古明地こいしの有効範囲   作:サクウマ

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ちょっぴり長めのお話です。
時間表記については後書き欄にまとめてあります


第六編 登場:封獣ぬえ、聖白蓮、ほか命蓮寺組

「そういえば聖さん、昨晩は油舐め妖怪が出たんでしたよね」

 

 あの後は、大丈夫でしたか? と。

 

 こいしが唐突にそんなことを言うものだから、私は思わず咽せてしまった。

 

 

 

    【正体不明「油舐め」】

 

 

 

 古明地こいしが定期的にここ、命蓮寺を訪れるようになってからしばし。私や一輪やムラサあたりはこの間まで地底住まいで一応こいつとは面識があるし、聖も妙に気に入っている。だからこいしはあっという間にここに馴染んで、時折なんかは布教活動も手伝うぐらい。でもその割には帰依していたりするわけでもなくて、肉も食べるし酒も呑む。寺としてはかなりのイレギュラーだけど、まあイレギュラーなりにしっかり馴染んでる、というのがここ最近の話。

 

 そういうわけで、今朝に起きたら当然の顔してこいしが来てて、端の空き部屋から顔を出しつつ手を振ってても、まあよくも悪くもいつものことで。星は慣れた手つきで予備のお皿を一枚出して、皆で揃って朝餉をしていたわけだけど。

 

 からの、これだ。

 

 勿論私だって油舐め妖怪ぐらいは知ってるけど、それが家で言われるか、或いは寺で言われるかでは少々意味合いが異なってくる。

 

 要するに、寺における油舐め妖怪というのは、言うなれば一種の隠語なわけで。

 

 寺の僧とて所詮は人間、欲望にはすぐ負けるもの。肉が恋しくなることなどはざらにある。でもだからといって買いに走るのは難しく、狩りをするのも非効率。そもそもすぐに欲しいのだからその場にあるもので錯誤する。その結果たどり着くのが、灯りの油を舐めること、というわけ。

 

 されどこれとて障害は多い。口を閉ざせば油の減りが理に合わず、正直に告げれば戒律破り。故にこういう辻褄は、妖怪のせいと転嫁される。元々が、そうして生まれたのが油舐め妖怪なんだけど。

 

 そうなると、つまるところ、こいしは聖の戒律破りを暴露したわけで。

 

「……うっそだあ」

 

 私がそんな声を漏らしたのも、仕方ないことだと思う。

 

 なにせ、あの聖だ。戒律を恐ろしいまでに愚直に守り、一輪が隠れて酒を呑めば拳を脳天に叩きつけ、ムラサがこそこそと肉を食えばバイクを唸らせ引きずり回し、私がついつい悪戯すれば一時半は説教を続ける、あの聖だ。有り得ないでしょ、とマミゾウと顔を見合わせて、それからはたと皆の様子を見回すと、最初に口を開いたのはまさかの星で。

 

「あらら、それは大変でしたね」

 

 いや、お前の頭の方が大変なんじゃないの?

 

 まあ無理もない。うちの御本尊さまは有能だけど、なにせ常識に疎いのだ。私たちが地上に出てきた時なんて、夜盗の演技に騙されてまんまと宝塔を奪われていたぐらいだから、まあ相当なものなわけ。そんな星なら、まあ知らなくてもおかしくない。

 

「うわー大変ですね! 聖姐さんのところにそんなんが出たんなら、私のとことかムラサのとことかにも出るかもですね!! あーいやだなー困っちゃうなー!!」

 

 一拍置いてそんなオーバーリアクションを見せたのは、一輪。あれはまず分かって言ってると見ていいかな。

 

 一輪の言いたいことは、こう。「自分がやっておいて、人がやったら叱るなんてことはないですよね?」

 

 いやはや、なんというか、一輪らしい。流石に血眼で戒律の抜け穴探してるだけはある。分かるよ。美味しいもんね、お酒。

 

「困っちゃうなー!!」

 

 そしてそいつをリピートするのが、ムラサ、ではなく響子。こいつは絶対分かってないね。「ところで油舐めってなんですか?」って顔してるし。一輪の言葉に呼応したのは、山彦の習性がつい出ちゃったんだろう。

 

 ムラサの方は、黙ったままに困った顔して笑ってる。一輪に乗っていいものか、ちょっと逡巡してるみたい。ああは見えてもムラサって基本的には慎重だしね。そういう意味では納得の判断。

 

