元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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124.たまには母親だって羽を伸ばしたい

 私には仲良しのママ友が二人いる。

 どちらも息子経由で仲良くなった。親同士の関係なんて子供の交友関係に大きく影響される。だから最初はこんなにも長いお付き合いになるとは思ってもみなかった。

 

「こうやって三人集まって飲むのも久しぶりねー」

「都合が合ってよかったデスネ。夫に感謝デスヨ」

 

 まさかこの歳になっても飲み会をする仲になるだなんて、本当に想像もしていなかった。

 

 今日は私の家で葵ちゃん瞳子ちゃんママと飲み会だ。家のことは夫と娘に任せられたようだ。私の夫は遅くまで仕事だと聞いている。もちろん飲み会をすることは伝えてある。

 お茶をすることがあっても、集まってお酒を飲むのは久しぶりだった。年甲斐もなく楽しみにしていた。

 

「これ、おつまみにどうぞ」

 

 俊成がテーブルにおつまみを置いてくれた。出来立てのようで、かぼちゃをバター醤油とガーリックで味付けしていていいにおいがする。息子がリビングから出ていくと感心した息を漏らす音が耳に届く。

 

「俊成くん気が利くわね。しかもこれ手作りでしょ。息子にほしくなっちゃうわ」

「あげマセンヨー」

「それ私のセリフだから。わ・た・し・の、息子なんですからねっ」

 

 葵ちゃん瞳子ちゃんママが揃って「おぉー」なんて言いながら拍手する。なんだかんだ言いながらも二人ともノリがいい。ついついこっちも乗せられてしまう。

 

「やっぱり最大の障害は母親よね。葵大丈夫かしら? どうやって懐柔すればいいのかしらね」

 

 本人を目の前にして障害だなんて言わないでほしい。悪い姑になるつもりなんてないんですからね。

 

「瞳子がおすすめデスヨ。きっとお義母さまにもやさしいはずデス」

「あっずるい。葵だって孝行娘なんですからね」

 

 二人の美人ママが子供みたいな言い合いを始める。私は大きなため息を見せる。

 

「気楽にしてくれちゃって。私は息子のことですからハラハラなのよ」

 

 俊成が葵ちゃんと瞳子ちゃんを恋人にした時は驚いた。それでも子供の言うことだと、すぐにそれはおかしいことだと気づいてくれる。そう甘く考えていた。

 でも実際は高校生になった今でもその関係は続いている。葵ちゃん瞳子ちゃんは退かない、というよりも仲良しの、子供の頃の関係をずっと続けていた。

 親としては心配だ。葵ちゃん瞳子ちゃんママは三人の関係を眺めては楽しそうにしているけれど、私は子供達のこれからが心配でならない。

 これだけ長い付き合いになると葵ちゃん瞳子ちゃんも娘のように見てしまう。どちらかじゃなくどちらも。心配は通常の三倍にまで膨れ上がっているのかも。

 

「これ美味しいデスネ。栄養も考えられているようデスシ、トシナリをお嫁さんにするのも悪くないかもしれマセン」

 

 おつまみを食べての感想。瞳子ちゃんママはもう酔っぱらっているのかもしれない。

 

「あら本当。こんな息子なら作っておけばよかったわ」

「まだ間に合いマスヨ。旦那さん元気そうデス」

「それはお互い様じゃない?」

 

「きゃー!」ってあんた達ね……。呆れた顔でコップに口をつける。

 

「それにしてもよく俊成くんをあれだけ立派に育てたわね。男の子の子育てって難しそうだけれど」

「まあねぇ……」

 

 俊成は最初から手のかからない子だった。

 ぐずったりわがまま言ったりもしない。小さい頃に通った習い事だって全部俊成から言い出したことだ。私は息子を尊重しただけだった。

 反抗されたことがあるとすれば、ちゃん付けをやめるように言われたくらいか。それもやんわりとたしなめるような物腰だった。こんなのは全然反抗期じゃない。

 俊成は親のひいき目から見ても悪い子じゃない。だからこそ恋人を二人作ったことに関して強くは言えなかった。

 ちゃんとした子供に叱る必要なんてない。私は子供を叱る経験がない。それは親としての自信がないのと同義かもしれない。

 

「子供は勝手に育つものデスヨ」

「え?」

 

 瞳子ちゃんママはニコニコとしていた。白い肌が朱色に染まっており、年齢は私とそう変わらないはずなのに色っぽさを感じる。

 

「瞳子には幼い頃からたくさんの習い事をさせていマシタ。ワタシ自身の経験を伝えてきたつもりデス。でも、娘が変わっていったのはいつだってワタシの知らないところでデシタ」

「そうよね……。葵だってそうだもの。私がかまってあげられなかった時だってしっかり育ってくれたものね。本当に大きくなってくれたわ……」

 

 二人は娘の思い出を振り返り遠い目をする。

 俊成は立派に育ってくれた。母親としてできたことは少ないのかもしれないけれど、ちゃんとやっていけるのならそれでもいい。別にあの子を育てただなんて自慢したいわけじゃない。あの子を自慢には思うけれどね。

 

「それにしても、こうやって集まってていつも思うんだけど」

 

 私はおかしくなって笑いそうになる口元を隠さずに続きを口にした。

 

「私達、お酒を飲んでても、話題はいつも家族のことばかりね」

 

 葵ちゃん瞳子ちゃんママは笑った。とても嬉しそうな笑顔だった。

 子供の将来は心配だ。だって親なんですもの。心配するのは当たり前で、期待するのも当たり前なんだって。安心してそう思えるのは仲良しのママ友の存在が大きかった。

 二人だって娘の将来を心配している。期待もしている。だから見守り続けている。

 変わっていく関係かもしれないけれど、仲良しなのは変わらない。私が俊成の母親なのも変わらないし、息子がどんな風になったとしても味方でいるのは変わらない。その覚悟だけは親らしくありたいと思った。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 ――三時間後。

 

「母さーん。寝るならベッドで頼むよ」

「俊成ぃー。いい子いい子ー」

「はいはい、上機嫌な酔い方してんな」

 

 飲み会が終わった後。葵ちゃん瞳子ちゃんママを家まで送り届け、会場となったリビングの片づけをしてくれて、私をベッドで寝かせてくれたのが息子だったのは次の日に知った。……我が子に頭が上がらない。

 

 


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