クーリェが少し明るくなった。いーすんさんに会ったのが、良い影響だったみたい。私としても嬉しい。いつも不安そうで見てられなかったから。姉さんは首を傾げていたけど。
「息抜きは、老若男女問わず必要。ただそれだけのこと」
見知らぬ土地に連れてこられた訳だし、せめてガス抜きできるようにしないと。いーすんさんに漏らしてたけど、あの子はISそのものがストレス源だしなぁ。しかも私のように手放せないし…。仮に手放したとしても、十中八九、ISの適正値が邪魔するんだよね。
「自分の人生を自分で生きられないとは、まさにこの事だね…。おかしな話だよ…。あの子がどう生きるかは、あの子次第。あの子に全てを決める権利があるし、とやかく言われない権利だってある。それがどうしてわからないのやら…。子供に望まない事をさせない事は、何よりも重要な事じゃない…」
大人がそれを分かってないんじゃ、この世界は先が見えたも同然かなぁ。夢も希望もない。ISが全て。
「いっそ、滅びるべきかな…?宇宙服擬きに、支配されるよりはマシかもしれない…」
何だか勝ったところで、良い事なんてないように思えてくる。わざわざ抵抗したところで、宇宙服擬きに生き方を縛られる人が出るようじゃ、仕方ないし。
お茶の空き缶を片手に、物思いにふける。
「クーちゃん、何処にいるの」
姉さんの声だ。どうしたんだろう。
「ああ、簪ちゃん。クーちゃんが見当たらなくて。そろそろ訓練の時間なのに」
「訓練ねぇ…」
逃げ出したんだろう。やりたくないことだから。子供のわがままと言えば、それまでかもしれない。でもISの操縦自体は、あの子は別にやりたくてやってることじゃない。
「見てないよ。別にいいんじゃない。あんな小さい子を戦力にしなくてもさ」
「それはそうだけど、絶対天敵が襲ってくる状況じゃ、そうも言ってられないのよ」
まぁ、確かにね。467機という中途半端な数しかない上に、乗りこなせる人間も多くないんじゃ、人手不足になってしまうのもまた事実だ。
「まぁ、乗りたくなくなったんじゃない。話を聞く限りでは、あの子、元々起動させることすら嫌がってたそうだし。良い機会だから、ISから離れさせたら?ランクこそ低けれど、ロシアにはまだ乗り手いるでしょ?それとこれ……」
姉さんにボイスレコーダーを渡す。この前のいーすんさんとクーリェの会話が入ったものだ。
「クーリェの本心が入ってる。また聴いておいて。私はそろそろ訓練に行くから…、それじゃあね」
「クーちゃん。貴女が本当に乗りたくないのは、分かっているわ。でもね、今はそれどころじゃないの。何とか出てきてちょうだい」
訓練が終わってから、寮に帰ると姉さんが、他の代表候補生と共に、私の部屋の前でドア越しに呼びかけていた。成る程、部屋に立て篭もったのか。しかしこれじゃ出てきてはくれまい。戦力としてしか見ていない連中のところに、クーリェが戻ってくれるわけないだろう。仲間だ何だって言いようはあるが、実際のところは戦力として見ているに過ぎない。
「何、大勢で人の部屋に押しかけてるの」
「ああ、簪ちゃん。見ての通り、クーちゃんが立て篭もっちゃって出てこないのよ。ピッキングして入ったところで、警戒させちゃうだろうから、どうしようもなくて。皆で呼びかけているけど、天照大神みたいに出てこないのよ」
あの女神を例えに出すとは、相当粘ってるみたいだ。
「もう、やめたら?ここまで拒絶してるんじゃ、しょうがないよ」
「でもあの子のわがままで、穴を開けるわけにはいかないんじゃない?」
カナダから来た双子の歌手がそういう。他も同じ意見みたいだ。
「貴女みたいに、乗りたいから乗ってるわけじゃないんだけどね。あの子」
「えっ?」
「あの子はただ、
専用機持ちを退かせて、ドアを叩く。
「クーリェ。私。開けて」
