イストワールとクーリェ
「ルーちゃん…。ここがその公園みたいだけど…」
簪さんに連れてきてもらって、公園を覗き込んでみたけど、それらしき人は居ない…。
「何時も居るわけじゃないし、帰る?」
「どうしよう。ルーちゃんに聞いてみるね」
こういう時は、ルーちゃんに相談してみる。良い答えが出るかもしれないから。
「ルーちゃん…、え、誰か近くまで来てる…」
「あら、簪さん。夕凪さんなら居ませんよ。武器の修理をしているので」
横から誰か話しかけてきた。見てみると金髪のお人形さんが、本に乗って浮いていた。
「あ、いーすんさん。こんにちは。夕凪さん、居ないんですか。日を改めた方がいいかな」
「急ぎの用事でもありましたか?あの絶対天敵が手に余る程、襲って来たとか」
「いや、そういうわけじゃないんです。この子と会ってもらいたいと思ってて…」
「あら、そういう用件でしたら、私が代わりを務めましょうか?聞き手に回ることも慣れてますし。そちらの方が良ければですが…、どうでしょう」
いーすんさんと呼ばれたお人形さんが、こっちを向いた。
「どうする?」
「お、お願い…します…」
不安だけど、ちょっとだけ話してみたい。このお人形さんと。
公園のベンチに座ってお話をする。
「改めて初めまして。私はイストワールといいます。貴女のお名前は?」
「クーリェ・ルククシェフカ…です」
「クーリェさんですね…、『良いお名前です』」
「へっ?」
今の……、私の国の言葉……。
「とても可愛らしくて、貴女にあった良いお名前だと思います」
間違いない…。私の国の言葉…。それもパパとママが生きてた頃に、聴いていた話し方と全く同じ。
「イストワール、私の国の言葉がわかるの?」
「勿論」
少し安心した。ここでも、今のお家でも、この言葉は聴こえてこないから。ルーちゃんもこういう風には話せない。だから久しぶりに聴いて、ホッとした。
「クーリェさん。落ち着きましたか?」
「うん…、この話し方をする人、ここだとどこにも居ないから」
「確かにここだと居ませんね。そういう人を見つける方が大変でしょうし」
「それに、ルーちゃんも話せないんだ」
「そのようですね。私が話していたのを見て、驚いているようですから」
ルーちゃんのいる方に、首を向けている。他のみんなみたいに、わざとらしくない。本当に見えてるみたいだ。
「貴女の事が大好きなんですね。その子」
「うん。パパとママが居なくなってから、ずっと一緒にいるの」
「居なくなってから…」
「今のお家に来てから、ISの訓練をしなきゃいけなくなった時も、この国に来なくちゃいけなくなった時も、ずっと一緒…。したくないことしなきゃいけないときに、励ましてくれるの…」
「いいお友達ですね…。少しでも勇気付けてくれるなんて」
「うん…」
「クーリェさん。その子は大事にしてあげてください。ずっと一緒に居てくれる人は、貴女にとって強い味方ですから」
「そうだね…」
「そういえば、ISには乗りたくなかったんですよね。何でですか?」
「怖いから…、乗りたくないの」
何時もは、こんなこと言ったら笑われる。落ちこぼれの専用機持ち……って…。でも怖いものは怖いし、嫌なものは嫌だ。でもそんなこと言ったら、お家を追い出されるかもしれない。だから言えなかった。
「怖いの嫌なの。乗れるからって……、動かせるからって……、何で怖いことしなきゃいけないの?」
「成る程、それは嫌ですね。怖い事をしたくないのは、当たり前の事ですよ。そう思うのが、普通です。貴女は何にも間違ってないし、悪くないです。寧ろ貴女ぐらいの子に乗れって言った人達の方が、おかしいんです」
「そう…なのかな…」
「ええ」
「つ、辛かった…。誰にも言えなくて、辛かったよ…」
えぐえぐと泣き出す私の背中を、イストワールは何も言わずにさすってくれた。
「それでいいんです。それで。自分に正直になってください。クーリェ。ここには、貴女の重りになる人はいません。そんな人が来たら、私が跳ね除けます。私は貴女の味方です」
「あぁぁぁあ。マーマ…」
居なくなってしまったママみたいに暖かくて、思わずそう言ってしまった。
「よしよし、可愛いクーリェ…」
ママは、私が泣き止むまで、ずっと抱きしめてくれた。
「簪さん、この子をISから切り離すことって、何とかできませんか」
簪さんとママが難しい顔をしてお話ししている。
「うーん、ロシアの事ですからね。日本からは何ともしようがないですし、何とかできそうな姉さんは国家代表であっても、その国に影響力があるわけではないですし」
「オリンピック選手だからといって、国のことに口出しできるわけじゃありませんもんね」
「そういう理屈です。それに姉さんは、前の不祥事でロシアから睨まれているから、元々あてにはできませんし」
「ああ、弐式の件ですか。確かに無理なことはできませんね…」
「ええ。私としても何とかしたいですけど、高校生にできることはありませんし…。ISが出回っている世の中じゃ、どうにもできないです」
「ISが優先か、人の意思が優先か…。普通に考えたならば、答えは一目瞭然でしょうに」
「全くですよ…」
簪さんとママが渋い顔をして、黙り込んでしまった。
「あ、あの…。またママに会いに来ていい?それなら、ちょっと我慢できる」
「え…ええ、それは構いませんよ。貴女がそれでいいのなら」
「ありがとう」
「いえいえ。いつでもいるわけではないけど、また会ったらお話しましょうね」
「うん!」
「また一人子供が出来てしまいました…。でも、ちょっと嬉しいです」
二人が帰っていくのを見送ると、辺りは暗くなり始めてました。
「いけない!今日の夕食当番は、私でした」
「作っておいたよ。イストワール、いや……お母さん」
振り向くとスカイハートに変身した夕凪さんが立ってました。
「あら、夕凪さん…」
「嫌だな、エリルって呼んでよ。私が女神になる前みたいにさ…」
「そうですね、エリル…」
「あのクーリェって子、なかなか苦労しているみたいだね。なまじ素質があるばかりに、やりたくないことをさせられるなんて」
「ええ、しかも現状では打つ手なし」
「どうしたものかね。ISばかりが全ての世界じゃ、あの子は候補生をやめるのだって大変だろう。嫌なものだね」
「ええ。クーリェには、気持ちというものがあるのに。エリルの言う通り、嫌なものですよ……」
クーリェがおどおどしているのにはいくつかの要因がありそうですが、一つは慣れない場所にいるからではないかと思いました。それでクーリェにとって耳慣れた訛りでも聴かせてあげれば、少しは緊張がほぐれるのではないかと思い、イストワールに喋らせてみました。
ここに出てきたクーリェの気持ちは、あくまでも私の想像によるものですが、ISに乗ることは恐らく嫌だったに相違ないと思うんです。わざわざ危険な事をしたがるタイプとは、思えませんし。
人間に気持ちというものがあるのを、忘れているんじゃなかろうか。ランクだけが全てじゃないだろう。そう思って書きました。