元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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121.もっと……

 期末テストで美穂ちゃんと勝負することになった。前回の中間テストで学年二位だった美穂ちゃんと、である。

 彼女に学力で勝てていたのは小学生の頃の話。今となってはかなり差をつけられてしまったものである。正直勝てる気がしない。

 だけど、と。あの時の真っすぐな目を思い返す。

 厳しい目だった。そしてそれ以上に優しい目だった。

 美穂ちゃんは俺が立ち止まっているのが許せなかったのだろう。今のままでいいのかと、そんな不満を本当に抱いていないのかと問いかけられたみたいだった。

 

「よしっ、やるか!」

 

 俺は机に向かい、活を入れてから勉強を始めた。

 学業は学生の本分だ。何もわかっちゃいなかった前世では勉強なんて社会に出てしまえばそう役に立つものでもない。そんな風に考えていたくらいにはバカだった。

 これからの勉強はとくに進学や就職に大きく関わってくる。それがわかっていなかった子供の時分とは違う。コツコツやってきたことは身になっているはずだ。

 ……それでも足りていない。知らず満足していた俺はそのことに気づけていなかった。

 これからの成果が将来に関わっていくというのなら、将来俺と結婚してくれる相手にも関わってくるということなのだ。

 恋人が二人もいて、それで終わりじゃないだろう。

 確かに結婚は俺の目的だ。でも、それがゴールじゃない。相手すらよく考えていなかった時なら終着点だと疑わなかったけど、それからも人生は続いていくし、自分だけじゃなくて相手にも幸せであってほしいと思う。

 俺の怠慢で不幸せにしてしまったとしたら、後悔なんてしてもしきれないだろう。人生をやり直している今そのものが奇跡だというのに、それを棒に振ってしまうほどバカなことはない。

 前世で怠けた分は今取り返す。そういう心積もりじゃないとダメだ。前よりもできた、無難にできたからって満足してどうするよ。

 

「……もう十一時か」

 

 飯を食ってすぐに試験勉強に取りかかっていたから風呂にも入っていない。さすがに風呂に入らず明日学校には行けない。なんというか……葵と瞳子の彼氏として。

 

「さて、続きやるか」

 

 そんなわけで、風呂から出て明日の準備もろもろを終えると日付が変わっていた。いつもなら寝る時間である。

 体の成長のためと言って、夜更かしはあまりしないようにしてきた。高校受験の時だってそれは変わらなかった。

 でも、美穂ちゃんに勝とうというのならこれくらいの無理をしなきゃだ。いや、無理でもなんでもないか。今まで余力を残しすぎただけだ。

 見て、書き写して、声に出して読み上げる。そうやって脳に刻みつけながら、夜は更けていった。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

「俊成ってば今朝は一段と眠そうね」

「本当。トシくん何かあったの?」

「うん……。遅くまでテスト勉強してたから……」

 

 慣れない夜更かしをしたせいか眠たくてしょうがない。意識がまだ覚醒していないせいで葵と瞳子の顔がぼやけている。というかまぶたが重い……。

 

「ぐぅー……」

「ちょ、ちょっと俊成っ。ちゃんと目を開けて歩きなさいよ!」

 

 何かに腕を掴まれる。学校に行かなきゃという思いで足を動かす。

 

「って、止まらないし。こ、このまま支えてなきゃいけないのかしら」

「瞳子ちゃん重いでしょ。私もトシくんを支えるの手伝うよ」

 

 両方の腕からほわほわした感触がする。おぼろげな意識のまま足を動かし続けた。

 

「……はっ!? こ、ここは?」

「ここは一年A組の教室やでー」

「あれ? 佐藤……?」

 

 なんで佐藤がいるんだ? そもそも俺はいつ自分の席に着いたんだ? 葵と瞳子といっしょに学校に向かっていたところまでは覚えているんだけど……。

 

「……その様子やと高木くんは何も覚えてないんやね」

「覚えてないって、何をだ?」

 