鍵が開いた。開ける前に専用機持ちを追い払った。中に入られても困る。
「とっとと自分の部屋に戻って。ここに居たって無駄だよ。あと、あの録音データも聴いておいてね」
「クーリェ。もう大丈夫だよ」
抱きついてきたクーリェを落ち着かせる。
間食用に購買で買ってきたクリームパンと100パーセントのりんごジュースの缶を渡して、食べさせる。お腹が空いてたのか、凄い勢いで食べている。
「何にも食べずに隠れてたの?」
「うん」
こりゃ相当だ。多少、強引な方法を使ってでも、早く手を打たねばならない。でも私じゃどうにもならないのは、わかっている。こうなったら、あの人に頼むしかないかも。何か策を考えてくれるかもしれない。
この前、教えてもらった念話を使い、夕凪さんに呼びかける。
「夕凪さん、ちょっと相談に乗ってもらえませんか」
「何かなー?」
すぐに返信が来た。有り難い。
「実は、これこれこういうことでして…」
「成る程ねー。一応、イストワールから話は聞いていたけどー、そのクーリェって子は、これ以上、ISに乗りたくないとー。うーん、普通の方法じゃ、切り離せないねー」
あまり芳しくない答えが返って来た。夕凪さんでも、無理だったか…。
「そうですか…」
「ちょっと待った。話は終いまで聞かなきゃー。普通の方法じゃ無理ってだけだよー」
「普通の方法では…?」
「かなり荒っぽい方法になると思うけど、死んだふりをして此の世界からおさらばするってのは如何?絶対天敵との戦闘中に…って寸法で」
「何処に連れて行くんですか?」
「私がいたのとは、別の次元の女神のところ。変わり者だけど、悪い子じゃないよ。あの次元なら、私が前に言ってたような怪獣が暴れることは、早々ないから安心して過ごせるよ」
それなら良かった。
「でもこれはクーリェが嫌がったら、お流れになりそうな作戦ですね」
「それはクーリェちゃんの意思を尊重するしかないしねー。兎も角、クーリェちゃんの同意が得られたら直ぐに教えてねー。こっちにも準備があるからー」
念話を終えて、スマートフォンのメモ帳機能を使い、クーリェに質問する。
「ISに乗らないで済むなら、別の世界に引っ越しても良いと思ってる?」
見せられたクーリェは、如何いうことかわからないようだった。まぁ、こんな事突然言われても、困惑するよね。
「別の世界へ行けば、もう乗らなくて済むの?」
「うん」
「本当に乗らないで済むの?」
「うん」
「それならそうしたい。でもアチェーツとマーチのお墓があるし…。それにママに会えなくなるのは、嫌」
「その二つが何とかなれば、良いんだね」
「うん」
クーリェからの承諾は得られた。
直ぐに夕凪さんにその旨を伝えた。さて、一体どんなことをするのやら…。
「簪ちゃんからの連絡を確認。クーリェちゃんのご両親のお墓とイストワールのことを解決できたら良いんだね。よし…」
必要な条件がわかった以上、早急に連絡を取らねばならない。
「イストワール。プルルートと連絡を取って。そっちに移住する人が出るって。あと風さんやそのっち、それに弦さんにも、念の為に連絡を入れておいて。不測の事態が起きるかもしれないから」
「分かりました。夕凪さんは?」
「ロシアに行って、やることやってくる。それじゃ」
さあ、忙しくなるぞ。それと多分、ここにはいられなくなるだろうな。
「悪いけど、荷物も纏めといてね」
如何でしたか。
クーリェをストレス源のISから引き離すには、こうする他、手がないと思いました。あの世界にいたのでは、影のように付き纏われるでしょうし。ISが存在せず、比較的、安全な他の世界に逃せば、本当にやりたい事も見つかるでしょうし。
簪さんの場合は、頼りになる人間をくっ付ければ、お姉さんから引き離す事はできました。しかしクーリェの場合は、そう簡単には行かないのが難点ですね。