ASEの蜘蛛男   作:二不二

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ホームカミングがあまりに面白かったので。
また、アクションや戦闘描写にも挑戦してみたいと思います。



<登場人物>

斑鳩悟(いかるが さとる):
原作主人公。
どんな乗り物でも乗りこなすASEドライバー。

小雀雲居(こがら くもい):
オリジナル主人公。
スパイダーマンの力を持った高校生。

清水初音(しみず はつね):
ASE所属の天才メカニック。高校生。

百舌鳥創(もず はじめ):
前任のASEドライバー。斑鳩悟の師でもある。
現在は、ASE日本支部をまとめる支部長の任に就いている。



1. A Hero In ASE ~ASEのヒーロー~_上

「うげっ」

 

 蛙のつぶれるような、野太くきたない声をあげて、犯罪者が倒れ伏す。

 ただ倒れているのではない。

 奇妙なことに、彼は、白く太くおおきな糸によって、地面に縫いつけられているのであった。

 触れればたちまち人を捕らえる、トリモチのような粘着質の糸。それはまさしく蜘蛛の糸そのものである。

 けれども、そうであるなら、それを吐き出したのはいったいどれだけ巨大な蜘蛛なのだろうか。きっと、人すら容易く捕食してしまえるおぞましい巨大蜘蛛であるに違いない――

 

 その想像は、いとも容易く裏切られることとなる。

 

「『ウェブ・シュート』。その蜘蛛糸は二時間経ったら勝手に溶けてなくなるから、それまでシャバの空気をたっぷり堪能しとくんだな。なにせ、それから先はしばらく塀の中なんだしね!」

 

 という言葉と共に地面に降り立った男。それこそが蜘蛛糸の主なのだった。

 

 彼は、奇妙な格好をしていた。

 蜘蛛糸模様の全身スーツ。頭部の覆面には、悪事のいっさいを見逃さぬとでもいうかのような、大きな目の模様がふたつ。赤と青の色合いは目にも鮮やかで。それが華麗にトンボを切って、手から蜘蛛糸を飛ばすものだから、見る者に強烈な印象を与えた。

 

 この怪人はいったい何者なのだろう。

 そう思って彼を見つめても、その正体を見極めるのはきわめて困難であった。

 スーツは、爪先から頭まですっぽり全身に張りついて、細身の、けれども筋肉質な肉体を詳らかにしていたし、スーツ越しに届く高い声は、声の主の幼さの証左であった。年の頃は、高校生かそれくらいか。

 その半端な情報が、かえって怪人の正体をけぶらせる。いったいこの世のどこに、大人顔負けの身体能力を披露し、果ては手から蜘蛛糸を飛ばす怪人じみた中高生がいるというのか。

 そんな蜘蛛の怪人を、人々はこう呼んだ。

 

「スパイダーマンだ。スパイダーマンが強盗を捕まえてくれたぞ!」

「ヒーローって本当にいるんだなぁ。まるでアメコミみたいなバタくさい大味のデザインだけどさ」

「ばっか。そこが格好良いんじゃないか。――ありがとう、スパイダーマン!」

 

 そうした人々の驚愕の声、賞賛の声に、当の本人は悶絶する。

 

「やめてくれよ、スパイダーマンだなんて、その名で呼ばないでくれ! ちょっとした若気の至りだったんだ。厨二病だったんだよ。もちろん、そんなのもう止めたさ。だってもう高校生なんだぜ。人間誰だって、夢から醒めて大人になるもんだろ。いつまでもネバーランドには居られないんだ。だっていうのに、黒歴史の強制続行だなんて、これが人間のすることかッ。ASEの人でなし! 百舌鳥さんの人非人! お前等人間じゃねぇ!」

 

 彼は、人々の視線から逃れるべく高層ビルの屋上へ跳び移ると、頭を抱えてもんどりうって悶え転がった。

 小雀雲居(こがらくもい)

