最強の魔法使い(自称)が暴れるそうです。RE:   作:マスターチュロス

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【あらすじ】

2日目の旅行が中断され、カメリア刑務所へと再び戻ってきた魔理沙。しかしいつも騒がしいはずの地下研究施設第4階層のセントラルゾーンには魔理沙を除いて人がいなかった。

その時ドクターが魔理沙を迎えにやってきたが、様子がおかしかった。話すうちにドクターがこの異変を引き起こした元凶であることが分かり、魔理沙はドクターを捉えようとしたが、人質を取られていた。
そして魔理沙はドクターの案内のもと、地下研究施設第8階層の戦闘試験施設へと向かい、そこで待ち構えていたドクターお手製の最強クローン人間、K427号と戦うことになった。




巨悪は蔓延る(4.875話)

 

 

 

「さぁ殺れ、人工生命体クローン人間K427号。殺らなきゃワシもお前も警察に突き出されてジ・エンドじゃ」

 

「··········!」

 

 クローン人間K427号は白い翼を展開し、3色の天使の輪が重なって頭上に浮かび上がり、結依魔理沙を本気で潰すべく異能の力を解放した。

 

「来るか……!」

 

 K427号は巨大な翼で空に飛びあがり、指先からレーザーを2発発射しながら魔理沙の方に向かって突撃を開始。

 

「その手の攻撃は全部見切ってんだよ!!」

 

 前回襲撃した際のやり方と大して変わっておらず、魔理沙は軽く首を振ってレーザーを回避し、向かってくるクローン人間に合わせてドラゴン殺し(金属製の大剣)を振り下ろした。

 しかしK427号は大剣を目の前にして怯むことなく突っ込み、左手で大剣を弾き飛ばした。

 

「なッ……!」

 

 身の丈以上の大きさと自身の体重の4倍ほどの重さを誇るドラゴン殺しが弾かれたのも驚きだが、何よりK427号に触れた部分が一瞬で酸化し、新品同然の超巨大大剣がボロボロに崩れたのが衝撃的だった。

 分かりやすく動揺した魔理沙に対し、続けてK427号の魔の手が魔理沙の首元に迫る。迫る右手をよく見ると、汗のような無色透明の液体で濡れており、これがドラゴン殺しを腐食させた原因であると察した魔理沙はとっさにK427号の右手首を掴んで抑える。異常な熱気を放出しているその右手を自分の体に触れさせるわけにはいかない。

 もしその手についた液体が体内に侵入すれば、当然体の内側から腐食し始める。超再生能力によって体の修復は出来ても体内の有害物質を排出することは出来ないため、有害物質が無害なものに変化するまでの間は腐食の効果と再生能力が拮抗する。それ即ち、一時的な再生能力の低下を招くということであり、脆くなったところをレーザー光線で撃ち抜かれればさらに負担がかかってしまう。

 

 一度の攻撃を許すことは戦闘において致命的な悪循環を生む原因になりかねないことを悟った魔理沙は、左手に八卦炉を構えた状態でK427号の顔面に押し付け、エネルギーを充填する。

 

「マスタースパーク」

 

 手加減無しの最大火力で顔面を消し飛ばそうとした魔理沙。これで少しでも怯んでくれさえすればこの膠着状態から抜け出す事ができる。

 だが爆発の煙の中から現れたのは無傷のK427号であった。彼女は一切怯むことなく、まるでお返しと言わんばかりに左手の平にエネルギーを集中をさせ、同じ痛みを味合わせようと画策する。

 膠着状態から脱出すべく、魔理沙はK427号の側面に瞬間移動し、強烈な蹴りを放った。放たれた右足は放物線を描いてK427号の顔面に迫ったが、冷静なK247号は即座に右手でガードし、左手に溜めていたエネルギーを放出。放たれたレーザー光線は結依魔理沙の反応速度を超えて貫通し、遥か後方の壁に吹き飛ばした。

 

 短期間で異様に力を増したK427号。ブロンクス区で戦ったときよりも遥かに強く、反射神経も尋常ではない。

 

「骨が折れるなァ!!」

 

 今まで戦ってきたヤツの中でもかなり強いことを確信した魔理沙は、半端ヤケクソ気味に力強く両サイドの空間をブン殴り、衝撃を与えた。すると空間に大きな亀裂が入り、与えた衝撃は"振動"となって周囲に伝播していく。

 悪魔的な力の影響は水面に落ちた水滴のごとく周囲に広がり、そして"地震"となって建物全体に影響を及ぼす。結依魔理沙が引き起こした地震の規模はとてつもなく、地下8階から地上までの全ての生物が揺れを感じ、特に結依魔理沙がいる地下8階は震度6に匹敵する揺れが発生していた。

 追撃にきていたK427号もあまりの揺れに足を止め、両手両足共に地面につけてしまう。地に囚われた生き物は地震に抗う術はなく、ただただ頭を下げるのみ。

 そして唯一地震の影響を一切受けていない魔理沙はこの隙に身動きの取れないK427号に近づきながら時間を止めた。

 

 

 

「食べた相手の能力をパクる程度の能力」、その力は個性だけにとどまらず、あらゆる世界の法則・ルールを無視して異能力を獲得する能力。ストックできる能力は無限であり、シンプルに食べれば食べるほど強くなる他、能力のストック数が増えれば増えるほど攻撃の手数や組み合わせのバリエーションが増大する。

 

 地面に這いつくばって動けないK427号に近づき、首根っこを掴んで持ち上げる。時間停止は相手の動きを封じることに関してはかなりのオーバースペックだが、敵を倒すとなると結局はフィジカル頼り、または武器頼りになってしまう。

 だからDIO様にはザ・ワールドという近距離パワー型スタンドと、射程と能力の時間制限をカバーするためのナイフを常に所持している。したがってザ・ワールドの真骨頂は時間停止ではなく、圧倒的なスタンドパワーこそザ・ワールドの真価であることが最近分かった。DIO様も不死身不老不死スタンドパワーを強さの理由にしていたが、そこに"時間停止"が含まれていない。つまりそういうことである。

 

 そして異形魔理沙の「食べた相手の能力をパクる程度の能力」において、時間停止は親和性があるなんてレベルではない。時間停止=勝利、と言っても過言では無いほど相性が良すぎる。

 

 まずこの世には、"普段当たらないけど当たれば勝つ技"や、"直接相手に触れなければ発動しないが発動すればほぼ勝つ能力"というものが存在するが、時間停止はそれら全てを"必中"にしてしまう。必ず当たって必ず敵が死ぬ必殺技を、相手は対策の余地すら残さずくらい、意識が戻った頃には死んでいる。

 

 魔理沙の背中から白い翼が片翼だけ生え、重ねて能力を展開したまま一言告げた。

 

