元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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151.前世と今世の私

 放課後。教室に忘れ物をしたことに気づいて取りに戻った。

 ドアを開けようと手を伸ばした時に、教室の中から話し声が聞こえてきた。

 

「宮坂さんってかわいこぶってるよね。前も男子に色目使っててさ。ああいうの本当にムカつく」

「わかるー。ちょっと顔がいいからって勘違いしてんだよね」

「そうそう、男子を手のひらで転がすなんて簡単って顔してるよ。ほら、男子ってバカだから胸がでかいのが好きでしょ。それだけのことなのに自分が人気者って勘違いしてんじゃない?」

「それだー。胸にしか栄養がいかないからわかってないんだよ」

 

 きゃはははー! 意見が一致したのが嬉しいのか、揃って笑い声を上げていた。

 教室には何人かの女子が残って悪口に花を咲かせていた。聞き覚えのある声は、みんなクラスメートのものだった。

 

「そこまで嫌われてるって、思ってなかったなぁ……」

 

 教室の前で小さく零す。話題の中心人物になっている私がドアを挟んだすぐ近くにいるだなんて、彼女達は思いもしないだろう。

 対立していたわけじゃない。教室では仲良くおしゃべりできていた。私は、友達だと思っていた。

 でも、今の話を聞く限り彼女達にとって、私は友達じゃなかった。ただそれだけのこと。

 

「……っ」

 

 そっと踵を返す。こんなところに入っていける勇気を、私が持ち合わせているはずがなかった。

 私はとても弱い。だから敵を作らず、他人に不快感を極力与えないようにと振る舞っていた。

 男子は怖いから関わりたくない。だからって女子が絶対に味方になってくれるわけじゃないって知っていた。身の振り方を考えないと排除される。それは子供でも起こりうることだって、見てきたからわかっていたんだ。

 わかっていたから、そうならないように私は気をつけていたのに。

 どこかのグループの中に確実に存在し、でも絶対にグループの中心人物にはならない。それが適切な立ち位置で、一番安全な居場所だと思っていた。

 

「それは、ただの勝手な思い込みだったんだね……」

 

 けれど、実際には違っていた。

 安全地帯にいるはずだった私は、知らないところで攻撃されていた。楽しく笑い合っていると思っていたのは私だけで、裏では笑い者にされていた。

 もしもさっきみたいな悪口を面と向かって言われでもしたら……。きっと私は弱い自分をさらけ出してしまうだろう。

 ……それが、とても怖い。

 

「うわっと!?」

「ひゃっ!?」

 

 気がつけば、学校を出て帰り道を早足で歩いていた。現実から逃げたくて、とにかく家に帰りたいと、それしか考えられなかったのだろう。

 周りも見ずに無意識で歩いていたせいで曲がり角で人とぶつかってしまった。今のは下を向いて歩いていた私が悪い。

 

「ご、ごめんなさ──」

 

 謝ろうとして、ぶつかった相手に目を向ける。その相手を見た瞬間、私は固まってしまった。

 

「こ、こっちこそごめんなさい。ケガはないですか?」

 

 こちらを恐る恐るうかがってくる顔には見覚えがあった。中学を卒業してから、もう見ることはないだろうと思っていた彼の姿がそこにはあった。

 名前……えっと、彼の名前はなんだっけ?

 小・中と同じ学校だったけれど、まともに話したことがない。そんな関係だから名前を憶えていないのも当然だろう。

 なのに、なぜか唐突に彼の名前がするりと口から零れた。

 

「た、高木くん……」

 

 高木俊成くん。小・中学が同じだった同級生。高校の進路が別々になって、久しぶりに見る彼の顔はさほど変わっていなかった。違っていたのは制服くらいかな。

 同級生とは言っても、友達どころか知り合いとも呼べないような薄い関係性だ。彼を覚えていたのは、いろんな意味でギラギラした目をする男子の中で、高木くんだけが何かを諦めているような目をしていたから。