 そして聖は、ちょっと顔が強ばってる。反応を見るに、こいしの言ったのは本当みたい。いやはやびっくり、まさか本当にあの聖が、ねえ。やっぱり所詮は人間ということなのかな。

 

 でもやっぱり流石は聖というか、すぐ我に帰ると表情を取り繕って。

 

「ええ、あの後は大丈夫でしたよ。どうにか説き伏せて去って頂きました。ですが、いつまた現れるかも分かりませんからね、皆さんもくれぐれも気をつけてください」

 

 うん、模範解答。話を合わせて、あの後はやっていないことを暗に伝えつつ、やりすぎたら怒りますよと警告してる。随一とまでは言えないけれど、流石に住職やってるだけはあるよ。

 

 ちなみにこの直後、ある意味予想通りに響子が「ところで油舐め妖怪ってなんですか?」と言い始めたので、それでこの話は有耶無耶になった。私だけは食後にこいしに声をかけて本当なのかと尋ねたけど、こいしは「しばらくすればぬえちゃんにも分かるよ」とにこにこするだけで、私にはさっぱり分からなかった。

 

 

 

 

 

 こいしが聖の秘密を暴露した、とは言え。

 

命蓮寺というのは、そんな程度でなにか変わるほどやわじゃない。実際、その日は何もない、呆れるほどにいつも通りの一日だった。こいしはいつの間にかいなくなっていたけれど、まあこいしは元々そういうやつだ。

 

 次の日も特にはなにもなかった。前の日に油舐め妖怪のおどろおどろしい与太話を聞かされた響子が一人で寝れずに星に添い寝してもらったり、一輪が「昨日は私のところに来ましたよあの油舐め妖怪! まあ気付いた時に拳骨落としてやったらすぐ消えましたけどねガッハッハ!!」などとほざいてたりしていたけど、まあそのあたりは誤差の範囲で。

 

 更に次の日も、なにもなかった。ムラサが「油舐め妖怪、私のところにも来ましたよ。あいつの服って水を弾くんですね。面白いなあ」なんて言うので、一輪にしろよくもそんな与太話が臆面もなくできるなあなんて私は感心したんだけど、でもそのくらいの驚きなんて日常にでも溢れてる。だからあくまで、いつも通り。

 

 妙なことになったのはその次の日、こいしの暴露から三日目の朝のことで。

 

「ねえぬえ、あんた昨日の夜は何してた?」

 

 朝食の前、物陰に隠れて、一輪が私に尋ねてきたわけ。

 

「何って言われても、ねえ」

 

 私は昨日は、マミゾウと飲みに行っていた。確か夜雀亭とかいう名の屋台で、酒もつまみもなかなかの味。勿論マミゾウは化けているし私も種を使っているから見られてしまっても問題ない。こうやって保険をかけておくのが、一輪たちとは違うところなんだけど。

 

「あーやっぱりいいわ。その反応でだいたい分かった」

 

「なにその癪にさわる言い方」

 

「気付いてないなら言うけどね、あんた隠し事下手なのよ。私は別に構わないんだけど、正体不明としてそれはどうなの」

 

 痛いところを突かれてしまった。確かに私は隠し事の下手なところがある。だから悪戯をするときだって仕掛けでほとんど済ませちゃうし、聖に問いただされた時にはすぐ正直に白状しちゃう。まあ、そこまで深刻に困ってはないから、いいんだけど。

 

 それよりも、と私は一輪に問いただした。

 

「それはどうでもいいからさ、教えてよ。なにかあったわけ?」

 

「まあ、そうね。ぬえの仕業じゃないって分かったわけだし、言っちゃったって問題ないか」

 

 途端、一輪の顔が深刻さを帯びて。

 

「油舐め妖怪が出たのよ。比喩じゃなくて、ほんとに」

 

「へえ?」

 

「いやはや話には聞いていても、いざ遭遇するとびびるわね。一発殴ったらどっか行ったけど、おかげであんまし寝れなかったし」

 

 一輪はそう言って、やれやれというように首を振った。

 

 一輪はどうにも、驚かされるのにほとほと弱い。地底時代にはこいし以外にも、釣瓶落としとかその他諸々の驚かしてくる妖怪達と会っていたし、そろそろ耐性つく頃じゃないかと私なんかは思うけど、一輪としてはどうにもそうじゃないらしい。胆力は随分あるのにね。元人間はこれだからよく分からない。まあ元から妖怪だったとしても分からないやつは分からないけど。

