Smile   作:インレ

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この作品の打鉄弐式は、諸事情により機体の価値を評価されることもなく、倉庫の肥やしにされてしまいました。
今回は、その弐式が簪さんの元に帰ってくるお話です。


帰ってきた打鉄弐式

「あの御蔵入りの機体が、もう一度、復活する事になるとはね。そしてパイロットに、私がなれと。おまけに、これは決定事項…」

 ロシア政府からは、なにも言われなかったのだろうか。技術盗用と言われかねないことしたのに。

 さっき、姉さんから打鉄弐式の凍結が解除されて、その操縦者に私が選ばれたことを伝えられた。絶対天敵の襲来とそれに伴うIS学園の迎撃拠点化により、戦力の拡充の為にこの措置が取られたそうだ。

 何故、高校を迎撃拠点なんかにしたんだと、色々と文句を言いたいことがあるが、そんなことはどうでもいい。言ったところでどうにもならないからだ。

 ただ、わざわざ自分から手を引いたものに、何でまた関わらねばならないのか。それに関しては、黙っていられなかった。あれに関わったせいで、余計な苦労をする羽目に陥ったのに。それでオチはどうなったかといえば、機体は御蔵入り…。骨折り損のくたびれもうけである。まるで鷹の騎士が産み出した兎の将軍のようだ。

「まぁ、あの将軍同様、再利用してもらえるのならいいよ。問題は、なんで一般生徒の私を引っ張り出したかってこと…」

 あの機体の封印とほぼ同時期に、代表候補生の地位からも手を引いたのに。現役の代表候補生や国家代表がいただろうに。

「大方、姉さんが何かしたんだろう…。普通に考えて、あのデータ流用発覚事件の時の操縦者に、また機体を預けるようなことをするようなリスキーな事はしないだろうから」

 あの時、私も共犯を疑われたもの。周囲の人の証言で、どうにかその疑いは晴れたけど、あれで私の信用は落ちたんだよ…。 しかも機体の量産化計画が潰れた事で、裁判沙汰になりかけたし…。あの時期は、ストレスが溜まってたなぁ。それで嫌気がさして、代表候補生の地位も機体も捨てたんだ。

 姉さんからすれば、機体を捨てざるを得なかった私をもう一度、専用機に乗せたいのだろう。前の騒動のお詫びの意思も兼ねて。ただ、それは有難迷惑である。

「まぁ、決まってしまったことを、とやかく言っても無駄か…」

 他に誰も乗りたがらなかったというし。当たり前だよね、政争に巻き込まれかねないって、警戒するだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

「参ったな…。まともに動かない」

 駆動系、武装、シールド全てに問題がないことを、確認してから装着した。すると、まともに動かなかった。指一本動かない。

 このままじゃ埒があかないので、装着を解除してハンガーにかける。

「前みたいなハリボテを摑まされたわけじゃないのに…」

 そういえば、ISには意思があるんだっけ。ひょっとするとだけど、この子は……。

「なるほど。賢いね、あなた」

 多分だけど弐式は、私が乗ることに気乗りしてないことを察しているのだろう。あのデータ流用事件の時に、機体がらみのゴタゴタのせいでストレスを溜めていた私を見ていたのだから、尚更乗せるわけにはいかないと…。良い子だ。

「貴女はよくできた子だね…。人の悩みを察することが出来て、私にとても気を遣ってくれている。ありがとう…。それとあなたのことを迷惑に思って、ごめんなさい…。短い間だろうけど、宜しくね」

 気を遣ってもらっておいて乗らないというのも、大人気ないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、それでその子が帰ってきたんだー」

「ええ」

「持ち主思いのいい子じゃないー。量産されないのが、不憫だねー」

「まぁ、この子だけだと思いますよ。私が色々と苦労したのを見てきていますから」

 久々に公園に戻ってきた夕凪さんとお喋り。打鉄弐式騒動の時も愚痴を聞いてもらってたから、この子のお披露目というのもある。まぁ、指輪になったこの子を見せるくらいならば、目を瞑ってもらえるだろう。

