朝起きると葵ちゃんに抱きつかれていた。この子ったらかわいらしい寝顔だことで……。
なんとか葵ちゃんの拘束から抜け出し顔を洗いに行く。すっきりして戻ると瞳子ちゃんが目を覚ましていた。
「おはよう瞳子ちゃん」
「お、おはよう……」
あいさつを返しながらも瞳子ちゃんは布団に顔を埋めてしまう。まだ眠いのかもしれない。
ほどなくして葵ちゃんも起きたので身支度を整える。みんなで朝食をとってから旅館を後にした。
「遊園地かー。私初めてなんだ。楽しみだねっ」
「そうね……」
次の目的地は遊園地だ。車の中でも元気な葵ちゃんとは対照的に、瞳子ちゃんの元気がないように見える。お疲れの様子なのだろうか。
まあ一泊の旅行なんて初めてだから仕方がないのかもしれない。彼女の様子には気をつけておかないとな。
遊園地に辿り着いた。休日の人気スポットというのもありだいぶ賑わっていた。
あんまり並ぶのは嫌なんだよなぁ。うまいと評判のラーメン屋だって行列ができてたら別の店を選ぶ。それくらいには行列が嫌いだ。
この人混みではぐれると大変だ。葵ちゃんと瞳子ちゃんと手を繋ぐ。テンション爆上がりの葵ちゃんを押さえるのに苦労させられる。
「葵ちゃんっ。走ったら危ないよ」
「だって早くメリーゴーランドに乗りたいんだもん!」
うずうずしているのが伝わってくる。このかわいいお姫様はメリーゴーランドがご所望のようだ。
とくに反対意見もでなかったのでメリーゴーランドに乗ることとなった。列はできていたけれど大して待たずに乗ることができた。
「トシくん瞳子ちゃんっ。このお馬さんに乗ろうよ!」
葵ちゃんが指差したのは、子供三人分くらいなら楽に乗れるくらいの白馬の形をしていた。やっぱりこういうファンシーなのが女の子は好きなのだろう。
「ほらほら瞳子ちゃん」
「わっ!? あ、葵っ。いきなり引っ張ると危ないでしょ!」
「あははー」
葵ちゃんが瞳子ちゃんの手を引いて白馬へと乗る。葵ちゃんなりに瞳子ちゃんの元気がないことを気にしていたのだろうか? まあそう思えば一人置いてかれてしまったことにも納得できるというものだ。うん。
遅れて俺も乗り込む。メリーゴーランドは子供ばかりで親達は外で見ている。大人に見られながらのメリーゴーランドってちょっと恥ずかしいな。いやまあ俺子供なんだけども。
小気味の良い音楽に合わせてメリーゴーランドが動き始める。思ったよりも上下に動くんだな。
葵ちゃんがピースしているのを見て親達からカメラを向けられていることに気づく。
「瞳子ちゃん瞳子ちゃん」
「え、な、何よ俊成……」
「写真撮られてるからいっしょにピースしようよ」
「……う、うん」
瞳子ちゃんも気づいたようだった。カメラ目線でピース。シャッター音が鳴り響いた。
メリーゴーランドが終わった後も葵ちゃんのテンションは凄まじかった。あれ乗りたいこれ乗りたいのオンパレードだったのだ。さすがの俺と瞳子ちゃんもついて行くのが精一杯だ。
コーヒーカップではぐるんぐるん目一杯回しちゃうし、それぞれ父親といっしょに乗ったゴーカートでの競争はなんと葵ちゃんが一番だった。これに関してはほんのちょっとだけ悔しかった。ほんのちょっとだけな。
「あ、葵~。そろそろお昼休憩にしましょうよ」
「えー。これからジェットコースターに乗ろうと思ったのにー」
まさか瞳子ちゃんが泣きごとを漏らしてしまうとは。葵ちゃんなんか唇を尖らせてまだまだ元気そうだ。体力ないんじゃなかったのか? 遊びは別腹と言わんばかりだな。
続けざまにたくさんの乗り物に乗ったからな。こういう時に限ってタイミングが良いのか悪いのか、あまり待たされることなく次々と乗れてしまった。そのせいで葵ちゃん以外はみんな疲労の色が見える。
「瞳子ちゃんの言う通りにしましょう? 時間もちょうどいいし何か食べましょうか。ね? 葵」
お母さんにそう言われてしまっては葵ちゃんだってわがままは口にしない。素直に昼休憩を受け入れてくれた。
