Smile   作:インレ

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引越し

「無事に辿り着けたわねぇ。ちょおっと物足りないけどぉ」

「いやいや。いくら私でもこの子を抱えながら戦うのは無理ですから、助かりました」

 増加装甲の腕の中でぐっすりと眠っているクーリェを抱えながら、私とプルルートさんは、夜のプラネテューヌの首都上空をゆっくりと飛んでいきます。

「家具の運び入れの時に、掃除も済ませておいたからぁ、着いたら直ぐに寝られるわよぉ」

「ありがとうございます」

 この時間から掃除するのは、大変ですからね。本当に有難いです。

 

 

 

 首都の郊外にあるこじんまりとした二階建ての屋敷の門の前に、私達は降り立ちました。

「あの子と一緒に旅に出る前に、使ったきりですからね。久しぶりです」

「入る前にクーリェちゃんを預かるよ〜」

 変身を解除したプルルートさんが、寝ているクーリェを抱きかかえたので、私は増加装甲を解除し、手渡されていた鍵で門を開けました。

「今日泊まってもいい〜?」

「構いませんよ」

「やったあ〜。タワーだとぉ〜、ちっちゃいいーすんが仕事しろって煩くてぇ〜」

「帰ったらその仕事は片付けてくださいね。私も手伝いますから」

「えぇ〜」

 

 

 

 

 リビングに荷物を置き、ソファーに腰を下ろして一息着きました。

「疲れたぁ」

「久しぶりに冷や冷やしましたよ。でも無事にこの子を助けられて良かったです」

 ソファーに横たわるクーリェの寝顔をそっと撫でて、思わずふっと笑みが溢れました。

「本当にお母さんだねぇ〜。大っきいいーすんは〜」

「そうですか?」

「エリルちゃんの時もそうだったけどぉ〜、クーリェちゃんにも町で見かけるお母さんみたいな顔してるもの〜」

 知らず知らずのうちに、そういう顔になるものなのでしょうか。

「久しぶりの子育てだから頑張らないと」

「私達も手伝えることは手伝うねぇ〜。あ〜、エリルちゃんから連絡が来たよぉ〜。ちょっと怪我したって〜」

 何ですって! 

「だ、大丈夫なんですか?!」

 あの生物は正体がよく分からないからよくよく警戒して対処するように言ったのに……。

「ただの擦り傷みたいだよぉ〜。手配しておいたお医者さんも心配いらないって言ってたって〜。今日は、タワーに泊まっていくって言ってたよぉ〜」

「良かった……」

 これで大怪我でもしていたら、クーリェも気まずくなるでしょうし、一先ず安心です。

「あぁ、忘れるところでした。園子さんや弦十郎さんに、無事に辿り着けた事を知らせなくては」

「あ〜、それもエリルちゃんが済ませたらしいよぉ〜」

 流石はエリル、抜け目が無いです。

 

 

 

 

「うにゅ……、あれ……、ここどこ?」

 2人で話していると、クーリェが目を覚ましました。

「クーリェの新しいお家ですよ」

「ここが……?」

 寝惚け眼でキョロキョロと辺りを見回すクーリェ。知らない場所に来たのだから無理もありません。

「前に写真で見たお城のお部屋みたい……。ママ、本当はお金持ち?」

「あら、お金を全く持ってないと思ってたんですか?」

「あのエリルお姉ちゃんを見ていたらつい……」

「ふふふ、あの子はあれが気楽だからああしているだけですよ。私達が生活するのに必要なお金は、十分ありますから安心してください」

「そうなんだ……」

 

 

 

 

 

 クーリェと一緒にお風呂に入った後、屋敷の中を案内してから、この子を宛てがった部屋に連れて行きました。聞けば自分の部屋という物を持った事がなかったそうです。そこで、使っていなかった部屋に予備の家具や電子機器を置いて、予め一人部屋の体裁を整えておいてもらいました。

「ここが貴女のお部屋ですよ。どうですか」

「クー1人で使っていいの?」

「勿論」

「本当に?」

 私が頷くと、ゆっくりと部屋に入って、家具を触ったり、窓から外を眺めたりしながら、あちこち歩き回っていました。

「クーのお部屋、クーだけのお部屋……」

「気に入りました?」

「うん!」

「良かった。明日、持ってきた荷物は置くとして、今日はもう休みましょう。さっきまで寝ていたから眠たく無いかもしれませんが、夜更かしは体に良くありませんから」

「わかった」

 

 

 

 

 寝巻きに着替えたクーリェをベッドに寝かせて、この子の糸のような金髪をそっと撫でつけました。すると心地良さそうな表情をして、うとうとし始めました。

「ママに撫でられるの気持ちいい……」

「それは良かった。今日は疲れたでしょう。ゆっくりと休んでくださいね。何かあったら隣にある私の部屋に来てください」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみ、クーリェ 」

