「勝ったああああああ!いえーーい!」「うわー負けたっ。あと少しだったのに」颯太は大声を出し両手を高々と掲げた。遥風は悔しそうな声を上げる。雷丸は無言。
三人は楽さんに案内された講堂レベルの広さの居間の、スクリーンと呼ぶにふさわしい巨大なテレビでゲームをしていた。ちなみに雷丸は五連敗中である。
「……みんな上手すぎない?」雷丸は顔を引きつらせて尋ねた。
遥風と颯太は顔を見合わせた。
「雷丸兄ちゃんが下手すぎるんだよ」「下手すぎるんだよ?」颯太が言い、その後ろで遥風が復唱した。
「ええい。そもそも何なんだこのゲームはっ。どうしてちょびひげのおっさん達と全力ドライブするんだっ。どうしてコースを外れたら雲に乗ったカメが助けてくれるんだぁ」
雷丸は振り払うような仕草をして言った。雷丸はこの手のゲームをやったことがなかった。理由を聞くのは酷ってもんである。
「安全性が考慮されている、と言うことでしょう」答えたのは遥風だ。
「ほほう、マリオカートは嫌と申すかね。そうだな。では、"人ならざる化け物を無責任にもボールに閉じ込めたあげく、戦闘を強いるゲ-ム"なんてどうだね?」颯太は顔の前で手を組み、にやにやしながら言った。
「ポーキモーン、のことだよね?」英語の発音をまねて、遥風は言った。
三人ともテンションMAXだった。三人はゲームを再開する。
一度だけ奇跡的に勝った雷丸の連敗数が再び十を超えた頃、遥風の父、良樹が帰宅し、三人は夕食に呼ばれた。
「久しぶりだねえ、大悟君。元気だった?」ビールを飲んで一息ついて、良樹は言った。
「お久しぶりですねえ、良樹さん。お元気でしたか?」颯太の父、大悟は同じようなセリフを繰り返した。
酒の力だろう。二人はがっはっはと笑い合った。
大悟は良樹の大学時代の後輩で、良樹の会社の創設にも関わった一人だ。大悟自身は数年前に独立し、別の会社を立ち上げた。しばらくして、大悟は『成功の秘訣を聞きたい』と足繁くここ川嶋邸に通うようになった。そのうち、家族ぐるみの付き合いをするようになったという。
そのころには雷丸はもうこの家にいた。目撃されないよう雷丸を閉じ込めておくわけにもいかないので、川嶋夫妻は遥風と雷丸を姉弟のように扱うことにした。もちろん河野夫妻は事情を知っていたが、颯太には一切話していなかった。颯太は自然に雷丸と遥風は姉弟だと思いこんだ。そんなわけで雷丸は、河野一家が来ている間、遥風と一緒にいられるというおこぼれにあずかったのである。
「……ねぇ、雷丸。……聞いてる?」
遥風は話しかけている。雷丸は聞いていなかった。遥風は雷丸の顔を覗き込んでいた。
「ぅあぃ!」雷丸は驚いて声を上げた。夕食はすでに片付けられていた。
遥風と顔が近かった。思わず顔は緩んでしまいそうになるのを雷丸は必死でこらえた。いや別に緩んでもいいのか、と思い直して雷丸は顔を緩ませた。遥風の顔には?が張り付いていた。
「……お父さん、今年は何やるんだろう?」遥風は楽しげに言った。
至近距離で微笑まれ、雷丸は軽くめまいを覚えた。天国ってこんな感じかもしれない、と雷丸は思った。
良樹は、河野一家の訪れる夏休みの初日に毎年「何か面白いこと」をしていた。それは一昨年のマジックショーであったり、去年は演奏者付きのタップダンスだったりした。だから今年も良樹はまた何か企んでいるに違いないのだ。
『誰にも求められていないからこそ、やろう、って思える時もある。そうだろう?』いつだったか、そう言って子供のような眼をした良樹を、雷丸は素直にすごい、と思った。
「楽しみだね」雷丸は言った。
顔を見合わせて、雷丸と遥風は2人で良樹を見た。2人の視線に気づいた良樹はにやりと笑い、ウインクをした。
「……さて。」良樹は呟いた。
バッ、と全員が良樹を見た。やっぱりみんな待ってたのか、と雷丸は思った。
「毎度おなじみ、良樹のエンターテインメント。」
「今回は…花火だ」
絶妙に間を取りながら、良樹は続ける。