 

 でもまあそれは重要じゃない。問題なのは、油舐め妖怪が本当にいるらしいということ。こうなってくると、こいしの言葉が俄然意味を持ち始めるわけで。

 

「……これは、こいしに連絡取るのがいいかもね」

 

 私は一言呟いて、それはそれとて朝餉に向かった。

 

 

 

 

 朝餉を終えて、一息ついて、さあこいしを呼ぼうとなって。私は押し入れから、紫色の黒電話を取り出した。

 

 電話線はない。接続するような穴もない。何故かといえば、必要ないから。

 

 番号を打たずに、そのまま受話器に手をかける。じりりりり、と呼び鈴が響き、続いてぴっと電子音が鳴った。

 

「もしもし、私こいしちゃん。今こころちゃんと遊んでいるの」

 

「やほ」

 

「あ、やほーぬえちゃん」

 

 この電話は、私がこいしから貰ったもので、いつでもこいしに連絡できる道具らしい。曰わく、メリーさんのオカルトを応用させてできたものだとか。なにしろこいしは風来坊だから、どこにいるかなど分かりやしない。だからこいしは友人知人みなにこれを渡しているというわけで。

 

「いやちょっとさ。こないだの油舐めの話について、詳しく聞かせて欲しいなって」

 

「……あーそっか、今日で三日目だったっけ」

 

 私の言葉にこいしはしばし、考え込むように黙りこくって。

 

「おっけーちょっと四半刻待って。このゲーム終わらせちゃってすぐ向かうから」

 

 続いて何事もないように、軽い調子で言葉を紡いだ。

 

「なんのゲームしてんのさ」

 

「人生ゲーム。今こころちゃんが旧地獄行きになったところよ」

 

 どんな人生ゲームだそれ。

 

「そんなにすぐに終われるわけ?」

 

「大丈夫よ。もし間に合わなければ木の下に埋めてもらっても構わないわ」

 

「はいはい、じゃあ折り返し電話待ってるよ」

 

 がちゃり、と受話器を置く。ああは言ったけど、あれでこいしも地底の住人だ。鬼と同様に約束を違えることを厭うし、遅れることはないと思う。

 

 ……ちなみに、こころの家、つまり神霊廟からここまでは相当に距離が離れていて、少なく見ても一刻はかかる。人里というのも、そのくらいには広いわけで。

 

 であれば、こいしは何故、四半刻で着くなどと言ったのか。それも簡単、こいしの能力があれば可能だという、それだけのこと。

 

 じりりりりん、と黒電話が絶叫した。

 

 私が受話器を手にした途端、辺りの空気が凍りつく。慣れ親しんだ感覚――怪異の前兆だ。

 

 

 

 

――私、メリーさん――

 

 

 

 

 そのまま受話器を耳に当てると、酷く無機質な声がそう告げる。

 

 種を知り、更に恐怖を糧とする私ですらも、背筋が冷えるほどの不気味な声。薫子とやらは、初めて幻想郷を訪れたときにこいしと出逢ったらしいけど、それはいくら私でも、流石に同情を禁じ得ない。

 

 

 

 

――今、あなたの――

 

 

 

 

 声がぶれる。受話器から聞こえてきたはずの声が、辺りで反響し干渉し、発生源を曖昧にする。

 

 

 

 

――後ろにいるの――

 

 

 

 

 そして、最後の言葉は、明らかに後ろから聞こえてきた。

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

「はいはい」

 

 振り返ると、こいしがいた。

 

 認知に準拠する妖怪の性質と、認知を改変するこいしの能力、それに定点移動を行う「メリーさんの電話」という怪異の性質。それらを組み合わせるなんて高度なことをして、結局やるのがワープ移動というところは、なんというか、こいしらしい。

 

「じゃあまあ、ちゃっちゃと準備をしちゃおっか」

 

「いや、なんの?」

 

 私は訊きたいことがあると言っただけで、何ひとつ内容には触れてないんだけど。

 

 そんな疑問符を言外に含んだ私の言葉に、こいしはにこりと笑って応えた。

 

「もちろん、妖怪退治のよ」

 

 

 

 

 日が暮れて、皆が寝静まった頃。

 

 私はこいしの後に続いて、端の空き部屋に向かっていた。

 

 こういうとき、こいしの能力は便利だとつくづく思う。ひとを起こすこともないし、相手に感づかれることもない。

 