「葵がこんなにも遊園地が好きだったなんて……。あたし今まで知らなかったわ」
「それは俺もだよ……。こりゃあ午後からも大変そうだ」
俺と瞳子ちゃんは揃ってぐでーと伸びた。なんか前に登山した時と立場が逆転してしまったみたいである。
昼食はホットドッグなどの軽食で済ませた。これからジェットコースターを含めたいろいろなアトラクションのことを考えたら満腹になるのはまずいと思ったのだ。瞳子ちゃんも同じように考えたのか軽めに済ませていた。葵ちゃんはがっつり食べてたけども。
「じゃあ、今度こそジェットコースターだね!」
意気揚々と葵ちゃんは行く。しかし人気のアトラクションというのもあり、ここで行列に並ぶはめとなった。
まあ休めるから却ってよかったかもな。いつもは面倒だと思っている行列に今だけは感謝である。
行列を待たされているというのに葵ちゃんは熱が冷めないみたいにたくさんおしゃべりをした。なんだかんだで彼女が嬉しそうにしているのはこっちも気分が良い。そう思いながら話していると、いつの間にか行列は消化されていた。
身長制限も問題はなかったのでジェットコースターに乗りこむこととなった。だが、問題が起こったのはここからだった。
「私トシくんの隣がいい!」
「あたしだって俊成の隣がいいわよ!」
ジェットコースターに乗る直前となって葵ちゃんと瞳子ちゃんがケンカを始めてしまったのである。ジェットコースターは二人ずつ乗るのもあって、ここで三人いっしょに並んでというわけにはいかなかったのだ。
係員さんが困っているのを見かねて二人のお父さんが立ち上がる。
「葵、ここはお父さんといっしょにってのはどうだ?」
「瞳子、パパが隣に座ってあげようか?」
どちらも娘に優しい父親である。親心が感じられます。
「やだ! お父さんよりもトシくんの方がいい!」
「あたしはパパじゃなくて俊成がいいって言ってるの! 邪魔しないで!」
葵ちゃんと瞳子ちゃんのお父さんは撃沈した。娘の厳しいお言葉に胸を押さえてしまった。相当ダメージを受けたようだった。
葵ちゃんと瞳子ちゃんはおでこをくっつけて睨み合っている。微笑ましい絵にはなっているのだが、当人としてはちょっとどころじゃないくらい居たたまれない。
「葵ちゃん、瞳子ちゃん」
「トシくんは私と乗ってくれるよね?」
「俊成、あたしとがいいわよね?」
おっと、この圧力はやばい。俺はすーっと視線を逸らした。逸らした先にいたのは母さんだった。
「ごめんね。俺ジェットコースターは母さんと乗るって決めてたんだ。だから葵ちゃんと瞳子ちゃんは二人いっしょに乗りなよ。ね?」
マザコンとか思われたらどうしよう。あながち間違いでもない気がするが、ちょっと心配だ。男はマザコンと思われたくないものなのである。
申し訳なさそうな顔をしていると、「トシくんはしょうがないなー」と葵ちゃんが折れてくれた。そうなると瞳子ちゃんも「まったく、俊成ったら」と言いつつも退いてくれた。
逃げ場所に使ってしまったが、母さんは嬉しそうな顔をしていた。親のそういう表情を見ると息子としてなんだか安心する。
そんなわけで俺と母さん、葵ちゃんと瞳子ちゃん、あとは宮坂夫妻と木之下夫妻がそれぞれ乗ることとなった。父さんは外から見るだけで充分らしい。
ジェットコースターに乗りこむと安全バーが下りる。スタートしてからこの上がって行くところが緊張感を高めてくれる。
そういえば、前世でジェットコースターに乗ったのっていつだっけか? 社会人になってからは確実にないと言えるから学生時代だろう。
厳密にいつ、というのは思い出せない。それに、どんな風だったかさえ思い出せないでいた。乗ってないというわけではないと思うのだが。
トンネルを抜けると、想像よりも高い位置に俺たちはいた。
「~~っ!!」
ジェットコースターが頂点に辿り着いた時、俺は思い出した。
……俺、絶叫マシーンは超苦手だったわ、と。
俺は叫んだ。ものすごく叫んだ。これでもかってくらい叫んだ!
