霧が立ち込める夜明け前の公園でゆっくりとブランコを漕ぐ。この時間なら子供達に遠慮することなくこういうこともできる。ゲーム全盛期の今でも外で遊ぶ子供はちゃんといる。ゲイムギョウ界の女神だった私がこんなこと言うのもなんだが、外で遊べるうちに遊んだ方がいいだろう。ゲームなんて大人になってからでもできる。
「おや……?こんな朝早くに…」
霧の向こうから誰かが歩いてきている。まだ4時くらいだ。こんな時間にここに来る人間はそう多くはない。精々、巡回中の警察官や散歩に来ている近所の人くらいだ。大体の人の気配は知っているが、その誰でもない。いったい誰だ?
一応のこともあるから内ポケットにしまってある鉄扇を取り出す。前にホームレス狩りの悪餓鬼共が襲ってきたことがあったからね。とっとと返り討ちにして、知り合いのお巡りさんに突き出したけど。必要以上に傷つけんようにするの大変だったよ。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」
少し警戒していると、容姿が見えてきた。
癖のある水色の髪と紅い眼。随分と疲れきった顔をしている。服装は茶色いコートとベストのような制服、ありゃ簪ちゃんの学校の制服だね。あの学校、制服の改造もできるのか。
「隣、良いかしら…」
その人は隣のブランコに腰掛ける。そしてゆっくりと漕ぎ出す。ただそれだけ。
別に声を掛けるようなことはしない。相手が話し出すのを待つ。そうしないと相手が考えていることを引き出せないものだ。
「ねぇ、貴方が…、簪ちゃんの新しい友達…?」
頷く。別に間違いではない。
こんな事を聞くってことは、おそらく簪ちゃんのお姉さんで間違いないだろう。昔見たことのある顔だ。
「そう…、ところで、一つ聞きたいことがあるのだけど、良いかしら…?」
「何か?」
「簪ちゃんのことなんだけど…」
「簪ちゃんのこと」
「あの子、なんで…、あっさりと…、手に入れたもの…、捨てられたのかしら…」
「さあてね、それは、そればかりは、簪ちゃんの胸の内を覗き込まないと分かりません。あの子のことですからね」
「貴女が何かしたわけじゃなくて…?」
「何かしたか…?そうですねえ…。強いて言えば、あの子の話を聞いていただけですよ。私に出来る最大限のこと。ただただ話を聞いただけですよ」
「まさか…、そんなことくらいであの子があんな事するなんて」
納得いかないようだ。このお嬢さんは。仕方のない話ではある。こういう拍子抜けするくらい単純な事ほど、人間にとっては信じがたい話なのである。
「嘘かどうか疑うのなら簪さんに聞いてごらんなさい」
「それが出来れば苦労しないわよ!」
おやおや、逆鱗に触れてしまったようだ。危ない危ない。
「なぜ出来ないのです?」
「それは…、あの子に避けられているからで…」
「どうして避けられているんですか」
「それは、あの時の私の言葉が…」
「言葉?」
「貴女は何もしなくていい。無能でいなさいなってことを」
「成る程、避けられて当然ですね」
「そんなことわかってる」
「そうですか」
わかっているならいい。結論を出させる手間が省ける。
「ひとつ質問を。どのような状況下でその言葉を投げかけられたのか」
「私が家を継いで、当主になったとき」
「御当主になったとき。重ねて質問を。何故そんな言葉を投げかける必要があったのか」
「それは私の家は、命に関わるような稼業をしているから」
「あの子はそれをご存知か」
「当然よ。基礎訓練は受けているから」
「貴女の真意が、あの子に理解してもらえるものと思っていたのか」
「ええ」
「今は」
「ないわ」
「関係修復は図ったか」
「色々試したわ。誕生日にプレゼントを贈ったり、データを密かに送ろうとしたり」
「努力はした、と」
色々やるだけやったようだ。しかし意味ないだろうな。拒絶反応を起こすような相手に、近寄ろうとする人間が何処にいる。イカアレルギーの人間が、無理にでもイカを食べようとはしないのと同じ理屈だ。
「ええそうよ。でも無理だった。そこで考えたのが、専用機のデータ流用よ」
「後先考えましたか?」
「後先?」
「外国製の機体データなぞ国家機密でしょう。そんなもの使ったらどうなるかくらい分からなかったんですか」
「全く。何かあってもどうとでも手を打つつもりだったわ」
「どうとでも…ねぇ」
この子の家が何をしているのかは知らないが、そうそう上手くことが運ぶものか。それこそ妹を危険に引き込むことになるだろうに。どうも肝心なところで詰めが甘いな、この人。優秀ではあるらしいが、それがかえってこういう見過ごせない穴を開けているのやもしれん。
先っぽを切り落としたコイーバに火を点けながら、わたしはそう推察した。
「実際のところは、危険な状況を招く前に、簪さんが真相に気づき事なきを得た」
「危険な状況なんて…」
「まぁ、何にせよ、イチャモンつけられるものを妹さんが使わずに済んだんだから良しとしたらどうです」
「良しとしたらって…、でもそれじゃあ私がしたことって…」
「さあてね。まあ、とんでもないレベルでやり方を間違えて、妹さんとの関係修復がますます難しくなってしまったのは事実ですね」
まぁ、無理に修復させんでもいいだろう。
「なんとか修復させる方法は無いものかしら」
「身の回りの人に聞いてみたらどうですか。私よりも」
「貴女から説得してもらえないかしら」
「簪さんの信頼を損ねることになるからお断りします。貴女との繋がりがないことが、彼女に信頼されている理由ですから」
「そっか…」
当てが外れたようだが、簪ちゃんとの関係を持続させるにはこの人の頼みを聞くわけにはいかない。そもそもだ。他所の家の姉妹関係の修復に、何で私が手を貸さなきゃならないんだ。双方がそれを望むのなら兎も角、あの子は別段そうは言ってない。無理にそんなことしても仲直りなんかできやしないのだ。無益なことはしたくない。
「時間取らせちゃったわね…、それじゃ」
「やーれやれ、終わったね…」
何だったんだ、この問答は。まぁどうでもいいがね。
「イストワール、聴いてたかい?」
「はい…、何とも言えないですね。お姉さんの方は、仲直りすることに積極的なようですが…」
通信機の向こうからイストワールが答える。
「簪さんは今のところそうでもないようですからね…」
「あれだけ振り回されたら誰だってそんなこと思わん」
「私でも無理だと思います」
まぁ、簪ちゃんがどうしたいかが噛み合わないと仲直りすることは出来ん。双方がそう考えんとどうにもならないのは、人間同士でも国同士でも古来より変わらない。
「さてと、そろそろ私もそちらに向かうよ…」
ブランコを大きく揺らして、飛び降りる。落し物がないか確認して公園の出口へと足を進める。
「さあて、ここへ帰るのはいつになるか…」
帰る前に公園がなくなっているかもしれんが…。
そんなことを考えつつ、私は公園から出て行った。
結局のところ、夕凪は簪さんが動かない限りは、何もしないつもりです。この子は余計なお節介を焼くことが嫌いですから。
それにしてもアニメでは何でああもあっさりと最後仲直りしたのか。未だによくわからないです。