クーリェの出発のときが来た。いや、正確には数時間早まった。真夜中に亡国機業と絶対天敵が同時に襲ってきたからだ。しかも後者は何箇所かに分かれて。
亡国機業は例の彼や姉さんやギリシャから来た候補生が対処し、私達は絶対天敵の対処に向かった。
二人一組でペアを組み、それぞれの場所に対処に向かう。ペアを組む相手は、言うまでもないがクーリェだ。あの子がまともに言うこと聞く相手は、学園ではもう私しかいないから。
御誂え向きの状況だ。
「丁度いい。3日前から準備は整っているらしいし」
すぐに夕凪さんに連絡を入れて、作戦を始めてもらうことにした。向こうも問題ないようだ。
「荷物を纏めさせておいて正解だった」
簪ちゃんからの連絡を受けて、こちらも支度にかかった。
まず増加装備を換装したイストワールへ連絡を入れて、最終点検と火を入れるように命じる。増加装備に何かあったら、移動時に問題が起きた時、対処出来なくなる。モンスターの類いならイストワール単体でも何とでもなるが、とてもじゃないがそうはいかない奴、例えばバーテックスやノイズと当たった時に、何も出来ないまま終わってしまう。おまけにクーリェもいる。プルルートも付いて行ってくれるが、例えに出したやつらが出てきたら、如何にあの子でも梃子摺るに相違ない。だから増加装備の故障だけは、絶対に避けねばならない。
「ユニット内の機構は、全てにおいて異常ありません。火も入れておきました」
「了解。後はプルルートに護衛してもらって。もう一仕事してくる」
落ちてきた絶対天敵を拠点の近くの罠にまで誘導する。
何故、そんなことをしているのか。答えは簡単。クーリェの失踪は、あくまでも自然なものにしなければならない。だから絶対天敵や学園を襲撃するテロリストに、早い話が罪を被ってもらう他ないのだ。
そして生きていようが、死んでいようが、口の利けない絶対天敵という都合の良い奴が来たのだから、これを利用しない手はない。
「しかもこの前のゴリラときた。彼奴の太腕で潰されたことにしておくか……」
それっぽく見せる事はできる筈。血糊をまいて、機体をゴリラごと爆発させたら、まぁ、分かるまい。その他にも、色々と誤魔化すためのものは、色々なところから掻き集めてきた。気持ちの良いものではないけど、子供のためだ。それくらい我慢できる。
絶対天敵を罠に掛けて、転倒させ簡単に起きられないようにしておき、南東の空を睨む。
「さてと、そろそろ来ても良いはず……」
「来たッ!」
2分程して、2人が飛んで来た。こちらもそれに合わせて、絶対天敵から抑えを退ける。
跳ね起きた絶対天敵を3人で適当に相手をしつつ、頃合いを見計らった。
すると不意に絶対天敵がバランスを崩し、前のめりに倒れてきた。倒木にでも蹴躓いたのだろう。
簪ちゃんと支えながら、クーリェに指示を出す。
「よし、クーリェ。ISはそのままにして、ママのいる方に行くんだ!」
「どっち……?」
「あの方角だ。ほら、彼処に白い光がチカチカしてるでしょ。彼処にいるんだ」
夜間に連れ出す事にしていたから、居場所を知らせる為に投光器をイストワールに持たせていた。白い光ならば、夜中でも見えやすい。第三者に気づかれるおそれもあるが、どうせ逃げ出す身だ。問題ない。
「この前、公園にいたお姉さんが、君とママを守ってくれるから。さあ、行きなさい!」
「わ、わかった。お姉さんも……、怪我しないでね……」
ISスーツを着たままぬいぐるみを引きずりながら、光の方角へ走っていくクーリェを見送り、私はクーリェそっくりに化けて、あの子のISに飛び乗った。
「ゆ、夕凪さん! 動かせるんですか?! それにその体」
「前に捨てられていた教科書を読んだことあるから、動かすくらいなら大丈夫。もう一つは、後で説明する」