「必中ハサミギロチン」

 

 言霊の力による確率の逆転現象。言及をトリガーとした運命遡行。あまりに危険すぎて普段は使わないが、厄介な敵を一撃で葬りたいときだけ解禁する禁断の逆転能力。

 

『口に出すと事態を逆転させる程度の能力』

 

 運命が逆転した状態で魔理沙が指を鳴らすと、K427号の真下から白く巨大な甲殻類のハサミのようなものが現れた。だが静止した時の中では結依魔理沙以外の存在は動くことを許されず、挟む寸前で動きが停止する。

 

「さよなら」

 

 

 

 時間が元に戻った瞬間、巨大なハサミが容赦なくK427号の体を挟み込んだ。

 

【一・撃・必・殺・!】

 

「アアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!」

 

 大量の血液を放出しながら絶叫し、のたうち回って地面に倒れ込む。自分と全く似た姿の人物がこんなに痛たましく散っていくと、我ながら寒気がよだつ。

 

 その後K427号はピクピクと身体を震わせ、そして静かに静止した。

 

「ふぅ」

 

 魔理沙は禁止級の逆転能力を解き、元の姿へと戻った。これでドクターが起こした事件はほぼ解決。後はドクターとその関係者をとっ捕まえ、両親か警察に突き出してしまえば後はどうにかなるだろう。もちろん私の個性に関する情報はまるごと消してから。

 

 因果逆転能力は流石に魔法の範疇を超えてるので、口外されるわけにはいかない。

 

「バ……、バカなッ!? ワシの最高傑作がぁッ!?」

 

「次はお前だ、ドクター」

 

「待て、こっちに来るな! 来たら人質を殺す!!」

 

「エレベーターに乗った時からもう人質の位置は特定している。手ぇ出した瞬間私が真っ先にそいつらブン殴って容赦なく吊るしあげるぞ」

 

 ジリジリとドクターを追い詰める魔理沙。だがその背後で真っ二つに切断されたはずのK427号が蠢き、再生能力によって切断面同士が結合し始めていた。

 

「まだ生きてんの!?」

 

 振り向いた魔理沙が今日一驚いた表情でK427号を見た。「がんじょう」持ちだろうと常時「かたやぶり」状態の私のハミチンを防ぐことなど、霊体にでもならない限り不可能だというのに。

 

「いいぞクローン人間K427号! 結依魔理沙を殺せ!!」

 

 希望が見えたおかげか、それとも結依魔理沙に追い詰められてヤケになっているのか、ドクターは興奮気味にK427号を応援し始めた。

 

 K427号は血を吹き出しながら切断されたというのに何故か生きている。とはいえ本来のハミチンはあくまでヒットポイントをゼロにするだけで、確かに殺すことはない。

 だが今回は心を鬼にし、確実に殺せるよう威力調整をした。なのに生きている。調整失敗したか、あるいは挟む寸前で回避され、掠っただけで済んだのか。

 

「あ」

 

 その時、魔理沙は気づいた。時間を止めた際、『口に出すと事態を逆転させる程度の能力』を解除する前に、「さよなら」と言ってしまったことを。

 

 これにより「 さよなら」が起きる状況、それを作り出す運命に逆転現象が発生し、さよならが起きない状況へ逆行した。つまり0.0001%の生存確率が99.9999%の確率に転じてしまったのだ。まさに"口は災いの元"である。

 

 運命逆転能力の使用はこれが初めてだったが、さっそく失敗した。初めてだからしょうがないと言えるかもしれないが、これは保有する能力の中でも極めて危険な概念系能力のひとつ。もう少し慎重にやるべきだった。

 

「いや、逆に殺さず生かせたことを喜ぶべきか? でもアイツの持ってる個性の中に私の個性が入ってたら困るし、将来人に害を与えそうだし……」

 

 魔理沙が悩んでいる間、K427号は再生を完了し魔理沙に目掛けて両手の平を向ける。すると肩と腰からも手が2本ずつ生え、合計6本の手の平に炎、雷、氷、熱光線、暗黒物質、波動エネルギーの塊のようなものを形成し始めた。

 想像の範疇を超えた時は動揺したが、ある程度力量を把握できるようになった今では一切動揺を見せない魔理沙。出来ることなら最初の時点で相手の力量を把握し、適切な対処方法を考えられたらベストだったが、こういうのはもう場数を踏んで慣れていくしかなさそうだ。

 

 K427号は6種類のエネルギー砲を充填し、並の人間なら即死するレベルの攻撃を結依魔理沙に向けて同時に放った。だが結依魔理沙はサッとエネルギー光線の方に振り向き、両手を肩に対して平行になるように曲げ、指の先端を胸の中心に当てた。すると、放たれたエネルギーの全てが魔理沙の胸の中心に吸い込まれ、両手と胸にエネルギーがそのまま充填された。

 

「さよなら」

 

 魔理沙は充填されたエネルギーを数万倍に増幅し、波状に分散した熱光線をK427号に向けて両手から放った。反応速度を大きく上回った圧倒的な速度を前に回避しきれず、K427号は熱光線の直撃を受けてしまう。その一撃はK427号の全身の血液を一瞬で沸騰させ、直後大爆発を引き起こした。

 

 これが光の巨人すらも倒した最強のカウンター攻撃。その名も『ゼットンファイナルビーム』。食らったものはたとえ宇宙人であろうと為す術なく爆散する。

 

 正直ギリギリまでクローン人間を生かすべきか殺すべきか悩んだが、やはり殺しておくのが無難だと判断した。心がまともな人間がいてその人が管理してくれるならそれでよかったが、今この場にいる人間は私含め全員ロクデナシなので誰も彼女を正しく導けない。なので責任もって私が殺した。後悔はない。

 

 塵も残さず木っ端微塵に破壊され、ドクターは口をあんぐりと開けたまま床にへたり込む。意識は残っているものの、あまりの衝撃で言葉を失ってしまったようだ。

 

「正直、エネルギー光線より硫酸バラ撒かれた方が面倒だった」

 

 魔理沙はそう一言だけ残すと、ドクターのいる部屋に瞬間移動し、取り巻きの刑務官をゼロコンマゼロ秒で処理した後、ドクターの首根っこを掴もうとした。

 刑務所の連中に思い入れがあった訳では無いが、ここまで派手にやらかしてくれた以上タダで返すわけにはいかない。ヴィラン連合の関係者であるならなおさら。もし連中がドクターのことを恨んでいたのなら、私が代わりに死神役を務めてもいいと、この時までは思っていた。

 