 きっと私も似たような目をしている。

 家庭環境に人間関係。自分ではどうにもできないことと、上手くできない自分に嫌気が差す。

 もっとがんばれと思う一方で、もう無理だよと思っている自分がいる。どこか諦めているせいで、心の底から笑うことなんてできない。自分の目が、濁っているように見えてならないのだ。

 

「えっと、本当に大丈夫ですか?」

 

 私の呟きは聞こえていなかったのだろう。黙り込んでいると思われたのか、高木くんの眉尻が心配そうに下がる。

 ていうか私だって気づかれてない? 話す機会は皆無だったけれど、それでも九年間同じ学校に通っていた同級生なのだ。忘れられているだなんてショックだよ……。

 

「う、うん。大丈夫、です……」

 

 笑顔を貼りつけて、なんとかそれだけを絞り出す。愛想だけは数少ない私の長所だ。

 でも、高木くんに忘れられたってしょうがないよね。ただでさえ男子と関わりを持たないようにしてきたのだ。覚えてもらえていないのは私自身の責任だろう。

 それに、私の見た目は中学の時に比べて大分変わった。

 周囲に同化するためとはいえ、自分でも私らしくないと思う。これで簡単に私だと気づかれたら、それはそれでショックだったかもしれない。

 自分を歪めて周りに合わせたはずなのに、それが上手くいっていなかっただなんてね。本当に、自分が嫌になる……。

 

「あ、あのっ」

 

 暗く落ち込んでいく私を、裏返った声が押し止めた。

 

「こ、これっ」

 

 高木くんがハンカチを差し出してくれていた。え、なんで?

 

「え……?」

 

 困惑を隠せないまま、差し出されたハンカチをまじまじと見つめる。

 

「い、いやっ。使ってないやつだから清潔だと思うよ」

「汚いから受け取らないとかじゃなくて、なんでハンカチ?」

 

 高木くんが困ったような顔をして首をかしげる。なんだかその仕草がやけにかわいく思えてしまった。首をかしげたいのは私の方だけれども。

 

「だって泣きそうな顔をしているから。ぶつかった時にどこか痛めたのかなって」

 

 言われて顔を触って確認する。特に涙を流しているだとか、表情を歪めているだとか、そんなことはないように思えた。

 

「私、別に泣いてなんか──」

 

「いないよ」と、最後まで言葉は続かなかった。

 急に涙が零れたのだ。わけもわからずとにかく止めようとするけれど、ダムが決壊したみたいにとめどなく流れてくる。

 なんで、なんで、なんで……? 溢れてくる感情の奔流を止められなくて、私はただ泣くことしかできなくなっていた。

 

「ご、ごめん! 本当にごめんなさい! ど、どこが痛いの?」

 

 こんな私を前にして、高木くんはおろおろするばかりだった。

 困らせてしまっているだろうに、それでも彼はこの場から立ち去ろうとはしなかった。ただ、いっしょにいてくれた。

 愛想の良い笑顔を作れず、泣いているばかりの面倒な女子を、彼は見捨てようとはしなかったんだ。

 男子が傍にいるのに不快感がまるでない。時間が経つにつれて、私は止まらない涙の理由を知った。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 あの後、高木くんと劇的な何かがあったわけじゃない。

 彼は私が泣き止むまで傍にいてくれた。でもそれだけで、なぜ泣き出したのか尋ねられることもなく、私も説明しなかった。

 それで終わり。高木くんとの再会は、特別な出来事もなく、接点が生まれることもなく終わった。

 

「何もなかったけど……。何かを逃したような、そんな気がするよ……」

 

 あの時もらったハンカチ。私の涙で汚れたハンカチは、洗濯してすっかり綺麗になっていた。

 だけど高木くんに返せてはいなかった。タイミングを逃したというか……、あれっきり彼に出会えてはいない。

 

「きっと、私から話しかける勇気があればよかったんだよね……」

 

