元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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『172.愛している』からの分岐ルートになります。



おまけ編
if 一緒に幸せになろう(前編)


「愛しているよ……葵」

 

 俺には前世の記憶がある。

 そのことを三人で共有し、これまでの葵と瞳子の思い出を振り返り……そして、結論を口にした。

 しん、と。時が止まったと錯覚するような時間が流れる。

 

「トシ……くん」

 

 俺の答えを聞いた葵が、言葉を詰まらせる。

 嬉しいような戸惑っているような、泣き出してしまいそうな……そんな複雑な心境が、顔に表れていた。

 彼女がそんな顔をする理由に察しがついている。

 

「……っ」

 

 最大のライバルであり、最高の親友である瞳子のことを思っているからだろう。

 瞳子は目を見開き、黙ったまま俯いた。

 表情を隠していても、処理しきれないほどの感情をなんとか抑えようとしているのが伝わってくる。

 

「おめでとう……葵」

 

 それでも、顔を上げて葵を祝福する瞳子には、確かな強さがあった。

 ……たとえ、目にいっぱいの涙を溜めて、唇を震わせながら、泣き笑いの表情をしていたとしても。

 

「ふぇ……」

 

 彼女の青い瞳から、涙が零れる。

 一粒零れてしまえば、後はダムが決壊したみたいに止めようがなかった。いくら拭っても、感情が詰まった涙は止まらない。

 

「瞳子ちゃんっ」

 

 葵が瞳子を抱きしめた。それで我慢がきかなくなったのか、声を上げて泣き始める。それは瞳子だけではなく、葵もだった。

 

「ありがとう俊成……。おめでとう葵……」

 

 瞳子は大泣きしながらも、俺と葵に繰り返しそう言った。祝福の言葉を繰り返し続けてくれた。

 

 ──瞳子は、強くなった。

 最初は容姿をからかわれて、すぐに手を出してしまう女の子だった。

 その行動は強さじゃない。自分を守ろうとするからこその、弱い暴力だった。

 今の彼女は違う。

 何か嫌なことがあったとしても、冷静に対処できるようになった。冷静になり切れなくても、心根の優しさを失わないようになった。

 大切な人を守り、傷つけず、祝福する。

 その意志の強さが、木之下瞳子という女性の魅力だ。

 

「ありがとう……瞳子……っ」

 

 ……本当に、大好きだった。

 それでも後悔しない人生のために、二人がくれた最後の機会だ。

 ずっと不甲斐なかったけれど、悩んで出したこの答えこそが、俺の誠意だった。

 

「ひっく……葵……俊成が、待っているわ」

「瞳子ちゃん……」

 

 涙が止まったわけではない。

 それでも瞳子は笑顔で葵を引き離して、背中を押した。

 

「……うん、ありがとうね」

 

 葵が一歩、俺に歩み寄る。

 俺も一歩だけ、葵との距離を縮めた。

 

「葵……。俺と、結婚を前提にお付き合いしてください」

 

 初めて出会った頃の彼女はいじめられていて、とても弱い子だという印象だった。

 いつしか守られる立場から守る側へ。人の後ろに隠れていた女の子は、人の前に立って目を惹く存在となった。

 芯の強い女性。それが、宮坂葵という可愛いだけじゃない、俺の好きな女の子なのだ。

 

「あの、トシくん……ありがとう」

 

 葵が自分の髪を撫でながら、珍しく緊張した面持ちで言う。

 大きな目が涙で揺れていたけれど、俺を真っ直ぐ見つめてくれた。

 

「とっても嬉しくて……まるで現実じゃないみたいで……」

「現実だよ。夢でも、前世でもない……これが俺の気持ちなんだ」

 

 葵の手を取る。

 これが現実で、言葉は本物だと言い聞かせるように、強く手を握った。

 

「うん……うんっ」

 

 涙交じりの頷きだったけど、ようやく現実感が湧いたようだった。

 

「トシくん」

 

 華やいだ笑顔に、ここにきても心を奪われる。

 

「私も愛しているよ。絶対に、トシくんを幸せにしてみせるね!」

「嬉しいよ。でも、俺が葵を幸せにするんだ」

「ううん、私が」

「いいや、俺が」

「「……」」

 

 俺と葵は、どちらともなく抱き合う。

 くっつきすぎて互いの顔が確認できないのに、幸せそうな笑顔になっているのが不思議とわかった。

 

「まったく、二人とも変わりそうにないわね」

 

 そんな俺達を見た瞳子が、やれやれといった様子で零す。

 答えは出た。なのに、今は子供の頃の俺達に戻れたかのような安らいだ雰囲気があったんだ。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 ゆっくりと、帰路に就く。

 瞳子を真ん中に、三人で手を繋いで歩いていた。

 これが三人でいられる最後の時間だ。そう思うと熱いものが込み上げてきて……実際に瞳子は二度目の涙を流した。

 

「……っ」

 