「そんなに長い期間は、一緒にはいられないでしょうけど…」

 そう呟きながら、ふと空を見上げると小さな赤い玉が見えた。燃えているところから察するに、隕石か何かだ。そして警報が入っていることからして、あれは……。

「絶対天敵だ…」

 急いで弐式を装着する。なんとも慌ただしい初陣である。

「ちょい待ち、簪ちゃん」

 呼び止められて振り返ると、スカイハートに変身した夕凪さんがいた。

「私も付いてくよ。まだ使える武器はあるし、リハビリがてらね。手勢も多い方がいいでしょう?」

 少し悩んだが、付いてきてもらうことにした。IS学園から増援が到着するのに、時間がかかるかもしれなかったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 隕石の落ちた現場は、山の中だった。どうやら峠道に大穴を開けて、谷底に落っこちたらしい。

「あーあー、こりゃ酷い。結構な数の車やバイクが巻き込まれたみたいだ。風圧で飛ばされたり、接触したりで…。簪ちゃん、そっちのセンサーに生命反応は出てる?」

「いや…、殆ど出てないです。辛うじて助かった人は、あの待避所に逃げ込んだみたいで…。そこ以外は、全くないです」

「とうとう一般人に犠牲者が出たか。しかもこのままいくとさらに増えること間違いなしだ。待避所から何とか引き離さないと…」

 言われるまでもなく、それは百も承知だが、はてさてどうしたものか。

「谷底にいるから、いっそ生き埋めにするのもありだろうけど、この辺りの地盤がどうなるかわからないからアウト…」

「そもそも絶対天敵が這い出してきたら、意味ないですしね。どちらかがあれを惹きつけて、開けたところで叩くのがいいと思います」

 ここで叩くよりは、場所によっては被害も少ないだろう。ただ開けた場所が近くにあるかが問題だ。

「簪ちゃん、バイザーにはここから西に865メートルほどの所に、河原があるって出てるよ。川の下流だから開けていて周りに障害物もないし、あんなでかい図体で二足歩行ならば、向こうさんも水に足がとられちゃ動きも鈍るはず」

「民家とかはないですか」

「無いみたい。それとここに来る前に頼んでた増援は、どうなった?」

「どうも他の人達は手が塞がってて、望めそうにないです…」

「余剰人員くらい居そうなもんだが、仕方ないか。誘き寄せるのは私がやるから、簪ちゃんは河原へ向かって。エネルギー持たせた方がいいだろうから」

「はい」

 派手に動かし過ぎるとエネルギー切れを起こすのが、第三世代機の泣き所。なので、大人しく指示に従う。

 女神の場合は、どうなのだろうか。あの様子を見る限りでは、そうそう起こらないみたいだけど。

 

 

 

 

 

 

 河原に待機して7分後、連絡が来た。

「獲物を追い込んだ。もう少しでそっちに着くから、威力の一番強いやつを奴の足に宜しく」

「わかりました」

 荷電粒子砲の春雷を展開して待ち構える。数十秒後に、物凄い足音とともに絶対天敵が姿を現した。ゴリラを思わせる太い腕を持ったタイプだ。性格もゴリラと同じならいいのに。

「そこっ!」

 踏み出そうとしていた足とは反対の右足の膝目掛けて、荷電粒子砲を発射する。

 最大出力で発射したのが功を奏したか、ゴリラ擬きはバランスを崩して転んだ。頭から川に突っ込み、派手に水しぶきを上げている。この季節なら水はまだ冷たいから、きっと寒いだろう。

 さてとゴリラ擬きのコアはどこかな。起き上がる前に探したいけど、そう簡単にはいかないみたいだ。今にも起き上がろうとしている。

 薙刀の夢現を構えつつ、様子を伺っていると、空から大きな腕が二本飛んできてゴリラ擬きの頭と腰を押さえつけた。

「大人しくしろ」

 もがくゴリラにスカイハートが冷たく言い放った。

「簪ちゃん。こいつには心臓ってあるの?」

「はい。今、レーダーで探してます」

「そうかい。急いでおくれ。私も手伝いたいのは山々だけど、あの腕を壊さないようにしなきゃいけないから……。大物相手に使える武器が、これくらいしか残ってないんでね…」

