死ぬ神ちゃんアカデミック   作:もるがな好きな隊長

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初めまして。ジャンプパーティーでヒロアカ読んでみたら案の定クッソ面白くて、アプリ公開終わってから他の二次創作様を読みつつチマチマと書き連ねてようやくこの1話が完成。そして本日アカウント取得を試みる運びとなった底辺猫です。我ながら恐ろしいほどの遅筆。失踪待った無しッ。


そんなことより原作全巻買いたい。映画見たい。テレビ欲しい。



母が倒れた緑谷出久

 

 

折寺中学校というごく平凡な私立中学校に通うごくごく非凡で“無個性”な中学2年生の少年、緑谷出久。

 

そんな彼の母が──倒れた。

 

 

忙しなく鳴き続ける熊蟬の合唱が五月蝿くて、いつもなら気にも留めないそれらに出久は珍しく腹を立てた。

 

奴らの合唱は「死ね、死ね」と呪詛を連ねているかのように聞こえてくることがあるのだ。

──無論、そんなものが単なるバカバカしい空耳だということは、出久も嫌というほど分かっているのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日の朝のことであった。少し目眩がするかも、なんて言いながらも、何でもないように朝食の準備をしてくれた母。無理しないで、と言えば心配しないで、という不毛なやりとりの繰り返し。

そんな会話にお互い笑って、なんだか大丈夫な気はしていた。

 

……否。大丈夫だと思いたかっただけだったのだ。

 

 

嫌な予感というのは当たってしまうもので、昼休みの後の授業中、出久は職員室に呼び出され、学校を早退することになった──というのが、事の顛末である。

 

結論から言えば、出久の母の容態はそんなに悪いものではなかった。

ただの過労だろうが念のため数日入院して様子を見よう、と告げたのは医師だった。

 

父が海外赴任でなかなか身動きがとれず、ほとんど女手一つで己を育ててくれたも同然のような母だ。当然出久は翌日も母に付きっきりでいたかった。しかし、それを許してくれなかったのはその当の母で。

曰く「私のことはいいからちゃんと授業受けて来なさい。ご飯もできればちゃんとしたもの食べるのよ」だそうだ。

 

酷な話だった。母がこんな状態で授業の内容や朝昼晩の飯の心配など、満足にできるはずもない。

 

そして今日。案の定、あっという間に空虚な授業時間は終わり、放課後となる。

さっさと病院へ向かおうと思ったが、お見舞いは今朝に済ませており、既に母に「放課後は私のことより宿題と家事を~~」とのお達しを受けていたことを思い出す。

 

だが今の彼にとっての帰宅は、ちょっとした苦痛であった。誰も「おかえり」と出迎えてくれる人が……母がいない家は、なかなか慣れたものではない。

 

なるべく遅くまで帰りたくない出久は、下校してそのまま家に戻ることなく、通りがかりにある市立図書館で宿題を済ませてしまおうとそこへ立ち寄った。

 

マザコンと彼を罵る人もいるかもしれない。しかし彼はまだ多感な中学二年生なのだ。親という存在はあまりにも大きい。さらにそんな存在が入院しているという事実は、彼の思考を悪戯にマイナスの方向へと導く。

 

母の好意に甘えず、もっと家事を学んでいれば。

いつも制服のどこかを泥に汚して帰らず、嫌がらせなんかに屈しないでもっとちゃんとできていたら。

 

──自分が、誰の目から見ても叶うことなど万に一つもないような夢なんていつまでも見ず、母に心配をかけないようにしていたら──。

 

 

 

背の高い本棚たちを横切り、夏の生温い風が吹き込む窓際の席に出久は座る。

 

蝉の声がどうにも五月蝿い。かといって、わざわざ窓の外にある木に向かって怒鳴りつける気力もない。そもそもここは図書館だ。利用者は少ないとはいえそんなことは出来ようはずもなかった。

 

そういえば、と出久は思い出した。

昨日と今日は日課であるヒーローニュースのチェックや分析すらまともにやっていなかった気がする。せいぜい見たのはオールマイトのニュースくらいだったか。

 

