古明地こいしの有効範囲   作:サクウマ

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たまにはちょっと前の作品を。初出:東方創想話



第九編 登場:スカーレット姉妹

 

 

 

「ねえお姉様」

「うん?どうしたフラン」

 お姉様は、私の問いに食事の手を止めて声を返した。

 吸血鬼には、別段食事は必要ない。月に一度、カップ1杯ほどのヒトの血肉さえ摂取すれば事足りる。けれどそれではつまらない、というのはお姉様の弁で、だから私もお姉様も三度の食事と三時のおやつは欠かさない。私とて普通の食べ物というのは好きであるからそれについては満足であるが、それはともかく娯楽を毎日欠かさないなんて実に貴族らしいななんて思ったりする。ついでに出来の悪い妹を幽閉するあたりも貴族らしいと嘯いたところ喧嘩になったことは記憶に新しい。

 閑話休題。

「お姉様は、私より早く生まれたのよね」

「ああそうだ」

「ならお姉様は、私の生まれたところは見てた?」

「…そうだが、それがどうした?」

 お姉様は、若干ながら警戒気味である。私が妙なことを訊いているからだろう。とはいえ、別段気にすることなんて何もないと思うのだけど。私はただ、ちょっと尋ねてみたいだけなのだから。

「私は、どんな風に生まれたの?」

「…うげえ」

 勘弁してくれよ、と言わんばかりの顔である。そんなに嫌がるようなことでもないだろうに。よほどのトラウマでもあるのだろうか。

「訊いたらいけないことかしら」

「できれば一生訊いて欲しくはなかったね」

「けれど自分のルーツを知っておくに越したことはないわ」

「それは大人になってからでも遅くはないさ」

「495歳児(笑)」

「オーケー分かった降参だ、今のは確かに失言だったよ」

「分かってくれればそれでいいのよ」

 お姉様は両手を上げて、観念したかのような顔で口を開いて、

「本題の前にまずは、それまでの私の話をしなくてはならないな」

「あ、それは飛ばしていいわ。知ってるもの」

「なんだって?」

 口を開けたまま固まった。

「話した覚えはないんだが」

 当然である。私とて話してもらった記憶などない。然らば何故知っているかと言えば、それは至極単純なことである。つまり、盗み聞きだ。

 なんてことは、勿論口には出さないけれど。

「甘くみられちゃ少々困るわ、誰の妹と思ってるの?」

「ああ、畜生、いやまったくその通りだ。またしても一本取られたな」

 そしてこの返しである。

 一応これは、冗談のつもりだったのだが。そんな大仰に返されると、私もどうにも反応に困る。一体お姉様の自画像というのはどんなことになっているのだろう。

「であらば、何処まで知っている? 知らないところから始めるが」

「ええ、そうね」

 私は頭を整理する。

 当時の西欧ではペストが流行っていたことは知っている。その恐ろしい流行病への恐怖がお姉様を形作ったことも知っている。それから数年の間、お姉様が一帯で暴れまわっていたことも知っているし、そして恐怖を振り撒いた後に退治されかけて這々の体で逃げ延びたことだって知っている。

それに、同様の災禍への畏れから私という存在が生じたことさえ知っている。とすれば、私の口に出すべき答えは。

「全部?」

「なら訊くな」

 まったくである。

「だって訊きたかった話はそれじゃないもの」

「うん?」

「ルーツじゃなくて見た目の話よ。どんなときに、どんな風に、どんな様子で生まれたのか。それが私は知りたいの」

一応私は最初から、そういうつもりで言っていたのだが。どうやらお姉様には、通じてはいなかったらしい。私の姉ながら察しが悪くて悲しい限りである。

「……勘弁してくれ」

 お姉様は、もはや嫌悪を通り越して懇願するような顔である。いつものカリスマが台無しである。視界の端に一瞬だけカメラを持った咲夜が見えた気がしたが恐らくそれは気のせいである。写真に収めたい気持ちは痛いほど分かるがそれはそれとして気のせいなのである。私は何も知らない。そういうことになっている。

「そういうフランは生まれたときのことを覚えていないのか?」

「覚えてはいるけどそうじゃないの。私はお姉様の見たものを知りたいのよ」

「クソッこいつ読み切ってやがる」

 当然である。お姉様とは違って私には考える時間が山とあるのだ。逃げ道を塞ぐ準備などは無論しているに決まっている。

「そんなに嫌?」

「ああともさ」

 即答である。まったくどれだけ強情なのやら。私はやれやれと肩をすくめた。

「仕方がないわね、今のところは諦めるわ」

「……なんだ、やけにあっさり引くじゃないか」

「私とて引き時は弁えてるのよ。また暴れられたら堪らないわ」

 主に咲夜が。

「フラン、ついに気遣いというものを覚えたか。大人になったな」

「でも次訊く時は覚悟してほしいわね」

「前言撤回」

 感嘆した顔から、一気に苦々しげな顔へ。お姉様の表情というものは、くるくると激しく切り替わって、わりあい飽きない。

咲夜の気持ちも分からなくはないな、なんて思いながら、私は食事の手を再び動かした。

「……言いたくなくもなるさ。屍の山から這い出してきたのを見たのが初めての出会いだなんてな」

 お姉様の呟きが聞こえた気がしたけれど、それは恐らくは気のせいだった。

 