絶叫マシーンに偽りなし。こんな姿をさらしてしまうのなら、葵ちゃんと瞳子ちゃんの隣じゃなくてよかったと本気で思った。
「ト、トシくん大丈夫!?」
「ああ……」
……ようやく終わってくれたか。遠くで葵ちゃんの声が聞こえるなぁ……。ああ……、癒やされる。
フラフラになった俺は何か柔らかいものを抱きしめた。温かくてほっとする。心からの安堵感を与えてくれる。
ふぅ、気持ちが落ち着いてきたぞ。ぼやけていた視界が戻ってくると、なぜか目を吊り上げた瞳子ちゃんの顔が映った。
「あれ? 瞳子ちゃん?」
「あれ? じゃないわよ! いつまで抱きついてるの!」
言われて気づく。俺は葵ちゃんを抱きしめていた。しかも彼女の胸に頬をすりすりしていた。
「……」
葵ちゃんは顔を赤らめながらも俺にされるがままになっていた。というか頭を抱えられていた。胸に顔を埋めているというのに受け入れられていた。
あ、あれ? マジで俺は何を……? おかしいな。こんなハレンチな体勢になった記憶がないんだけども。
「俊成のバカ!!」
しかし、そんな言い分が通じるはずもなく。俺は瞳子ちゃんに思いっきり張り倒されたのであった。
※ ※ ※
「楽しかったわねー」
「だねー。俊成も男の勲章をもらったみたいだしね」
帰りの車内で両親はそんな会話をしていた。笑わないでほしいよ……。
俺の頬には瞳子ちゃんの手形が残っていた。彼女に全力で叩かれたのはいつ以来だろうか。学年が上がって誰かを叩くなんてことなくなってきてたのになぁ。全面的に俺が悪いから文句なんて言えないんだけども。
葵ちゃんには謝ったけど、「トシくんにならいいからね」としか言われていない。何がいいのだろうか。怒ってくれても何も文句はないというのに。
まあ代わりに瞳子ちゃんが怒ってくれたからそれでもういいってことなんだろうな。引っ叩かれた時にすごい音したからな。
夕日の光が車内に差し込む。葵ちゃんと瞳子ちゃんのかわいい顔を赤く染める。
二人は遊び疲れたのか、車に乗ってからさほど時間を置かずに眠ってしまったのだった。俺は両肩に重みを感じている。
旅行は本当に楽しかった。葵ちゃんと瞳子ちゃんも楽しそうにしていたし、そんな彼女達を見れたからこそ充実した気持ちになっているのだろう。
少しでもいい思い出が作れただろうか。俺は胸を張ってよかったと言える。大きなことではないかもしれないが、俺は確かに前世とは違う貴重な思い出を作っていた。
幼馴染だってずっといっしょにいられる保証なんてない。子供の頃は仲が良かったけど、大人になったら交流がなくなったなんてことは珍しくもないだろう。
未来に不安がないわけじゃない。それでも葵ちゃんと瞳子ちゃんといっしょにいられる今を大切にしたいものである。
俺の肩に頭を預けながら無防備でかわいい寝顔を見せてくれる二人を眺めていると、そう思わずにはいられないのだ。