 彼こそは、若気の至りではじめた「ヒーローごっこ」の続行を強要されている、世界唯一のスーパーヒーローである。

 

 

 ** 

 

 

 ASE(エース)という民間企業がある。

 業務内容を端的に表せば「人材派遣業」ということになるだろう。

 けれども、ASEはふつうの人材派遣会社ではない。彼らが扱うのは「超一流」の人材だけである。

 たとえば清掃人を派遣すれば、建物は新品同様の輝きを取り戻し。爆発物解体(ディフューズ)のエキスパートを派遣すれば、どんな複雑な機構を備えた爆弾であろうと過たず無力化する。諜報員(スパイ)を派遣すれば、依頼人の欲した情報を持ち帰るは必定だ。彼らの辞書に不可能の文字は存在しないかのように思われた。

 そんなASEの看板を張るのは、二人のスペシャリストである。

 一人は、原動機の付いた乗り物であれば、潜水艦からスペースシャトルまで乗りこなすスーパーマルチドライバー、斑鳩悟。

 年若い高校生でありながら、前任の伝説のドライバー百舌鳥創(もずはじめ)の跡を継ぎ、各種乗り物のスペシャリスト顔負けの操縦を披露する。

 そうは言っても、

 

「なにがASEドライバーだ。俺に言わせりゃ、まだまだ半人前の未熟者だぜ。これくらい余裕でこなせんようでは、ASEのドライバーは勤まらん。それまで日当はこれで十分だ」

 

 というのが、百舌鳥創の評である。彼は、期待を寄せる人間にたいしてとびきり厳しい。

 そのようなわけで、命を懸けた働きにはとうてい釣り合いのとれぬような薄給でこき使われ、斑鳩悟はいつも飢えていた。

 

「今日もカップ麺か……。たまにはラーメン屋で豪勢にチャーシュー麺が食いたいもんだ」

 

 などと気の抜けたマヌケ面で、今日も侘びしくカップ麺をすするのであった。

 そんな彼は、制服姿の高校生である。学生食堂でひとりカップ麺をすする奇抜な姿は、たいそう人目を引いた。

 

「やめとけ、やめとけ。ふだんジャンクばっか食べてるんだから、いきなりそんなちゃんとした”食べ物”食べたら胃が驚いて内臓ひねり出すぞ。まずは間を取りなよ。ジャンクと食べ物の間の、離乳食なんかどうだろうかね」

 

 そんな悟に軽口をたたく同級生。

 ASEのもう一枚の看板、「スーパーヒーロー」の小雀雲居(こがらくもい)である。

 

「酷いこと言うなぁ。それじゃあ俺が食ってたのは何だってんだ」

「だからジャンクだって」

 

 などと傍若無人に言ってのける雲居に、悟は心底嫌そうな顔をした。

 そんな悟をはやしたてる、にぎやかな声。悟の数少ない友人、二人の級友である。

 

「おいおい、無理言ってやるなって。離乳食も結構値が張るんだぞ。斑鳩に買えるわけないだろ」

「貧乏ここに極まれりだな。それに比べて小雀は……」

 

 彼らは、げっそりした様子で雲居を見やる。いつもにぎにぎしい雲居は、食事中もにぎやかだった。それはもう、見た目からして。

 カツ丼に牛丼、焼き肉に唐揚げ。肉、肉、肉のオンパレードである。それが、またたくうちに雲居の胃袋に収まっていく。

 

「うーむ、見てるだけで気分が悪くなってくる食べっぷりだ」

 

 悟はうんざりした様子でぼやいた。飢えている筈なのに、みるみる食欲が失せていく。

 この常軌を逸した食べっぷり。それを支える任務報酬の支給額に、悟は恨み言をこぼさずにはいられない。

 

「同じバイト先なのに、どうしてこうもバイト代が違うんだ……」

 

 そんな悟の不満を、二人の同級生は笑い飛ばす。

 