 ・ ・ ・

 

「しかしお姉様ったらあんなに渋って。別段大した話でもなしに、すぐに話せばよかったのよ」

 文句を吐きながら、私は部屋の扉を開けた。

「あなたもそうは思わない?」

「ソウダネ」

 返ってきた声の方を見れば、クマの人形が宙にぷかりと浮かんでいる。周囲は白くもやがかっていて、そこに何かがいることを主張してくる。

 生まれたての怪異だ。ほとんどまったく何もできない、ただ私に言葉を返すだけの怪異。

 おおかたメイド妖精あたりが、私の話し声を聞いたのだろう。他には誰もいないはずなのに、一人で話していると思しき私。端から見ればそれこそ狂人のように見えたはずだ。

 物語は感染し、認識は怪異を生む。私が見えない誰かと話していると噂が広まって、人形とでも話しているのだと認識が広まって、故にこれが生じたのだろう。

 とはいえ。

「けれどあなたはお呼びでないわ」

 別に私は、それと話がしたいわけではない。そもそも人形と話していたわけではないし、狂人だなんてとんでもない。ならばどういうわけか?

 単純な話だ。

「ねえこいし、あなたに訊いてるのよ」

 認識できない誰かがいる。それだけである。

「ほんと、フランちゃんたらよく気付くよね。一応隠れてるつもりなんだけど。目が絡繰にでもなってるの?」

「一応言うけど見えてはないのよ。ただ痕跡に気付いてるだけ」

「探偵さんみたいね」

「そういうこいしは怪盗っぽいわ」

 そう軽口を叩きながら、こいしが姿を現した。

 こいしとは、いつだったかに不法侵入しているのを見つけた時からの仲である。いつの間にやら入ってきて、暫く喋って帰っていく。何がしたいのかさっぱりであるからある時問いただしてみたものの、古明地のこいしは人恋しのこいしなのよーなんてはぐらかされてしまった。よくわからないやつではあるが、別段迷惑なところもなし、暇つぶしには丁度いいので未だにこうして交流がある。

「とまあこういうわけなの。呆れた話よ」

「そっちのお姉ちゃんも面白いわね」

「まあ面白いのはその通りだけど」

 こいしに経緯を聞かせてみるも、返ってきたのはそんな言葉である。そういう話ではないのだが。

「こいしは自分のルーツとか、そういう話に興味はないの?」

「興味はあるよ? 私の場合、知れる手だてがないだけで」

 ふむと首を傾げた私を見て、こいしは更に言葉を重ねた。

「私は私にとって私であるが私が私であるが故に私が私であることを証明できないのである」

「ゲルタシュト崩壊でも狙っているわけ?」

「フランちゃんがそんな意地悪を言うから無意識にゲシュタルトをゲルタシュトって言い間違える呪いをかけられるんだよ。私に」

「よく噛まないわね」

「照れるー」

 はあと私は溜め息をついた。

 こいしの言動は難解だ。単純かと思えば複雑で、示唆的かと思えば無意味である。まるで、矢継ぎ早にパズル問題を投げつけられている気分だ。

 一つ一つは興味深いが数が積もれば身が保たない。だから考えるのもそこそこに私は尋ねる。

「つまるところ?」

「私は無意識の怪だからね。私のことは誰も知らないし、言わんや無意識に身を任せている私とて、というわけ」

「ふうん」

 相槌を打ってはいるものの、いまいち理解できてはいない。しかし理解しようとしてみたところでこれよりヒントは増えぬだろうし、ならば一人となった時にじっくりのんびりかんがえればよい。その場であまり考えないのが、こいしと話すコツである。

「それにしても、どうしていきなりそんな話を尋ねたの?」

 こいしの言葉に、私はふむと記憶を探る。

「こいつの生まれるところを見られなかったから、どんな様子だったのか気になったのよ」

 言いながら指差したのは、人形の中に生じた怪異。

「他の例でも聞いてみれば、想像できるかと思ったの。でも、」

「でも?」

「正直どうでもよくなったわ」

 そう言って、私は人形ごと怪異を破壊した。

「わー勿体ない」

 がわの布だとか、中のビーズだとか、そういうものがあたりに散らばる。こいしはそれを、呆れたような笑っているような、曖昧な顔で眺めていた。

 私はそれを見ながら思案にふける。

 私はあらゆるものを破壊できる。お姉様の起こした破壊への、人々の恐怖から生まれたから。

 お姉様は運命を操れる。ペストの病は、逃れられない運命の如くに見えたから。

 しかし、こいしはなんなのだろう。何から生まれて、無意識を操る力を持ったのだろう。

「フランちゃんどうしたの? 変なものでも見えちゃった?」

「ええ、古明地こいしという変なものが」

「それはたいへん、すぐ逃げなくちゃ」

 お姉様は私のことを理解できないと評するけれど。

 私はけらけらと笑うこいしを眺めながらぽつりと思った。

 私なんかは、まだまだ軽いものなのではないのだろうか。

 

 

 

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