二人三脚でトラブルはあったものの、最後のリレーには問題なく出場できそうだ。
「よし。足も大丈夫だ」
擦りむいた膝は瞳子が処置してくれた。葵の心配ばかりで自分のケガを忘れていたのを瞳子にとがめられたのだ。彼女の心配りに感謝が絶えない。
「白組とは僅差やで。リレーに勝てれば赤組の逆転優勝や」
最後の種目を前にして、佐藤に「がんばりや!」と背中を叩かれた。
なんていうか、この託されたって感じいいよな。こう、心の底からやる気が漲ってくる。
「絶対勝ちなさいよ。じゃなきゃここにいられないあおっちが報われないんだからね」
「葵は無事だからね? あんまり不吉な言い方してると報告しちゃうよ」
「ひえ……そ、そんなこと、高木くんはしないわよね?」
小川さんが半泣きになった。二人の力関係はどうなってるんだか。
「高木くん高木くん」
「どうしたの望月さん?」
「応援はしていますけど、あまりプレッシャーに思わないでくださいね」
優しい声色。望月さんは俺がプレッシャーを感じていると思っているのか。
最後の種目。一位になれば逆転優勝という点差。そして、白組には本郷がいる。
並べればプレッシャーとなりそうな条件ばかりだ。本郷はサッカーで全国制覇したこともあり、さらに注目される存在となった。今日もあいつが出た競技での声援がすごかったし。
だから負けたって仕方がない、か。
「望月さん」
「はい?」
「別にプレッシャーなんかないよ。それよりちゃんと応援しててよ。赤組が逆転優勝するんだからさ」
そう言い残して最後の種目へと向かった。
「よう高木。悪いが声援は俺が全部いただくぜ!」
「うん、まあ、どうぞ?」
声援ならいくらでもやるぞ下柳。代わりに勝たせてもらうけどな。
「高木、足は大丈夫か?」
「ああ、問題ないぞ」
本郷と少しだけ言葉を交わした。その後は黙って競技が開始されるのを待った。
入場するだけでものすごい歓声が起こった。最後だから注目されているってのもあるけれど、それ以上に本郷が出場するからだろう。
本当に運動に関しちゃ他を寄せ付けないほどの存在感を放ってくる。才能だけじゃないって知ってるからこそ、文句の一つも言えやしない。
「うおりゃああああああーーっ!!」
第一走者がスタートした。下柳の大声が目立つ。みんな驚いたのか一瞬声援が止んだ。
大声のおかげってわけじゃないんだろうが、下柳がトップで次の走者にバトンを渡した。二人三脚の空回りっぷりが嘘のようである。
そういえば春の体力測定では俺と下柳の五〇メートルのタイムが同じくらいだったか。
「なあ本郷。体力測定で五〇メートル走のタイムって覚えてるか?」
「ん? えーと、五秒八くらいだったか……それが何?」
五秒台か……。しかも春時点のタイムだ。もっと速くなってる可能性があるか? あまり早く成長しないでほしいもんだよ。
最初は白組がトップだったものの、他の組も黙ってはいない。
抜きつ抜かれつのデッドヒートが繰り広げられる。さすがは各組で足の速い出場者だ。
でも、赤組だって負けてはいない。白組を抜いてトップ争いをしていた。
「高木がアンカーなんだよな」
「ああ」
「負けないぜ」
「俺だって負けるつもりはねえよ」
最後の走者にバトンが渡る。最初は青組。それから赤組の俺もバトンを受け取った。
実況の声で黄組、そして白組もアンカーにバトンが渡ったとわかった。
俺は青組のアンカーを抜き去る。このままゴールすれば優勝だ。
しかしここで大きな歓声。後ろを振り返らなくても、本郷が次々と走者を抜いたのだとわかった。
黄色い声援。場が期待感を膨らませているのが嫌でもわかる。
本郷がケツからぶち抜き逆転する。その劇的なまでの勝利への期待が段々と膨らんでいるのだ。
俺への応援は確かにある。それでも、周りの声はそれを飲み込むほど大きかった。
「トシくんがんばってぇーーっ!!」
「踏ん張りなさい俊成ぃーーっ!!」
たくさんの人の声援が入り乱れていて、もう誰の声かなんてわからなくなっているのに、二人の声だけはやけに耳に響いた。
「……ったく、ちゃんと休んでろよな。お前も俺と同じ意見じゃなかったのかよ」
二人とも、終わったら叱ってやらなきゃだ。
足に力が漲る。地面を蹴る力が強くなる。
前だけを見て走った。風を感じるのが気持ちいい。プレッシャーはまったく感じなかった。
気づけば、俺はゴールテープを切っていた。
※ ※ ※
赤組は優勝した。
大勢の人達、というかとくに女子は本郷の逆転勝利を見られなくて残念そうにしていた。まあ赤組はみんな喜んでいたからいいかな。
「おい高木、また速くなったんじゃないか?」
息を切らせた本郷に背中をバシバシ叩かれた。負けたってのになんか嬉しそうにしてんな。
「まあ、愛の力のおかげかな」
「それを恥ずかしげもなく言ってのけるんだから勝てねえよなぁ」
むしろ俺の前を走っていたみんなのおかげだ。白組にリードしてくれていなかったら本郷には勝てなかったはずだし。
「いや、でも本当に速くなってた。高木の背中に追いつける気がしなかったよ」
爽やかに笑う本郷。相手を称える姿はスポーツマンシップの鑑だ。
本郷に褒められると嬉しい。嘘や誤魔化しがない言葉だからだ。素直に思ったことを口にする奴だからこそ、自分の変化を感じられる。
「俺、成長してんのかな」
少し背が伸びた。気づかない間に足も速くなっていた。たぶん変化はまだまだあるのだろう。
自分の限界ライン。そろそろ頭打ちだろうと考えていた。その判断は早かったのかもしれない。
「二人が変わろうとがんばっているのに、俺だけ立ち止まっているわけにはいかないよな」
自信が芽生える。
すごい奴に勝った。自分はまだ戦える。一時はもう絶対に追いつけないと思ってしまったからこそ、この胸の鼓動は大きく感じた。
体育祭で大きなものを得た。そんな確信を持てる日となった。
その後。葵と瞳子は俺の前で縮こまっていた。
「ご、ごめんね。私が無理を言ったからで、瞳子ちゃんは悪くないの……」
「ひ、日陰にいたから大丈夫だと思って。それに、あたしも俊成が走っているところ見たかったし……」
「二人とも」
「「……はい」」
「体調を優先しろっていつも言ってるだろ! 反省しなさい!!」
体育祭が終わって、葵と瞳子に大きな雷を落としたのであった。