元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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111.生徒会執行部は活動している

 生徒会執行部。俺は生徒会長としてそのトップに君臨している。

 学校行事があれば協力を義務づけられるし、定期的な会議があったり、来客に対応しなければならなかったりと仕事は多い。見た目よりも大変な役職である。そのわりに生徒会室は校舎の端に位置しているし、部屋自体そこまで広くもない。

 

「会長ー。予算余ってるみたいだしお菓子買いましょうよ。円滑に仕事を進めるためにも必要経費だと思うんです」

「却下だ」

 

 提案とも呼べないものを一言でばっさりと切った。生徒会室にブーイングが響くが無視させてもらう。

 ある程度気を緩めることが必要なのは否定しないが、そんなことをしていると知られれば生徒側からも非難されかねない。生徒会役員としてわかっているのだろうか? ……わかってるから俺に言ってきたんだろうな。

 

 生徒会執行部は生徒会長である俺、野沢拓海を始めとした十名ほどの人数で組織されている。体育祭や文化祭などでは役員を募ることもあるが、基本的には今いる生徒達で仕事を回していた。

 とはいえ、俺も三年生だ。もう六月に入ったこともあり、次期会長を考えたいところではある。

 候補としては先ほど俺に話しかけてきた女子生徒。現在書記をやってもらっている垣内(かきうち)明日香(あすか)だ。

 二年の垣内は書記として生徒会の仕事をこなしてきたという実績もあるが、明るい性格や人前でも物怖じしないところが会長向きといえるだろう。素直に人を頼れるし、集団相手でも和ませるものを持っている。正直、俺よりも良い生徒会長になれそうだと思う。

 

「それにしても次期生徒会長は大変ですよね。野沢先輩の後だなんてプレッシャーばっかりで私なら押し潰されちゃいそう」

 

 ……こんなことをしょっちゅう言わなければもう少し推薦しやすくなるのだが。

 別に俺がわざわざ推薦する必要はない。ただ、早めに愁いをなくした方が受験に集中しやすくなると思うだけだ。

 

「そうそう、今年の新入生は粒揃いらしいですよ。この間の球技大会なんて男女ともにすごかったんですから」

 

 新入生との単語でふっと浮かび上がる面々を首を振って打ち消した。

 しかし、他の生徒会メンバーも興味があるらしく、球技大会の話で盛り上がってしまう。

 

「男子はなんと言っても本郷永人だろ。俺ずっとサッカー見てたけど、あいつの動きは高校生レベルじゃないって。中学で全国MVPに選ばれたって話も聞いたしな」

「そうそう! かっこ良いよね! イケメンだし!」

 

 生徒会室が一気に騒がしくなる。今日やるべきことは終わっているから別に構わないが、あまり入りたくない話題だ。

 

「本郷くんが生徒会長だったら人気出るんじゃないですか?」

 

 俺に振るな垣内。興味ないポーズをとっていると話は次へと進む。

 

「男子サッカーっていったら決勝戦がすごかったな。あの本郷のシュートを止めたキーパー。名前は……なんつったかな?」

「確か高木とか呼ばれていたか。あんまり目立ちそうな奴じゃなかったけど陰の実力者ってやつなのかも」

「案外そういう人が生徒会向きだったりしそうですよね」

「あいつだけは絶対にない」

 

 しまった。つい口に出してしまった。

 俺の厳しい口調に一瞬場が静まり返る。垣内がおずおずと手を挙げた。

 

「もしかして会長とお知り合いですか?」

「別に……。真面目に仕事をしそうにない奴だと思っただけだ」

 

 咄嗟に出たのは思ってもない言葉だった。おそらくあいつは自分の役割ともなれば真面目に取り組むだろう。

 それがわかっていながらも、俺が大人になれない部分が出てしまった。俺の表情を察したであろう垣内が咳払いをして空気を変えた。

 

「女子も目立つ子が多かったですよね。外国人さんもいましたし」

「確かに。金髪とか銀髪がいたもんな」

「しかも美少女ばっかり。あれだけの容姿だと嫉妬もしないわね」

 

 女子もまた一年が目立っていた。見た目だけなら確実に男子よりも目立っていただろう。

 女子で能力が高いといえば木之下と赤城か。おそらくこの高校でも二人の実力なら通用するはずだ。

 宮坂は……。運動に関しては活躍できるところを想像できない。まあ運動ができないくらい大きな問題にはならないがな。

 

「一年女子のかわいい子で固めるのなら選挙は楽勝かもですね」

「それただの人気投票だから」

 

 室内に笑い声が広がる。

 ……一年だけで生徒会のメンバーを決めるとしたら、か。

 たとえば、あくまでたとえばだ。

 生徒会長には宮坂を据える。ああ見えて度胸があってカリスマもある。人気は絶対的な支持に繋がるだろう。

 副会長には木之下と本郷。フォロー役には適任な二人だ。男女の意見を上手くくみ取れるだろう。とくに影響力は男女関係なく絶大のはずだ。

 会計には佐藤だ。普段の性格では信じられないほどの頭の回転力を持っている。計算なら信頼できる。それでいて全体を見る役割も任せられる。

 書記には赤城か。この中では学力が一番であるし、黙々と仕事をこなしてくれる姿が容易に想像できる。生徒会の頭脳になってくれるかもしれない。

 広報には小川が適任だろうか。先輩後輩関係なく関係を築けるのは大きな武器だ。顔の広さを生かした活動をしてくれることだろう。

 庶務は……高木か。まあ力仕事は得意だろうからな。

 他の一年も合わせれば、生徒会執行部として問題なく活動できそうに思える。あくまでたとえばなのであり得ないメンバーなのだがな。

 

