元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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11.小さくて幼いお泊まり会

 幼稚園の年長組になってからの夏。お泊まり会をすることとなった。

 場所は通っている幼稚園。つまりはお泊まり保育というイベントである。

 こんな行事があったんだなぁ、と記憶を探ってみるが出てこない。やはり幼稚園の頃の記憶ってあんまりないようだ。園児にとってはけっこう大きなイベントだと思うのだが。

 親元を離れての宿泊。初めての子も多いだろう。自立心を養うためにも必要なのかもね。

 もちろん中身はおっさんな俺に動揺はない。一人暮らしをしていたからある程度の家事だってできる。むしろ家族いっしょに寝る時の方が込み上げてくるものがあるくらいだ。

 

「俊成ちゃん、肝試しがあるんだってね。すっごく楽しそうね! ほら、朝は自分で朝ごはん作らなきゃいけないのよ。俊成ちゃんにできるかなー? いいわねー。お母さんも幼稚園にお泊まりしてみたいわ」

「本当に大丈夫か? 寂しくならないか? やっぱり俊成にはまだ早いんじゃないのか。そうだ! 寂しくならないようにおもちゃを持って行けばいいんじゃないか?」

「ダメに決まってるでしょ! なんでそう不安を煽るようなこと言うのよ。俊成ちゃんにはお泊まりすることは楽しいことだって印象付けなきゃいけないの! 先生だって言ってたんだから」

 

 俺よりも親が動揺していた。ベクトルは違うがどちらも俺を案じているのだと伝わってくる。

 母には元気な顔で帰ってくればそれが一番な気がする。心配性な父には言葉が必要だろうか。

 

「俺、お泊まり会楽しみなんだ! いっぱい楽しんでくるね!」

 

 満面の笑顔でそう言うと、父の表情から幾分緊張が解けたように見えた。

 一泊二日なので着替えやタオルなどといった荷物をリュックに詰める。真剣な調子で準備をしてくれる母にも安心させるように笑顔を向ける。本当に親とはありがたい存在だ。子供の頃にちゃんと感じていなかった感謝を今はしっかり伝えられることが嬉しかった。

 そしてお泊まり会当日。いつもと違って登園は午後からである。

 みんな大きな荷物を持ってきている。中には子供に運べないんじゃないかってくらいの大荷物の子もいた。何が入ってるか知らないけれど、その子の親の愛情と思えば少しほっこりさせられる。

 

「おはよう俊成」

「おはよう瞳子ちゃん」

 

 瞳子ちゃんに会ったのであいさつをした。時間帯を考えれば「おはよう」ではないのかもしれないが些細なことだ。

 ふと瞳子ちゃんの隣を見てみれば銀髪の美しい女性がいた。彼女の母親だ。

 俺はぺこりと頭を下げた。銀髪の女性は微笑みを浮かべる。

 見た目が完全に北欧の人だ。ていうか外国人だよね。日本語は大丈夫なのだろうか?

 外国人にビビるおっさん。いや? ビビってはないですけど。本当ですよ。

 

「トシナリ」

 

 名前を呼ばれて一瞬硬直してしまう。流暢ではない。それでもはっきりと俺の名を口にしたのは瞳子ちゃんのお母さんだった。

 

「ヨロシクネ」

 

 それだけ言うと、瞳子ちゃんのお母さんは保護者が集まっている中へと行ってしまった。

 なんだったのだろうか。というか初めて瞳子ちゃんのお母さんと会話してしまった。いや、俺は何も言ってないけど。

 

「何ぼーっとしてるの。行くわよ俊成」

「あ、うん」

 

 少々呆けていたようだ。瞳子ちゃんに手を引かれて荷物を置きに向かった。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 夕食は保護者が集まって作ってくれている。子供達はその間にプールで遊ぶ。

 瞳子ちゃんに日焼け止めを塗る作業は去年に引き続き今年も行っている。すでに慣れたものである。

 プールでわいわいはしゃいでから、その後に夕食になる。保護者のみなさんが作ってくれたカレーだ。子供に大人気なカレーは大好評だった。

 夕食を済ますと、それぞれの親は帰ることとなる。泣き出す子供もいれば、離れ難いといわんばかりに何度も振り返る親もいた。

 親が帰って、本格的にお泊まり会のスタートだ。

 

「はーい。じゃあみんなー。お風呂にしますよー」

 

 先生が手を叩いて号令をかける。着替えやタオルを用意する。

 この幼稚園に風呂場なんてない。じゃあ銭湯にでも行くのかといえばそういうわけでもない。

 

「なんか不思議な気分だ」

 

 思わずそんな言葉を漏らした。

 お風呂と言っても先生につれて来られたのはプールだった。昼間に水着を着て遊んだところに、今度は裸で入るってのは変な感じがした。

 これには他の園児達は大はしゃぎだ。水着を着ていた時よりもはしゃいでいるんじゃなかろうか。

 

「うぅ……」

 