 そんなとぼけた返事をした俺を見て、佐藤はため息を吐いた。そうしてため息の理由を教えてくれた。

 佐藤が言うに、寝惚けたままだった俺は、葵と瞳子に両側から支えてもらいながら教室に送り届けられたらしい。傍目から見ればクラスメートの男子が両手に花を持って登校してきたということだ。しかもどっちも負けず劣らずの美少女である。

 そんな話を聞けば嫌でも目が覚める。

 

「み、みんなどんな反応してた?」

 

 怖くて周りを見られない。クラスメートから視線の集中砲火を浴びているのではと思うと顔に血が集中しそうだ。

 

「そこまで騒ぎにはなってへんで。クリスさんがめっちゃフレンドリーに話しかけとったおかげでそんなに勘繰られへんかったよ。まあ宮坂さんと木之下さんが高木くんの幼馴染ってのはクラスのみんなにばれてもうたんやけどね」

 

 目立つクリスに普段から接していたおかげで、二人に世話をかけてしまったのも「目立つ人に縁があるのね」という認識だったのだろうか。どっちかといえば幼馴染というのが納得できたのか。とりあえずやっかみの視線はなさそうだった。

 そのクリスはなぜか葵と瞳子といっしょに教室から出て行ったらしい。俺抜きでも女子同士の友達関係があるだろうし、詮索はしないでおこう。とりあえずクリスにはお礼を伝えたい。

 

「まあ……約一名高木くんの幼馴染に納得できひんって男子がいるんやけどね」

 

 佐藤があごだけで指し示す方向に顔を向ける。教室のドアの先、下柳が顔半分だけ出して睨んでいた。

 何その距離? 睨まれるのは下柳の性格上わかるつもりだけど、なぜにドアのところにいるのか。出入りする人の邪魔になるでしょうに。

 

「下柳くん、そんなところにいたら邪魔ですよ。僕が教室に入れないじゃないですか」

「はっ!? ご、ごめんよ望月ちゃん! でもこれには深ーいわけがあるんだっ」

 

 案の定、ちょうど登校してきた望月さんの妨げになった。

 

「まったくもうっ、そんなところにいるなら僕の邪魔にならないようにだけ気をつけてくださいよ。僕が通った後なら好きにしてくれて構いませんから」

「で、でもさー……高木がさー」

 

 望月さんはぷりぷりとかわいく怒りながら教室へと入る。下柳は謝りながら追いかける。力関係がはっきりしてんなぁ。

 望月さんが席に着いたあたりで下柳がこそこそと話し出す。チラチラと俺を見ながらなので、聞こえてなくても内容は想像できた。

 

「それ……、試験勉強よりも大切ですか?」

 

 話を聞き終えたらしい望月さんは不機嫌度を増したようだった。たぶん下柳は同調してもらえるとでも思ったのだろう。わたわたと焦っていた。

 

「だ、だって高木は女の子をはべらせて登校してきたんだぜ? 学生としていけないことなんじゃねえのか。つーか羨ましい!」

「二人は高木くんの幼馴染ですよ。僕、三人で電車に乗って学校に来るのを知ってますし。仲良しなのは当たり前じゃないですか」

「お、幼馴染といっしょに登校……。くっそー! 幼馴染はなんでもありかよっ!!」

 

 なんでもありじゃないですよ……。とにかく俺は葵と瞳子に迷惑をかけてしまった。二人ともクラスで何か言われてなければいいけど……。

 

「それにしても、高木くんが朝から眠そうにしてるやなんて珍しい。何かあったん?」

 

 真剣な親友の顔をみて、どうやらいらない心配をかけてしまっているようだと今さら気づかされる。

 

「そんなに心配される理由じゃなくてだな……、試験勉強してたら寝るのが遅くなっただけなんだよ……」

「ほんまに?」

 

 俺の返答に佐藤は目をパチクリさせる。そんなに驚かなくてもいいだろうに。

 

「だって高木くんて今までテストゆうたかて遅うまでは勉強せえへんかったやん。テストは普段勉強してる分の実力を出せばええとかなんとか……。早寝早起きが高木くんのモットーやったんとちゃうん? ほんまに何があったんや!?」

「だから驚きすぎだろうが! 俺は健康第一主義ってわけでもないんだぞ。……まあ健康は大事だとは思ってるけどさ」

 

 それに俺の中の一番は葵と瞳子である。一番なのに二人いるって矛盾してる? 全然矛盾してませんけど?

