元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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120.まだやれるんでしょ?

 七月。もうすぐ夏休みだ! と、言いたいところだけど、その前にクリアしなければならない問題があった。

 

「ぐおおおおおおおおおおおっ!! 期末テストやべえよぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 そう、学期終わりにある期末テスト。夏休みという楽しみの前に、立ち塞がる壁を打ち破らなければならなかった。

 

「どうしよぉぉぉぉぉぉっ!! テストで赤点取ったら夏の大会に出れなくなっちまうよぉぉぉぉぉぉっ!!」

「うるさいぞ下柳!」

 

 さっきから騒いでいるのは下柳だった。昼休みとはいえ、こんな情けないことを大声でまくし立てていると、嫌でも教室中の注目を浴びてしまう。

 というか赤点取りそうなほどやばいのか? スポーツ推薦で入学した本郷でも赤点を取らないくらいには勉強しているというのに。せっかくレギュラーになったんだからコツコツ勉強しておけばいいのにな。

 

「高木ぃぃぃぃぃぃ!! だってよぉぉぉぉぉぉっ!! 練習で疲れて家で勉強する暇がなかったんだよぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ええいっ、落ち着け下柳! まだ慌てるような時間じゃない。テスト期間まで間があるんだから、今からでも勉強がんばれよ」

「無理だよぉぉぉぉぉぉっ!! だって俺授業についていけてねえもん! 先生の言ってることが異次元の言葉にしか聞こえねえもんよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 マジか……。まだ一年の一学期だぞ。しかし下柳の必死な形相からは嘘や偽りではないと告げていた。

 

「しもやんノートはちゃんととっとるんやろ? 授業でここが要点やでーって先生も言うてるんやから、ノート覚えるだけでもけっこう点数取れるはずやで」

 

 佐藤の言う通りだ。ノートの内容を丸暗記するだけで、少なくとも赤点を回避できるだけの点数は取れるはずだ。

 

「甘いぜ一郎。佐藤の読みを甘い方の砂糖にするほど甘いぜ」

 

 さっきまで泣き言ばっかだった奴が急にどや顔になるとなんかムカつくなぁ。しかも全然上手いこと言ってるわけでもないのにこのどや顔。温厚なはずの佐藤のこめかみがピクピクと反応した。

 

「こんな膨大な範囲……、丸暗記できるわけねえだろうが!!」

「お前どうやってこの学校受かったんだよ!」

 

 いっそ清々しささえ感じさせる下柳だった。ちなみに、今年の一年でサッカーでの特待生は本郷だけである。つまり下柳は受験戦争を生き抜いたのだ。……そのはずなのだ。

 

「丸暗記が苦手だろうが、赤点取ったらサッカーの試合に出られないんだろ? なら、やるしかないだろ」

「せやで。しもやんやて勉強がまったくできへんわけやないんやろ。ここは気合入れてがんばりや」

「お前らって真面目だよなー」

 

 なんでちょっとやさぐれた感じになってんの? 下柳は無駄に影を背負った男という雰囲気をかもし出した。本当に無駄だな。

 

「じゃあ下柳は俺達に何を求めているわけ?」

「期末テストの攻略法を教えてくれ!」

 

 とりあえずげんこつしてやった。続けざまに佐藤から脳天チョップ。下柳は倒れた。

 

「あれあれー? 下柳くんいじめて何してるんですか?」

 

 望月さんの声に振り返れば、トイレに行っていた女子三人組が教室に戻ってきたところだった。あ、トイレじゃなくてお花摘みですね。

 

「下柳いじめならあたしも参加したい」

 

 美穂ちゃんが無表情のまま悪ノリすれば、

 

「わたしもシモヤナギをいじりたーい」

 

 クリスが笑顔でそれに乗っかる。

 

「僕もいいですか? とっても楽しそうです」

 

 望月さんは笑いながらシャドーボクシングを始めてしまった。パンチが女の子とは思えないほど鋭い気がするのは気のせいかな?

