BanG Dream! 少年とパレットで描く世界 作:迷人(takto
(1)ある日の居残りレッスンにて
都内某所、某芸能プロダクションの管理しているスタジオにて、
Pastel*Palettesのメンバー、彩、日菜、麻弥、イヴの4人はレッスンによって流した汗を拭きながら一息ついていた。アシスタント兼便利屋と化している拓人は、そんな彼女たちにペットボトルのミネラルウォーターを差し入れる。
「みんな、大分合わせられるようになってきたね。」
ペットボトルに口をつけながら彩が呟いた。
熱気で曇ってしまっていたメガネを拭きながら麻弥がそれに答える。
「そうですね。皆さん、寄り以前よりも周りの音を意識するようになってきている気がします。」
「本番を意識しなかったら、彩ちゃんもちゃんと歌えるもんね。」
「も、もう日菜ちゃん!本番だってミスしないよ~!」
備え付けの椅子に座って足をパタパタと揺らしていた日菜のちょっとした皮肉に彩はすかさず異を唱えた。
「これも一重に、居残りして練習をしている成果だと思います!」
イヴの言うとおり、居残りで自主連をするようになってからメンバー間の交流も増えてより意志疎通ができるようになってきている気がする。
「千聖ちゃんももっと一緒に練習できたら良いのにな…」
「しょーがないよ。あたしたちと違って他の仕事もあるんだし。」
千聖は相変わらずレッスンに参加できる時間は短い。その分を自主連で埋めてはいるようだが、合同でとなると未だに合わない部分が多々あった。
「何か良い方法が無いもんッスかね…。」
「一応前に俺が聞いたときには、あともう少しで大きな仕事は一段落つくから練習に割けると思う、とは言ってたけどね。」
「今のところはそれ次第ですか…。」
麻弥が手をこまねいていると、イヴが挙手しながら口を開く。
「あの、今日もこの後残って練習していきますか?私はもう少しやっていきたいんですが。」
持っていたペットボトルを置いて彩は立ち上がりながら答える。
「うん、私も気になるステップがあったし、歌以外にも身に付けられることがあると思うから、やっていくよ。」
「ま、今帰っても多分暇だし、あたしも付き合うかなー。」
「ジブンもまだ少し見直すところがあるのでご一緒します。」
つられて日菜と麻弥も賛同する。
それを聞いて一応設備の確認をしていた拓人は
「それじゃあ、終ったら声をかけてもらってもいいかな? いつも通り使用時間は厳守でお願いします。」
そういってスケジュール確認と練習メニューの調整を行おうと机に向かおうとしたところで日菜が呼び止める。
「ねぇ、たっくんもたまには一緒に混じってかない?」
「え?」
拓人は足を止め振り替える。アイドルでもない自分が何故誘われたのか理解できなかったからだ。
「こっちの練習終わるまで待ってるのはつまんないでしょ? 個人個人で確認する事以外は基本的にストレッチとか軽い体力づくりだし、やって損はないと思うけどな。」
確かに、運動はけして苦手とは言わないが、自信があるかと言われればそうでもない。これからこの仕事を続ける上で何かと必要になってくるような気もする。
「でも、皆が最初にどういう事をしてるのかちゃんと見たこと無かったし、どうすれば良いのか。」
「まずは柔軟かな。レッスン前はかるくならす程度だけど、みんなでやる時はしっかり伸ばす感じでやってるよ。」
「あとはこのスタジオ内でできる簡単な有酸素運動とかですかね。」
彩がすかさず説明し、それに麻弥が補足をする。
「楽器を演奏したりパフォーマンスしたり、なんだかんだ体力を使うものだからね。やって損はないと思うんだ。」
拓人はなるほどと頷く。