すると今度は、こんな時でもオールマイトの活躍だけは見忘れないのか、と自身に対してよく分からない笑みが込み上げてきた。

 

 

なんだろう。出久は考えた。

 

ああ、そうか。出久は思った。

 

 

 

 

「──本当に、誰かを救いたいなら。僕はヒーローとかじゃなくて、医者を目指すべきだったのかな────」

 

 

ふっ、と、自嘲とも嗚咽ともつかない音が吐息と共に喉から漏れる。

 

すると

 

 

「──ふぅん。何でだい?」

 

「それは──…………って、え?」

 

「……やあやあ」

 

 

「…………ッヴァアアァァァァァァ!?」

 

 

独り言に答える声に驚いて隣を見てみる。するといつの間にかそこにいたのが女子だったという事実にさらに驚く。

幼馴染みに“デク”やら“クソナード”などという不名誉な渾名を付けられている出久は、そんな渾名に劣らず、女子とお喋りなんて出来た試しは無かった。女子どころか、ここ最近で会話らしい会話など自分を虐めてくる幼馴染みの一行くらいとしかしていない。あれですら会話と呼べるのか微妙なレベルだ。

 

 

「ドドドドドド、ドちら様、で、いらっしゃいまして、ございま、しょうカッ??」

 

「……スゴいな。何か漫画の効果音みたいなのが口から出てきた」

 

「……!?」

 

「ええと……。そうだね。私は隣町から来たただの読書家だよ。初めまして、緑谷君」

 

「なっ、なんなまっ」

 

 

恐らくこれは『何で名前を知っているのか』という旨の言葉が潰れたものの意と思われる。

彼女はそれを何とか汲み取ることに成功した。

 

 

「うん……? ああ、別に特別なことは何も。このノート、君のだろう? 机から落ちていたのを拾った時に名前が見えてしまっただけさ」

 

 

彼女がヒラヒラとその手に持っているのは、紛れもなく出久の宿題用の提出ノート。いつの間に落としていたのか。

 

 

「えっ、そ、なっ、ゴゴゴゴゴゴ、ゴメンなさひッ!!」

 

「……うん、まずは落ち着こう。 このままじゃここが某奇妙な冒険漫画の世界になってしまう」

 

 

口から変な文字が出ているような気がするわ、顔も真っ赤なような真っ青のような実に具合の悪そうな色になるわで大変なことになっていた。

 

結局、女子耐性のない出久は少女から五歩ほど距離を置き、なるべく直視しないようにして心を静める。

 

 

「ようやく落ち着いたか。これは酷い」

 

「い、いつもはここまでじゃないんです! ほんと! 不意討ちだったもので……!」

 

「それについては……うん、済まなかったよ。謝ろう」

 

「ああごめんなさい別にそういう意味じゃ!」

 

「んんん面倒くさいっ」

 

 

訂正。静まりなどしてはいなかった。

 

 

「ヒーロー志望ならコミュニケーション能力も重要になってくるんじゃないかい?」

 

 

ヒーローは今や進路としても誰しも憧れる職業だ。少女は、彼もその例にもれず健全に夢見る少年なのだろう……と、そう思って少しからかう感覚で言った言葉。

 

しかしそれを聞いた途端、出久はピタッと動きが止まった。

そして、今にも消え入りそうな声で言う。

 

 

「…………そう、なんだろうね」

 

 

何かまずいことを言ったろうか。少女は少し考えて、先の彼の言葉をもとに発言を訂正する。

 

 

「ああ、医者になりたいと思い直したんだったかな? ……どちらにしろそれじゃあ困りそうだね」

 

「え? あ……あぁ、うん。……本当に」

 

 

プラマイゼロ。むしろマイ。

ここで少女はようやく根本的に何かを間違えているのだと察する。

 

 

「……えっと。もしやすると私、分かりやすく地雷を踏んだかな?」

 

「………………………………………………ズピッ」

 

「は?」

 

 