「そりゃあ仕方ない。こんなぼーっとした斑鳩(ヤツ)なんかと同じ給料なんか出された日には暴動が起きちまうだろ」

「そうそう。極めて妥当な境遇だって」

 

 などと笑い合う二人に、雲居は、唐揚げをひと呑みにしながら話題を提供する。

 

「悟のささやかな給料のことはさておき、俺の場合、常にパワハラされてるような仕事内容だからなぁ。お給金くらい弾んでくれなきゃ割に合わないってもんよー」

「うーん、パワハラに超薄給か。お前等のバイト先って、ひょっとしなくても超ブラックなんじゃないか?」

「お金を稼ぐって大変なんだなぁ」

 

 などと遠い目をする二人と、マイペースに箸を進める雲居である。そんな薄情な三人を、とくに暴食の魔神、小雀雲居を悟はねめつけた。

 

「くそう、友達甲斐のないやつらめ……」

 

 そんな悟の内心を知ってか知らずか、雲居は気前よく皿を押し出す。

 

「なんだ、物欲しそうにじっと見て。しょうがないなぁ。ほら、一皿分けてしんぜよう」

 

 その途端、悟は顔をぱっと輝かせる。

 

「おおっ、ありがたい! 神様、仏様、雲居様っ、ありがとうとざいますっ」

「食欲が無くなったんじゃなかったのかよ……」

 

 へへーっと平伏する悟に、思わず呆れ顔になる同級生である。

 もちろん、そんな些末事にとらわれる悟ではない。彼の意識は、眼前でほくほくと湯気をたちのぼらせる肉料理の虜となっている。期待に胸をふくらませ、喜びのあまりに踊り出しそうとする脚をなんとか抑えつけ、

 

「それじゃあ、さっそくいただきます!」

 

 と箸を伸ばした、まさにそのときである。

 

「やっと見つけたわ。あんた、こんなトコに居たのね!」

 

 いかにも勝ち気な眦の、元気そうな少女が現れた。

 人の好い悟は、食事を中断して、片手を上げて応じてみせる。

 

「おー、初音じゃないか。どうしてここに居るんだ。お前の学校は、ウチじゃなかった筈だが」

 

 気の強そうな少女である。

 案の定、彼女は強い口調で言い放つ。

 

「なにバカなこと言ってるのよ。ずっと連絡してるのに出ないから、こうしてわざわざ迎えに来たんじゃない。――仕事よ。もちろんASEのね」

 

 声を潜め、そっと悟に近づく。

 その少女は、名を清水初音といった。

 初音は、高校生として学業を修める傍ら、あり余る余暇のほぼ全てをASEのメカニック業に費やし、己の腕を高めることに余念がない。

 花より団子という言葉があるが、彼女の場合、花よりレンチというべきかも知れない。化粧の代わりに機械油にまみれ、友達づきあいそっちのけでレンチを握り、言い寄る男どもには見向きもせず自動車をこそ己が恋人と定めている。

 そんな彼女がわざわざ出向いて来るなど、用件はひとつしか考えられない。

 

「げっ。俺、これから久方ぶりの肉を食うところなんだが……」

「肉ぅ? そんなことより仕事よ、仕事! そんなに肉がほしけりゃ、これでも食べてなさいな」

「いや、そもそもこれは肉じゃないし――もごぉ!」

 

 哀れ悟は、たちまち初音の虜囚となった。『うまい棒BBQ味』を口につっこまれ、うるさい口を塞がれた後は、ずるずる引きずられながら連行されていく。

 ご馳走をおあずけされた悟は、しかし、誰の同情も集めない。むしろ、好奇と嫉妬の視線ばかりが寄せられる。

 

「誰だ、あの可愛い娘は」

「あの冴えない斑鳩と、いったいどういう接点が……」

「あー、バイト先の先輩だな。きっと急なバイトが入って、悟を道連れにしに来たんだろう。……俺にとっても先輩なんだけど、どうして俺のこと無視してくれちゃってるの?」

 