 だが、首を掴む直前で魔理沙はドクターの世話になったあの日々を思い出した。研究室を訪れる度にお茶を出してくれたことや、何度も個性の使い方や体の動かし方をレクチャーしてくれたこと、帰る際には「またのぅ」と言いながら手を振られ、私を()()()()として見てくれたこと。そういった日常の積み重ねが、私とドクターの間にはあって、たとえそれがまやかしであったとしても、捨てるには惜しい幻想だった。

 

 魔理沙は一旦ドクターから離れ、指を鳴らした。すると、遠くのどこかのホテルにて、人質の近くにいた刑務官の頭上に雷魔法(サンダーボルト)の魔法陣が形成され、刑務官に直撃した。

 

 ようやく後腐れなくドクターと1体1で話せる機会を設けることが出来た。なので魔理沙は改めて、ドクターに質問することにした。

 

「ねぇ、ドクター」

 

「…………」

 

 ドクターの焦点はいまだあらぬ方向を定めている。

 

「何で個性の研究を初めたの?」

 

「…………」

 

 ドクターは口を開いたまま何も喋らない。

 

「何で、こんなことに手を染めたの?」

 

「どうして?」

 

 魔理沙は知りたかった。嫌われ者の私を利用してまで叶えたかった、ドクターの真意を。私は聞かなければならないと感じた。

 ドクターは開いた口を塞ぎ、ゆっくりと視線を上から下に向けると、ボソリと呟いた。

 

「…………可能性を、………見たかった」

 

 ドクターの目に、僅かだが生気が戻った。

 

「人間の、可能性を。人と個性が、共存できる未来を…………見たかった」

 

「………………ただ、それだけじゃ」

 

 ドクターはそう言うと、全てを諦めたのか床に伏せ大の字で寝た。

 

「………そう」

 

 魔理沙は読心能力でドクターの本心を覗きながら、ドクターの想いを受け止めた。ドクターの言っていることは嘘偽りなく、本心そのもので、本気で人間の可能性を探っていたようだ。

 

『個性終末論』が世界中に広まった際、多くの人々が将来を不安視する中、ドクターだけは希望を見据えていた。混ざり合い、進化する性質を持つ個性は人類をさらなる高次元的存在へ押し上げ、人が神と同等のステージへと至る究極の要素であると感じたドクターは、人間がどこまで高みに至れるか模索するべく、より一層研究に打ち込んだ。

 しかし、『個性終末論』は"起こりえない現実"、"根拠の無い妄想"であると言われ、それが広まった結果、ドクターが思い描いた形とは別の形で人類は希望を得ることになった。それ即ち、ドクターの希望は一般社会のミームによって潰されたのだ。

 上昇思考の強いドクターは世間に自身の野望を邪魔されたことを酷く憎み、ロマンも何も無い害悪ミームで自ら可能性を捨てた愚かな人類に、絶望した。

 それが、ドクターをマッドサイエンティストに変えてしまった理由の全て。

 

「なぁドクター、よく見てくれ。あんなクローン人間なんか作らなくても、私の存在そのものが人間の未来そのものだと思わないか?」

 

 魔理沙はドクターの横で体育座りをしながら、話を続けた。

 

「こんな、一人の人間じゃ到底背負いきれないほどの能力を持った私でも、それなりに社会の中で生きている。それは、ドクターが望んだ理想の世界としては一番近い姿じゃないか?」

 

「…………理想」

 

 ドクターは顔を上げた。するとそこには顔が真っ黒で、先程まで戦闘していたとは思えないほどピンピンに元気な、笑顔の少女がいた。

 魔理沙が人類の到達しうる頂点、これこそドクターが望んだ人類の姿、神へと至りし者の姿。そう言われると、何だか本当に魔理沙が理想の存在に見えてくる。

 

「違うな」

 

「?」

 

 ドクターは静かに笑うと、私に向けてハッキリと言った。

 

「魔理沙は、ワシの理想じゃない。お前はワシの想像すらも遥かに超えた、人間の理すら超越した正真正銘の化け物じゃよ。ワシらはお前さんのようにはなれん」

 

「………あ、そう」

 

「あと何がそれなりに生きてるじゃ。ワシと関わってる時点でお前さんはもう表社会の外れ者。ドベの中のドベじゃよ」

 

「うわ酷い」

 

 少しはドクターの励ましになるかと思って言ってみたが、全然効果無かった上に毒まで飛んできた。やはりドクターは天然モノの私より人工生命体のアイツの方がお好きなよう。ブチ壊したけど。

 

 結局、ドクターは変わらなかった。ぶっ飛ばせば少しは改心するんじゃないかと淡い期待をしていたが、人はそう簡単に変わるものではないらしい。

 

 現実は、漫画やアニメのようにはいかないのか。

 

「じゃあ、記憶は消させてもらうよドクター。消す範囲は私の能力に関すること全て。それと身柄も一応確保するから、抵抗したら許さないよ?」

 

「はよやれぃ」

 

 私は床に突っ伏したまま動かないドクターの頭にそっと触れ、正確に記憶を消すべく読心能力を発動しながら忘却魔法(オブリビエイト)を唱えようとした。

 

 だが、忘却魔法を唱える寸前で()()()()()()()()()が結依魔理沙の左肩と胸全体に突き刺さり、押し出されるような形で壁に叩きつけられた。

 

「な……ッ!」

 

「記憶を消すなんて、随分と非人道的行為じゃないか。魔理沙ちゃん」

 

 黒い枝のようなものはドア越しから貫通しており、相手の姿は未だ見えないまま。だがその声の低さと、他の人間とは明らかに違うオーラのようなものを感じ、魔理沙はドアの向こう側にいる人物から目を離さないでいた。

 

「入るよ」

 

 ドアを押し倒され、その者は姿を現した。身長はかなり高く、低く見積っても190cm以上。いや今までこれほどデカイ人間に出会ったことが無かったから想像つかないだけで、もしかしたら200cm以上あるかもしれない。服は黒いスーツで一見ただの会社員のようにしか見えない。だが首周りの筋肉と上半身はかなり鍛えられており、そこらへんの一般男性とは違った、"屈強な成人男性"というイメージを強く意識させる。しかし顔は典型的な中年の日本人男性で、心做しかパパのような温かい雰囲気を感じさせる。

 

 だが全体として見るとあまりに異質で、優しそうな顔すら仮初のように見える。胡散臭さと邪悪さを足して2で割らずに倍にしたかのような、明らかに危険そうな人間が今、魔理沙の目の前に立っていた。

 

「お前は……誰だ。何で私の名前を知ってる……?」

 

「僕かい? 僕は()()()()()()()()。そこで倒れてるドクターのお友達さ」

 

 オールフォーワンはニッコリと笑った。より一層、邪悪さが増した。

 

「キミのことについてはドクターから聞いたんだ。僕と同じで、たくさん能力を持っているそうだね? 初めて聞いた時は驚いたよ」

 