それは間違いなく、出久が鼻をすする音だった。

しかも彼の目尻から何か光るものが零れ落ちている気がするのはきっと勘違いだと少女は思いたかった。

 

 

「なあ嘘だろう、まさか泣いてなどいまいな? 待ってくれ、これじゃ私が泣かせたみたいになるからやめてくれ。いや、この場合実際にそう言えてしまうのか?」

 

「は……話を……ぎいでぐだざいまずがッ……?!」

 

「よし分かった、聞くから。頼むからそれをどうにかしてくれ。本当に面倒くさいな君は!」

 

「ごめんなざいぃッ……!」

 

「んんん、ごめん!」

 

 

少女は迷惑がかからないように出久を図書館から引っ張り出し、外にあるベンチに彼を座らせた。

 

他人から問われ、自分の胸の内だけで完結させるだけでなく改めて自分の無力さを実感してしまった出久。彼は出会ってまだ間もない、恐らくは同年代であろう少女に向かって、自分の母に起きたこと、それを通して自分が感じたことを情けなく話し始めた。

 

彼が母以外の女性と話すなんてことは本当にいつ以来か分からないが、今の出久の頭にはそんな事実は完全に抜け落ちていた。

 

 

「──って感じで嫌がらせされてたり。つまり僕は……“無個性”で、ただでさえヒーローを目指すだなんて夢のまた夢で。お母さんもだいぶ引け目を感じてるんじゃないかな……」

 

 

「……“無個性”、か」

 

 

「君がさっき言ったみたいに、性格だってこんなだし……」

 

「悪かったよ。悪かったって」

 

「それでもなおヒーローになるって夢を諦めきれなくて、家中オールマイトグッズだらけだし、確かここに……あった。こんな、色んなヒーローを分析してまとめたノートも小さい頃からずっと取り続けてて。これはちょうど一冊書ききった所のやつなんだけど」

 

 

少女は出久が鞄から取り出したノートを受けとる。随分とくたびれたノートだったが、それは彼がノートをぞんざいに扱っているということではなく、むしろ逆。度重なる書き込みによって縒れているのだと一目見ればすぐに分かった。

 

見てもいいかと視線で問うと無言で頷かれたので、少女はそれをパラパラと捲ってみる。

 

 

「『将来の為のヒーロー分析』……。すごいな。パラっと見ただけでもかなりの熱量が込められてるのが分かる」

 

 

しかもご丁寧にナンバーまで振られている。これを何冊もずっと書き続けるだなんて、相当なモチベーションがなければ出来ることではない。少し推敲すればディアゴス◯ィーニあたりで月刊号として本にできるのではないかというレベルだ。

 

だが感心する少女とは対照的に、出久の顔は曇ったままだ。

 

 

「でも、昨日……お母さんが倒れて。大したことはなかったみたいだけど、過労だ、って。……やっぱり、心配かけさせちゃってたのかなぁって」

 

「それはそれは……」

 

「それで、お母さんの為に何か出来ないかってチョロチョロしてたら、看護師さんに迷惑かけちゃったり……」

 

「…………」

 

 

悪いと思いつつも、少女の脳裏にはその時の出久の慌てた様がありありと浮かんで笑いそうになったことなど、とてもじゃないが言えない。

 

少女はその脳内の虚像を無理やり抑え込み、聞いているうちにだんだんと繋がってきた話を考えてみた。

 

 

「……それで、ヒーローよりも医者を目指せばよかった、と?」

 

「……うん。だからって訳じゃないんだけど、自分の願望とかじゃなくて本当に誰かを救うなら、ヒーローじゃなくてももっと現実的な、人を救う他の仕事……そう、医者でも、消防士でも、警察官でも、何でもよかったんじゃないかって。分かってはいたのに、今さらね」

 

 

どれも今ではそれぞれに応じた“個性”持ちのヒーローたちに活躍が集中し、スポットが中々当たらない仕事ではある。が、名目上はヒーローよりも権限が上のものもあるし、ヒーローも万能ではない限り、“個性”でなくとも常に安定した技術で対応できる組織が必要なのは事実だ。

 

 