「聖さんのところに油舐めが出たのはほんとのことよ。けれどもね、聖さんの説得で姿を消したのは勘違い。あれに聖さんの言葉を解する意識なんてなかったもの。実際のところ、それは私がやったのよ。私はそのとき聖さんとそもさんせっぱしてたのだけど、続けるにはあれが邪魔だったのよ。だから本能をちょっと弄って、一旦退席してもらったの」

 

 こいしはあの日の裏事情を、そういった風に語っていった。

 

「すると、聖には悪いことをしたな。戒律破りなんていう、全くの濡れ衣を着せちゃった」

 

「そうね、悪いことをしちゃったわ。そうなることを分かったままに、私はそう言ったんだもの」

 

「へえ?」

 

「そしてあわよくば、噂話をすり替えたままに油舐め妖を消そうとしたの。聖さんは殺生を嫌うけど、あれは消滅させないとただ厄介なだけだから。でも直接手を下すのは流石にどうかなって思うから、だから自然にそうなるよう仕向けたのだけど」

 

「でも、そうはならなかったわけね」

 

「ええ。一輪さんの戒律破りに聖さんが気付いてくれて、それで説教をしてくれてたら良かったのだけど。やっぱり駄目ね。知慮謀略はお姉ちゃんの専門、私にはちょっと荷が重いわ」

 

「じゃあ、こいしの専門は?」

 

 私の質問に、こいしは振り返り笑って応えた。

 

「古今東西、妹の仕事なんて決まっているものよ。姉をむむむと困らせることと、姉を裏から支えること。つまり、悪いことと、お膳立てよ」

 

「……なるほどね」

 

 私は納得して頷いた。どちらもこいしの得意なことだ。

 

「さ、ぬえちゃんの準備はできた? 今日の主役はぬえちゃんなのよ。しっかりやってくださいな」

 

「分かってるって」

 

 私はこいしと笑いあって、それから部屋の戸を開けた。

 

 

 

 

 油舐め妖怪は、坊主の姿を象っていた。しかしながらも、その頭こそ人間らしいが、その胴体は猫のそれだった。要するに、人面猫。それが舌を三尺ほども伸ばして、缶の油を舐めとっている。なるほどこれは一輪でなくとも、枕元にいたらびびるわな。

 

 対して私も、鵺の姿を象る。顔は猿または猫か牛。胴は狸で鶏で虎。手足は狸であり虎でもあり、尻尾は狐と蛇と成る。

 

 まったくもって支離滅裂、けれどもそれこそが私の本質。未知の権化であり、混沌の体現であり、正体不明の存在。それこそが鵺妖怪の原点というわけ。

 

 そしてこの支離滅裂さこそが、今回の話の鍵となる。ここまで多くの姿があれば、今更猫の四肢や胴などが加わることとて問題はない。

 

 そもそもの話、鵺妖怪のそのものが、妖獣を食らって我が力とした存在なれば。

 

 こんな小物妖怪の一匹など、食らえぬ方がおかしいというもの。

 

 勝負は一瞬。抵抗する間も与えぬままに、猿の口が、猫の口が、牛の口が、油舐めをくわえ込み嚥下する。

 

 妖怪食らい。弱い妖怪が力を得るための手段にして、人が妖となる術にして、対象をこの世から抹消する手法。

 

 これで命蓮寺を困らせる小妖怪はいなくなった、とはいえ物語はまだ残っている。物語あるところ妖怪あり、語られる限り油舐め妖怪は復活し得る。

 

 だからこその、後始末。物語を書き換えて、主役の席を置き換える。聖はきっと怒るだろうな、なんてぽつりと思いながら、私は昼間に買った油の缶の、その中身をいいかんじに調節した。

 

 

 

 

「えー!? ってことは、あの油舐め妖怪って、正体はぬえだったの!?」

 

 一輪は思わず立ち上がって、私を指してそう叫んだ。

 

「うん、そういうこと」

 

「嘘だ、だって昨日のあの顔は絶対に知らない顔だった、ぬえがあんなポーカーフェイスできるはずが……」

 

 失礼なことを並べ立ててくる一輪は、しかし次の瞬間閃いた顔で頭を抱えた。

 

「――しまったあれマミゾウさんだ! 確かに昨日はマミゾウさん出かけてるなって思ったけど、やられたまさか成り代わられているなんて!!」

 

「一応私だって千年生きてる大妖怪なんだけど?」

 