 などとぼやきながらも、箸の止まらぬ雲居である。あれほど大量にあった料理がみるみるうちに消えていく。そして、最後のひと口。

 

「ごちそうさまでした」

 

 笑顔で手を合わせ、満足そうに息を吐く。

 もしこの光景を悟が目撃したなら、不公平さに恨み言のひとつでもこぼしたことだろう。食べ終わるのを待っていたかのように、雲居のポケットの内側が震えたのだ。

 

「げっ、携帯電話が鳴ってる。こんな真っ昼間から高校生に掛けてくるだなんて、見つかったらケータイ没収だって分かってる筈なのに。こんなことする連中なんて、あの人達しかいないよなぁ」

 

 雲居は、心底嫌そうに電話を受ける。

 案の定、それはASEからの秘密の連絡であった。

 

『小雀くん、仕事です。事態は一刻を争います。至急ASEビルに来てください』

「念のために聞くんですけど、それって、悟と同じ案件ですか? もしそうなら、俺、ちょっと、いやかなりショックかも……」

『えっ。申し訳ありません、なんのことか分かりませんけど、とにかく、斑鳩くんとは別件です。――猛獣です。猛獣が街に放たれそうなんです!』

 

 

 **

 

 

「猛獣が街に放たれるってのは、いったいどういうことですか。テロリストのパンダが、動物園の同胞を解放しろとでも言ってるとか」

 

 東京某所。ひときわ大きく、高く天を衝くかのようなASEビル。

 その一室に駆け込むなり、雲居はくだらない冗談を吐いた。

 もちろん、そのようなことをしている場合ではない。ASEに寄せされる依頼は、青天井の報酬金額に比例して難易度、危険度ともに天井知らずに高くなる。下らない冗談を言う暇があれば、作戦の準備にとりかかるべきである。

 それが分かっていながら、雲居は軽口をたたくのを止められない。そのようにして、自分の心を落ち着かせる必要があった。なにせ、これから噴飯ものの赤面行為を強制されるのだから。

 相対するのは、気弱そうな女性である。彼女は気の毒なくらい真面目で誠実な性質だったので、雲居の悪ふざけに取り合ってしまう。

 

「えっと、そのような事実は確認できていません。そもそも、そんな芸達者なパンダなんていないと思われますが」 

「それじゃあ、猿かな。猿なら銃くらい使いそうじゃない?」

「それは猿の範疇を逸脱しているような……」

「そのくらいにしておけ、雲居。くだらない冗談をこねくり回す脳ミソがあるなら、少しは作戦を考える方に回してみろ」

 

 雲居の軽口を制止する声。

 それは、粗野な風貌の男であった。

 逆立つ黒髪に、スーツの上からでもわかる引き締まった見事な身体。サングラスの向こうには、鷹のような鋭い眦がある。

 

「百舌鳥さん」

 

 百舌鳥創(もずはじめ)

 ASE日本支部のトップを張る男にも、雲居は馴れ馴れしい口を利く。

 

「そこは、ほら、ASEの作戦立案部門の皆さんの優秀さを信頼してるってことですよ。実際、俺なんかのできることといったら、飛んで跳ねて突っ込んで戦うくらいですし――んがっ」

 

 そんな雲居に、百舌鳥は容赦なくゲンコツを落とし、怒声を張る。サングラスの上で眉が逆立ち、怒りの形相をかたちづくる。

 

「馬鹿野郎! そうやって考え無しで無鉄砲につっこんで味方の足を引っ張るつもりか!」

 

 雲居は人並みはずれて頑丈な身体をしている。大の大人の本気のゲンコツ程度は、なんら痛痒をもたらさない。

 にも関わらず、これは大変堪えた。身体ではなく、心に響いたのだ。

 

「……すみません。俺が間違ってました」

 

 雲居は、恥ずかしそうに面を伏せる。

 彼は、言動の軽々しいアホウな少年であるが、馬鹿ではない。かつては高く伸びていた鼻も、他ならぬ百舌鳥創によってぽきりと手折られていたので、自らの心得違いを素直に認めることができた。

