夜の公園でランタンの蝋燭に火を灯す。そしてプラネテューヌから持ってきたラジオの電源を入れる。
ラジオから流れてくるジャズに耳を傾けつつ、紫煙を燻らせる。海の向こうでは朝なのだろうか。おはようだのなんだの言っている。いつもならAMや外国のラジオを聴いているけど、今日は違う。
「えーと、確かこの周波数だよね」
簪ちゃんが好きなアニメの関連番組がFMのこの局でしているらしい。だから数ヶ月ぶりにチューニングする。やっぱり音質はいい。
時間を見るとそろそろ始まりそうだ。さて………。
ランタンの火を消してこう話しかける。
「そこにいないで、一緒に聴かないか?居るのだろう、本音さん」
木の陰に隠れてこの前のあの子が私を見ていた。さてさて今度は何の用かな。
「や、やっぱりバレちゃってたよー」
たてなっちゃんから監視を続行するように命令されたから見張っていたけど、簡単に見つかってしまった。前みたいに取り押さえられることはないけど、こっちを見ていて私のいる方においでおいでと手招きしている。
「どうしたの、早くおいで」
かんちゃんと同じ声で話しかけてくる。ただかんちゃんと違って、なんだか怖い。暗くてあの人の顔がよく見えないのもあるけど…。迂闊に近づいちゃいけない気がする。
「じれったいなぁ。こっちにおいで」
掌を上に向けて、手招きをした。するとすーっとあの人のいる所に引っ張られていく。
「わわわわ…」
咄嗟に木の幹に掴まろうとしたけど無理だった。一気に強い力で引っ張られてベンチに座らされてしまった。なんなんだろう、この人。
「まあ、怖がりなさんな。とって食おうなんてせんからさ」
「それで、私に何か御用?」
あの人が葉巻をふかしながら私に質問してきた。
「大体わかるがね。簪ちゃんのお姉さんに命令されて監視を続行したとか…」
素直に頷く。多分、この人には隠し事は通用しない。
私が頷いたのを見て困った顔をしてこんなことを言った。
「貴女にこんなことを言っても何にもならんが…、そんなことをされては、あの子が来たくても来られないよ。ただでさえお姉さんの干渉を嫌がっているし。お姉さんになんとかそう伝えてもらえないかな」
「そうしたいけど…、たてなっちゃんが簡単に聞いてくれるかどうか…」
「難しいのかい」
「はい…、たてなっちゃん…、貴方があの時のことで…、かんちゃんに入れ知恵したんじゃないかと…、疑っていて…」
「あの時のこと…、あの子が専用機と候補生の地位を放棄したことかな」
「そう、それ…。あんなに苦労して手に入れたものを、あっさり捨ててしまったから」
「確かに不審がるのも無理ないが…、あれは本当に簪ちゃん本人が決めた事だしなぁ」
そう言って残っていた葉巻に火をつけて、紫煙を燻らせた。よく吸う人だ。
「そもそもねぇ、私がそんなことしたところで、何の意味もないんだ。私自身、他の代表候補生とは縁もゆかりもないし。もしそうなら今回みたいに機体そのものが、御蔵入りになるようなことを止めようとするだろうさ。上手くいけば、濡れ手に粟で苦労せずに専用機が手に入れられるのだから」
「それは…、確かに…」
「まぁ、それよりもね。本音さん…」
ベンチからスッと立ち上がって、あの人はこう言った。
「自省することも必要だと、簪ちゃんのお姉さんに伝えておくれ。人を疑うのも大事なことだ。しかしながら自分に何か落ち度がなかったか、と自分の行動も見直されてはいかがか、とね」
「は、はい…」
「それじゃあ、これで失礼。夜遅いから気をつけて。ああ、それともう一つ。命令に従うのもいいが、やり過ぎると取り返しがつかなくなるよ」
そのまま歩いて、トイレに入っていった。
その後、20分しても出てこないから見に行くと居なかった。一体あの人は何者なんだろう。
「さあてね」
「まあ、あの子は早めに手を打てば、簪ちゃんのお姉さんみたく痛い目を見ないで済むかもねー」
さてさて野暮用も済んだことだし、引っ越し作業に戻るとするか。
塒に戻るとイストワールが荷造りをひと段落させて一服していた。
「ああ、夕凪さん。お帰りなさい」
「イストワール。荷物はこれで全部?」
「全部です。あとは目的地に跳ばすだけですね」
「あんがとさん」
「いえいえ」
そう言いながら煙管で一服しているイストワール。見てくれからは信じられんが、割と喫ってるんだよね。酒もかなり強いし。
「その煙管、大事に使ってくれているんだ。ありがとう」
「使いやすいですから」
私もつられてコイーバを取り出して、ナイフで先を切り落として火を点け、口に咥える。
月明かりに照らされながら、2人で紫煙を燻らせた。
如何でしたか。
夕凪の声が簪さんの声と本当に同じなのかは、私にもわかりません。何せ声を変えるのが、得意な子ですから。
女神なのか何なのか、夕凪とは何なのか。
確定していることは、簪さんの拠り所であることぐらいでしょうか。
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