 よく見ると大腕は、両方ともボロボロになっている。確かに時間はない。

「急いで、弐式!」

 

 

 

 

 

 探ること、2分。漸くコアが見つかった。左胸の辺りだ。

「左胸にあります!人間の心臓と同じです」

「あいよ!」

 スカイハートさんが腕に持っている変わった形の銃を、背中目掛けて発射した。でも一度発射すると、煙を上げて壊れてしまった。

「不味い、ここで限界が来たか!簪ちゃん、その機体で一箇所に集中攻撃できる武器ってある⁈」

 一箇所に。それならあれを応用すれば、上手くいくはず。粒子砲とは違って、エネルギー切れも起きないし。

「あります。もう少し抑えててください!」

 照準を弾痕に全て合わせて、山嵐を発射する。マルチ・ロックオン・システムの無駄遣いだが、一々計算するよりは楽だ。

 コアの部分が露出したのを見て、夢現を構えて飛び込み突き刺す。心臓を刺し貫かれた絶対天敵は、暴れるのをやめて溶けてしまった。

「打鉄弐式…、良くやったよ…」

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、これじゃ使い物にならないね。当分は代わりの物を使わないと…」

 スカイハートさんの武器は、どちらもお釈迦になってしまったみたいだ。

「何でここまでボロボロになったんですか?」

「この間、とある世界で知り合ったボランティア活動の中学生達の手伝いをしに行った時に、色々あってね。持ってた武器の殆どが、こんな状態になったんだ。イストワールも足が壊れてしまって、大変だったよ。今は何とか治ったけどね…」

 そこで一体何が起こったんだろう。まさか怪獣でも暴れているんじゃないんだろうか。

「当たり。偶にだけど、怪獣は暴れているね。絶対天敵よりももっと怖くてタチが悪いのが。でもそれ以外は、長閑でいい所だよ。今度連れてってあげようか?」

 即座に首を横に振った。冗談じゃない。アニメや特撮ドラマみたいに、怪獣が出てきてもなんとか出来るとは思えないからだ。

「あら残念。学生さんでも通えるほど、安くて美味しいうどん屋さんがあるのに…」

 スカイハートさんは残念そうにしているが、わざわざ危ない所に飛び込もうとするほどの度胸はない。

「ま、気が変わったら言いにきてね。他にも同じくらい危ないけど、面白い所、知ってるから…」

「は、はぁ」

 気分が変わることってあるのかな。命は惜しいし。

「簪ちゃーん」

 姉さんの声がする。漸く援軍が来たか。もう遅いけど。

「おっと。お姉さんのお出ましかな。余り良い顔されないだろうし、ここいらでお暇させてもらおうかな…。それじゃ…」

 スカイハートさんは、手を振りながらそのまま消えてしまった。

 この後、到着した姉さんや他の専用機持ちから、あれは誰なのかと詮索されたが、口には出さなかった。夕凪さんに迷惑かけてしまうだろうし。現に姉さんと本音が迷惑かけたしね。

 ただ帰ってから同室のクーリェという子には、ぼかしながら明かした。この子は、あの人と一度会ってみたほうがいいと思ったから。

「クーのお話を何でも聞いてくれる人……?」

「そう。何だって何も言わずに聞いてくれるお姉さんがいるんだ。如何かな。会ってみない?」

「どうしようかな…。ルーちゃん?」

「会いたいと思ったらいつでも言ってね」

 まだ小さいのに、こんな所にいるんじゃストレス溜まってるだろうし。いいガス抜きになると思うけどね。

「ちょっと考えさせて…。ルーちゃんもそうしたいみたい…」

「そっか」

 まぁ、急に言われてもこうなるかな。




如何でしたか。
簪さんを出した以上は、打鉄弐式を出さないのも良くないと思い、登場していただきました。誘導ミサイルを除けば、癖のなさそうな機体ですから。
クーリェのお話は、もしかしたら書くかもしれません。あの子のあまりにもおどおどしている様子が、どうしても気になったので。なおこの作品だと、簪さんと同室になってます。

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