「大小様々、色とりどりの花火を用意した。今宵、皆には、これまでの人生で1番の花火を味わってもらう」
「開演は三十分後だ。……最高のショーを、見逃すな!」そう言いながら、良樹は横走りで部屋を出ていった。
部屋は再び話し声でにぎやかになった。主に颯太のはしゃぎ声である。
「それなら。新しい浴衣があるの。着ていきなさい」遥風の母、洋子はそう言って、遥風に目配せした。
「うん、そうする」遥風は少し考えて、答えた。
洋子と遥風は部屋を出ていった。雷丸はぼんやりと遥風の浴衣姿を思い浮かべていた。河野夫妻は楽しそうに話していた。颯太は花火のことで騒ぎっぱなしだった。
しばらくして、遥風は洋子に連れられておずおずと部屋に入ってきた。
濃いピンクに染められた花柄の浴衣を遥風は着ていた。それと少し、化粧もしているようだった。
歓声が上がり、拍手が起こった。それに突っ込む暇もなく、雷丸は目を見開いた。颯太も動きを止めた。
普段物静かでおしとやかな遥風には華やかな色は似合わないだろうと、雷丸は漠然と思っていた。しかしそれは間違いだった、と雷丸は思う。きっと遥風には、どんな色だって似合うのだろう。遥風を好きな雷丸の目には、彼女が何を着ても、何をしていても、それはどうしようもなく、魅力的に見えてしまうのだ。
きれいだ、と雷丸は思った。頬が熱くなるのが分かった。
遥風の目が雷丸をとらえた。そしてすぐにそらした。雷丸は何か言おうと思ったが、うまく言葉が出なかった。結局、雷丸はその場に立ち尽くしていた。
「そろそろ、庭へ出ましょうか」洋子は言い、一同は庭へ向かった。
階段を下りる途中で、雷丸は郷子に呼び止められた。郷子は人差し指を唇にあてた。今は、雷丸は川嶋家の一族、という設定だった。
「浴衣があるの。着ていって」郷子ははにかんで言った。
「……着る」雷丸は少し考えて、答えた。
「楽しんできてね。……今日は、三組目の夫婦が見られるかもしれないわ」郷子は両手を組んで
「おい。遥風のことは別に……」「別に?」雷丸は言い、郷子は聞き返した。
少女漫画か、と思ったが、雷丸は郷子の言ったことを否定する気にどうしてもなれなかった。
急いで雷丸は郷子の用意した渋めの青の浴衣に着替えた。雷丸が玄関から外に出ると、遥風達は庭の一角で花火を始めていた。ぱちぱちと火花のはじける音が気持ち良さそうだった。雷丸はその横にさまざまな種類の花火がうずたかく積まれているのを見た。
不意に館内の庭に面した部屋の明かりが一斉に消えた。粋な演出だ、雷丸は思った。
「ショーターイム!」
誰かが叫んだ。七人とも声のした方を振り返る。庭の真ん中の丸い噴水の上に、良樹が仮面をつけて、スポットライトを浴びながら立っていた。
「皆さん、今日はお集まりいただき誠にありがとう!今年のテーマは花火、ということでここにありとあらゆる花火を用意した!ぜひ、楽しんでいってくれたまえ!」良樹は司会者のごとく一気に喋った。
「ちなみに」「私も参加する!」付け加えて良樹は叫ぶ。みんな笑った。
スポットライトが消え、数秒後には、仮面を外した良樹が雷丸達の前に現れた。
「私もやる。当然だろ?」得意顔に良樹は言い、置かれた花火の山をあさり始めた。
颯太は花火を両手に持って一同の周りを縦横無尽に走り回っている。少しして、良樹は花火の束を抱えて戻ってきたかと思うと、何も持っていなかった河野夫妻や洋子に手持ち花火を配り始めた。
「ほらほら君たちもやったやった。花火は子供たちだけのものじゃないぞ。大人も楽しめばいいんだ。そうだろう?」良樹は言った。
『そうだろう?』は良樹の口癖だった。
場にいる全員が花火を点火した。颯太を含めた全員が丸く円を作り、しばらく黙って、飛び散る火花を見つめていた。
「……そういえば、遥風と雷丸くんは浴衣だね。もしかして、示し合わせた?」軽い口調で沈黙を破ったのは良樹だった。
「えっ?あっ、えーっと……」気にしていたことを良樹に言われ、どもる雷丸と、黙り、うつむく遥風だった。