 ただ、瞳子ちゃんはものすごく恥ずかしがっていた。

 瞳子ちゃんはいつものツインテールではなく髪を下ろしている。思った以上に長い銀髪が彼女の背中を隠している。

 雰囲気が違っている上に裸。なんというか……倒錯的だと思った。

 みんながお風呂というより昼間の焼き直しのように遊びに集中している時。俺は瞳子ちゃんにプールの端に引っ張られていた。

 

「ちゃんと見張ってて」

「わかったわかった」

 

 すでに羞恥心を獲得しているらしい瞳子ちゃんは俺を壁にして身を清めているようだった。

 恥ずかしがる彼女を見つめるわけにもいかないので背を向けている。さながらボディーガードだな。

 

「こっち向いちゃダメよ」

「わかってるよ」

 

 日焼け止めクリームを塗るのは大丈夫なのに裸はダメなのか。いや、女性で考えると変ではないのかもしれないけど、幼稚園児の感性でいうとどうなのだろう? 少なくとも瞳子ちゃん以外の女の子は裸でいることに恥ずかしがっている様子はなかった。

 お風呂タイムが終わるとお着替えだ。プールから着替えを置いている場所までは少しだけ距離がある。裸でうろつくなんてはしたないとでも思っているのか、瞳子ちゃんはそこまで行くのに俺の背にくっついて移動していた。むしろ肌と肌が密着するこっちの方がはしたないのでは? と思ったけど俺は無言を貫いた。

 

「これから肝試ししまーす。ペアで行くからみんなくじを引いてねー」

 

 お風呂の後は肝試しだ。まあ園内を一周するだけの簡単なものだ。他の先生がお化け役をしているのだろうが、まさか園児相手に本気で脅かそうとはしないだろう。子供騙しであることを祈る。

 それぞれくじを引いてペアを作る。同じ数字の相手とペアを組むようだ。俺が引いたくじには「6」と書いてあった。

 

「……」

 

 瞳子ちゃんが横から覗いていた。顔を向けるとさっと体ごとそっぽを向かれてしまった。

 

「はい、どうぞ」

「……」

 

 先生に差し出されたくじ箱を見つめ、瞳子ちゃんは静かに目を閉じた。それから両手を組んでお祈りのポーズ。なんか念でも送っているかのように見えるのは気のせいか。

 瞳子ちゃんはカッ、と目を見開くと勢いよくくじ箱へと手を突っ込んだ。その勢いのまま引っこ抜いた手には数字の書かれた紙がある。

 

「俊成! これ見て!」

 

 笑顔を輝かせた瞳子ちゃんは俺にくじの紙を見せてきた。そこには「6」の文字があった。

 

「いっしょのペアだからねっ」

 

 嬉しそうだな瞳子ちゃん。神様は彼女の祈りを聞き届けてくれたようだ。

 そんなわけで肝試しが始まった。昼間と違って暗い園内に子供達から緊張が走る。

 とはいえ、電気はついているので明かりに問題はない。それでも雰囲気にやられたのか、お化け役の先生に恐がってしまったのか、先を行った子の泣き声が響いてくる。

 くじに書かれていた数字がそのまま順番になっていた。なので俺と瞳子ちゃんのペアは六番目だ。

 四組目が帰ってきたところで俺達がスタートした。

 四組、つまり八人が行った中で泣いて帰ってきたのは二人だった。お化け役の先生方からすればほどよく成功ではないだろうか。

 前を行っている五組目のペアからは笑い声が響いてるけども。まあ楽しめればいいのかな。

 瞳子ちゃんと手を繋いで進む。さて、お化けはどこにいるのかな?

 

「ばあっ!」

 

 お化け役の先生が現れた。突然現れて驚かそうという魂胆らしい。あからさまに隠れてそうな場所にいたから気づいたけど。

 しかし瞳子ちゃんはしっかり驚いたようでビクッと体を跳ねさせていた。それでも恐がる姿を見せたくないのか唇を引き結んで耐えていた。頬がちょっとピクピクしてたけどね。

 だが段々進むにつれて、瞳子ちゃんは手だけじゃなく腕まで掴んできていた。一周する頃には俺の腕にがっしりとしがみついていた。

 おおむね順調に肝試しは終わった。眠気を促進させるためなのか、次にビデオ鑑賞をした。有名な懐かしいアニメだった。

 ほどよく眠くなったところで就寝だ。布団は前もってそれぞれの親が敷いてくれたらしい。朝は子供達が片づけることになっている。

 男女みんないっしょなので隣に女の子が寝るのも問題はない。当然のように瞳子ちゃんが隣にきた。

 みんな疲れたようですぐに寝てしまった。枕投げとかやるのかな? と、ちょっとした期待があっただけに少し残念に思う。

 数人の子は眠気に負けずホームシックになってしまったようで泣いてしまった。俺と瞳子ちゃんはそれぞれ泣いている子をあやした。眠ってしまえば寂しさも忘れるだろう。

 ようやく全員寝かしつけたところで、俺と瞳子ちゃんは自分達の布団へと横になる。

 

「やっと寝られるわね」

 

