夏真っ盛りの六月某日、千景により呼び出された勇者一同は丸亀城の食堂に向かっていた。
「千景に飯に誘われるなんて、明日は雪でも降るんじゃないか?」
「もう、そう言うこと言わないのタマっち先輩」
「あながち否定できないのが、友人として辛い所だな」
暴走した時の一件からみんなと想像以上に打ち解けている千景だが、まだまだ友奈や景夜以外を食事に誘うのは難しいらしく未だに出来ていない。
今回球子がこんなことを言っているのも、その所為だろう。
「だが良い傾向じゃないか、千景がこうやって食事に誘ってくれるのは」
「話があるとも言ってましたが……」
「何をトーキングするのかしら?」
「私もぐんちゃんから特に何も聞いてないんだよね」
友奈も聞いてないことから、何か緊急の話なのかもしれない。
みんなもそれが分かっているのかあまり明るい雰囲気ではない。
そんな空気を変えたのは水都だった。
「も、もしかしたら!本当にみんなで食事がしたかっただけかもしれませんし、話って言うのはきっとついでみたいなものですよ」
「だね~、話って言うのはもしかしたら恋バナだったり~?」
雪花の茶化しも入り、少しいつも通りの雰囲気を取り戻して食堂に向かって歩く。
食堂には千景が先に居て、ノートパソコンを開いて座っていた。
景夜は千景の様子に少しばかり違和感を感じいの一番に声を掛ける。
「チカー、来たぞ」
「……いきなり呼んでごめんなさい、どうしても見せたいものがあって」
景夜はみんなに目線で席に着くように促し、自分も席に座る。
みんなが席に着いたのを見計らって、千景は開いていたパソコンの画面をみんなに見えるように向ける。
そこにあったのは……
「これは……」
「酷いな……」
勇者への誹謗中傷だった。
匿名なのを良い事に、景夜たち勇者の悪い部分を叩き、良い部分はあることないことで事実を捻じ曲げてそれを叩く。
勇者は戦闘の際、奮闘しているがいつも完璧に守れている訳じゃない。
今の所死者は出ていないが、負傷者は度々出てしまっている。
それを聞いた者は『使えない』『税金泥棒』『勇者はグズばっかで顔が良いだけ』『あんな奴らを選んだ神様は可笑しい』など、勇者だけだなく自分達を守護してくれている神樹にまでこう言う始末だ。
他にも、大社に関する誹謗中傷も絶えず書かれている。
大社に対して『北海道や諏訪から来た移民問題をどうにかしろ』やら『子供を勇者として祭り上げている頭の狂った集団』など。
あまり気性が荒くない杏でさえ、怒りの表情がしっかりと見て取れる。
「あななたちは、これを見てどう思う」
千景の言葉に、誰もが声を揃えて何かを言おうとした。
それを感じ取った景夜は先程と同じく、一番最初に口を開いた。
「何とも思わない。俺たちは自分が守りたいものの為に勇者をやってる、他者評価に意識を流される行為は意味がない。そうだろ?」
景夜の言葉で我に戻ったみんなは笑顔になり、何事もなかったかのように食事を取りに行った。
「やるじゃない、流石は私の弟子ね」
「流石に何とも思わなかった訳じゃないですよ。大社の人たちを馬鹿にされるのは頭にきますし、みんなに酷いこと言われるのも嫌です。……それでも、俺は勇者ですから」
紅葉との会話を切り上げ、景夜もみんなと一緒に食事を取りに行く。
「……あなたの思惑通りには行かなかったみたいね?」
「良く気付いたね?……まぁ、今回のは軽めのジャブみたいなものだからね。このぐらい乗り越えて乗貰わなきゃ困るよ」
天使がそう言って姿を消す、後には綺麗な白い羽が一枚残されたいた。
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その日の午後、世界を塗り替える警報は唐突に鳴りだした。
「お役目開始だな……今回もサクッと終わらして直ぐ帰ろう」
「だな、今回は敵が多そうだからちょっと面倒くさいけどタマに任せタマへ!」
「そうね、早く終わらせて畑の収穫をエンディングに持って行かないと」
「みんな気合入ってるねぇ、私も頑張らないとにゃ~」
それぞれが勇者に変身し敵を見据える。
今回は新しく陣形を用意してきたので、それの初の試し運用だ。
現実世界の方では練習したが、本番で上手くいくとは限らない。
その為には、頼れる指揮官である杏の指揮が必要だ。
「杏、指揮官として指示を……杏?」
景夜が杏に声を掛ける、だが杏は何の反応も示さず突然クロスボウから矢を放った。
「うおっ!?い、いきなりなんだよ、俺なんかした?!………と言うかお前、本当に杏が?」
至近距離だったのにも関わらず景夜は難なく躱す、だが今度は後ろから金属と金属が擦れるような音が響いた。
「どうしたんだよ若葉!?斬りかかってくるなんて」
「…………」
若葉は何も言わずただただ球子に襲い掛かる。
しかし、これだけに収まるはずもなくまた違う方向でも戦いの音が響く。
「くっ!高嶋さん……正気じゃないみたいね」
友奈も千景に向かって右の拳を叩きこんでいた。
千景もとっさのことに焦ったが、戦闘で得た経験値はそれ相応にあり何とか対処できている。
「ホワィ!友奈さんに杏さん、若葉までいったい何が起こってるの?!」
「こっちが聞きたいよ……仕方ないかな、景にゃん!こっちは私と歌野でなんとかするから、そっちは自力でなんとかしてね!」
雪花の発言は聞く人が聞けば、仲間を見捨てている様な発言だが、彼らの間では信用されてるという証なのだ。
「了解、そっちは頼んだぞ雪花に歌野」
「オッケー、任せといて」
「ザッツオールライ!農業王に不可能はないわ!」