それにクーリェの動きの癖は、さっきの動きや改葬の手続きをした時に保管庫からコピーしてきた記録映像で見ているから、大体の真似は出来る。
「ここからイストワール達が離脱するまでが勝負だ。簪ちゃんは適当なところで、兼ねてからの手筈通り、伸びておいて。悪いけど」
「はい。夕凪さんも程々に……」
まぁ、ぶちまける物は別にあるから、そこまで酷い怪我をする必要はないはずだ。年頃の娘さんの前で見せるものじゃないけど。
2分くらい経った時に、プルルートから連絡が来た。クーリェを見つけて、イストワールの所に連れて行ってくれたらしい。
「ありがとさん。この御礼はいつかきっと……」
「じゃあ無事にこっちに来ることができたら、貴女の身体で遊ばせてちょうだい……。ふふふ……」
とんでもない条件を突き付けられたものだが、まぁ、それくらいならいいか。イストワールの仕事も世話してもらってるし。それにプルルートも機嫌さえ損ねなければ、そうそう無茶苦茶するわけでもない。
「あいよ。そんじゃ、その時を楽しみにしてなよ。きっついウィスキーとラベンダーのアロマキャンドル用意しておいてね」
「ふふふ……。待ってるわぁ。ああ……、そうそう。クーリェちゃんといーすんが、無事に帰ってきてって言ってたわよぉ」
「そうかい……。じゃあ2人に伝えておいて。私は不死身だって」
「りょうかぁい。それじゃあ、先に行ってるわね」
プルルートとの連絡を切って、簪ちゃんに頃合いだと合図を出す。
それを見た簪ちゃんは、荷電粒子砲とミサイルで絶対天敵の心臓部を攻撃しながら退避を始めた。私も一歩遅れて、槍を投げつけ、コアが露出したところで大剣を投げつけて貫通させ、絶対天敵から逃げようとした。
ただ、少しやり過ぎてしまった。露出したコアを刺したのはいいけど、そのせいで絶対天敵が地面に倒れてきてしまった。
「うわーっ!」
しくじりに気づいた時はもう遅かった。そのまま2人して、絶対天敵の下敷きになってしまった。
「うぐぐぐぐ……、や、やっと抜け出せた」
ゴリラの胴体から踠いて、なんとかはい出せた。でも足は動かないし、打鉄弐式も大破、ISコアもぺちゃんこになってしまった。まぁ、それはいい。それよりも夕凪さんを助けないと。
何とか壊れずに済んだ紫陽花を起動させて、部分展開させたクレーンで絶対天敵を起こそうとすると、爆発を起こして吹き飛んでしまった。
「いけない!」
爆発が収まったのを確認して、絶対天敵がいた所まで這い寄る。すると其処には、原型をとどめていないクーリェのISとその……口に出せない物が転がっていた。
「ま、まさかそんな……うぷっ」
思わず吐いてしまった。
「ゆ、夕凪さん、夕凪さん……!」
慌てて探すもあの人の服の切れ端も見つからない。さっきの爆発で……。
「勝手に殺さないでよー、簪ちゃんー」
「へっ?」
私が真っ青になっていると、背後から聞き慣れた声がした。
振り返ると……、少しボロボロになった夕凪さんが居た。
「ちょっと堪えたけどね……、この通り平気だよー。簪ちゃんこそ大丈夫ー?」
さっきと違って、いつもの口調で話しかけてくる。ああ、良かった。
「立てるか……、ど、どうしたの……」
「良かった、無事で良かった……」
怪我しているかもしれないのに、思わず飛びついて泣いてしまった。
「ああ、大丈夫大丈夫ー。唾つけておけば、治る怪我だからねー」
「死んじゃったかと思った……」
「あれくらいじゃー、死なないよー。鍛え方が違うからねー」
いつかのように、義手で頭を撫でてもらった。
IS学園から救援が来る前に、夕凪さんは姿を消した。怪我をしていたから引き留めたのだけど、プルルートさんのいる所で治療を受けるからということで姿を消してしまった。
