がした。間延びした何とも気の抜けた声だ。
ギョッとして横を見てみると、隣にあったブランコに私と同い年くらいの女の子が腰掛けていた。
今まで櫛なんか入れたことがないようなくしゃくしゃの長い黒髪に継ぎ接ぎだらけのコートにロングスカート、そして草臥れたロングブーツという何ともみすぼらしい見た目の子だった。顔は髪に隠れていてよくわからない。
「この公園はねー、もーうかれこれ数年くらい人が来なくてねー、久しぶりにここに来る人がきてくれて嬉しーよ」
そう言いながら女の子はこっちを向いた。
緑の虹彩の入ったまん丸な目をしていて、その上に丸眼鏡をかけた可愛らしい顔だ。この辺りでは見たことがない。
「貴方は……だれ?」
「私? 私はねー、夕凪。この公園にすんでいる女神様なのだー」
随分とみすぼらしい女神がいるもんだ。
「昔よく来てくれた女の子だよねー。また来てくれて嬉しいよー」
「どういたしまして……」
なんだか変な人に絡まれたなぁ。女神って……。
それにしても随分と昔のことを覚えてるんだなぁ。私が遊んでいた時なんてもう10年近く昔のことなのに。
「今日は他の子はいないのー?」
「……いない、……です」
「そっかー。まぁ、そんなことはどうでもいいや。こんな所にまた貴方が来てくれた。そのことがとっても嬉しいから」
間延びした口調を女神は急に辞めた。
そしてコートからやおらランタンを取り出してブランコに引っ掛けた。
「ゆっくりしていってね」
「何でランタンを?」
「ここはね、一息つきたい人がゆっくりしていく場所なんだぁ。いわば休憩室みたいなものかなぁ。私はそういう人たちと一緒にお茶をするのが好きなんだぁ」
女神は何処からともなくバスケットと水筒を取り出した。
「よかったらこれどうぞー」
手渡されたのは熱い紅茶とカップケーキだった。
「い、いただきます」
カップケーキを一口食べてみる。とても苦い。抹茶味なんだけど物凄く苦い。なんなんだ、これ?
「このカップケーキ、とても苦いんですけど……」
「そう? それは何か心がごちゃごちゃしちゃってるのかもしれないね」
「え?」
「私のカップケーキはね、少し変わってるんだぁ。心の中がまるで凪の時の海みたいな人が食べるとほんのり苦いんだ。抹茶味だから。でもね、心の中に嵐が来たような人が食べると物凄く苦くなるんだよ」
嵐……か。確かにそうかもしれない。何だか色々な感情がごちゃごちゃしている。
「ただ単に苦すぎるだけかもしれないけどね」
「いや……、そんなことないです。実は……」
私は女神ー夕凪さんに心の中にあったことを話した。自分には天才の姉がいて、何をやっても全く敵わなかったこと。何とかして姉に追いつき追い越そうとしたがそれが出来ずに悩んでいたこと。そればかりかいつも姉と比べられていたこと。そして家の当主となった姉にかけられた言葉のこと。今日の親からの説教のこと。
全部全部話しているうちに、涙が溢れて上手く喋れなくなってきた。そんな私を夕凪さんは何も言わずにただじっと見ていた。
「こんなことがいま、まで……、今まであっ……た、あったんで……す」
「そうか、貴方は今まで何とかしてお姉ちゃんを追い越そうとして努力してきたんだね」
「は……い」
「よく頑張ったね。辛かったね。誰にも相談しないで一人で悪戦苦闘してきたんだ。貴方は偉いよ。たった一人で何とかしようとすることは早々できるものじゃないからね」
「ゆ、うなぎ……さん」
そのまま私は泣き出してしまった。夕凪さんはそんな私を抱きしめてくれた。
「どんどん吐き出して。貴方は十分努力してきた。ここで全部吐き出してもバチは当たらないから」
「どうかな。落ち着いた?」
「は、い」
夕凪さんの服が涙でベタベタになってた。
「別にいーよー。このくらいー」
元の間延びした口調でそう言った。
「すっかり暗くなっちゃったねー」
ほんとだ。こりゃ親に怒られるな。
「帰りたくないけど、帰らないと……」
「帰っちゃうの?」
それじゃあと夕凪さんがランタンをブランコから下ろしてこう言った。
「送ってくよ」
家の門まで送ってもらった。
「入る前に少し待ってね」
夕凪さんがランタンを左手で頭の前にかざした。するとぼんやりと暖かい光が周りに広がっていった。
「これで大丈夫だよー」
何が大丈夫なのかよくわからないけど多分大丈夫だ。そんな気がする。
「今日はありがとうございました」
「どういたしまして。辛くなったらまたおいで。簪ちゃん」
「はい……、どうして私の名前を⁉︎」
今思えば名乗ってなかった。
「女神様にはそのくらいのこと、お見通しなのだー」
そう言って、スーッと消えてしまった。
その後、家に入ったけど誰も遅く帰ってきたことを咎めなかった。大丈夫ってこういうことか。あの人、本当に女神なのかも。
「気が楽になってくれたならいいんだけどねぇ」
あの子の家を真上から見下ろす。
治めていた国を石もて追われて、あの公園に住み着いてかれこれ20年近くになった。当然、女神なんて存在は誰も信じやしないからシェアエネルギーなんかない。だから今の私には大したことは出来ない。精々自分の能力でお菓子の材料を作り出したり、人の話を聞くことぐらいだ。
「本当にあれくらいのことしかできないからなぁ。女神なのに情けない話さ」
「そんなことないですよ」
「イストワール……」
振り返ると本に乗った金髪の妖精ー私が国を追い出されたときについてきてくれた教祖のイストワールがいた。
「いつもなら5時には帰ってくるのに、3時間待っても帰ってこなかったから探したんですよ」
「ごめんよ。心配かけてさ……」
「いえ、いいです。夕凪さんが送っていたあの子、どうも色々とあなたと同じように抱え込み過ぎるせいかみたいですし。話を聞いてもらえたことで気が楽になったかもしれませんよ」
「そうだといいけどね。『モモ』のようにはいかないだろうな」
そんなことを話しながら夜空を飛んで帰った。
今、私ができる精一杯のことで、あの子の気が少しでも晴れていて欲しい。そう思い続けて。
いかがでしたか。
更識簪というキャラクターにとても興味を惹かれたので、彼女に関する作品を作りたいと思い書きました。
もし面白かったなら幸いです。ご感想お待ちしております。