「非血縁者だが同系統の能力、同じ日本人、そして僕は男でキミは女の子、何か運命的なものを感じないかい?」

 

「気持ち悪い」

 

「冗談じゃないか魔理沙ちゃん。僕が本気でキミのことをそういう目で見るわけが無いだろう? 年上の方が好きだし」

 

 オールフォーワンは軽口を叩くと、地面に倒れているドクターの襟の部分を掴み持ち上げた。

 

「……ドクターをどうする気だ!」

 

「彼はキミのことを知る上で貴重な存在だからね、もちろん回収させてもらうよ」

 

 オールフォーワンはドクターを別の場所へ転送すべくと個性を展開したが、魔理沙はオールフォーワンの注意が逸れた瞬間に乗じて液状化し、拘束から抜け出してオールフォーワンの腹部に回し蹴りを放った。

 

「衝撃反転」

 

 しかしオールフォーワンは回し蹴りを片手で受け止め、それと同時に能力を発動した。壁に陥没させるほどの威力で放った回し蹴りは能力の影響によって反転し、自分の元に返ってくる。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

 自身の蹴りの衝撃をモロにくらった魔理沙は吹き飛ばされ、再び戦闘試験施設のど真ん中に落下した。

 

「随分と強く蹴ったねぇ魔理沙ちゃん。キミは見た目以上に筋肉が多いのかな?」

 

 オールフォーワンはドクターのいた部屋から飛び降りた……わけでもなく、まるで階段を降りるかのごとく空中を闊歩していた。これもまたオールフォーワンのもつ能力の一つ。オールフォーワンは魔理沙と同様、あらゆる異能を持ち合わせた人間の一人だった。

 

「……ドクターはどこだ」

 

「ドクターならもう別の場所に転送させたよ。残念だったね」

 

 オールフォーワンは結依魔理沙と同じ土俵に立ち、立ち上がった結依魔理沙の目線に合わせてオールフォーワンはしゃがみ込んだ。

 

「これで僕の仕事はもう終わったが、最後にキミと遊ぶのも悪くないかと思ってる。どうだい?」

 

「……タダで帰れると思うなよ、オールフォーワン」

 

「んー、あくまで"遊び"だから、僕としてはあまり本気を出さないでほしいかな。近々オールマイトとの決戦が控えているから、万全な状態で迎えたいんだ」

 

「お前の事情など知らん」

 

 魔理沙は一歩足を踏み出すと、オールフォーワンの足元に氷結魔法(マヒャデドス)の魔法陣が形成され、地面に流し込まれた魔力を起爆剤に一瞬でオールフォーワンの肉体を凍結させた。

 その後魔理沙は指先から爆裂魔法(イオナズン)を放ち、氷諸共爆発で消し飛ばした。

 

 しかし煙の中から破壊光線が飛来し、魔理沙はギリギリで回避したものの、続け様に牙の鋭い小型の魚を弾丸の如く放ち、魔理沙はいったん距離を取りながら全ての魚を叩き落とした。

 

「キミ、結構動けるんだね。とても4歳には見えないなぁ」

 

「よく言われる」

 

 煙の中から姿を現したオールフォーワンは個性『エアウォーク』を利用した変則的な動きで魔理沙の属性魔法を全て回避し、『筋骨発条化』『膂力増強』『肥大化』『鋲』『槍骨』を組み合わせ凶器と化した巨大な腕で結依魔理沙をブン殴った。

 

「フルカウンター」

 

「衝撃反転」

 

 オールフォーワンの攻撃を倍にして返した魔理沙だったが、『衝撃反転』により倍にした攻撃が自分へと返ってくる。今まで自分以外にカウンター攻撃を仕掛けてくる人間は存在しなかったため、慣れない魔理沙はそのまま直撃をくらって試験施設の壁に激突。想像以上の威力に魔理沙の顔が壁に陥没したが、魔理沙は実質無傷であった。

 

「あの氷といい爆発といい、キミはかなり良い個性をストックしているようだね。僕と似た反射の個性もさることながら、キミ自身の戦闘能力も高い。敵にするのが非常に惜しい」

 

「……そいつはどうも!」

 

 壁から抜け出した魔理沙は地面を蹴り飛ばし、オールフォーワンが反応するよりも先に目の前まで距離を詰めた。そのまま右拳のストレートを顔面に当てようとしたが、オールフォーワンが体を引いて右手で顔面を防ぐ瞬間に魔理沙はオールフォーワンの背後に短距離ワープし、プランクブレーンから取り出したエレジェント・ジェリイでオールフォーワンの背中を切り刻んだ。

 

 エレジェント・ジェリィによって流し込まれた微量の神経毒はオールフォーワンの神経系に作用し、動きを鈍らせる。その隙に魔理沙は再び短距離ワープでオールフォーワンの正面からラリホーを唱え、オールフォーワンの眠気を誘い、さらに魔理沙は複数回拳と蹴りで翻弄した後、オールフォーワンの頭上にワープし、最大出力のマスタースパークを放つ。だがしかしオールフォーワンの個性が自動的に自身の周りに球状のバリアを展開し、マスタースパークを防ぎ切った。

 

 魔理沙はオールフォーワンから少し離れた位置にワープし、様子を伺う。黙っているだけでオールフォーワンは眠りこけ、神経毒によってまともに体を動かせなくなるはずだが、オールフォーワンは何食わぬ顔で立ち尽くし、結依魔理沙を見据えていた。

 

「麻痺に睡眠とは、まるで狩人(ハンター)のようだ。 解毒の能力と交感神経を活性化させる能力が無ければあのままやられていたよ」

 

「それにキミのワープする能力、とても素晴らしい。戦闘に応用出来る程度には条件が緩く、強いて言うならば短距離でしか発動出来なさそうな所が弱点と言えるが、それを加味したとしてもその能力は有用だ。是非その能力を僕に渡してくれないかな?」

 

「やだ」

 

「なら、力ずくで奪わせてもらおう」

 

 オールフォーワンは指先から5本の黒い爪を伸ばし、結依魔理沙の肉体に目掛けて解き放つ。魔理沙はてっきり枝だと思っていたが、爪から伸びていたことにやっと気づいた。

 迫り来る黒爪に対し結依魔理沙は回避せず、2本の黒爪だけを抑えて残り全ては結依魔理沙の胸部に突き刺さった。

 

「? 抵抗しないのかい?」

 

「そりゃもちろん。ただ、私もその爪を伸ばす個性が羨ましいから、()()()()()()()()()()()ってね」

 

 黒爪を通して結依魔理沙から何かが吸われる最中、結依魔理沙も黒爪をへし折り、口に放り込んだ。

 

オールフォーワン(個性を奪う能力)

 

【食べた相手の能力をパクる程度の能力】

 

