元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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172.愛している

「瞳子……」

 

 俺は彼女の名前を呼び、綺麗な青の瞳と視線を合わせる。

 瞳子はビクリと肩を跳ねさせる。その目は不安の色を帯びていた。

 けれど視線を逸らそうとはしない。答えを聞くのが怖いだろうに、決意の強さがそれを許さないようだった。

 そんな強くあろうとする彼女だからこそ、俺は伝えておかなきゃならないことがあった。

 

「俺には、前世の記憶がある」

「……っ」

 

 何も知らなければ、俺はさぞ頭のおかしなことを言っている奴に見えるだろう。

 でも瞳子の見開かれた目は、驚きはあるものの、そういった困惑の色が見て取れなかった。

 

「前世……と言っても元の自分の記憶なんだけどね。おっさんだった俺が、逆行して記憶を引き継いでいる、みたいな……」

 

 実際に口にしてみても、上手く説明できる気がしない。

 タイムリープしたなんて……荒唐無稽すぎて、どう説明すれば納得してもらえるのか思いつかないのだ。

 それでも、でたらめな話に聞こえるかもしれないけれど、瞳子にそういった記憶がなかったとしても……。

 瞳子には全部正直に話しておかなければいけないと思ったんだ。

 俺は意を決して話し始める。

 

 前世で冴えないおっさんだった自分のこと。逆行転生してしまって戸惑った時のこと。

 前世でできなかった結婚をするために、幼馴染を作ろうと計画したこと。前世で可愛いなと思っていた葵と仲良くなろうとしていたこと。瞳子が現れたことで計画が狂ってしまい、二人とも好きになってしまって今まで悩んでいたこと。

 今まで秘密にしていたことを全部、包み隠さず話した。

 恥ずかしいところも、頑張ってきたところも、口に出すのがはばかられること全部を、俺はさらけ出した。

 嫌われてしまうかもしれない。そんな不安がなかったかと聞かれれば嘘にはなるけれど、彼女には、俺がどんな奴かを正直に話すべきだと思ったから。

 

「それが、俺……高木俊成なんだ」

 

 緊張しすぎて、心臓が痛いくらい胸を打つ。

 自分をさらけ出すのは怖い。相手が大好きな人ならなおさら。

 だって悪い部分を知られたら嫌われてしまうかもしれない。

 だからずっと言えなかった。嫌われたくなかったから。好きな人に、自分を好きでいてもらいたいと思っていたから。

 でも、自分を知ってほしいという気持ちがあるのも確かだった。

 秘密のない、ありのままの俺を見てほしい。こんな俺をわかってほしい。そんなワガママを……受け止めてほしかった。

 

「俊成」

「う、うん」

 

 瞳子の声は穏やかなものだった。意外な反応に、俺の方が戸惑ってしまう。

 

「あたし……知っていたわ。俊成と葵に前世の記憶があるってこと」

「え?」

 

 逆に驚かされるのは俺の方だった。

 瞳子にも前世の記憶があるかもしれない。葵はそう言っていたけれど、まさかずっと隠していた秘密を知られているとは思いもしなかった。

 

「ごめんなさい」

 

 綺麗な銀髪が肩から滑り落ちて垂直に流れる。

 なぜ瞳子が頭を下げているのかわからなくて焦ってしまう。

 

「あたし……見ていたの。学園祭で俊成と葵が屋上で話しているところ」

「ああ……」

 

 合点がいった。それなら瞳子が戸惑うこともなく「前世」を受け入れてくれたのも納得だ。

 

「二人きりにするって約束だったのに……。盗み見なんかして、今まで言えなくて……本当にごめんなさいっ」

「気にしなくてもいいんだよ瞳子ちゃん」

 

 すぐに声をかけたのは葵だった。

 葵は温かい笑顔で、瞳子の肩を叩いて顔を上げさせる。

 

「あの時ね、私気づいていたんだ。瞳子ちゃんが私達の話を聞いていること」

 

 そうなのか? 俺は全然気づかなかったんだけども……。

 あの時の俺は、葵に前世の記憶が戻ったという事実や、自分の話をするのが精一杯で周りを気にする余裕がなかった。

 

「もしかしたら瞳子ちゃんにも前世の記憶が戻るかもしれない。それが良いことなのか悪いことなのか……。私からはどちらとも言えなかったけど、いい機会だと思ったの」

「あたし……」

 

 瞳子は目を伏せる。

 それから、首を横に振った。

 

「あたしにはわからないわ……」

 

 瞳子は眉尻を下げながら、か細い声で言った。

 

「あれからも夢を見て、これがあたしの前世なのだと思ってはみたけれど……どうしても確信できないの。現実に近いように感じているのに実感が持てなくて……あたしは、俊成や葵みたいにはなれなかった……っ」

 

 前世の記憶を持つなんて、普通ではあり得ないことだ。

 しかし、それが隔たりであると、瞳子は感じている。

 俺と葵には前世の記憶がちゃんとあるのに……。どうして自分だけ……。そうやって自分を責めているのが、表情と仕草を見ただけでわかる。

 でも普通ではないからこそ、前世の記憶というものを過信しちゃいけないんだ。

 