 くそー見事に出し抜かれた、ぬえだからって甘く見てた、と悶絶する一輪に、私は思わず文句を言った。

 

 要するに、今回の件は私の起こした悪戯ということで片付けたわけだった。舐めとっていった油は部屋の缶に溜めていたということになっていて、そのまま聖に渡したから、まあ後は聖がどうにかごまかしてくれると思う。

 

 で、その聖は。

 

「ぬえ、着いてきなさい。話があります」

 

 私に呼び出しをかけてきた。

 

 まあ、当然の結果と言えるかな。悪戯したなら説教があるし、殺生したならなおさら。ただあくまで私は聖のためにやったのだし、そこは考慮してほしいけど。

 

 

 

 

「事情はこいしさんから聞きました。正直私も、あなたの考えは分からなくもないです」

 

 聖はそう口火を切った。

 

 てか、こいしそれ言ったんだ。一体いつの間に。

 

「ですがぬえ、やはり殺生はいけないことですよ。私としてはもっと他に、離れた場所で離してあげるとか、そういう平和な方法を考えて欲しかったです」

 

 聖はそう言うけれど、実際それは現実的じゃない。人に迷惑をかけるのは妖怪の性。本能だけで生きてるやつなんてなおさらだし、そういう奴らは加減もできない。よしんば遠くへ追いやったとして、やつはすぐまた命蓮寺に戻ってくるか、または人里に移動して、霊夢に消し飛ばされるのが落ちだ。

 

 とはいえ、流石に私もそこまでは言わない。聖に恩のある以上、その理想を一蹴するのは野暮なこと。それに聖も無理を承知で言っているのだし、であれば私に言うことはない。

 

「でも、ほっぽって消滅させなかっただけ、私としては褒めてほしいな」

 

「消滅?」

 

「あれ、こいしから聞いてないんですか? 最初はあれ、存在自体をなかったことにしようとしていたんですよ」

 

 要するに、響子ちゃんのやられたことを、油舐め妖怪に再現するの。とはこいしの弁だ。

 

 一日目は空室に誘導する。二日目は頭の切れる人のところに連れて行って、こちらの意図を察してもらう。一輪たちはその間に油をつまみ食いするだろうから、それを聖に叱ってもらう。それによって油舐め妖怪のことを隠語として周知させ、怪異としての油舐めを消滅させる。というのがこいしの描いていたシナリオで、私の介入は次点だった。正直えげつないことするなと思ったけれど、どうもそれには聖が気付かず、不発で終わったみたいだった。

 

 私がそう伝えたところで、聖はすっと立ち上がった。

 

「どうしたのさ」

 

「少々用事ができました」

 

「叱りに行くの?」

 

「戒律破りを見てみぬふりはできかねますので」

 

「私はいいの?」

 

「ムラサと一輪の方が悪質ですから」

 

 そう言って聖は駆けて行った。相変わらずの超加速だった。私には、止める暇すらなかった。

 

「……あれ、でもさ」

 

 私はふっと違和感に気付いた。

 

 一日目には空室に連れ込む、とこいしは言った。二日目は頭の切れるひとのところ、三日目は様子を見るため良く反応して騒ぐひとの部屋、四日目は退治のために自分の部屋へ、とも。

 

 一日目、これは恐らく響子の部屋のこと。怪談話に踊らされて、星の部屋に向かうことを、予期していたのに違いない。

 

 三日目が一輪なのは知っている。本人が言ったから間違いない。

 

 問題は、二日目。こいしの意図を汲んでくれるひと、清濁併せ持つ切れ者。概ね、マミゾウか、ムラサのことに違いない。

 

 けれど、マミゾウはよく外泊する。空室になるのもありではあるけど、でも意図を察してもらうにあたって、勝算の低い方に賭けるだろうか。

 

 それにあの日のムラサの言葉も、なにやら妙なところがあった。油舐め妖怪はそもそも服を着ていなかったし、それに初日に乗らなかったムラサが二日目に突然、一輪の悪巧みに乗った理由は?

 

 そこまで私が考えたところで、鈍い音が時間を置いてきっかり二つ、向こうの方から聞こえてきた。

 

「……ムラサに謝っておかないとなあ」

 

 私はぽつりと呟いて、それはそれとて遊びに出かけることにした。

 

 

 

 




こいしとぬえと寺の関係はこのくらいが丁度いいんじゃないかなと、そんな風に思います。

時間表現……
一時半:約三時間
四半刻:約七分半
一刻:約三十分
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