 

「ちょっと、今回のテストは勝負しててな……」

 

 そう言って佐藤から視線をずらすと、眼鏡をかけて勉強モードの美穂ちゃんが映る。俺は負けてられんとノートを取り出した。

 美穂ちゃんの方が学力が上だ。それでも努力を惜しむ様子すらなく、本気で取り組んでいるというのがひしひしと伝わってくる。今時点で負けている俺が努力しないでどうするというのか。

 

「勝負て、もしかして赤城さんと? それでやる気になっとるんやね。……高木くん? あかん、聞こえへんくらい集中しとる」

 

 目をかっぴろげて目に映る情報を自分の脳に擦りつけてやる。地道に、確実に。そうやって覚える作業を繰り返した。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 期末テストの日まで、俺は寝る間も惜しんで勉強した。

 もちろん授業中に居眠りなんかしていない。下柳みたいに船を漕ぐなんて醜態はさらさなかった。

 放課後の勉強会もきっちりとこなした。むしろ自分では思いつかなかった理解の仕方があって勉強になった。人が集まると勉強方法一つとっても違いが出るものなのだと気づかされる。

 帰宅してからも勉強だ。根をできるだけ詰め込んでいく。長時間書き続けていると疲れてしまう。そうなったら左手で書くようにして休憩時間をできるだけ減らした。無駄に器用になっていた。

 

「おはようトシくん」

「おはよう俊成」

「葵、瞳子。おはよう」

 

 朝になれば眠気なんてもう見せない。勉強に全力を注いではいるけど、男として情けないところは見せられない。……二人に支えられながら登校するだなんて恥ずかしすぎるし。

 最初は慣れない生活習慣に苦労したけど、三日もすれば慣れてくるものである。これは今まで体力をつけられるようにと鍛えてきたからこそなのだろう。あとは若さか。若いって本当に財産だな。

 

「……」

「あ、葵? 俺の顔に何かついてるか?」

 

 葵がじっと俺の顔を見つめる。なんだろうか? とか思っていると頬をつんつんされた。

 

「やっぱりちょっと眠そうにしているからさ。……でも、トシくん気合入れてがんばってるんだもんね。休んで、なんて言えないなぁ」

「あ、あはは……」

 

 めちゃくちゃ勉強しているってことは顔や態度に出さないようにしてきたつもりだけど、けっこう疲れが出ていると見破られてしまったらしい。

 

「俊成だけじゃないわよ。あたし達だって気合入れて勉強しているんだから。期末テスト、楽しみにしてなさいよ」

 

 瞳子が胸を張る。そういえば瞳子と葵はずっと女子グループでの勉強会を続けている。彼女は根拠のないことは口にしない。とすれば、彼女なりの自信があるのだろう。

 

「俺だって自信があるからな。今回は瞳子にも勝ってやるさ」

「言ったわね。あたしだって負けないわよ」

 

 美穂ちゃんだけじゃない。瞳子にも負けっぱなしだったからな。いつまでもそれをよしとはしていられない。

 

 そうやって過ごしているうちに、テスト当日がやってきた。かつてないほどのやる気を漲らせて問題へと挑むのだった。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

「あー、やっとテスト終わったねー。なんだか気分がスッキリするよ」

「ああ……」

「疲れちゃったし、気分転換にどこか行かない? ね、俊成」

「ああ……」

 

 やっと……、やっとテスト期間が終わった。

 最後の科目が終わった瞬間、一気に疲労が体を侵食してきた。正直今にも倒れてしまいそうだ。

 

「……」

「……」

「……ん? 二人ともどうしたんだ?」

 

 気がつけば葵と瞳子が眉を下げながら俺を見つめていた。その表情で察せられた。自分の意識が朦朧としていたのだろう。

 また心配をかけてしまったか。俺は取り繕おうと口を開こうとするが、少しだけ遅かったようだ。

 葵と瞳子は俺と距離をとって二人だけでこそこそと小声で話し合う。「疲れてるんだよ」「休ませなきゃ」「リラックスよ」「誘えばいいのね」とかなんとか。ぼーっとしている頭だと断片的にしか聞き取れなかった。