「そんな大げさな話じゃなくても、お母さんに無理させたり負い目を感じさせてまでヒーローを目指すんじゃあ本末転倒だし」

 

「……やっぱり、お母さんのことが気になるかい?」

 

「……? そりゃもちろん、気になるよ」

 

 

思わぬ質問に目を瞬かせる出久だったが、当の少女は口元に手を当てて一瞬何かを考えるような仕草をするだけで、その真意はよく分からなかった。

 

何だろうと思っていると、また彼女が口を開いたので、出久はそんな小さな疑問は忘れてまた会話に戻っていく。

 

 

「…………だからって、人には出来ることと出来ないことがある。お母さんの件が君のせいだなんて決まった訳でもないし、それに対して君が過度に罪悪感や無力感を覚えるのは少々お門違いじゃないかい?」

 

「でも」

 

「では何だ、その話を聞かせて君は私に何と言って欲しいんだい? 『そうだ、お前はそんな親不孝な夢ばっかり追いかけていないで、もっと家事を手伝ったり、それこそ医者になるための勉強でもしていたらよかったんだ。そうすればお母さんは倒れなかったかもしれないし、倒れたとしてももっと落ち着いた対応ができたかもしれないだろう』……とでも言えば満足するのかい?」

 

「それは……」

 

「そんな都合のいい話なんてないよ、緑谷くん。君は全能の神様にでもなれるわけではないだろう? ……私は人生を偉そうに語れるほど生きてはいないが、こんな時代でも人間なんて案外何も出来ないものだという事くらいは分かるよ。例えどこかの平行世界の君が昨日をどんな状態で迎えていようと、その時のお母さんを救えたかなんて分からないさ」

 

「…………」

 

 

過ぎたことを気にしても仕方ない、とだけ言われたのなら出久は少女を何と薄情な人間だと思ったところだろうが、彼女の話を聞くと不思議とそうは思えず、黙るしかなくなった。

 

そう。例えプロのヒーローであろうと、常日頃、いつ何時も、ずっとベストな状態で敵や災害に備えることなど不可能だ。

もちろんなるべくそう在れるように努力するのがプロなのだが、それでも完璧な人間などこの世にはいない。生きている限り、必ずどこかに綻びは生ずるものだ。ましてや出久のようなただの中学生では尚更である。

 

だからと言って、それが分かってはいても納得は出来ていない出久は眉を潜める。

 

 

 

「君一人の力なんて知れている。君がヒーローを目指そうと医者を目指そうと、君がただの君だということは変わらない」

 

「だけど──!」

 

「──そう。だけど、だよ」

 

 

出久の言葉を遮るように、少女は言葉を発した。

 

 

「だけど、君は圧倒的に可能性の低いヒーローという道を選んで今まで生きてきた。聞いた感じだと、そんな葛藤も今日が初めてじゃないんだろう? そしてその問題に突き当たる度に、いつも馬鹿みたいにヒーローを選び続けて来たのは君自身だろう?」

 

「……っ!」

 

 

少女の指摘は的を得ていた。

今まで、自分の理想に疑問を抱かなかったことなどない。「前列が無いだけ」と言ってはみるが、言い換えれば「前列が1つもない」ということだ。その事実に押し潰されそうにならないことなどあるはずもないのだ。

 

 

「お母さんが倒れたことでこれだけ物を考えることが出来る君が、より可能性の高い道を選んだ際のメリットや選ばなかった際のデメリットを理解できない道理はない。違うかい?」

 

「…………違わないよ。その通りだ」

 

「……そして、何より────」

 

 

 

出久は思い出す。

病院で自分の足の小指のレントゲンを見たあの日。

母にごめんねと泣いて謝られた日。

同級生たちに揃って“無個性”をからかわれた日々。

ヒーローになりたいと言うと腫れ物のように扱われた日々。

 

出久は思い出す。

それでもヒーローを諦められなかったこと。

毎日ヒーローの活躍を記録してノートに収めたこと。

毎年の学級担任との三者面談でヒーロー以外の選択肢もあるのだと諭されても、どうしても生返事や愛想笑いしかできなかったこと。

 

