「あのさー……。赤城さん、俺と付き合ってくんね?」
あたしが初めて異性から告白されたのは中学二年の春だった。
なんだかんだで初めては記憶に残りやすいようで、最初に告白されたことはよく覚えている。
体育館の裏に呼び出されて行ってみれば、一人の男子がいた。まさかタイマンを張れとでも言われるのかと身構えていると、飛んできたのは冒頭のセリフである。
その男子は自分の格好を気にした風でありながら、勇気を振り絞っているのがわかるほどに顔を赤くしていた。
「……」
最初に抱いた感想としては何が起こったのかわからないというものだった。そもそも感想にすらなっておらず、実際にどうしていいかわからなくなったあたしは黙りこくってしまった。
男子はあたしの返事があるまでこの場を離れるつもりがないのか、しきりに髪を触ったり、学ランの襟を微調整しながら返事を待っていた。
彼のそんな仕草を眺めているうちに、ゆっくりとだけど状況を把握できるようになった。ここでようやく自分が異性からの告白を受けたのだと実感として現れたのだ。
「わかった。いいよ」
淡白な了承。こんなので悪いとは思ったけれど、目の前の男子は大喜びしてくれた。
これが初めてあたしに恋人ができた瞬間だった。
※ ※ ※
「うーん……」
あたしは自分の所持している服を前にして唸っていた。
恋人としてやることといえばデートである。そのくらいは知識として頭にあった。
「うーん……」
何度唸ったところで並べられた服が変わることなんてあるはずもなく、ここにきてようやく自分自身のおしゃれに対する関心のなさに頭を悩ませるはめになった。
今まで服はほとんどおばあちゃんが選んで買ってくれたものばかり。それに文句はなかったし、むしろ楽とすら思っていた。
でも、こうして改めて並べてみれば地味な色合いのものばかりだった。外出、それもデートに出かけるのを考えれば少しためらってしまう。
人の目を意識すると服装一つにも自然と気を遣うようになるのか。なるほどなるほど。新しい発見だ。
「美穂? 何をしているんだい?」
「おばあちゃん」
声に振り返れば部屋の前でおばあちゃんが不思議そうな目を向けていた。
こんなところを見られてしまってちょっと恥ずかしい。羞恥心から顔に熱が集まってくる。視線を逸らせるフリをして赤くなったであろう顔を見られないようにした。
「明日出かけるから何を着て行こうかって考えてた」
「あらまあ。もしかしてデートかい?」
「……うん」
恥ずかしさがあったけれど、嘘をつく必要もないので頷く。おばあちゃんは口に手を当てて驚きを露わにした。
「そうかいそうかい。美穂も年頃だもんねえ」
それからおばあちゃんの顔に浮かんだのは喜びだった。あたしに恋人ができたと喜んでいてくれている。
「だったらお金をあげなきゃねえ。これで明日楽しんでおいで」
「え、いいよ。別に遠出しないし」
「いいからいいから。おばあちゃんは美穂に恋人ができて嬉しいんだから。その気持ちくらい受け取っておくれ」
そう言っておばあちゃんは千円札三枚をあたしに手渡してきた。
恋人になったとは言っても、お試しという気持ちが強い。そんな気持ちでもらってしまった千円札三枚が重たいもののように感じてしまった。
だというのに、おばあちゃんはとても嬉しそうで。あたしは何も言えなくなっていた。
これ以降、あたしがおばあちゃんに自分の交際関係について口にすることはなくなった。
※ ※ ※
結論から言えば、初めての彼氏との交際期間は一か月ほどしかなかった。
最初は好きでもないのに付き合ってしまった申し訳なさからがんばって恋人をやっていた。誘われればデートに行ったし、お弁当を作って「おいしい」と喜んでくれた時には確かな嬉しさがあった。
でも、相手もあたしのことを大して好きじゃなかったと知った時に罪悪感なんてものは吹き飛んでしまった。
彼氏が高木に向ける目。それは宮坂や木之下といっしょにいる場面でより厳しくなっていた。
彼氏は前に宮坂に告白してフラれたらしい。なぜフラれたかを知って、高木に対して敵対心を抱くようになったようだった。
あたしを友達に紹介して自慢げにしているのも、高木への敵対心からくるもの。まるでどっちのアクセサリーが高価なのかと競おうとする姿は、あたしを冷めさせるのに十分だった。
「あ、赤城さん……。お、俺と付き合ってください!」
「わかった。いいよ」
初めての彼氏と別れてから、そう間を置かずに二人目の彼氏ができた。
共通するのはあまり親しくもない男子だったということ。それはこれから付き合ってくる人達とも共通している部分である。
もともと好きではなかったとはいえ、別れたばかりの女子に告白なんてするものなのだろうか。普通はどうなのか知らないけれど、この時点であたしの感情はマイナスではあった。
それでも、断ろうとも思わなかった。男子に対して罪悪感なんてなくなってしまったあたしにとっては恋人というものを知る良い機会ではあったから。
だって、宮坂と木之下の顔を見ていると、どうしても羨ましくなってしまうのだ。
幸せでかけがえがなくて……。あんなに満たされているような表情を見せられると羨ましくて仕方がなくなる。
あたしだって。そう思いつつ、手探りを繰り返す日々を過ごした。
※ ※ ※
つまらない。それが十人目の彼氏を振った時の感想だった。
結局、一番長続きしたのは最初の男子だった。それ以外での最長は二週間。それもなんとか引き延ばしてやっとだったのだ。短い人なんて一日も持たなかった。告白に頷いたとはいえ、いきなりキスを求めてくるのは意味がわからなかった。
付き合った人数も両手の指で数えられなくなってから、数えるのはやめた。告白を断らないことが広まったのだろう。別れた先から早い者勝ちだと言わんばかりに告白されるようになっていた。
ただ、それだけの人数と付き合っておきながらキスをしたいと思う人はいなかった。なので交際した人数のわりにキスはしていない。
その代わり手を繋いだ。告白を受けて早々キスを求めてきた男子以外となら全員と手を繋いできた。
手が冷たい人もいれば、びっくりするくらい大きい手をした人もいて、こんなところでも人は特徴を持っているのかというのを知った。
そんな経験を重ねても、胸がドキドキする人は現れなかった。むしろ高木と手を繋いだことを思い出してしまうだなんて我ながらどうしようもない。
「また美穂ちゃんがトップか。すごいね」
「もう高木には負けない」
「ははっ。オール満点だもんな。美穂ちゃんがミスでもしてくれないと勝てないって」
あたしにとっては誰かと付き合うことよりも、勉強に取り組む方が楽しかった。
何より高木に勝てるようになってから楽しさが増していったように思う。気にしてない風を装いながらも陰で悔しがっている高木を想像するとより一層勉強に身が入ったほどだ。
「トシくーん。テストの結果どうだった?」
「ふふん。またあたしの方が上かしらね」
宮坂と木之下の声に顔を向ける高木。いつもの三人の輪が出来上がる。
「……」
高木はどうして二人を恋人にしてしまったのだろう……。
どちらか一人だったならこんなに思い悩むことはなかったのだろうか? わからない。だって、そんな答えはなかったのだから。
恋人になるのは一人だと思っていた。どちらかがなるものだと思っていた。それはあたしの勘違いだったらしい。
二人でもよかった。複数いてもよかったのなら、なんであたしはあの中に入れなかったのだろう? そんなことを自問自答し続けている。
沈殿している感情に目を向けないまま、あたしのつまらなくも忘れられない日々は過ぎていくのだ。