 

「トシくん。テストも終わったからさ、私の部屋で遊ぼうよ」

 

 そう言って葵は俺の腕をとった。

 

「久しぶりにマッサージの練習相手になりなさいよ。最近勉強ばっかりしていたから体がなまっちゃったわ」

 

 瞳子は逆の腕をとる。そのまま二人に引っ張られるようにして帰路に就いた。

 

 葵と瞳子との時間が減っていたせいで、こうやって葵の部屋でのんびりくつろぐだなんて久しぶりに思えた。

 彼女のにおいと、クーラーの涼しい風がとても心地良い。帰宅してすぐに葵が飲み物を持ってきてくれたし、なんとも尽くされているみたいだ。

 

「暑かったし汗かいてるでしょ。あたしが背中を拭いてあげるわ」

「え、いや、自分でできるってば」

 

 瞳子がタオルを手ににじり寄ってくる。それはさすがに尽くされすぎではないでしょうかっ。

 

「素直に任せなさい。それとも何? 汗かいたまま葵のベッドで横になる気?」

「うっ……」

 

 そうだった。これから瞳子のマッサージの練習台になるのだ。葵の部屋なので、もちろん彼女のベッドを使わせてもらうことになる。瞳子の言う通りだ。俺の汗を葵のベッドに染み込ませるわけにはいかなかった。

 

「お、お任せします」

「よろしい」

 

 上を脱いで瞳子に背中を向ける。「うひゃあ……」という葵の奇声が聞こえたが、背中にタオルが接触した瞬間に頭から飛んで行った。

「んしょ」と小さく力を入れる声。俺の背中を拭いてくれている瞳子の声だ。その吐息が素肌の背中に当たって、なんだか落ち着かなくなる。

 だいぶ汗をかいてしまっていたようで、瞳子の拭く手が何度も往復する。あのままだったら汗が冷えて風邪を引いていたかもしれないな。

 瞳子に身を任せる。力を抜いていると、鼻孔をくすぐる香りが気になった。

 

「ん? このにおいは?」

「ふふふ、アロマだよ。この間お父さんがお土産にってくれたの」

「へぇ、良い香りだな」

 

 でも、葵のにおいに満ちたこの部屋のにおいそのままが良かったなぁ、だなんて口にしようものなら変態みたいなものだ。不用意な言葉は口にしちゃいかん。口は災いの元とも言いますし。

 

「ひゃんっ!?」

「な、何よ俊成っ。変な声出さないでよっ」

 

 わきからするりと出てきた瞳子の手が俺の胸をくすぐる。いや違う。その手にはタオルが握られていた。どうやら前も拭いてくれるつもりだったようだ。

 

「い、いやいや! 背中だけで充分だよ。あとは自分でやるからさ」

「でも」

「でもじゃなくてだな。最初背中を拭くって言ったじゃないか。背中だけでいいって」

 

 なかなかタオルを渡してくれなかった瞳子だったけど、なんとか言葉を重ねて説得に成功した。渋々タオルを渡す彼女に、なんで俺は我慢してしまったんだろうかと後悔した。

 

「汗拭いたら着替えてね。はい、これトシくんの着替え」

「おう。ありがとな葵」

 

 自然に受け取ってから、はてと首をかしげる。

 

「俺、葵の部屋に服置いてたっけ?」

 

 暑い時期らしく薄めの部屋着だ。しかしこんな物を持っていただろうかと記憶を探るが、思い出せはしなかった。

 

「もしもの時のために準備していたんだよ。ね、瞳子ちゃん」

「あ、あたしに振らないでよっ」

「まあそのもしもの備えがあって助かったよ。ありがたく着させてもらおうかな」

 

 上半身を拭き終えて二人を見る。どちらとも目が合い、しばし見つめ合う。

 

「えーと……俺着替えたいんだけど?」

「はっ!? ご、ごめんなさいね俊成。ほらっ、葵も行くわよ!」

 