 互いに互いの能力を奪い、パクる。オールフォーワンは魔理沙のワープ能力を、結依魔理沙はオールフォーワンの黒爪の能力を。

 しかしオールフォーワンは魔理沙のワープ能力を獲得出来ず、逆に魔理沙はオールフォーワンの黒爪の能力をパクった。

 

「奪えない……!?」

 

「そりゃ当然……!」

 

 魔理沙は右手からオールフォーワンと同様に5本の黒爪を伸ばし、向こうの壁まで押し込みめり込ませた。その力は異様なまでに強く、オールマイトに匹敵するほどの力を持つオールフォーワンですらまともに身動きが出来ない。

 魔理沙はオールフォーワンの個性を使いながら、オールフォーワンに個性を奪えなかった理由を告げた。

 

「だって、()()じゃないし」

 

「個性……じゃない…………?」

 

 オールフォーワンは魔理沙の言っている意味を理解できなかった。別に"異能"の言い換えが"個性"であることは当然わかっているが、()()()()()()というのがどういうことなのか分からなかった。言葉通りの意味に解釈するなら、魔理沙のワープ能力は異能因子とは全く関係ない別の代物ということになるが、そんなファンタジーな現象が現実にあるわけがない。

 なら結依魔理沙の個性が、ワンフォーオールと同様に()()()()()()()()ならどうか。個性の中にある何かしらの意思が抵抗し、オールフォーワンの力を退けたという可能性。だがオールフォーワンの能力は絶対、たとえ意思があろうとなかろうと強制的に奪うことが出来る。

 ならばドクター殻木が出した、『個性終末論』の到達点の話か? 混ざりに混ざりあった強大な力に体が適応しようとすることで、個性は個性でなくなる、という理論。彼女がもし僕らよりも先を行った存在だとしたら、奪えなくなった理由も理解出来る。

 

 しかし彼女はその話を知っているのだろうか。彼女の言葉に嘘は無かったが、あの話し方は知っている上での態度ではなく、知らないが故のもの。彼女は感覚的に到達点に至り、それを自覚しているのだろうか。

 

 いずれにしても、厄介なことに変わりは無いが。

 

「どうやらキミから個性を奪うのには手順が必要そうだ」

 

 オールフォーワンは魔理沙の黒爪を力技でへし折り、全身から黙々と白いモヤを噴出した。

 

「霧?」

 

 戦闘試験施設が僅か数秒で霧が充満し、自分の足元すらボヤけるほどの濃い霧が視界を覆う。これで肉眼は使いものにならなくなったが、魔理沙は相手の生体エネルギー、"波動"を感知することができるため両目を潰されたとしても相手の位置を把握することが出来る。

 しかし、波動で周囲の反応を探ってみたものの、オールフォーワンの姿は見当たらなかった。部屋の隅にも、ドクターがいた部屋にもいない。試験施設は私以外に誰一人としておらず、完全にボッチとなってしまった。

 

 奇襲を疑い、しばらく精神を集中させたが何も起きず、魔理沙は変わらず一人のままだった。

 

「逃げた?」

 

 本気で見失ってしまった魔理沙はさらに索敵範囲を広げ、地下8階層全域にわたってオールフォーワンを探したが、見つからなかった。

 ならば地下7階層、6階層、5階層と順々に調べたものの、手がかりひとつ見つからなない。しかし第4階層を調べた後、第3、第2階層をすっ飛ばして第1階層を探ると、意識を失った数十人の刑務官の倒れた体とオールフォーワンを目撃した。

 わざわざ第1階層に移動した理由は分からないが、とりあえず魔理沙はオールフォーワンを追うべく第1階層に瞬間移動しようとした。

 だが、波動の力でオールフォーワンの動きを捉えた時、魔理沙の視界に映ったのは、オールフォーワンによって首を絞められ、身動きの取れない父の姿だった。

 

「父さん!!?」

 

 何が何だかよく分からないまま、魔理沙は第1階層に瞬間移動し、オールフォーワンの凶行を止めようとした。

 

「やめてッッ!!!!」

 

 思考を纏める余裕がない魔理沙は、ただひたすらに父に向けて手を伸ばし、悪魔の手を払い除けるよう動いた。ここで冷静になることが出来れば違ったかもしれないが、初めて家族の身に危険が迫ったことで魔理沙の視野は狭くなっていた。

 

 だがその僅かなミスが、魔理沙を精神をさらに揺さぶるきっかけになるとは、思わなかった。

 

 ボキッ

 

 目の前で、首の骨が折られた。あまりにも容易く。魔理沙の手が届くよりも先に。誰の首の骨が折られた? それは誰よりも魔理沙が理解していた。魔理沙は分かっていた。

 

「…………あぁ! 魔理沙ちゃん。ここが分かるとは流石だね。でも大丈夫、お父さんはもう死んだから」

 

 オールフォーワンの腕から離れた父は首の骨を折られ、血を吐き続けながら浅い呼吸を繰り返していた。

 

「…………ぅあ"!!」

 

 魔理沙は脇目も振らずに父の元へ行き、上体を起こして喉に溜まった血液を胃の方に流させる。オールフォーワンの狙いが一瞬で理解できたが、そんなことよりも父の命の方がよっぽど大事で、今すぐにでも回復魔法をたくさんかける必要があった。

 

「させないよ?」

 

 オールフォーワンは『肥大化』『筋骨発条化』『膂力増強×3』『伸縮』『鋲』『鋲突』『槍骨』……以下略の個性で結依魔理沙を壁に押さえつけ、無慈悲に父から引き剥がした。流した涙は宙を舞い、誰にも拭かれることなく地面にポツリと落ちる。涙はまだ流れる。今すぐにでも回復魔法をかけないと父が死んでしまう。だというのに手が届かない。

 

「魔理沙ちゃん、今とても動揺しているね? 実の父親が死にそうになって、今すぐにでも助けたい気持ちでいっぱいなんだろう? でも残念だね、キミには救えない」

 

「キミにはそこで、人生初めての"敗北"を味わってもらう。僕よりも強いキミが全く手出し出来ないまま、目の前で愛する父親を失う姿を、僕に見せてくれ」

 

 負ける、敗北、父が死ぬ、回復させる、届かない、殺す、父を救う、回復させる、動けない、父を救う、回復させる、父を…………

 

 オールフォーワンに心を煽られ、冷静さを失った魔理沙はただ父親を回復させることのみに集中し、他全てのあらゆる思考を振り払った。

 躊躇わなくなった魔理沙はまず『現断(リアリティスラッシュ)』で自身を押さえつけていたオールフォーワンの腕を空間ごと切り裂き、拘束を解除した直後、右腕に小さな玉のようなものを形成した。