「まぁ、それくらいなら。」
「じゃあ決まりだね!」
日菜に促されながら、一応持ってきている運動用の服に着替えて参加する。
始めてみると、彩に言われたとおりかなりガッツリとしたストレッチだった。自分が最近どれだけ運動していないか実感する。
「ありゃりゃ、たっくんけっこう体固いね。 」
「運動部って訳でもないし、普段そこまでしっかり体操する訳じゃないからね…。」
その様子を見て何を思ったのか、日菜がニヤリと口角をあげる。
「それなら手伝ってあげるよ!」
「え。ちょっと!?」
そう言いながら、開脚をしている拓人の背中に手が添えられる。
普通であれば、現役アイドルに触れられるというだけでもご褒美だと思われるだろうが、次の瞬間、そんな思考は吹き飛ばされた。
「あだだだだだだだだただだ!!!!!!!!」
日菜が拓人の背中を押す。その容赦の無い力によって一気に伸ばされた股関節が悲鳴を上げ、おまけに拓人自信も悲鳴を上げた。
「あー!ひ、日菜さん!やるならもっとゆっくりやらないと!!」
「あーそっか。ごめんごめん!」
かかっていた力が抜けて拓人の体が再び自由になった。
「関節外す気か!?」
「いやー、思いっきりやった方が効くかなーって思って。」
「人間そんなすぐに体柔らかくなんてならないよ!」
「江古田くん大丈夫?」
彩が心配して拓人に近寄る。
「まぁ、日々の習慣を怠っていた俺も悪いし、これ以上は言わないけど。つぎやったら怒る。」
「今も十分怒ってると思うけどな…。」
「返事は…?」
「はーい。」
本当に反省しているのかはいささか疑問だが、とりあえず不問とした。
ストレッチの次は筋トレ。曰く、ある程度筋力もないと連日仕事があったときに体が持たなくなるからという。筋肉は裏切らないと誰かもいっていた。
「まずは一通りやって…ただそれだけだといつもと変わらないから、今日はちょっと趣向を変えて、時間内に何回やれるか、とか競ってみない?」
他の面子も面白そうだと賛同する。
「じゃあ、一番できなかった人は罰ゲームとかやっちゃう?」
「なるほど、面白そうっすね。ジブンはいいですよ。」
ちょっとしたレクリエーション感覚だが、これによりコミュニケーションをとり、お互いの距離をより縮めることができる。それに期待して拓人も賛同する。
「それでは、罰ゲームは何に致しましょう?」
イヴの問いかけに皆少しの間沈黙し、考える。
「あ、じゃあ!物真似とかどうかな?芸能界って何かとそう言うの振られることあるだろうし。」
彩が案をのべ、皆それにたいして異論はなかった。
負けられない闘いが始まろうとしている。
麻弥がスマートフォンのタイマーアプリで開始と終了で音がなるように設定する。
開始の音がなった瞬間から一斉にスタートし、終了時点で何回出来たかを口頭で伝えるというルール。
「よーし!じゃあ恨みっこなしだよ?」
「負けません!」
「よ、よろしくお願いしまっす!」
「頑張るぞー!」
(負けるわけにはいかない…!)
罰ゲーム以前に男としての尊厳を失うわけにはいかない。拓人は気合いを入れた。
全員手をついて四つん這いになる。麻弥がスタートボタンを押して10秒ほどでスタートのアラームが鳴る設定だ。
「それでは、行きますよ・・・!」
タップ音が鳴るとともに緊張が走る…。カウントが0に近づくたびに早鐘をうつ心臓。
緊張から、汗が頬を伝い落ちる。それと同時に、開始の合図が鳴り響いた。
勢いよく腕立てを始めると、想像していたよりスムーズに動くことができた。これならいけるか、と一瞬そんな言葉がよぎるが、そんな考えは一瞬で訂正することとなる。
視界の端で高速で動く影が見えた。
日菜だ。
(は、速すぎんだろ!?)