 私が溜め込んだ感情を、取り巻く環境を、話したところで高木くんに何かができるはずもない。

 そう思うのに、あの時に高木くんと再会したことがターニングポイントだったんじゃないかって考えずにはいられないのだ。

 

「そんなの……今更、だよね」

 

 自嘲気味に笑う。

 私と高木くんの未来は交わらない。諦めた人生を辿るだけ。きっと平行線のまま途切れてしまうのだろう。

 私は、自分が変わるきっかけを永遠に失った。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

「今更、なんで……」

 

 夢から覚めて、やっと私は自覚した。

 ずっと現実味の強い夢だと思っていた。それもそのはず、だって私が経験してきたことだったのだから。

 夢は私の前世だった。今の私はここにいて、過去の私が年上というのもおかしな話なんだけど。本当におかしいよ……。

 

「トシくん」

 

 隣で眠っている彼に小さく呼びかける。

 

「むにゃむにゃ……」

「ふふっ」

 

 トシくんは口をもごもごと動かして反応した。反応しただけで再び寝息を立てる。かわいいなぁ。

 

「あの高木くんが……トシくん、なんだよね?」

 

 前世の高木くんと、目の前で気持ちよさそうに眠っているトシくんが私の中で一致しない。

 でも、あの時の優しさはやっぱり彼と同じもので……。前世と今世の違いに混乱しそうになる。

 違うのはトシくんだけじゃない。瞳子ちゃんと同じ学校だった覚えはないし、周囲の人達も性格が少し違っていたと思う。

 

「何より、私が一番変わった」

 

 最初から前世の記憶があったわけじゃない。小さい頃の私は、間違いなく私そのものだった。

 でも今は違う。前世の私はピアノを弾くことができなかったし、男子とまともに目を合わせることもできなかった。他にも変わったところを挙げればきりがない。

 なんで私は記憶の中の自分と違っているの? そう考えて、その答えはすぐ近くにいたと思い至る。

 

「……トシくん、なの?」

 

 すやすやと穏やかな寝息が聞こえてくる。彼の寝顔をじっと見つめるだけで、胸の中が温かくなる。

 私が変わったきっかけがあるとすれば、トシくんしかいない。

 今でも覚えている。トシくんが独りぼっちだった私に話しかけてくれたこと。遊んでくれて、いっしょにいてくれたこと。

 それが始まり。私を構成するものの中に、トシくんの存在が入り込んだんだ。

 トシくんの存在があったからこそ、彼に影響されたからこそ、今の私がここにいる。

 ああ、だとすれば、絶対に手放してはいけない存在じゃない。

 

「なんで、こんな記憶があるのかはわからないけど……。全部本物と信じられたわけじゃないけれど……」

 

 私はトシくんの頬を撫でた。愛おしい彼に触れていると、安心感に包まれる。幸せが心を満たしてくれる。

 信じられなくて、自分さえ疑ってしまいそうだけれど、それでもやることだけは決まっていた。

 

「私はトシくんに変えられた。あなたのおかげで変わることができた。だから、今まで育んできた愛情は全部、トシくんに受け取ってほしい」

 

 トシくんの隣で私も横になる。彼の大きくて温かい手をぎゅっと握りながら目を閉じた。

 もう二度と後悔しない生き方をするんだ。幸せな未来のために、手放してはならない存在がいるのだと知っているから。

 

「でも、瞳子ちゃんも私と同じような夢を見ているんだよね……」

 

 やっぱり断言できない。ただの思い込みかもしれない。荒唐無稽な話を信じて、なんて無茶にもほどがある。

 

「瞳子ちゃんは、どう思うかな」

 

 それでも、瞳子ちゃんなら信じてくれる。

 たとえ私の妄想だったとしても、それを込みで寄り添って考えてくれるだろう。瞳子ちゃんは私の親友なのだと、胸を張れる存在なんだから。

 

「後悔しないように。それは私だけじゃなくて、瞳子ちゃんにもしてほしくないことだから……」

 

 まぶたが重い。抗えない心地良さに抱かれて、私は再び夢を見るのであった。

 

 




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