 オールフォーワンは最初その玉を警戒していなかったが、魔理沙がその玉を握り潰そうとした瞬間、オールフォーワンは本能で危険を察知し魔理沙の右腕を手刀で切り飛ばした。

 今、魔理沙が何をしようとしていたのか、オールフォーワンは理解した。先程まで冷静に対処していた彼女とは異なり、彼女はただただ本能(個性)のままに敵を殺そうとしていることを。

 

「短気だね、魔理沙ちゃん」

 

 オールフォーワンは逃げる算段を考えるが、それ以上に結依魔理沙の魔力が尋常ならないほどに昂っており、無視できないレベルのエネルギーが彼女を中心に集まっていく。

 

「…………撤退だね」

 

 オールフォーワンは魔理沙の父を掴んだ際、魔理沙同様"ワープ"の能力を持っていることが分かった。なのでその力を奪って彼女の攻撃が届かないところまで逃げ切ることが出来れば、命だけは最低限助かる。

 

 結依魔理沙はまだ精神的に青臭いものの、冷静になった時の状況判断能力はそれなりにある。僕並に個性の扱いに長けている以上、変に引き込もって策を考えられるよりかは、怒りのままに追ってきてくれた方が都合が良いのかもしれない。

 なので個性を奪いつつ、彼女の父も回収しながら逃げることが出来れば、彼女は必ず僕を追う。世界中に隠れ家を持ち、各国にツテがある僕と違って彼女はただのただの脱獄犯。僕が世界を飛び回っても問題無いが、彼女は問題しか起こさない。各国のヒーローや警察の包囲網に絡まって身動きが取れなくなるのは明白だろう。

 上手く行けば彼女を暴走させつつ、国際社会の管理下に縛れるかもしれない。だがここの逃げ切りが失敗すれば、オールマイトとの決戦を迎える前に僕が死ぬ。結依魔理沙がオールマイト以上に危険である以上、やはり彼女の父を回収するのは止むなしといったところか。

 

 個性を奪うことを念頭に置いていたが、意識を失っている今なら『個性強制発動』で逃げてから奪った方が手っ取り早い。時間としては3秒ほどだが、それまでに結依魔理沙が攻撃してくるか否か。

 

「個性強制発動」

 

 オールフォーワンは魔理沙父の体に触れ、秘めた力を解放させた。これは賭けだ。リスクとリターンを考えれば圧倒的にリスクの方が高いが、彼女を弱体化させる数少ない手段と思われる以上、やらないわけにはいかない。

 

 オールフォーワンと魔理沙父の姿が消え始めようとした時、膨大に膨れ上がっていたはずのエネルギーの気配が一瞬、跡形もなく消えた。

 ゼロコンマイチ秒、その僅かな時が、ゆっくりと流れる。世界がまるでスローモーションのように変化し、オールフォーワンの感覚は今まで以上に研ぎ澄まされていた。

 

 そして彼女は、一瞬で目の前に現れた。膨大なエネルギーを未だなお膨らませながら、確実に敵を見据えて拳を繰り出す彼女の姿が瞳に映った。

 

 ワープ完了まで残り0.76秒、だが感覚的には10分以上引き伸ばされている気がして、オールフォーワンは初めて息を飲んだ。触れれば確実に"死"を覚悟する一撃が、もう鼻の先まで迫っている。

 こんな感覚は今まで一度もなかった。自分こそが絶対的な王で、"死"とは無縁の生活を送っていたが、人生で初めて"死"を意識した。

 

 初めて、純粋な能力で負けた気がした。だから何だという話だが、何となく無性に腹が立った。

 

 

 

 

 

 エネルギーが破裂した。

 

 

 

 

 

 結依魔理沙の一撃が周囲の物体を破壊しつくし、地面を捲り上げ地上すらも破壊し尽くした。波状に伝播していった破壊のエネルギーはカメリア刑務所の地上施設を崩壊させ、壁の大部分を消し飛ばし、刑務所を囲む湖にも影響を及ぼて津波を発生させた。さらに周辺の建物やビルも倒壊し、大量の窓ガラスが割れた。

 

「…………」

 

 カスった。オールフォーワンに直撃をくらわせることは出来なかった。だから死んではいない。

 

 魔理沙は拳に付着した埃を払い、散乱した瓦礫を蹴り飛ばして座れるスペースを作ると、ペタンとそこに座り込んだ。

 

「…………やっちゃった」

 

 怒りのままに、本気でブン殴ってしまった。他にもたくさん人間がいるというのに、後先考えずにやってしまった。

 地下第1階層とはいえ、天井ブチ抜けて地上の光が降りそそぐほどの威力、多分地上の方もとんでもない事になっている。もうじき第3、第5階層に常駐している警備員や番人たちがここに来るだろうし、地上のヒーローや警察たちもここに来る。

 それも大変だが、手負いのオールフォーワンを逃したあげく瀕死の父を持ってかれたのが一番キツい。あそこでもっと冷静に、落ち着いて行動出来れば、こんなことにはならなかったはず。

 

「追わなければ」

 

 まだ攫われてから時間は経っていない。今からオールフォーワンの位置を特定して瞬間移動すれば間に合う。そう思った魔理沙だが、足を踏み出す寸前で一歩、後ろに下がった。

 魔理沙には後ろめたい気持ちがあった。ここまで刑務所と地上に被害を出しておいて、何もせずにほっぽり出すことなど、魔理沙の正義感が許さなかった。

 しかし私は父は取り戻さなければならない。でも罪と罰がそれを許さない。ただでさえごちゃごちゃな頭が、さらにごちゃごちゃになって整理できない。やるべき事が定まらず、魔理沙はただ瓦礫に囲まれた空間で大人しく座ることしか出来なかった。

 

 その時、ボンッ!! と派手な音を立てながら瓦礫が宙を舞った。敵か何かが下から来ていると察した魔理沙は音のした方を見つめていると、見知った顔が出てきた。

 

「よォ、化け物。随分と派手にやったなァ」

 

「……レヴォ」

 

 現れたのは戦闘狂にして組のリーダー、レヴォだった。

 

「お前のおかげで仲間殺しのクソ野郎は死んだし、さっきの衝撃で施設のメインシステムがダウンした。おかげでこの腕輪も外せたし、俺も脱獄成功ってわけ」

 

 レヴォは魔理沙にグッドサインを送ったが、魔理沙は相変わらず落ち込んでいた。

 

「? 何かあったか?」

 

 珍しくレヴォが心配した。魔理沙はその心配に応える形で、ボソリと呟いた。

 

「…………やらかしたんだよ。今までやってきた事が全部無駄になるようなことを。私はもう、ダメだ」

 

「オイオイ、そんなに落ち込むかァ? これから生き残った連中集めて脱走パーティとか出来るってのに? ま、そんなに生き残ってねェけど」

 