暗くて遥風の顔はよく見えなかったが、その頬が少しでも赤かったらいいな、と雷丸は思った。
「初々しいねえ」そう言って良樹は雷丸に一瞥をくれ、ねずみ花火を三つ同時に点火した。
途端に花火会場(川嶋邸の庭)はにぎやかになった。颯太は少し離れた所で手持ち花火を振り回しながら、「月に代わって…お仕置きよっ!」などと叫んでポーズをとっていた。それを見た良樹はがっはっはと豪快に笑い、またねずみ花火に、今度は六個同時に火をつけた。花火会場はもっとにぎやかになった。
ねずみ花火が荒れ狂うのを見ながら、雷丸はその向こう側にいる遥風を見た。微笑む遥風の顔が、夜の闇に照らし出されている。雷丸はずきんと胸が痛むのを感じた。胸に何か、矢でも刺さったような気がした。
30分間ほど、大人も子供も関係なく、七人は存分に花火を楽しんだ。積み上げられた花火の山も次第に低くなり、ついには最後の一本になった。それを手に取った良樹は、ふっふっふ、と不敵に笑う。
「これで終わりだと、思ってもらっては困るな……!」良樹は言った。
なんだなんだと五人は顔を見合わせた。颯太は「まだなんかあるの!?」と躍り上がった。
「今日のために、特製のやつを用意してもらったんだ。見てくれ、あれだ!」言って、良樹は庭の中央の噴水を指さした。
縦、横、高さそれぞれ一メートルほどの大きな木箱が、地面よりも高く作られた噴水のてっぺんに置かれていた。
「でかいだろう。あれはな……」
良樹はまるで子供のような口調で、花火職人に特注で作ってもらったこと、十数メートルも吹き上がる花火であること、色が何度も変わること、それが子供のころからの夢だったことを話した。みんなほほえましく聞いていた。
「……というわけだ。さて、そろそろ準備が整った頃だな」そう良樹は言い、館の方を向いて息を吸い込んだ。
「みんな、準備はいいかーっ!」良樹は叫んだ。
わーっと歓声か聞こえてきた。大勢の使用人たちが窓という窓から顔を出し、呼び声に答えていた。庭に出てきている人たちもいた。クラウン帽をかぶった料理人までもが仕事を中断し、見に来ていた。
「よーし。始めてくれ!」
良樹の声で、いかにも花火職人らしい職人が噴水まで走り、木箱の中に点火した。
沈黙が約十秒。
すい星のような白い光の柱が、館の屋根の高さまで一気に伸びあがった。シャアアア、という音があたり一帯の空間を照らした。
そして次は……『光の雨』だった。最高点まで達した無数の光の粒が、湿った空気をはらんだ地面めがけて降り注いだ。瞬く間に辺りは白い光に包まれた。
「はああ……」あちこちから感嘆の吐息が漏れた。
絶え間なく光は生み出され続け、突然白から赤へ変色した。再び歓声が上がる。その中でも良樹はひときわ大きな歓声を上げ、わくわくが抑えられないといった様子で足踏みを始めた。その姿はまるで少年のようだった。雷丸はまるで奇跡を見ているような感覚だった。
赤から黄、緑、そして青、紫へと、ゆっくり時間をかけて光は色を変えていった。もう誰も声を上げなかった。目の前にそびえたつ圧倒的な光の塊に、皆息をのみ、酔いしれていた。それは、銀色に輝いたかと思うと、黄金の雨へと姿を変えた。そしてそれはだんだんと小さくなり、消えていった。川嶋邸の庭園に、再び闇が訪れた。
その闇をかき消すように、大拍手が起こった。スポットライトがともり、拍手と歓声の中、良樹が優雅に頭を下げた。
「すごかったね最後の花火!」「私、感動しちゃった」館に入り靴を脱ぎながら、雷丸と遥風は話していた。
その横で、「最高だったんだけど最後の花火!」「来年はもっとすごいのをやる!」「えっえっどんなの!?」と颯太と良樹が話すのを、雷丸と遥風は聞いた。
「精神年齢十一歳」ボソッと言った雷丸。それを聞いて、遥風は少し困ったようにうふふと笑うのだった。
やっと面白くなってきたな…という感じがしますな。
まだまだ続きます。