 あくびをしながらお姉さん風を吹かせる瞳子ちゃん。彼女も本当にがんばってくれた。

 お泊まり会はみんなのいろいろな姿が見れた。瞳子ちゃんはもちろん、他の子供達もそうだ。さすがに寝ている男の子にキスしていた女の子を見た時は驚いた。状況に流されたのか、元々そういう一面を持っていたのかは俺にはわからないけど。

 明日は朝食を食べたらすぐに親が迎えにきてくれる。寝過ごさないようにそろそろ寝よう。

 

「ねえ俊成」

 

 そう思っていたら瞳子ちゃんに小声で話しかけられた。

 まるで秘密の話でもするかのように顔を近づけて声をひそめる。

 

「俊成ってお受験勉強どうしてるの?」

「お受験勉強?」

 

 耳慣れない単語に首をかしげる。受験だなんて幼稚園で聞くとは思わなかった。

 

「何もしてないよ」

「え? 小学校はどうするのよ」

 

 今度は瞳子ちゃんが首をかしげた。

 互いにあれ? と首をかしげている。少しの間、変な沈黙が流れた。

 

「もしかして瞳子ちゃんは私立の小学校に行くの?」

 

 お受験という単語から考えてそうなのだろう。記憶を探り、この辺りの小学校を思い出すと、どこの小学校かあたりをつけた。

 なるほど。だから彼女は前世の俺の記憶の中にいなかったんだな。この歳でも優秀さが滲み出ているしなんの不思議もなかった。

 それにしても半年も先のことを考えてるなんてすごいな。むしろ親の教育か。小学校のお受験だなんて親から言い出さないと子供は意識もしないだろう。

 

「……俊成は違うの?」

 

 瞳子ちゃんの疑問に俺は頷いた。

 

「俺は公立の小学校だと思うよ」

 

 前世でそうだったのだから変わりはないだろう。それに葵ちゃんが行くことになる小学校なのだから変えるつもりもない。

 

「そう……」

 

 彼女の声が一気に沈んでいった。俺が何か言葉をかける前に布団に潜ってしまう。

 

「……」

 

 自惚れじゃなければ、この幼稚園で瞳子ちゃんと一番仲良くしていたのは俺だ。

 それが小学生になれば離れ離れになってしまう。仲良しの子がいなくなるとわかればショックもあるだろうな。

 正直、卒園を意識すると俺だって寂しさで胸が苦しくなる。だけど前世で俺は瞳子ちゃんと関わった記憶がない。だから、それが別れの時になるのだろう。

 寂しさを紛らわせるように目をつむる。そして眠りについた。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 朝起きると布団を片づけた。今日帰れるからだろう。もう泣いてしまう子はいなかった。

 朝食は園児達が作ることになっている。メニューはサンドイッチだ。

 とはいえ準備のほとんどは昨日済ませてくれていたようだ。あとは挟むだけ状態である。

 それでもこの作業に朝から子供達のテンションは跳ねあがった。本当に子供って元気がいいなぁ。と、おっさん目線でしみじみしてみる。

 対して、瞳子ちゃんのテンションは下がったままだった。朝が弱いというより、昨晩のことが原因なんだろうな。自分が関係しているだけに心苦しい。

 なんて声をかけていいかもわからないままサンドイッチを食べた。瞳子ちゃんは隣で黙々と食べていた。俺達にしてみれば無言で食事をするなんて初めてだった。

 朝食が済めば親が迎えにきてくれる。荷物をまとめると、それぞれ親が来るまで遊んでいた。俺と瞳子ちゃんだけは並んで静かに座っていた。

 時間がくると親が迎えにきた。お泊まり会も終わってみれば子供はみんな笑顔だった。大人の方が感極まって自分の子を抱きしめていたりしていた。

 瞳子ちゃんにも親の迎えがきた。心配だったのか両親揃って来たようだ。

 彼女は両親に駆け寄って行った。立ち止まって何事か話し始めた。お泊まり会のことを話しているのだろう。

 

「帰りましょうか俊成」

 

 母が笑顔で迎えにきてくれた。俺も笑顔を返す。

 

「お泊まり会はどうだった?」

「すごく楽しかったよ」

 

 子供らしく返答する。家に帰ったらたくさんお泊まり会でしたことを教えてあげよう。胸の中にある寂しさを忘れるように、そんなことを思った。

 

「俊成!」

 

 幼稚園の門の前で声が響いた。振り返ればツインテールをなびかせた瞳子ちゃんがこっちに向かって走っていた。

 もしかして忘れ物でもしたのか? そう思って彼女を見つめていると、ブレーキを忘れたかのように彼女は俺に突撃した。

 俺はかろうじて瞳子ちゃんを抱き止める。いや、彼女も俺を抱き締めていた。というか俺達は抱き合っていた。

 え、何事!? 混乱する俺に、瞳子ちゃんは耳元でこう言い放った。

 

「お願い……。あたしをさらって」

 

 




そろそろ小学生編が見えてきました。どうでもいいかと思われるかもしれないけど小学校の名前で悩んでいたりします。S小学校みたいなのでも怒らない? 怒られそうならちゃんと考えます。

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