「それともアレか? ここの連中に迷惑かけたと思って反省でもしてんのか? オマエ本当にクソ真面目だな」

 

「クソ真面目……?」

 

「あぁクソ真面目だな。真面目すぎてオマエの個性が泣いてる。もっと暴れさせてくれェ〜〜ッてな」

 

 魔理沙は一瞬理解した。コイツは人の心を全く理解できない人間なのだと。

 自分が今抱えているものをぶち撒けたところで、この男は一切理解しないし無意味であることは分かっているが、魔理沙は話を続けた。

 

「別に連中はどうでもいい。だが、どういう形であれ我を失って力をブッパして何もかもブチ壊したのは事実。それ相応の処罰は受けるべきだ」

 

「けど、それ以上に私は父さんを、オールフォーワンに取られた。個性もドクター経由でバレたし、このまま逃がすと色んな意味でとんでもないことになるのは目に見えてる」

 

「だから私は追わなくちゃ行けない、……けど、何も言わずにここから出たら私は脱獄犯。ルールに従って、私は完全なヴィランとして全世界と敵対することになる。そうしたらもう、家族との生活は送れない。日本にも戻れない。どのみち、私は社会的に死ぬ」

 

「…………あの時、落ち着いていれば……」

 

「…………」

 

 普段の気丈な雰囲気とは思えないほど萎れた魔理沙に、レヴォは若干笑いを堪えるのに必死だった。

 だがそれはそれとしてレヴォにはある違和感があった。レヴォがもつ魔理沙のイメージはまさに"万能の化身"、"何でもできる悪魔"といった感じだったが、この状況を覆す何かを持ち合わせていないのか疑問であった。

 

「魔理沙、オマエ、この状況を変える能力とか無いのか?」

 

「……は?」

 

「例えば……ん〜〜そうだな、ここの瓦礫を全部修復する能力とか、逃げたオールなんちゃらをここに連れ戻す能力とか」

 

「あとは〜〜、……! ()()()()()()()()()とかな!」

 

「………そんな能力があったらとっくに……」

 

「…………」

 

 魔理沙は深く考え込むと、ポンと手を叩いた。

 

「あったわ」

 

「あんのかよ!!」

 

 レヴォはあくまで「こんな能力があったらいいなぁ」、くらいの感覚で適当に言っただけだったが、どうやら本当にあったらしい。流石化け物、何でもありとはよく言ったものである。

 

「ただ、ノーデメリットで時間を戻す能力は結構少ないんだよなぁ」

 

 魔理沙は砂時計のついた盾や、黄金の矢、砂の入ったハート型の不思議なガラス瓶や、時計の絵が書かれたカードなど、色々出してみた。しかしこの中で無条件で時を戻せるのは盾とカードだけで、さらに戻る時間を細かく調節出来るのはこの中だとカードのみ。なおかつ自分以外の人間の記憶も完全に逆行させるとなると、本当に限られてしまう。

 

「アレしか方法は……ない!」

 

 魔理沙はそう呟くと、体の形状を人型から四足歩行の謎の生物に変形させた。

 

「……何、その姿……」

 

「ディ〇ルガ」

 

 答えを聞いたはずなのに全く分からなかったレヴォ。しかしそんなヤツのことは置いといて魔理沙は話を続けた。

 

「この場合、やるなら私だけが過去に戻るというより、世界そのものの時間を巻き戻すやり方じゃないとバタフライエフェクトで未来が壊れる。とはいっても世界の戻し方なんてどうすればいいんだか…………」

 

 ここまで大々的な時間遡行は初めてなので、魔理沙といえど全く分からない。試しに胸のダイヤモンド部分に力を込めたが、発光するだけで何も起こらない。息を止めてどうなるか試してみたが、時間が止まっただけで巻き戻ることは無い。

 

「あ、行けそう」

 

 様々な方法を試して見た結果、戻りたい時間帯とその時の景色を想像しながら目ん玉に力を入れると、周囲の景色がぐにゃりと捻れてうっすらと青白い何かが見えることが分かった。アレがおそらく"時の流れ"で、それを逆行させることが出来れば戻せるはずである。

 

「行くわ」

 

 そういうと魔理沙は周囲の時間を一瞬捻じ曲げ、時の流れを反転させる。すると、周囲の景色が青白い背景に染まり、世界は10分ほど巻き戻った。

 

 

 

 

 

 結依魔理沙がオールフォーワンと戦っている頃、魔理沙の父こと結依勇魔はカメリア刑務所の内部に独断で潜入していた。

 最初は妻と一緒に交渉をしたが、刑務所内部には立ち入らせてもらえなかった。なら知事とかけ合ってカメリア刑務所の実態について調査をお願いすると伝えたら、別に構わないとだけ言った。なので勇魔はその場でニューヨーク州知事に、自身が日本の公的機関に務める者だと伝えた上で実態に関する調査願いを出したが、諸事情だか何だかで言葉を濁された。

 

 この時点でかなり怪しかったが、刑務所の事情を知るべく友人のツテを借りてアメリカの国会議員の一人と連絡をとったが、やはり肝心な部分は濁されてしまった。分かったことといえば、カメリア刑務所は州が運営している刑務所だということと、セキュリティクリアランス制度によりカメリア刑務所の地下研究施設に関する情報は機密情報(トップシークレット)となっていることだ。個性研究は軍事的な意味においても重要であることから、そう易々と教えるわけにはいかないのだそう。ましてや他国の公的機関の者となるとなおさらといったところか。

 

 しかし娘が困っている以上、父として助けないわけには行かない。もともと魔理沙は他の収監者と違い、あくまで特別保護管理者。個性研究に協力はするものの、収監者が行う就職活動や作業などはやる必要がなく、戦闘行為も個性研究以外の目的では基本させない・やらないが契約を交わした時のルールだったはず。

 だと言うのに腕輪を使った監視、トラブル発生時の対処方法、そういった点での不信感を拭えなかった勇魔は、覚悟を決めてカメリア刑務所に侵入。どさくさに紛れて娘を回収しようと試みた。なお妻は門の外で待機していた。

 公安委員会でヒーローと共に前線で戦っていた時の感覚を思い出しながら、持ち前のワープの個性で見事地下研究施設の入口に辿り着いた。後は刑務官を一人捕まえて地下第1階層まで移動し、その後大量の刑務官を持ち前の体術で全員薙ぎ倒し、何とか制圧完了した。

 だがその直後、思いもよらぬ人物が父の目の前に現れた。

 

「初めましてお父さん。名前は確か、結依勇魔だったかな? わざわざ娘を取り返しに潜入するとは、父親の鏡じゃないか」

 

「誰だ……?!」

 