 

「しもやんモテモテやねー」

「なんか違うっ。俺の中のモテモテ定義がこれは違うと訴えてる!」

 

 下柳もいじられ役が板についたものだ。これもまたムードメーカーってことなのかもしれない。こんなムードメーカーなら俺は遠慮しとくけどね。

 

「で、なんの話をしていたんですか?」

 

 望月さんが小首をかしげながら尋ねる。下柳はいじられていたことも忘れて鼻の下を伸ばした。

 

「俺が赤点取りそうでやばいって話ー」

 

 下柳……、鼻の下を伸ばしながらだらしない声で言うことじゃないだろうに。ほら、望月さんが「こいつ大丈夫か?」って目になってんぞ。

 

「つまり……勉強会したいってことね!」

 

 クリスのテンションが一気に上がる。こういうみんなでやるイベント好きだもんな。そういえば中間テストの時はクリスが助けを求めていたっけか。まあテスト結果はそれなりに良かったみたいだけど。

 

「それだ! 勉強会をすれば俺の学力は上がるはずだぜ」

「その保証はない」

 

 根拠のない下柳に、すかさず美穂ちゃんからツッコミが入る。相変わらず容赦がない。

 

「でも勉強会っていいですよね。前の中間テストでは美穂さんが二位で高木くんが二十位だったわけですから。とっても心強いです」

「あたしアテにされてる?」

「美穂さんは心強いですもん」

「……別にいいけど」

 

 望月さんの純粋な尊敬の眼差しに、さすがの美穂ちゃんも目を逸らしてしまう。わかるよ。純粋な子には逆らえないもんな。

 

「そういうわけでー、みんなで勉強会しましょうよ」

「俺も望月ちゃんに賛成ー。みんな俺を助けてくれいっ」

「わたしもわたしも。なんだかすっごく楽しそうだもの」

 

 望月さんの提案に、すかさず下柳とクリスが乗っかった。この時点で半分の票が入ったことになる。

 

「僕はええけど、高木くんはどないする?」

「うーん……」

 

 佐藤が気遣ってくれているのは葵と瞳子のことだ。試験勉強はいつも二人としてるから。

 

「高木も参加すべき」

「美穂ちゃん?」

「勉強会。高木も参加すべき」

 

 いや、聞こえてますけども。同じことを聞きたかったわけじゃないからね。

 そうツッコむことはできなかった。美穂ちゃんはいつもの無表情ながらも真剣な目をしていたから。

 彼女はすすすーっと俺に近寄る。あまりにも自然な動作だったからか、誰も不自然さを感じなかった。

 

「いつまでも宮坂と木之下を言い訳にしない方がいい」

 

 美穂ちゃんの淡々とした言葉には、俺の目を見張らせるほどの強さがあった。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

「うん。私も真奈美ちゃんに泣きつかれたところだったからね。たまには別々に試験勉強してもいいんじゃないかな」

 

 休み時間。C組の教室を訪れ、クラスメートと勉強会すると葵に伝えると、そんなあっさりとした答えが返ってきた。

 

「そっか。小川さんもバレー部のレギュラーに選ばれたんだっけ。一年で夏の大会に出られるってすごいな」

 

 しかし下柳同様にテスト結果によってはレギュラーから外される可能性があると。小川さんってわりと下柳と共通点あるんだな。

 

「それに、私だってトシくんに勝ちたいからね。今回はガチンコ勝負だよ」

「ガチンコですか」

「うん。私の本気を見せてあげるよ」

 

 葵は良い笑顔で力こぶを見せた。まあ全然出ていないんだけど、自信があるってのは伝わってきた。

 

「帰りはどうする? 時間を決めて駅で待ち合わせにするか?」

「瞳子ちゃんと真奈美ちゃんがいるから気にしなくても大丈夫。トシくんは私達に気にせず帰ってもいいよ」

 

 大丈夫なのか? そう言われてしまうと却って心配というか、寂しいというか……。

 

「というか瞳子もいっしょに勉強するんだな。瞳子はよくて俺はダメなのか?」

「もうっ。トシくん何言ってんの。それに他の人と試験勉強するって言い出したのはトシくんでしょ」

 

 そうなんだけど、そうなんだけどー……。わっかんないかなこの繊細な男心。

 

「ちなみに、いっしょに試験勉強するのって他に誰がいるの?」

「えっとね、瞳子ちゃんと真奈美ちゃんと――」

 

 挙げられた名前はC組とF組の女子のものだった。男子は一人もいなくて安心してしまった自分がいた。

 