「次の生徒会長は一年の誰かになりそうですね」

「明日香ちゃんやりたくないだけでしょ」

 

 笑い声に包まれる。なんだかんだ言いつつも俺だけじゃなく他の生徒会メンバーも次期会長には垣内が適任だと思っているのだろう。それは本人含めてだ。

 

「でも野沢先輩は私とは別の人を推したいんじゃないですか?」

「俺がか? 誰のことを言っているんだ?」

「ほーら、佐藤くんでしたっけ? 同じ将棋部の一年生男子ですよ。ものすごくべた褒めしてたじゃないですか」

 

 佐藤か……。確かにもったいない才能だ。

 あいつは自分を凡人だと思っている節がある。周囲が目立っているせいもあるが、実にもったいない。本来なら周囲の連中に負けないくらいの才能の持ち主なのに。

 俺に勝ったからというわけではないが、佐藤の将棋の実力はプロでも十分に通用するはずだ。その思考力は怪物といっても大げさではない。どこまで先を見通しているのかと戦慄してしまったほどだ。

 冷静な判断力と視野の広さ。それを活かしている場面が周りの連中のフォローばかりというのが口惜しい。しかし、そのこと自体が将棋以外の分野でも優秀な人材になりえる証明でもあった。

 きっと友人関係を見直すだけでも佐藤の枷を外すことができるはずなのだ。付き合う連中が自らの評価を決めたり、未来に関わったりもする。これは大げさな表現ではない。

 人間関係を清算するのは悪いことではない。自らを陥れてしまう関係ならなくてもいい。誰かを傷つけてしまう奴ならなおさらだ。

 そう思うからこそ今の俺は生徒会長として、こいつらに支えられている。昔の後悔がなければ人の上に立とうだなんて考えもしなかっただろうな。

 

「俺が佐藤を褒めたのは将棋の話だ。生徒会とは関係ないだろう」

「そうですか? 野沢先輩にしては熱心だったからてっきり『俺の後を継げるのは佐藤だけだ!』とでも言うのかと思ってましたよ」

 

 おい待て。今のは俺の真似か? わざわざ声色を変えるんじゃない!

 それに、佐藤にはさっさと自分の実力を自覚してもらいたいのだ。俺が何度言っても冗談だと思ってやがる。さっさとプロにでもなんでもなってしまえ!

 

「じゃあ会長直々の推薦はないんですね」

「む……」

 

 そう言われると推薦をしてもいいかと思っている一年はいるにはいる。あくまで会長ではなく一役員ではあるが。本命は垣内。指名したいのは垣内といっしょに仕事ができる奴だ。

 耳に入れるのがこいつらならいいかと、口を開こうとした時である。生徒会室のドアがノックされた。

 垣内が「どうぞ」と声をかけるとドアが開かれた。

 

「失礼します」

 

 なんてことのないあいさつのはずなのに、生徒会室が一気に華やいだ。

 

「うわぁ……」

 

 垣内の口が阿呆のように開いている。他の役員も似たような反応だった。

 来訪者が一歩室内へと足を踏み入れる。そこで俺と目が合った。

 

「あっ、野沢くんだ。って生徒会長なんだからいて当たり前だよね」

 

 美しくはにかむのは宮坂葵だった。彼女のオーラの前では全校生徒のトップとして働いてきたはずの生徒会執行部でさえ飲まれてしまいそうになる。

 宮坂は初めて訪れる生徒会室でも緊張する仕草すら見せない。自然体で俺に近づいてくる。

 

「用件はなんだ?」

 

 眼鏡を押し上げながら尋ねる。俺まで動揺するわけにはいかない。

 

「えっとね、クラスのことで先生に頼まれごとされたんだけど―ー」

 

 宮坂の用件は言わば雑用であった。だからといって彼女は嫌な顔一つしない。責任感のある女子なのだ。

 

「ありがとう野沢くん。それじゃあ失礼しました」

「み、宮坂」

 

 用件を終えて退出しようとする宮坂を思わず呼び止めてしまった。何やっているんだ俺は……。

 

「ん? どうしたの?」

「いや……」

 

 生徒会室の壁にかけられたカレンダーに目が行ってしまう。今日は六月五日だった。

 

「……気をつけて帰れ」

「うん。ありがとうね野沢くん」

 

 彼女は改めて「失礼しました」とお辞儀をして退出した。ドアが閉められた瞬間、空気が弛緩する。

 結局、彼女に「おめでとう」と口にすることは一度もなかった。

 何もしないことは何も変わらないのと同義だと身に染みた。息を吐いて気持ちをリセットさせる。

 

「野沢先輩……」

 

 現実へと戻ってきたらしい垣内が俺に顔を向ける。彼女は口を真一文字に引き結んでいた。

 

「なんだ?」

 

 俺の返事から数秒後、彼女は再び口を開く。

 

「私……、胸の大きさならそれほど負けてませんよ」

 

 垣内以外の全員が噴いた。

 女子がなんてことを口走っているのか! 油断ならない後輩を導かなければと、俺は固く誓った。

 

 


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