景夜は二人に敵を任せ、自分たちは若葉たちを止めることに専念する。
この作戦が後に吉と出たのは言うまでもない。
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一度相手を交換し、景夜が若葉、球子が杏、千景が友奈。
このような組み合わせで、戦いが行われていた。
実際には戦いと言うものではなく、景夜たちが耐えて若葉たちを正気に戻す為に防戦を強いられていた。
「若葉!正気に戻れ、こんな催眠術みたいなもんで操られるお前じゃないだろう!」
「…………」
景夜の説得の声は届かず、若葉から帰ってくるのは刀の一撃だけ。
浮いた三本の穂先を使い若葉の行動を制限しているが、焼け石に水であまり役に立っていない。
自分に迫ってくる斬撃をひたすら受け流し、反撃の機会を見る。
千景や球子も機を見計らっているのか、攻撃はせず最小限の動きで受け流すだけ。
時眼が経つにつれ、景夜は段々と違和感を覚え始めた。
(……首謀者の目的は何だ?……もしかしたら……)
景夜の違和感は最悪の未来を完璧に的中させた。
大地を引き裂くような壮絶な爆発音が、樹海に轟く。
樹海の根が揺れ、若葉たちの攻撃も一旦止まる。
そして、景夜の目の前にボロボロの勇者服を着た雪花と歌野が落ちて来た。
なんとか二人を抱きかかえる、体のあちこちから血は出ているが致死のレベルには達していない。
だが、二人とも気を失っており継戦は不可能と見るべきだろう。
「……チカ!今すぐ『玉藻の前』使って若葉たちの催眠状態を解け、出来なきゃお終いだ!」
「分かったわ、……来なさい『玉藻の前』!」
千景の体を闇が覆う。
数瞬もしない内に闇は晴れ、そこから出てきたのは妖艶な美女。
暗い紅を基調とした着物を羽織り、頭には狐の耳で後ろには九つの尻尾が見える。
精霊の中でも最強の一角『玉藻の前』、呪術や妖術の扱いに長けた支援系の精霊。
景夜が使う『織田信長』や友奈の『酒呑童子』ほど近距離での攻撃力はないが、支援系の精霊の中でも最高値の性能を有している。
そんな精霊を降ろした千景は一瞬苦しむ様子を見せたが、今の状況を打破するべく動いた。
「高嶋さんに乃木さん、伊予島さんの中から出ていきなさい。解呪『妖艶華』!」
若葉たちの周りを彼岸花の花弁が舞う。
三人は何故か一瞬の内に正気を取り戻し、頭に手を当てる。
「私は今までなにを……」
「何だが、体が重い」
「大丈夫ぐんちゃん!?怪我してるよ?」
自分の心配より他人の心配をしている友奈を褒めるべきか叱るべきか、景夜的には少し悩ましいところだ。
そんな心配をしてる間に、バーテックスはすぐそこまでやって来ていた。
見た目は、以前諏訪の付近で見かけた進化体に似ている、その前の大きな戦いで見た進化体にも似ている。
おおよそ、あの進化体の完成型がこれなのだろう。
布のような触手が生えている分、あのバーテックスは一味違うことが伺える。
けれど、それは負ける理由にはならない。
千景は玉藻の前を降ろすことを止めている、負担が大きかったのか顔も青い。
景夜は自分がもう一度、あの信長を降ろすことを決意する。
「行くぞ、『織田信長』!」
禍々しい炎が身体を包み込み、そこから出てきた景夜は「天下統一」と書かれた羽織を着ただけだった。
一瞬弱体化したような感じがしたが、それがすぐに勘違いだと分かる。
魂が融和したことにより、同調律が急激に上がったのだ。
八〇%は余裕であるだろう。
体を慣らすかのように、少し体を解す。
そして、ゆっくりと息を吐き一歩踏み出した。
「待たせて悪いな……俺の仲間を傷つけた借り、しっかり返させてもらうぜ!」
二歩目を踏み出した時には、その場に景夜は居らず。
瞬間移動にも匹敵する速さで、敵の目の前に迫っていた。
そこからは一方的な戦いで、バーテックスの周りを縦横無尽に飛び回りながら切り刻んでいた。
その速さは音速を超えていた。
以前も音速を超えた槍投げをしたことがある景夜だが、投げるのと自分が音速に達するのでは少しベクトルが違う。
そして……
「これで、終わりだ」
最後は下腹部にある爆弾を発射するための部分に槍を突き刺し、内側から爆発させてバーテックスを倒した。
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「まさか、催眠を解いて二体目の完成型まで倒すなんて……凄いね」
「そりゃどうも」
樹海化が終わり丸亀城の中庭にいる景夜たちの目の前には、景夜と同じ容姿をした天使が居た。
「ここまで来たら、正式に挨拶しなきゃね。俺の名前はカイン、人間の原罪を象徴する名だよ」
カインは、旧約聖書『創世記』第四章に登場する兄弟のこと。
アダムとイヴの息子たちで兄がカイン、弟がアベルである。
人類最初の殺人の加害者・被害者とされている。
「カイン……旧約聖書に出てくるカインから取ったと考えていいんでしょうか?」
杏がそう聞くと、カインは思ったほかあっさりと答える。
「うん、それであってるよ。君は聡いね」
薄く笑うカインに気味の悪さを感じつつある勇者の一行。
カインはそれに気づいたのか気が付かなかったのか、ある一言を残して消えていった。
「君たちに一つ良い事を教えて上げるよ、次の戦いは総力戦だ。君たちが勝てれば、一時の平和が訪れるかもね?」
決戦の日は近い、その先にあるのは――
希望か、はたまた絶望か。
答えは神さえも予測不能なほどに、混沌極まっていた。
次回もお楽しみに!
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