「で? トシくんは私達以外の女子といっしょにお勉強するわけだ」

 

 あら、葵さん良い笑顔だこと。……背中に冷や汗かいちゃったよ。

 

「べ、別に浮気じゃないですよ?」

「そこは心配していないかな。どっちかっていうと……」

「どっちかっていうと?」

「……ううん。なんでもない。お互いベストを尽くそうね」

「あ、ああ……?」

 

 言いかけたことが気になったけれど、もうすぐ休み時間が終わってしまう。葵と別れ教室に戻った。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 放課後。いつものA組のメンバーでファミレスに集まっていた。

 できれば図書室みたいな静かな場所がよかったのだが、絶対下柳が騒ぐからなぁ。人数を考えたら自然と学校近くのファミレスに決定したのだ。

 夕食の時間帯から外れたおかげか、さほど客はいなかった。これなら勉強するのに支障はないだろう。

 

「でよ、この問題の答えはなんなんだ?」

「さっそくかよっ。ちょっとは自分で考えろ」

 

 席に着いて教科書を開いたかと思えば、下柳はいきなり答えを尋ねてきた。もうちょっと自分で解こうとする努力しようか。

 

「下柳。そこは公式覚えれば簡単。まずは繰り返し書いてみて。頭で理解できないなら手で覚えればいい」

「お、おう……」

 

 美穂ちゃんは下柳にノートを開かせて、ひたすら公式を書くようにと指示する。近くでじーっと見つめられているからか下柳は真面目にペンを走らせる。

 

「さすが美穂さん。下柳くんを大人しくさせましたね」

 

 望月さん、驚くポイントが微妙にズレてる。そんな彼女に美穂ちゃんの目がキラリと光る。

 

「望月も見てないで手を動かす。苦手な教科があるんでしょ。わからないところがあったら教えてあげる」

 

 眼鏡をかけながら美穂ちゃんは先生モードになっていた。自分の勉強だってあるだろうに、他の人を教える気のようだ。

 

「ミホは楽しそうね」

「そういうのとは違うんやないかなぁ」

 

 ほのぼのと見守るクリスと佐藤だったが、美穂ちゃんのひと睨みで下柳同様大人しくなった。学業において美穂ちゃんに勝てる者はこの場にはいなかった。

 

「高木もぼーっとしてないで。勉強するなら真面目に、本気で、気合入れてやって」

 

 俺への言葉が厳しいと思ってしまうのは考えすぎだろうか。圧力が違うというか、なんだか凄みを感じる。

 

「な、なんか迫力あるね……」

「むしろ高木はもっとがんばるべき。今よりも昔の方がすごかった。……あたしよりもすごかった」

 

 と言われても美穂ちゃんの学習の伸びは俺以上だ。これでも勉強は前世では考えられないほどやってきたのだ。そんな俺を超えている美穂ちゃんはもともとできる子だったのだろう。

 

「昔のトシナリすごかったの?」

 

 隣のクリスがぽしょぽしょとした小声で聞いてくる。俺は曖昧に笑うことしかできなかった。

 確かに小学生の頃の俺は学業で美穂ちゃんの上をいっていた。けれど、中学にはそれも逆転されてしまい、現在では勝てる気すらしないほど差をつけられてしまった。

 学業だけじゃない。あらゆる分野で自分よりも上がいることを知っている。前世とは違い、立派な大人になろうと努力してきたのに、どんどん俺を超えてくるのだ。最初のアドバンテージはなんだったのかと文句も言いたくなる。

 それでも、俺にアドバンテージがあるのは動かない事実だ。他の人よりも有利な位置にいて、そのまま抜かされていくのをただ指をくわえて眺めているだけってのも、後悔を生み出しかねなかった。

 

 夕食の時刻が近づいてきて、そろそろ混み合ってきたかなというところで勉強会はお開きとなった。

 

「あー、疲れたー。頭使ったってのがわかるぜ。なんかスカーってする」

「しもやんやないけど僕も疲れたわ。でもこの調子なら期末テストはなんとかなりそうや」

 

 下柳が首を回し、佐藤は大きく伸びをする。疲れたとは言うが、二人とも充実感を表情に表していた。

 

「わたしはみんなと勉強できて楽しかったわ! またやりましょうね」

 