 

「ったく。さっさと頭にたたき込んでおけよ。失敗したら、取り返しがつかない」

 

 それじゃあ説明は任せたと一言残して、百舌鳥は、秘書を伴い会議室を後にした。

 さて、その場に残されたのは雲居と、黙ってことの成り行きを見守っていた作戦部の面々である。

 

「作戦というのはだね」

 

 こほんと咳払いをして、作戦部を代表して壮年が話を紐解いた。

 

「動物の密猟業者が、とある場所で好事家に猛獣の受け渡しをする。そこを一網打尽にするというものだ。どうだ、シンプルだろう?」

 

 気を遣ったのか、壮年は、ニヤリと笑って冗談めかす。

 たちまち雲居は調子を取り戻した。

 

「いいじゃないですか。シンプル・イズ・ザ・ベスト。馬鹿な俺にはちょうどいいです。でも、聞いてた話とちょっと違うような。猛獣が放たれそうだって聞いた覚えがあるんですが」

「ああ、それか。販売相手の好事家が特殊な主義思想をもっていてね。絶滅危惧種の動物を、生息可能そうな地域に放つ活動をしているらしいんだ。本人は活動家を自称しているらしんだがね。譲り受けたとたん、その地に猛獣をとき放ってしまう可能性が高いということが、我々ASEの調査で判明したんだ」

「なるほど。活動家と言わずに好事家と呼ぶあたり、実に皮肉がきいておもしろいです」

 

 ニヤリと悪戯っぽく笑う雲居に、壮年もまた皮肉っぽく微笑んで応える。

 

「きみは話が分かるね。噂のスーパーヒーローで、しかも正体はまだ高校生(こども)だっていうから、どんな人物かと思ったが、良い意味で予想が裏切られたよ」

 

 壮年は意地悪く笑った。

 その途端、雲居は顔をひきつらせる。

 

「やめてくださいよっ。スーパーヒーローってのは本当に無かったことにしたいくらいなんですよ。だっていうのに、またあんな格好して公然と出歩かなきゃならないだなんて、恥の上塗りじゃないですかっ。ああ、自分が恥ずかしい……」

「いや、その、すまない」

 

 どうやら地雷を踏み抜いてしまったらしい。そう悟った壮年は、咳払いをして、無理に話題を転がした。

 

「だが、覚えておいてほしい。きみの活躍で救われた人だってたくさんいるんだ。それは紛れもなく、誇るべきことだよ」

 

 ドンと少年の背中をたたく。そして、ニカと微笑んでみせるのだった。

 

「頼んだよ、ヒーロー」

「ちょっと、止めてくださいよそれホントに」

 

 

 **

 

 

「作戦開始だ」

 

 そうと決まれば話は早い。

 小雀雲居はいつも持ち歩いているバッグから、そのスーツを取り出した。

 赤と青を基調とした、蜘蛛糸模様の奇妙な全身スーツ。おおきな三白眼がふたつ、ぎょうと雲居をねめつける。

 ――気合いを入れろ。これから人命のかかった仕事が始まるんだぞ。

 そう話しかけられている気がして、雲居は重々しく頷いた。

 

「ホントはこんな格好したくないんだけど、俺にしかできない事があるっていうなら、しない理由にはならないもんな」

 

 スーツを見る度に、己の未熟を思い知らされる。天狗になっていた愚かな自分。それを恥じるばかりで、盲目になろうとしていた自分。

 そんな自分は、叩いて鍛えなければならない。

 雲居は、パンと両手で頬を張った。

 そのままスーツを身にまとう。

 

「よしっ、やってやろうじゃないか。ふぉぉおーーっ!」

 