自分でも恥ずかしいと思うことがあった。きっと母はもっと恥ずかしかったことだろう。

 

それでも、自分はヒーローに憧れ続けた。

この途方もない憧憬を、あの日から今日に至るまで、ずっと抱え続けることができた。

それは何故か。

 

簡単だ。

 

何故なら、それは────

 

 

 

「──他ならない、君のお母さんも。君が憧れ、目指した道を決して否定せず、何も言わずに見守ってくれていたんだろう?」

 

 

出久の頬に、また1つ涙の筋が走った。

 

 

「……ああ、そうだね。本当に、全く以て……その通りだっ……!」

 

 

 

何が現実的か。何が本末転倒か。

 

全て承知でここまで生きてきたのではないか。

全てを受け入れてもらって生きてこられたのではないか。

 

そんな言い訳は、今までの自分の人生どころか、母の心までも否定してしまうだけの逃げ口上だ。

 

 

「……全く。予め答えの決まったお悩み相談だなんて。不毛だったなあ」

 

「うん、ほんと……ごめん……ッ」

 

「あ、それでも肝心なのはやっぱりお母さんと相談することだと思うよ。ヒーロー志望がこんな見ず知らずの小娘の言葉を鵜呑みにするようじゃあいかんよ」

 

「そんな、とんでもないよ。いきなり迷惑かけちゃったのに話を聞いてくれて、感謝してもしきれないくらい」

 

「お礼はいいから、とりあえずその顔をどうにかするべきだと思うよ」

 

 

少女が肩にかけているナップサックからポケットティッシュを取り出し、出久に差し出す。

言葉はからかうようだが、その顔には確かな笑みがたたえられていた。

 

 

「……ありがとう。本当に」

 

「さて、何のことかな。私はそこの駅前で貰ったティッシュをあげただけなんだが」

 

「い、イケメン……」

 

 

 

 

 

出久がもらったティッシュで鼻やら目やらを拭っていると、空はだんだんと茜色に染まり始めていた。

 

その間に少し冷静になってきた出久は、それでもやはりまだ不安が残るのか、少女に質問を重ねた。

何だか、この少女なら言ってくれる気がしたのだ。自分の、本当に欲しかった言葉を。

 

 

「あ、あの……」

 

「うん? まだ何か?」

 

「……えっと、その。……そうは言っても、やっぱり僕は“無個性”なわけで……」

 

「そうだね」

 

「…………ええっと……」

 

 

息をゆっくりと吐いて、吸い込む。

 

 

 

 

「───“無個性”でも、ヒーローに……なれるかな……!?」

 

 

 

 

 

 

「───え? いや、普通に考えて難しいだろうね」

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

出久は崩れ落ちた。

 

少女はそんな出久に「もう慣れてきたかな…」と、やっちまった感に慣れる感覚を味わっていた。

 

 

「……緑谷くん、運動はできるかい?」

 

「へ? あ、いや……よくて中の下、くらいかな……」

 

「じゃあ、勉強は?」

 

「まだ二年だけど、一応合格圏にはいる……と思う……」

 

「…うん、頑張れ」

 

「え、いや、うん、頑張るけれども!」

 

「頑張れとしか言えない」

 

「そんなぁ!」

 

 

頑張れとしか言えない。

ヒーローについて詳しいわけではないが、これに尽きた。

 

だが流石に何かは言ってやりたい。項垂れる出久にそう思った少女は、彼をどうどうと宥めながら何か適当な言葉を探す。

 

 

「けどまあ、“無個性”がどうとかはあまり気にしなくていいと思うよ」

 

「え? それって……?」

 

 

思いもしない言葉に出久はきょとんとしているが、少女は咄嗟に出てきた言葉だけにか、自分でも思うことがある話題だったらしく、それだけにするつもりだった話をもう少し続けてみるつもりになった。

 

 

「まあ、“個性”があろうとなかろうと君には好きな学校を受験する自由がある、というのもそうだけれども。それだけではなくて、その“無個性”という言い方が少し気に入らなくてね、私は」