 反対にクリスは疲れを感じさせないほどの笑顔だ。みんなで勉強することもそうだけど、ファミレスで勉強するということ自体が彼女にとって新鮮だったのだろう。いつもと違う場所でというだけで気分も変わってくるもんな。

 

「そうですね。美穂さんの教え方はさすが学年二位というのが納得できるほどしっかりしてましたし、高木くんも丁寧でしたよ。僕達の勉強を見てくれてありがとうございました」

 

 望月さんはニコニコと俺と美穂ちゃんに感謝を述べる。美穂ちゃんほどではないが、俺だって少しくらい教えられる程度にはできるのだ。

 

「みんな家に帰ってからも勉強がんばって。期末は範囲が広いから大変だろうけど、要点さえ押さえれば赤点は取らないから。わかった下柳?」

 

「名指しかよ!」と慌てる下柳だった。当然だ。お前が言い出しっぺだろ。

 一段落ついたところで俺達は別れのあいさつをして帰路に就く。下柳はクリスを送り、望月さんは自転車で帰った。

 

「ほな、僕らも帰ろうか」

「そうだな。まだ明るいけどけっこういい時間だからな」

 

 俺と佐藤、それに美穂ちゃんの三人で電車に乗って帰ることとなった。高校になってからこのメンバーで帰るのは初めてだ。

 葵と瞳子は帰り大丈夫だろうか? さすがに女子ばっかりだしそんなに遅い時間まで勉強会しないと思うが……。一応帰りがけに二人の家に寄っておこう。

 そんなことを考えながらガタンゴトンと電車に揺られていた。座る席はなかったけど、朝の混雑ほどではなかった。

 

「高木くん、赤城さん。また明日学校でな」

 

 途中で佐藤と別れると、俺は美穂ちゃんと二人きりになった。家が近いのは俺の方だし、彼女を家まで送り届けなければならないだろう。

 

「……」

「……」

 

 無言で夕日に染まった道を歩く。もともと美穂ちゃんは口数が多くはないので二人だけだとこんな空気になるのは珍しくなかった。

 それでも居心地が悪いわけではない。黙ったままでも気を張らなくていい関係ってのは貴重だと思う。

 しばらく歩くと美穂ちゃんの家が見えてきた。なんだか久しぶりだ。

 

「高木」

 

 別れのあいさつをしようと口を開きかけたところで、美穂ちゃんが先に俺の名を呼んだ。

「どうした?」と言う前に、美穂ちゃんは続ける。

 

「今度の期末テスト、あたしと勝負して」

 

 真っすぐな目が俺を捉えていた。咄嗟に返事できなかったせいで美穂ちゃんの言葉は止まり時を失ってしまった。

 

「高木は今のままで満足してるの? してないよね。もし現状でもいいって言うのなら、あたしがぶん殴ってあげる」

「ちょっ、いきなり何!? なんか物騒だぞ」

「いきなりじゃない。ずっと思ってた。こうやって二人きりになれるチャンスなんてそうないから言わせてもらう。高木はふぬけてる。たぶん宮坂と木之下だってそう思ってる」

 

 何か反論しようとして、でも俺の口は動いてはくれなかった。

 

「あたしには高木がいろんなことを諦めているように見える。宮坂と木之下と恋人になれたから他はどうでもいいの? もう満足なの? それはらしくないと思う」

「らしくないって……俺は」

「高木はもっと一生懸命だった。何事に対しても目いっぱいがんばってた。無理かもしれないって考えちゃうところでも、一生懸命だったよ」

 

 美穂ちゃんは何かを振り返るように言葉を重ねる。それは今の俺と、昔の俺を比較しているようだった。

 

「だから、今度の期末テストであたしと勝負して」

 

 何が「だから」なんだ。そう言い返せていれば、この話はなかったことになるだろう。

 でも、美穂ちゃんの目はあまりにも真っすぐだったから。今の俺は全然足りていない。そう言われているようで……いや、事実そう言われているのだ。

 このままの俺では葵と瞳子と釣り合う男ではない。こんなところで限界を感じているようでは、才能豊かな二人とは釣り合いがとれない。

 そんなことはない。そうやって否定するために、俺は美穂ちゃんとの勝負を受けるのだった。了承した俺に、美穂ちゃんは満足そうに頷き返してきた。

 

 


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