 瞳子が葵を引きずりながら部屋から出て行ってくれた。まあ女子の部屋で着替えるってのも変な気分だな。俺が退出すべきだったか。

 ズボンを脱いで下半身もタオルでごしごしする。汗を吸収したシャツなんてちょっと重たく感じる。着替えがなかったら葵のベッドは使えなかったな。

 

「もういいぞー」

 

 着替え終えてからドアに向かって声をかける。すぐそこで待っていてくれたのだろう。間を置かずにカチャリと音を立ててドアが開かれた。

 

「じゃあさっそく始めましょうか。俊成はベッドに寝てちょうだい」

「瞳子先生、よろしくお願いします」

 

 三人そろって小さく笑う。この空気そのものが、溜まった疲労を癒してくれた。

 ベッドにうつ伏せになる。葵がいつも就寝しているベッドだ。甘くてとろんとするにおい。まぶたが落ちていく。

 

「リラックスしててね」

 

 瞳子にまたがられ、背中を繊細な手で揉捏される。気持ち良くて、彼女が制服姿のまま施術しているだなんてあまり気にならなかった。

 ああ、とても良い……。次第に意識は遠のいていく。それがとても安心できて、俺は彼女に身を任せた。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

「ふわ~……。あれ?」

 

 目が覚めると部屋は暗かった。とっくに日は暮れているようだった。

 俺はなんで寝ているんだ? と記憶を巻き戻してみる。はっとして状況を確認すれば、布団をかぶってのがっつりお寝んねモードだった。

 これは……やってしまったな。

 おそらく瞳子のマッサージで気持ち良くなった俺は、試験勉強での睡眠不足もあって眠ってしまったのだ。気を利かせた葵と瞳子は俺に布団をかけてゆっくり眠れるようにと静かにしてくれていたのだ。

 だからってこんなにぐっすり寝ちゃうだなんて……しかも葵のベッドで……、俺のバカ。改めて葵と瞳子の優しさに胸を詰まらされる。

 

「あっ、トシくん起きたんだね」

 

 ドアの開く音に顔を向ければ、葵が部屋に入ってきた。俺が寝ている間に部屋着へと着替えたみたい。……この部屋で着替えたわけじゃないよね?

 

「ごめん! 思いっきり寝ちゃってた」

 

 俺が慌ててベッドから下りようとすると、葵は「いいよ。ゆっくりしてて」と優しく押しとめる。浮かしかけていた腰が再び柔らかさに受け止められる。

 部屋は暗い。廊下の明かりが入ってくるだけの頼りなさ。そんな中でも、葵が優しく笑っているのはわかった。

 

「トシくんがんばってたからね。今日は特別、だよ」

 

 その笑みが優しすぎて、目を逸らしてしまう。直視するにはあまりにも綺麗すぎた。

 

「と、瞳子は?」

「暗くなる前に帰ったよ。今日は送ってくれなくていいからしっかり休みなさいよ、って瞳子ちゃんからの伝言」

「そ、そっか」

 

 だいぶ気を遣わせてしまったようだ。なのに嬉しいと思ってしまう俺は重症だろうか。

 

「明日は学校休みだし、このまま泊まってく?」

「そ、それはさすがに……。遅くなっちゃったしそろそろ帰るよ」

「それは残念」

 

 葵の笑みが悪戯っぽくなる。直視しても問題なさそうだ。

 ふぅ、と安堵が零れた。その時、頭を撫でられる感触にピクリと指先が震えた。

 

「トシくんすごくがんばってたもんね。だから私達ね、もっとがんばりたいって思ったよ」

 

 何を、と。そう聞くのはずるいだろうと口をつぐんだ。

 だから、そのまま自分の想いを返せばいい。

 

「もっとがんばるのは俺の方だ。もっと素直に、もっと単純に、もっと……がんばるよ」

 

 葵は俺の頭を撫でながら優しく笑うだけだった。直視できないほどの美しさを、真っ向から受け止めた。

 

 期末テストの結果は週明けに発表される。そこで俺のがんばりの結果、美穂ちゃんとの勝負の結果が出る。

 やるべきことはやった。もっとやれるんだと知れた。だからこそ、結果発表を心待ちにする。そういう気持ちがまだ俺の中にあるようだった。

 

 


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