 

「気に入らない?」

 

「そうだね。もっと言えば“個性”という言葉が嫌いなんだよ。もちろん既存の個性という単語じゃなくて、今日の人間の大半が持つ超常の力に対する呼称のことだけれど」

 

「……」

 

 

出久は“個性”という呼び名に疑問を持ったことなどこれまで全くなかった。そういうものだから、という答えしか存在しない当然のことだったからだ。

出久は黙って続きを促す。

 

 

「なぜ世間はそんな洒落たような名前にしてしまったのか、私は甚だ疑問なんだよ。普通に“能力”なんかでは駄目だったのかとね。……あと、似たようなネーミングで“ヒーロー”やら“敵”やらもあまり気に入ってはいないが……それを言っていてはキリがないから割愛しよう」

 

「え、ええ……。そこ?」

 

「まあ言いたいことは分かる。けど、そうは思わないかい?」

 

「僕はあんまり気にしたことなかったよ、そんなこと」

 

「……君は凄いな。今まで“無個性”だと言われて後ろ指を指されたことはないのかい?」

 

「え? いや、でも間違いじゃなから……」

 

「……なるほど。本当にこの呼称は世間に定着しきっているらしい」

 

 

複雑そうな顔をして、顎に手を当てる少女。

出久には理解できないが、彼女にとってはきっと重要なポイントなんだろう、と何となく思った。

 

するとまた急に口を開いた少女は言う。

 

 

「だって、君は無個性なんかではないじゃないか」

 

「え!? あ、え?」

 

 

始めこそその言葉に驚いたが、それが“個性”ではなく「個性」の話なんだと暫しして気づく。

 

……確かに、こういう点ではややこしい単語かもしれない。出久はそう思って苦笑いを浮かべた。

 

 

「使い分けが不便ってこと?」

 

「いいや、そうじゃない。君と会ってまだ少ししか話していないけど、君は実に個性的で楽しい人だ。色々思ったことはあったが、やはり特筆するならそのヒーローオタクで夢を諦めきれない所か。あのノートなんて、君以外の他に誰があれだけのことを成し遂げられようか?」

 

「え? ええ!?」

 

「そんな人が無個性などという不当な蔑称で呼ばれるのは、どう考えてもおかしいじゃないか」

 

「ソ、そうナのカなァッ?」

 

 

彼女の言わんとしてることは何となく理解できてきたが、如何せん出久はデクだ。ただでさえ誰かと話すことなど中々ない上に誉められ慣れていない。

そんな状況での彼女のこそばゆい発言に出久は混乱するしかない。それと同時に、今自分が話しているのが同年代の女子だということも思い出して頭が真っ白になってくる。

 

 

「話は“無個性”の人に限らない。世の中には様々な力を持った人たちがいるだろう? それらは当然いい力ばかりでなく、何もプラスに働かない、デメリットしかない力だって確かにあるはずだろう?」

 

「……あぁ…」

 

 

白濁する頭の中でも、この言葉が少なからず彼女の実体験を元に話されていることを察して、まだ整理できない頭で出久は努めて冷静に振る舞う。

 

 

「……君は……」

 

「……そんな物が、その人の“個性”、と? それがその人の個性だと、アイデンティティだと? ────ふざけている」

 

「…………」

 

 

口調も表情もそれまでの彼女のままだった。しかし、今こうして話す彼女はどこか辛そうに見えてしまってならなかった。

 

そんな出久の視線からか、相手の反応しづらい話題を広げてしまったかと気付いた少女は、手をパンと叩いて気持ちばかり空気を変えて続けた。

 

 

「──と、まあ。別に“個性”がその人を形成する一因だという点では確かに個性であるということは否定しない。が、それを完全に名称としてしまうのはどうなんだ、という話さ。……だいたい、今の社会は“個性”の実用に目を向けてばかりで、進んでいるようで何も進んでいない。『“個性”だから』で全てが完結されるなんておかしいだろう。そうは思わないかい、緑谷くん!」

 

「……なるほど……」

 