 駅を出て住宅地へ。瞳子は気丈にも、涙を流すのを耐えていた。

 だけど鼻をすするのを抑えきれなくて、より一層彼女の悲しみを表しているように感じてしまう。

 ……胸が、ズキズキと痛む。

 何か言葉をかけた方がいいだろうか。だけど振った男の言葉なんか余計なお世話ではないだろうか。頭の中でぐるぐると迷うばかりだ。

 

「……あたしは、大丈夫よ」

 

 そんな俺の迷いが伝わったのか、瞳子は静かに口を開いた。

 握る手の力が強くなる。彼女の精一杯が伝わってきて、俺も応えるように強く握り返した。

 

「俊成がたくさん悩んでくれたことも、苦しみ抜いて出してくれた答えというのも、わかっているわ……」

「うん……」

「あたし達それぞれのためであり、三人で幸せになるために必要な選択なんだって……わかってるっ」

 

 堪えきれなくて、瞳子の言葉に涙が混じる。

 

「瞳子ちゃん……っ」

「大丈夫よ、葵……」

 

 瞳子の頬に一筋の涙が零れる。

 澄んだ星空の輝きが、その雫をきらめかせた。

 

「──だから、あたしは戦うわ」

 

 次の瞬間、ハラリと雪が舞い落ちた。

 綺麗な白の結晶が瞳子を彩っているみたいで、彼女の頬を朱色に染めていく。

 

「もっと綺麗になって、もっと強くなって……最高の女になって俊成を見返してやるの」

 

 瞳子のサファイアのような青い瞳が、悲しみではなく強い意志を帯びる。

 

「そうしたら俊成が見惚れて、葵が焦って、あたしは笑うの……そんな風に未来の幼馴染関係を想像すると、楽しみだわ」

 

 瞳子は笑う。月明かりと雪が、幻想的な美しさを演出していた。

 そして彼女は、俺と葵の手を離して駆け出した。

 すぐにくるりと振り返った瞳子からは、もう悲しみを感じない。

 

「あたしの初恋は終わったけれど、人生はこれからだものね。将来は長くて、たくさんの可能性があるわ。だから──」

 

 白い息を吐いて、大きく吸い込んだ。

 

「あたしはこの結果から逃げない。自分の人生と戦って、戦って、戦い抜いて……そして、俊成と葵の幼馴染は最高に幸せな女なんだって、証明してみせるわ!」

 

 彼女の気高さに、胸の奥から込み上げてくるものがあって、息を詰まらせてしまう。

 

「ああ……楽しみにしてる」

 

 たったそれだけの返事をするだけでも、精一杯の気持ちを振り絞らなければ、泣き出してしまいそうだった。

 

「瞳子ちゃん……ありがとう。本当に、ありがとうね……っ」

 

 葵が眩しそうに目を細める。

 同じ立場だったからこそ、今の瞳子の強さが痛いほどわかるのかもしれない。

 こっちに伝わってくるほど、胸が詰まるような顔をしているから。

 

「ふぅ……」

 

 すべてを出し切った。そんな風に雪が降る夜空を見上げた瞳子は──

 

「俊成、葵……今までありがとう。じゃあね」

 

 そう言って、瞳子は背を向けた。

 遠ざかる背中に手を伸ばしたくなるのを必死で堪えて、俺達は彼女が見えなくなるまで見送った。

 

「瞳子ちゃんは……すごいね」

「ああ……やっぱり、瞳子はすごいよ」

 

 弱さが消えたわけじゃない。

 それでも、彼女は強さを主張した。俺達を安心させるように、叱咤するように……最後まで想ってくれていた。

 

「俺は……葵が好きだ」

「うん……」

「絶対に葵を幸せにしてみせるよ。だから──」

 

 俺は、葵に向かって手を伸ばす。

 

「葵の人生を、俺に預けてほしい。俺の人生も、葵に預けるからさ」

 

 絶対の意思を込めて、彼女の目を見つめた。

 葵が大きな目を見開く。パチリパチリと二度瞬きして、ふわりと微笑んだ。

 

「私も、トシくんを絶対に幸せにするって約束する。だから──」

 

 葵が俺の手を握って──自分の方へ引き寄せた。

 バランスを崩して前のめりになる俺を、彼女は自身の胸で迎え入れてくれる。

 

「お……っ」

 

 大きくて柔らかいものに包まれながら、抱きしめられる。

 

「私の全部を……トシくんにあげるね」

 

 見上げれば満開の笑顔の花が咲いていて。俺の覚悟は決まった。

 葵の背中に腕を回す。背筋を伸ばして、ちゃんとした形で抱き合った。

 住宅街なのに静寂に包まれていて、まるで二人だけの世界に入ったみたいだ。

 降り続く雪に見守られながら、俺と葵は互いに顔を寄せる。

 

「んっ……」

 

 苦しくて、切ない夜。

 しかし、それ以上に熱く灯った感情の火が、これからの俺の原動力となったのだ。

 

 




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