日菜だけではない、それに負けじとイヴも追いかける。その二人ほどではないが、麻弥も拓人を上回る速度で回数を稼ぐ。彩はどうやら同じくらいの速度に見える。つまり、最下位は拓人と彩の二人による争いとなる。
(負けられねぇんだよぁおおおおおお!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、終了のアラームが鳴る。
「やったー!あたしが一番だね!」
「うーん、悔しいです!もう少しだと思ったんですが。」
「あはは、お二人ともさすがっすね…。」
「それでも麻弥ちゃん、私より回数稼いでたよね。」
そんな会話をよそに、床にうつぶせで突っ伏す拓人がいた。
最終的な順番は声を上げた順番通り、そんな中一人一言もしゃべらなかった拓人の順位はお察しの通り、最下位。
「まさか…こんなに差があるとは…。」
「大丈夫っすか拓人さん…?」
「そっとしておいてください…。」
すっかり傷心の拓人はそのまま微動だにしない。
「ま、まぁ急だったし、こういうこともあるよ!」
「そうですよタクトさん!正々堂々戦ったことが大事なんです!」
すかさず彩とイヴもフォローを入れるが、
「今はその心づかいが逆につらいです…。」
今の拓人には何を言われても無駄だった。
そんな拓人をよそに日菜が口を開いた。
「でもまぁ、一度決めたルールだから仕方ないよね。」
無情にも思える一言だったが、それに乗ったのはほかでもなく自分自身だ。気持ちの整理をつけてから、4人から少し離れたところに立つ。
(仕方ない…か…。)
拓人は意を決した。
(何やるのかな~?)(あんまりこういうことするイメージないですし)(正直ちょっとだけ楽しみだったり…)
少女たちが内心そんなことを考えていると、
「じゃあ、まぁ…、やります。」
その場に緊張が走る。
拓人が深く深呼吸をすると、口を開いた。
「スタジオ入りの時の白鷺さん…。
『おはようございます。今日も一日、よろしくお願いしますね。』」
一瞬の沈黙、そして一斉にあたりを見回す少女たち。その様子が気にり拓人が尋ねる。
「あの…どうかした?」
「どうって、今“千聖ちゃんの声”しなかった?」
「はい?」
不思議なことにその場にいた全員が千聖の声を聞いたという。しまいには、どこかにスピーカーがついているのではといい始める。
「たっくん!もう一回!もう一回やってみてよ!」
日菜に言われて同じようにやってみる。
「うん、やっぱり千聖ちゃんの声に聞こえる。」
「はい、しかもかなりのクオリティです。」
「これってもしかして声帯模写っていうものですか?」
拓人自身驚いていた。確かに昔から、多くのアーティストの歌い方を真似てみたりしたこともあったが、それがそんなに似ているといわれるとは思ってもみなかった。拓人は何か新たな道が開けたような気がした。
「そういえばたっくんって、男の子にしては身長小さい方だよね。」
そんな日菜の一言が拓人の胸に突き刺さる。拓人の身長は160㎝弱で、麻弥や彩たちとあまり差がなかった。それに加えて、男らしからぬ顔立ちをしているため、小学校低学年くらいまでは女子に間違えられることも多々あった。
「これ、いざって時に変わり身とかできるんじゃない!?」
どこまで本気で言っているのか、冗談で言っているのかはわからないが、日菜がそんなことを言い出した。
「いや、それはいくら何でも…。」
フォローを入れる彩をよそにテンションを上げながら日菜が続ける。
「そうなったときのために練習しようよ!もっと別のセリフ言ってみて!」
そんな悪乗りに少しずつ付き合っていたら、ほかのメンバーもヒートアップしてきて、いつの間にか練習のことを忘れて物真似ショーが始まっていた。
ノリにのった拓人は最後に一番感情のこもった声で千聖の真似をする。
「みなさんとどこかでお会いできる日を楽しみにしています!」
直後、なぜか彩達が固まる。何事だと思ってみてみるとどうやら自分の後ろをみているようだった。嫌な予感がする…恐る恐る振り返ると、そこには笑顔のまま微動だにしない千聖が立っていた。
「まだ明かりがついていたから気になってきてみたのだけれど、ずいぶんと面白いことをやっているじゃない。」
「いや!これはその!誤解というかなんというか…!」
「言いたいことはそれだけかしら?」
笑顔のまま威圧感を放つ千聖を前に言葉を発せなくなる拓人。
そしてそれからしばらくの間、拓人は物真似禁止を言い渡されたのだった。
初めて私の創作に感想をいただきました。誠にうれしい。ありがとうございます!
そんな感じで久しぶりにテンションがあってこんなものを書いてしまいました。少しずつですが読んでくださる方も増えてきているようなので、なんとか思い描いた終わりまで進めたいと思います。それまでまだまだ地道に頑張ります。