「個性因子というものが発見されてはいるが、それだけだ。実はまだそれ以外の思いもよらない事象が“個性”に大きく関わっている可能性だって否定できない。とにかく知らないことが多すぎるんだ。極論かもしれないが、“無個性”だと蔑まれてきた君を“無個性”だと完全に証明することなど、誰にもできないかもしれないだろう?」

 

「……君は本当に凄いね。確かに少し例えが突飛だったりはするけど、僕なんかには全くなかった視線で世界を見ている」

 

 

素直に感心し思ったままのことを口にすると、彼女はおどけたように「君のヒーロー好きには劣るさ」と肩を竦めた。

 

夕空に二人の小さい笑い声が重なる。

 

 

 

「──つまりだよ! 皆“個性”、“個性”と言ってはいるがその実、誰もそれを正しく理解できている人なんていやしないんだ。だからね緑谷くん。言われるのは仕方ないかもしれない。でも、少なくとも“無個性”だと自分を卑下するだなんて───そんなことだけはもう、やめてしまえ」

 

 

だって、君は十分に素敵な個性を持った人なのだから。と。

力強く、出久の目を見て告げた。

 

 

「────!」

 

 

その目を出久も見返し、思った。

 

自分に自信を持てるかなんて聞かれたら即答はできない。でも。母がくれたこの体、少なくとも“無個性”である自分を恥じることは“無個性”なんかより、よっぽど恥ずべきことなのだと。

 

 

 

「ありがとう、本当にありがとう。僕、まだヒーローを目指してみるよ。胸を張ってね!」

 

「そう」

 

 

少女はその言葉を聞くと暫し目を瞑り、またすぐに開いて、出久に微笑んだ。

 

 

 

「まあ、応援するよ。期待はしてないけれど」

 

「ッ───、うん!」

 

 

 

応援するが、期待はしてない。

淡白で薄情なこの言葉が、出久にどれだけの勇気を与えたことだろう。

 

 

出久が“強個性”を授かったわけでもない。世間の“無個性”に対する認識が改まったわけでもない。何が変わった訳でもない。しかし、どん底に沈みかけていた出久の心に、少しでもすがれるだけの何かをくれた。

 

この先また何かあれば、今日という日の出来事など忘れてまた沈みこむこともあるかもしれない。

 

 

でも、今はその言葉だけで、緑谷出久は確かに“救われた”のだ。

 

 

 

そうして出久が決意すると、すっかり赤く染まった空に夕刻を告げる鐘が鳴り響いた。

 

 

「あっ、いけない。僕もういい加減に帰らなきゃ」

 

「それはいけない。早く帰ってあげないと君の部屋のオールマイトたちが寂しがる」

 

「そんなからかわれ方初めてだよ……。えっと、君はまだ帰らなくて大丈夫なの? ……って、ノート? どうするのそれ?」

 

 

少女は今までずっと肩にかけて離さなかったナップサックからノートとペンを取り出し、徐に何かを書き綴り始めた。

 

 

「日記……のような物だよ。君のノート程の物ではではないけど、これが私の習慣でね。何か面白いことや印象深い出来事が起こったら、なるべく記憶が新鮮なうちに書き起こしておくように心がけているんだよ」

 

 

今日の自分の醜態を面白いこと、という括りに入れられてるようにも聞こえて何とも言えない微妙な気持ちになる出久だったが、今さら気にすることもないかと思い直って返事をする。

 

 

「……うん、そっか。素敵な習慣だと思うよ」

 

 

日々の出来事をその場で色鮮やかに書き連ねることの、なんと風情なことか。

ネガティブに考えることをやめ、出久はその行為の尊さを純粋に誉めた。

 

 

「────……。ありがとう」

 

 

夕刻の鐘がカラスと一緒に帰っていき、その残響すらも完全に聞こえなくなった頃、彼女はそう返してきた。

なんだか今日は出久の方から謝ったりお礼を言ったりしてばかりで、彼女の「ありがとう」を今にして初めて聞いた気がした。

 