 額にキスをして、この子が目を閉じたのを確認してから、私は自室に戻り、安楽椅子に座って愛用の煙管で一服しました。

「暫くは、煙草もおいそれと吸えませんね……。まぁ、娘の為なら些細なことです」

 オーディオアンプの電源を入れて、クラシック音楽を流して寛いでいるとしていると、ドアを叩く音がしました。

 開けると書類の束を持ったプルルートさんが、仕事を手伝って欲しいと頼んできました。ここの私が予め用意していたようです。

「あたしもクタクタなのにぃ〜」

「私も手伝いますから頑張りましょう。それにしても、ここまで溜め込んでいたとは……」

 ネプテューヌさんやエリルが、女神だった頃を思い出してしまいました。ネプテューヌさんは怠け癖、エリルは要領の悪さで、書類が溜まってしまうことが多かったものですから。尤も私も要領が良い方ではないので、人のことは言えませんが。

 

 

 

 

 

「やっと終わったぁ〜」

「1時間半ですか……。思ったよりも早く片付きましたね」

 時計を見ると、夜中の2時45分。寝るには少し遅い時間です。

「紅茶でも淹れてきますね」

「ありがとぉ」

 いつもの本の上に座って、ドアへと向かうと廊下からドタドタと誰かが走ってくる音が聞こえました。

 何事かと思い、ドアを開けるとクーリェが部屋の中に駆け込んできました。どうしたのでしょう。

「クーリェ?」

「ママ、部屋に怖い人が!」

「何ですって……!」

 こちらが留守にしている間に、不審者に入り込まれていたのでしょうか。見間違いや悪夢が原因かも知れませんが、とにかく見に行かないことには何も分かりません。

 そこでプルルートさんにクーリェを任せて、戸棚に仕舞っていた25口径のピストルを片手に、あの子の部屋に向かいました。こういう時は、魔法を使うよりも拳銃を使った方が部屋の被害も少ないでしょうし、不審者を負傷させてものちのち厄介な事にならずに済みます。

「エリルほど上手くはないですが……、物盗りくらいならこれでどうにかできる筈……」

 

 

 

 

 ドアを開け放って部屋に入り、中を確かめると、特にクーリェ以外の誰か居たような形跡はありません。それらしき人影はないですし、呼吸や物音など絶対に人間である以上立ててしまう音も聞こえません。

 灯りをつけて再度部屋の中を見回しましたが、やはり特に変わった様子はありませんね。

「部屋の中を誰かが歩き回った様子は無いですし……、そもそも不審者が侵入できる構造には……」

 天井には別に屋根裏に繋がる戸はありませんし、侵入路になりうる窓を開けられた形跡も無い以上、特に誰かが入り込んだ訳でもないようですね。

「後はこの家の中くらいですね。ですが家の中の防犯カメラに怪しい物は映ってないようですから……、残る原因はあの子自身ですか……」

 

 

 

 

 部屋に戻り、プルルートさんが客間に引き上げてから、クーリェに事情を聞いてみる事にしました。

「怖い夢?」

「うん……、あのね……」

 話を聞くと、どうも元の世界に無理矢理連れ戻される夢を見たそうなんです。それで飛び起きて、ここに駆け込んできたようです。

「ママ……、私ここから戻らなくていいよね? ずっとここにいていいよね?」

「勿論ですよ」

 不安がるクーリェをそっと抱きしめて、安心させる為に背中を撫でながらこう続けました。

「何も心配しなくていいです。ずっと居ていいんですよ。ここは貴女の家なんですから。無理矢理連れ帰らせるなんて、私やエリルが絶対にそんな事させませんから」

「お姉ちゃんは大丈夫そうだけど、ママの小ちゃな体じゃ」

「大丈夫です。こう見えても魔法使いですから、人間相手に引けは取りません。武器を持っていたって、そうそう負けませんから」

「魔法使いなの?」

「ええ。尤も貴女の知っている物とは少し違いますけどね」

「思ってたよりもずっと凄い人なんだ……」

「ふふ、ありがとう」

 

 

 

 

 その後はクーリェと一緒にベッドに入り、安心してスヤスヤと寝入るこの子を眺めていると、私も疲れから次第に目蓋が落ちて行きました。

「明日から忙しくなるから、ゆっくり体を休めておかないと……」

 クーリェの為に色々準備する事が山ほどあります。その為には、体調を万全にしておかないといけません。

「子育てにはブランクがありますが……、なんとかやっていけるでしょう。昔と違って、私はもう教祖ではありませんから余裕はありますし……、それに周りのみんなが助けてくれるから心配いりませんね……」

 エリルの時のように慣れない事だらけではないですし、仕事仕事で忙しかった教祖時代に比べれば、在宅ワーク主体のお仕事を用意してもらっているからクーリェに寂しい思いをさせずに済みます。考えてみれば、至れり尽くせりです。

「この子の本当の両親のように成れるかは分かりませんが、親として目一杯甘えさせてあげられるようにしないと……」

 幼い頃から苦労続きのようですし、実の両親に甘える事もままならなかったそうですから、先ずはそういうことを沢山してもらいたいものです。無論、度が過ぎないようにはするつもりですが、多少の我儘なら聞いてしまいそう。

「愛しいクーリェ……。ここでは、もう自分を必要以上に抑え込む必要は無いです。のびのびと生きてくださいな……」

 もう一度、クーリェの髪の毛を撫でて、私も夢の中へと落ちていきました。

 

 


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