「大丈夫だよ瞳子」

「俊成……」

 

 弱々しく俺に顔を向ける瞳子。

 

「前世の記憶があるのかないのか、そんなことは重要じゃないんだ。俺たちが積み重ねてきた関係は、それだけで作られたものじゃないんだから」

 

 そう、これはただの確認だ。

 

「正直な話、葵に前世があると告白されなければ俺もこんなことを言うつもりがなかったんだ。まず信じてもらえなかったと思っていたし。それ以上に、気持ち悪い奴と思われてしまうのが嫌だった」

 

 前世の記憶を頼って、彼女たちと関係を持った。

 実際にそうなっているし、俺の行動で二人の将来を捻じ曲げたことに変わりはない。

 とても勝手なことをした。それでも後悔はない。うだつの上がらない人生を送ってきた俺だけど、その後悔があったからこそ精一杯の誠意をもって今世を送ってきたつもりだから。

 けれど、こんな自分を知られるのが怖かった。

 前世があることではない。前世の記憶を使って、彼女達を自分の思い通りにしようとしたこと。そのことを知られて「裏切られた」と感じさせてしまうかもしれないと想像するだけで怖かった。

 

「今まで黙っていてごめん。これが、ずっと隠してきた俺の秘密のすべてです」

 

 唯一にして最大の秘密。

 隠し事がある奴は仲間ではない。友達にも、親友にも、恋人にもなれない。……などとは、断じて思わない。

 それでも、葵が知っていることを瞳子には知らせないなんてあり得ない。俺達はいつも三人一緒で、今はまだ三人での恋人関係を続けているのだ。不公平であってはならなかった。

 話すかどうか、散々迷った末にやっとそんな結論に至った。我ながら遅すぎる決断である。

 

「うん。話してくれてありがとう俊成……」

 

 瞳子は柔らかく微笑む。

 頬が震えている。彼女がその表情を作るのにどれだけの力を込めているのか。

 少なくとも、無理をしているだろうということは伝わってきた。

 言葉に嘘はない。今更そんなことを言われても、と憤っているわけでもない。

 瞳子が感情を押し隠しているのは、俺の答えを聞くのが恐ろしいからだろう。長い付き合いだ。不安の正体くらい伝わってくる。

 

「聞いてくれてありがとう。……改めて、俺の気持ちを言うよ」

 

 いつまでもこのままの関係で、彼女達を不安にさせてはならない。

 始まりはどうであれ、この関係を築いたのは今世の俺なんだ。二人が覚悟している以上、選ぶ責任は俺にあった。

 どんな答えを出せば彼女達のためになるだろうか? そうやって二人のためと思いながら、自分の意思を少しでも削り取ろうとしていた。

 それは思いやりなどではない。ただの逃げだ。少しでも自分の責任を減らそうと言う、自己中心的な考え方だった。

 葵と瞳子のため。そう思うのなら、覚悟を決めた彼女達に報いるのであれば、俺は俺自身の意思と責任で選ばなければならない。

 どちらと将来を共に歩みたいのか。どちらと幸せになりたいのか。

 そして、どちらと一緒なら後悔しないのか。

 

「……」

 

 葵は真剣な表情で俺を見つめていた。

 大きな目が俺の姿を離さない。昔は男の子にいじめられたりして、か弱い女の子だと思っていたものだ。今はそんな過去があったのだと感じさせないくらい、彼女の目には強い光が灯っている。

 だけど手の震えを見れば、葵だって不安を隠し切れていないのがわかる。ピアノのコンクールで大舞台に慣れている彼女でも、強い緊張を見せていた。

 

「……」

 

 瞳子も、黙って俺の答えを待っている。

 なんとか表情を緩めようとしているようだけど、どうしたって無理しているのが伝わってくる。

 それでも、青の瞳を俺から逸らそうとはしない。俺がどんな答えを出そうとも、自分にとって不都合な結果だったとしても、最後まで目を逸らさずに聞いてやるのだという意思を感じる。

 初めて出会った頃、瞳子は孤立していた。外見がみんなと違うからとからかわれて、精一杯の力を入れて自分を守っていた。

 最初は自分を曲げないのだと、固い気持ちがあった。けれどその考えは段々と柔軟になっていき、様々なことを受け入れられるようになった。

 そのおかげか、瞳子を慕う人がたくさんできた。

 実は脆いと思っていた彼女が、成長して強さを見せるようになった。変わっていく瞳子に、俺もがんばろうと感化された。

 

「……」

 

 冷たい空気を、肺一杯に取り込んだ。

 葵と瞳子……。どちらも素敵な女の子だ。

 そんな素敵な女の子達と、俺はたくさんの思い出を作った。

 初めての経験、初めて抱く気持ち。そのすべてに戸惑い、楽しみ、愛情を育んだ。

 そう、育て上げた気持ちは俺だけじゃない。二人にとっても、一から大切に育ててきたものだ。

 だから伝えよう。俺に誠実さがあるのなら、ちゃんと言葉にできるはずだ。

 

「愛しているよ……瞳子」

 