その時の彼女が何となく物寂し気な表情をしていた気がしたのは、夕焼けがそう見せたからからだろうか。

 

 

「────……」

 

「……私はここでもう少し日記を書いてから帰るとするよ。今日は何だか筆が乗っているんだ。手元が見え難くなってくる程度の時間まではここにいるかもしれない」

 

「…え、大丈夫? 少し待ってようか?」

 

「人を待たせていると思うと書けるものも書けなくなってしまうよ。……なに、大丈夫さ。駅はそこまで遠くないだろう?」

 

「そ、そう……?」

 

「そうそう。そっちこそ色々忙しいんだろう? さっさと帰った帰った」

 

 

笑いながらシッシと手で追い払う仕草をする少女を見て、余計なお世話だったかと思い直し踵を返す出久。

振り向き様に、最後の別れを告げて早足で歩いていく。

 

 

「分かった。じゃあ先に帰るね。気をつけて!」

 

「そっちも」

 

「今日は本当に、色々ありがとう!」

 

「こちらこそ。そこそこ楽しかったよ」

 

 

 

「──……また、会えるかな?」

 

 

 

 

 

 

「…………さあ。君がそう望むのなら、或いは」

 

 

 

 

「……いや、そうだね。……うん、また会おう!!」

 

 

「ハハ、そっか。じゃあ、その時を楽しみにしておくよ」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞くのを最後に、出久は少女へと手を振って、前へと向き直った。

 

足取りはすこぶる軽い、という程ではないが、確実に一歩一歩、前に向かっていく。

 

 

「あ、そういえば名前聞くの忘れちゃったな」

 

 

しかし出久は振り返らない。次会った時に聞けばいいだけの話だ。

出久にはこの時、またいつか必ず会えるだろうという、どこか確信めいた感覚があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

────故に、出久はその時自身の後ろで何が起きていたのか、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで出久の不思議な少女との不思議な時間はお終い。

 

夢現な心地で家に帰って、やるべきことを四苦八苦して終わらせて倒れるように眠れば、次の朝がくる。

また母の見舞いに行く準備をしていると、ふと思う。昨日の出来事は全て夢だったのではないかと。

 

そんな己に「何をバカな」と自嘲を溢し、また会えるかもしれないと淡い期待を込めて放課後図書館に立ち寄ってみる。しかし案の定彼女はそこにおらず、そうすぐには会えないかと大人しく家へと帰っていく。

 

そのうち母が無事に退院し、出久に普段の生活が戻ってくる。

手伝いできることが少し増えはしたが、やはりどちらかというと母一人でやった方が効率がよさそうで軽く凹んだ。

 

だんだんと学校の先生がクラスの生徒たちに向かって受験やら進路やらについて口煩く言い聞かせてくるようになって、少しずつ周りが忙しくなっていく。

 

その頃には出久が例の図書館に寄るのは、専ら勉強する場所を変えて集中するためのついでのようになっていく。

 

そしていつしか出久は自分が昔図書館に通っていた本来の理由を少しずつ忘れていき、たまに思い出す程度のものになっていく。

 

その時にはもう既に、出久は少女の顔も、声も、薄ぼんやりとしか思い出せなくなっていた。特に顔は照れからか数度しか直視できていなかったので、記憶の欠如が著しかった。

ここまで来ると、本当に彼女の存在自体が幻だったのではと言われても否定できないかもしれない。

 

それでも記憶は時間と共に過ぎ去って行き。

 

 

 

 

そして時は巡り────

 

 

 

 

 

 

 

 

────出久は、中学3年に進級した。

 

 

 

 

 





なおこの後デク君は無事に原作通りオールマイティーなナンバーワンヒーローに落とされてからの持ち上げられるというエンターテイナームーヴを見せつけられ、ちゃんと「君はヒーローになれる」と言ってもらえました。



これを書き終わる少し前あたりに映画の情報見てみたら、どうやらヒロアカ世界は個性について専門的に研究する機関がそりゃまあ当然あるわけで。

……ま、まあ、二次創作はパラレルだってそれ一番言われてますもんね…。
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