「僕はオールフォーワン。僕もキミと同様にキミの娘の様子を見に来たんだが、思っていた以上に厄介でね。彼女を殺すためにもキミには犠牲になってもr」

 

「〇ね」

 

 口上を述べ終わるよりも先に、突然真横から飛んできた結依魔理沙のライダーキックが頬骨に炸裂し、そのまま壁まで吹っ飛ばした。

 

「カハッ……! ……はァ……はァ、まさか僕の計画がもうバレているとはね。子どもだと思って舐めてい」

 

大嘘憑き(オールフィクション)

 

 魔理沙は一切の躊躇無く巨大な螺をねじ込もうとしたが、ギリギリのところで回避されてしまった。

 

「『電磁波』+『押し出す』+『重加』」

 

 オールフォーワンは電磁波に質量を与えた状態で空気諸共押し出し、巨大なレーザー光線を魔理沙に目掛けて放った。が、光線は全て魔理沙の胸と両手に吸収され、数万倍に増幅されてから跳ね返された。

 ゼットンファイナルビームはオールフォーワンの左腕を消し飛ばし、膨大な熱量で傷口を焼き尽くした。体力お化けのオールフォーワンといえどここれはかなりの重症で、超再生の個性がまだ手に入っていない以上オールフォーワンはもう撤退せざるをえなかった。

 

「今日はこの辺でよさないか、魔理沙ちゃん。このままではオールマイトとの決戦に支障が出る」

 

「知らん」

 

 オールフォーワンの言葉など全く聞く耳を持たず、魔理沙は指先から無限に最上級魔法を打ち続けた。戦う意思をほぼ持たず、逃げることに専念したオールフォーワンに対し、魔理沙は無言で最上級魔法を打ち続けた。

 

 魔理沙は鬼畜になった。一度でも家族に危害を加えた者に対しては、たとえ時間が巻き戻って未遂になったとしても、地の果てまで追いかけまわし、地獄に落ちても叩き潰す。結依魔理沙はこの時初めて、本物の異形魔理沙とはまた違ったイカレ化け物に変貌したのだった。

 

 流石に個性で防ぐのにも限界が来たのか、オールフォーワンは『反射』の個性で魔理沙の最上級魔法を天井にぶつけ、空いた穴から地上へ脱出した。

 当然魔理沙もオールフォーワンを倒すべく追いかけようとしたが、誰かが魔理沙の腕を引っ張って止めている。

振り向くとそこには、真剣な表情で魔理沙を見つめるボロボロの父の姿があった

 

「追いかけるつもりか?」

 

「地獄の果てまで」

 

「魔理沙、少し落ち着くんだ。今あの男を追ったところでお前が不利になるだけだ」

 

「それに契約上お前は許可無ければ刑務所を出られない。勝手に出れば脱獄犯として正式にヴィランだと認定される。それでもいいのか?」

 

 なお父としては問答無用で連れ帰るつもりだったが、重要なのは父の決断では無い。娘自身がこの状況をどう見ているか、どう感じているか、そしてどうしたいのかがハッキリしていること。それが大事なのである。

 

「…………父さん、仮にこの刑務所の中にいたとしても待遇は良くならないし、どっかの国の警察組織や公安委員会に入れるわけじゃないんだ」

 

「……そうだな」

 

「ドクターや他の人間がいなくなったとしても、どのみち私は脱走未遂か何かで処分対象。出ようが出まいが対して変わらない」

 

「だから私はオールフォーワンを追いつつ、私の自由を縛りつける()()()()と決着をつける」

 

「私は異形で、世界を覆す能力の持ち主だけど、それでも他の人間たちと同じように笑い合いたいし、同じものを見ていたい」

 

「…………そうか」

 

 父は魔理沙の気持ちを受け止め、優しく抱きしめた。

 この子は、自分の立場を分かった上で自由を勝ち取る選択をした。自身の力が他人に、社会にどう影響するか分かった上で、あの娘は自分の意思を主張している。

 

 それがどれほど大切で重要なことか、魔理沙はきっと知らないだろう。だがその小さな決断の積み重ねが、才能や異能とは違った強力な力になるということを、彼女は大人になった時に知るはずだ。

 ……いや、魔理沙は他の子より成熟しているから、もっと早くに気づくかもしれない……。

 

「よし分かった。魔理沙、私に考えがある」

 

「何?」

 

「魔理沙の個性、父さんもよく分かっていないが、要は何でもありなんだろう?」

 

「うん」

 

「今から父さん、お前に"絶対不可能な注文"をする。それを実行するんだ」

 

「絶対に不可能な注文……?」

 

「そうだ。()()()()()()絶対に不可能なミッション。でも魔理沙なら、できる」

 

「とりあえず、耳を貸すんだ」

 

 父は魔理沙に作戦内容を伝えた。その内容はあまりにも適当で、あまりにも大雑把で、あまりにも問題点だらけだった。

 

「任せて」

 

 魔理沙は父のミッションを聞き届け、グッドサインを送った。正直言って過去最高に無茶苦茶しているが、頑張れば行けそうな気がした。

 

「もしこれをやってのけたら、お前は世界一の英雄(ヒーロー)になれる」

 

「称号が……重いよ」

 

 そんな仰々しいものを貰っても逆に困るが、しかし褒められるのは悪くない。

 

「さ、魔理沙、ここを脱出するぞ」

 

 父に手を引かれ、エレベーター付近まで移動してから地上に向けてワープした。

 しかし、先にオールフォーワンが脱出していたせいで多くの警備員が地下研究施設の入口付近に集まっていた。

 

「君、今地下から出てきたな!? 所属はどこだ!!」

 

「魔理沙」

 

 父の意図を汲んだ魔理沙は周囲に向けて魔法を唱えた。

 

最上級睡眠魔法(ラリホーマ)

 

 魔理沙の唱えた魔法によって、周囲にいた警備員は全て夢の世界へと旅立った。

 

「魔理沙、ここからは別行動だ。分かっているとは思うが、敵の深追いだけはするな」

 

「分かった」

 

 魔理沙は頷くと、足の筋肉に力を込め、ニューヨーク上空へと飛び上がる。そして自身の劣化コピー体を大量に作成し、世界各国へと旅立たせた。劣化コピー体は完全コピー体と異なり、あくまで純粋な身体能力のみをコピーしたものである。そのため能力や個性を使用することは出来ないが、身体能力はそこらへんのプロヒーロー(個性込み)と比較しても大差ないほどの力を持っている。

 

 これは結依魔理沙の、盛大なデモンストレーション。その力をいかんなく発揮し、世界に結依魔理沙の強さと有用性を知らしめる。家族ぐるみの壮大なプロジェクト。その名も『Witch's Revolution(魔女革命)』、世界は今から、ちょっとだけ変化する。

 

 

 

 

 to be continued....

 

 

 


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