 しん、と。時が止まったと錯覚する。

 葵も瞳子も、どちらもすぐには反応しなかった。声が届かなかったのかと心配になったけれど、すぐにそうではないのだと知る。

 

「え、あ、え?」

 

 当惑の声を漏らしたのは瞳子だった。

 何度も目を瞬かせて、俺の言葉をなんとか咀嚼しようとしているようだった。

 

「今日まで考え続けてきて、悩み抜いて出した答えだ」

 

 一歩だけ、瞳子との距離を縮めた。

 

「瞳子……。俺と、結婚を前提にお付き合いしてください」

 

 まだ困惑したままの瞳子に向かって、手を差し伸べた。

 二人とも同じくらい好きで、同じくらいの気持ちで想ってきた。……そのつもりだった。

 これまでのこと。これからのこと。将来を想像し、自分自身に問いかけ続けて、ようやく出した答え。

 

 ──俺が選んだのは、瞳子だった。

 

「……おめでとう、瞳子ちゃん」

 

 何も言えないままでいる瞳子に声をかけたのは葵だった。

 彼女は自分の気持ちを吐き出すみたいに重たい息を吐く。白い息が消える頃には、葵は満面の笑みを浮かべていた。

 親友の恋の成就を祝福する。そんな心からの笑顔のように見えた。

 

「あ、葵……」

 

 瞳子から見れば、親友の恋が破れた瞬間でもある。

「信じられない」という気持ちと「申し訳ない」という二つの気持ち。瞳子の表情はわかりやすくも複雑だった。

 胸が苦しい……。でも、決断するのは俺の責任だ。

 

「もうっ、瞳子ちゃんったらそんな顔しないでよ。やっとトシくんが答えを出してくれたんだよ」

「だ、だって……」

 

 瞳子は堪えきれずに涙を零す。そんな彼女を、葵は優しく抱きしめた。

 

「二人で決めていたことでしょ。トシくんがどんな答えを出したとしても、私達はそれをありのまま受け入れるって。どっちが選ばれても恨みっこなし。ね?」

「葵っ……!」

 

 瞳子は葵を抱きしめ返した。強く、離したくはないと訴えるかのように。

 葵も涙を零していた。笑顔のまま、瞳子を祝福しながら。感情のすべてがその涙に込められているように見えた。

 

「私はね、安心したんだよ」

 

 葵は瞳子の背中を摩りながら言う。

 

「元々の私は人に合わせるので必死で、自分を切り売りしてきたの。でもトシくんや瞳子ちゃんに出会ってから、一緒にいるのが楽しくて、自分に素直になれていたの」

 

 前世の話……だろうか?

 曖昧だった記憶。それが刺激されていくような感覚に襲われる。

 

「だから怖くなってた。どうしようもない状況になってしまって、トシくんと瞳子ちゃんが私から離れて行ってしまう……。それが耐えられなくて、私は自暴自棄になって……逃げてしまったの」

 

 鼻をすする音。きゅっと、心が締めつけられた。

 

「だからね、私は嬉しいんだよ。トシくんの答えを聞けて、瞳子ちゃんが喜ばしい結果になった……それを見届けられて、私は満足だよ」

 

 葵は瞳子の肩に顔を埋める。小さく震えていて、今すぐ二人まとめて抱きしめたいと思ってしまう。

 

「葵……ありがとう」

 

 今度は瞳子が葵の背中を摩っていた。優しくて思いやりのある、そんな手つき。

 しばらくそうしていると、落ち着いた様子の葵が顔を上げる。その目は赤くなっていたけれど、笑顔を絶やさない彼女は美しかった。

 

「さあ瞳子ちゃん。私にばっかり構っていないで、トシくんに返事してあげなきゃ。放っておかれて立ち尽くしているトシくんが可哀想だよ?」

 

 冗談めかして笑う。別に二人の間に入っていけないのが気まずくて立ち尽くしているわけじゃないんだよ?

 ただ、この二人の間でしかわかり合えないことがあるように感じたから。彼女たちの心のやり取りを邪魔したくはなかった。

 

「うん。ちゃんと、返事をしないといけないものね」

 

 瞳子にも笑顔の花が咲く。とても可愛らしくて……愛らしい表情だ。

 彼女の青い瞳が、俺を映す。

 

「俊成……あたしを選んでくれて、ありがとう」

「うん」

「あたしはまだ足りないところだらけで、きっと迷惑をかけてしまうこともあるわ」

「俺も足りないところばっかりだ。足りないところは互いに補っていけばいい。迷惑なんて思わずに、俺を頼ってほしい」

 

 何事もそつなくこなすように見えて、目を離したら危なっかしい彼女。

 そんな瞳子の手を握っていたい。

 そして、瞳子を幸せにするために、彼女の繊細な手を引いてやりたくて仕方がなかったんだ。

 

「俊成……大好きよ。愛しているわ」

「うん。俺も、瞳子を愛しているよ」

 

 大きな一歩だった。

 瞳子の体が俺の胸に飛び込んできた。絶対に手放さないようにと、力強く抱きしめる。

 

「二人とも、おめでとうっ」

 

 葵に祝福されながら、俺の告白は無事に終わりを迎えたのだった。

 

 

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