 雄叫びをあげて、天にほど近いASEビルの屋上から飛び降りる。

 大空に身を投げた。

 膝をかかえて一回転。ふたたび身体を伸ばしたときには頭を下にして、腹で大気を滑って進路を変える。蜘蛛の怪人は、モモンガかムササビのように上空を滑空していた。

 何事かと驚いた燕が、好奇心にかられて彼の周りにまとわりつく。

 

「ちょっと、どいてどいて! 巻き込んじゃうから、離れてよっ」

 

 手足を振って、可愛らしい小鳥を追い払う。これで巻き込む心配はない。

 雲居はすっかり安心して、手を前方に掲げた。指を半端に握り込み、奇妙なポーズをかたちづくる。ちょっと昔の日本人なら「ぐわし」とでも呼んだかもしれない。

 

「『ウェブ・シュート』!」

 

 と叫んだ瞬間、手首から勢いよく白い糸が飛び出した。

 それは近くのビルに貼りつくと、ビルと怪人の手を結ぶひとすじのロープとなって、怪人を再び中空へと導いた。

 

「『ウェブ・スウィニング』だっ」

 

 ロープに引かれて、怪人は宙に円を描く。

 落下の運動エネルギーが、そのまま円運動へと変換されたのだ。落ちるときの勢いそのままに、怪人は前方へと飛び出す。

 

「もいっちょいくぞっ。ウェブ・シュート! ウェブ・スウィニング!」

 

 次々に蜘蛛糸を放ち、その度ごとに軌跡を変えていく。前方に飛び、ときには右に曲がり、それからまた前方へ。

 そんな怪人に怒声があびせられた。

 

「ちょっと、困るじゃないか! おい、お前だよ、そこの蜘蛛男!」

「えっ、俺? こんな高層ビルの間で、いったい誰が何処から……」

 

 驚いた雲居は、蜘蛛糸をひときわ強く引っ張った。その反動で空高くジャンプ。手頃なビルの屋上に着地して、あたりを見回した。

 

「おー、あんなトコに人がいる」

 

 ビル窓の清掃員である。ビルの外壁にゴンドラごと吊りさがって、そこで、窓ガラスの清掃をしていたのだ。

 彼は、ビルの外壁から鯉のぼりのようにたなびく蜘蛛糸を指さして、怒声をあげていた。

 その男めがけて、怪人は躊躇なくビルから飛び降りた。

 

「ほっと」

「うおっ!?」

 

 男の頭上に蜘蛛糸をかけると、それにぶら下がって、男の近くに身を寄せた。

 上下逆さになって、蜘蛛のようにぶら下がる怪人。覆面の三白眼が、無表情に男をねめつける。

 男は恐怖し、己が言動を悔いた。

 

「わ、悪かったよ。掃除が大変なんで、ついカッとなって怒っちまった。悪かった、だから許してくれっ」

 

 今にも泣きそうに眉をひんまげて謝意を示す大の男に、しかし、怪人はあっけらかんと頭を下げてみせた。

 

「蜘蛛の巣だらけにしてゴメンなさいね。でも大丈夫。二時間もすれば、勝手に溶けてなくなるから。それでも不都合があればASEに請求してください。これ、連絡先です。ほんと、ゴメンなさいねっ」

 

 名刺を押しつけるなり、怪人は再び宙に身を投げる。

 

「お邪魔しましたァ~ッ」

 

 と声を響かせながら遠ざかっていく怪人の姿を、男は呆然と見送る。

 

「なんだったんだ、アイツは。そういや、連絡先って言ってたけど、こりゃあ名刺か?」

 

 名刺を見れば、そこにはこう記してあった。

 

『ASE所属、世界にただ一人のスーパーヒーロー、スパイダーマン。困ったときはご用命を。依頼額:一千万円から』

 

 




8,012文字


基本的にホームカミングをベースにした能力にしていますが、ところどころ変更を加えたり、独自解釈を加えたりしています。

スパイダーハムとか、INTO THE SPIDER-VERSEのロボなアレとかありますし、そもそもレオパルドンも公式扱いですし、もう何でもアリでいいのでは……と思います。
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