それで事後処理については、まぁそこそこ荒れていた。
私はどうなったかというと、ISがコア諸共潰れたことや学園所有のライブカメラがあの辺りにはなかったことから、事の真相が分からずじまいになったため、特に責任を追求されなかった。しようにも根拠がないのだから。
また姉さんも、特に責任が追求されることはなかった。姉さんはそもそも関わってなかったのだから、当たり前といえば当たり前だ。
寧ろ、学園の上層部の方が、責任を追求された。10歳のクーリェを絶対天敵対策の為の要員にしたことで、批判が殺到したんだ。その対応に追われて、当分の間、学園は休校になった。
そしてこれが一番大事な事なんだけど、国家代表や代表候補生の資格に年齢制限が加わった。最低でも14歳にならないと資格が取れないということになった。現時点で資格のある人は有効なままだけど、危険な任務を任される事はなくなるみたい。めでたしめでたしだ。
私の足さえ折れていなければ、もっと良かったのだけど。
休校なものだからやる事がなく、治療を受けて戻ってきていた夕凪さんに頼んで、この前言っていた危なっかしい場所の一つに連れて行ってもらった。車椅子で行っても大丈夫らしいから。
「これからは専用機持ちがおいそれと引っ張り出される事も早々ないと思います。国連軍がどうにかするみたいですから、私としては万々歳です」
「そりゃー、良かったー。足は大丈夫?」
「大丈夫ですよ。あと1週間すれば、治るみたいです。それにしても、車椅子って動かすのに体力使いますね」
「足の代わりに腕を動かさなきゃいけないからねー」
行ってみたら、別になんて事なくて安心した。
「それでこれから何処に?」
「行きつけのねー、うどん屋だよー」
うどん屋か……。あまり行く事がないから、ちょっと楽しみ。
「確かに安いですね……、そして美味しい。おまけにバリアフリー設備が整っている……」
「常連さんにそういう人がいたからねー」
かき揚げをトッピングに乗せた醤油うどんを手繰りながら、店の中を見回す。夕凪さんは夕凪さんで、釜玉うどんといなり寿司を食べている。
「今日は、あの子達来てないみたいだねー」
「あの子達?」
「ほらー、いつだったか話したでしょー。ボランティアしている中学生がいるってねー」
そういえば、そんな事言っていた気がする。
「あの子達、よくここに来ているからさー。上手いこと、顔を合わせられたらなーって思ったんだー」
「忙しいんじゃないですか?」
「そうかもねー。多い時はねー、確か週に50件も依頼を引き受けていたからー」
「無茶しますね、その子達。でも凄いや」
「本当にねー。あーそうだ。簪ちゃん、これー。クーリェからー」
そう言って手渡されたのは、絵葉書だった。二つのタワービルが組み合わさった建物がある。向こうの世界のシンボルらしい。
「今じゃ、向こうでのびのびとやってるよー」
絵葉書には、拙い文字でこう書かれていた。
「かんざしさん。わたしをママとあわせてくれてありがとう。わたしはいまプラネテューヌで、ママとふたりでてさぐりながらも、がんばって生きています。ここの学校でともだちもできて、とてもたのしいです……」
良かった。逃げ出したところで、向こうの世界で馴染めていなかったらどうしようと心配していたから……。うまくいっているみたいで安心した。
「そのうち何処かの世界で、また会いたいんだって」
「そうですか……。その時を楽しみにしていると伝えておいてください」
「はいはーい」
クーリェの新生活が、充実したものだということが分かったからか、うどんがさらに美味しくなった気がした。
如何でしたか。
責任の追及に関しては、不自然なところがありますが、どうも良い具合に落とし込むのが難しく、このような形になりました。