元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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48.鬼は外と福は内で願うこと

 二月の節分の日。近くの神社で豆まき大会が行われることとなった。

 豆まき大会だなんて毎年行われているわけじゃない。なんだか今年は保護者を含めて力を入れているようだ。俺達含めてたくさんの子供が参加することが決まっているのでひとまず成功しそうな空気があった。

 当日、俺は葵ちゃんと瞳子ちゃんといっしょにその神社へと訪れた。神社に辿り着くとちょっとだけ瞳子ちゃんの表情が強張った気がしたけど見なかったことにする。そう、俺は何も見ていないのだ。

 

「あっ! トシ兄ちゃんだー!」

「トシお兄ちゃんがきたー! 葵お姉ちゃんもいっしょだー! 銀色のお姉ちゃんもいるー!」

「誰が銀色のお姉ちゃんよ!」

 

 朝の登校を共にする低学年の子達もきているようだ。そういえばたまに瞳子ちゃんのところの班と会うことはあっても自己紹介はしてなかったっけか。見た目で憶えてるのはわかるけど銀色のお姉ちゃんて……。

 瞳子ちゃんは低学年の子達を追いかけ回している。わーきゃーとなんとも楽しそうである。瞳子ちゃんも本気ではないようで逃げ回れるように手加減しているようだった。

 瞳子ちゃんも丸くなったものだ。小さい頃は容姿をからかわれると不機嫌オーラを隠そうともしなかったのにね。歳を重ねるにつれてお姉ちゃんになってるってことなのかな。

 葵ちゃんなんかも微笑ましそうに眺めている。彼女も瞳子ちゃんに出会った頃なんかは妹みたいに見られていたのに、なんだか最近は立場が逆転することさえある。

 俺達はもうすぐで五年生になる。小学生とはいえ低学年と高学年ではかなり差があるということか。

 

「ほんとにたくさん集まってるんだねー」

「そうだね。あっ、野沢先輩だ」

 

 子供の集団の中に野沢姉弟を発見した。野沢先輩はもうすぐ中学三年になることもあって女性らしく成長していた。

 

「あっ、俊成くんと葵ちゃんじゃない。こんにちは」

「野沢先輩こんにちは」

「こんにちは春香お姉ちゃん」

「よ、よう宮坂……。宮坂も豆まきにきたのか?」

「うん!」

 

 野沢くんも野沢先輩の後ろからあいさつをしてきた。葵ちゃんにだけみたいなんですが俺のことは見えてないのかな?

 まあいいや、と構わず先輩と会話することにした。

 

「野沢先輩も豆まきに参加するんですね」

「あははー。中学生は私だけなんだけどね。もしかしたら俊成くんや葵ちゃんに会えるかなーって思っちゃって参加しちゃった」

 

 野沢先輩っ。俺も会いたいと思っていたのだ。彼女が陸上でがんばっているという話は聞いている。俺が未だに朝の走り込みを続けられるのは先輩が真っすぐに努力しているのを知っているからだ。

 野沢先輩には秘密だが、彼女は俺の心の師匠だ。がんばりが足らなかった前世の俺から見る彼女はとても眩しい。それは今でも変わらない。

 俺は久しぶりに会った野沢先輩と近況報告を交わした。野沢先輩からは陸上部の話が主だった。彼女が三年生になれば中学最後の部活動となる。気合は充分に伝わってきた。

 

「トシくん!」

「わっ!? 葵ちゃんどうしたの?」

「んーん……。何でもない」

 

 急に抱きついておきながら何でもないことはないでしょうに。俺の胸におでこをぐりぐり押し付けてくる。どうやら甘えたがりの部分が顔を出してきたらしい。

 

「あららー。ごめんね葵ちゃん。別に俊成くんを取っちゃおうとかそんなつもりはなかったんだよー」

「み、宮坂……。くっ!」

 

 なぜか野沢くんにものすごく睨まれてしまった。葵ちゃんが俺を野沢先輩に取られまいかと思ったように、彼もまた野沢先輩を俺に取られるのではと考えてしまったのだろう。しっかりしているように見えてまだまだ姉が恋しいようだ。

 野沢先輩が葵ちゃんに「ごめんねー」と謝りながら離れて行ってしまう。まだ話したいこととかあったのにな。野沢くんも姉の後を追って行ってしまった。

 

「葵ちゃーん。そんなにくっつかなくてもどこにも行かないよ」

「んー……」

 

 葵ちゃんは俺の胸に顔を押し付けたまま動こうとしなかった。しょうがない子だなぁ、と心の中で呟きながら彼女の頭を撫でる。艶やかな見た目通りに手触りがいい髪だった。

 

「高木」

「うおっ!? あ、赤城さん!? い、いつの間に……」

 

 声をかけられたかと思えばすぐそこに赤城さんがいた。無表情なのに俺を見る目がじとーとしている気がする。気のせいだよね?

 

「今来た。……お楽しみのところをお邪魔して失礼しました」

「待って! そのセリフは危ういから口にしないで! ていうか全然そんなお楽しみの状況でもないし!」

 

 からかわれているとわかっていても反応してしまう。赤城さんは葵ちゃんや瞳子ちゃんを日常的にからかっているのもあって、相手が反応してしまう言葉を選んでいるみたいだ。それにしても誤解を招く言い方はやめてほしい。

 

「じゃあ何をしているのかしら? 二人で抱き合っちゃって」

 

 はっと気づけば瞳子ちゃんがいた。追いかけていたはずの低学年の子達は遠巻きから見ている。面白がるんじゃありません!

 

「えへへ。トシくんに頭撫でてもらってたの」

 

 ここで正直な葵ちゃんだった。嬉しそうに言ってしまいましたが瞳子ちゃんの目尻が吊り上がったことに気づいてますかー? そんなのは関係ないとばかりに再び俺の胸に顔を埋めてしまった。葵ちゃん、あなたの言葉で瞳子ちゃんの導火線に火がついてしまって大変なのですがっ。

 もちろん大変な目に遭うのは俺だけだったのは言うまでもない。豆まきが始まる前に滅されてしまいそうです……。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 子供も大人も集まり時間もきた。二月の寒さに負けない子供達の楽しそうな声が響く中、豆まき大会が始まった。

 これから鬼役の大人が現れるので豆をぶつけるのだ。子供達一人一人に豆が配られる。

 そういえば前世の会社の先輩は豆まきは落花生を使ってるって言ってたかな。たぶん地域での違いなのだろう。後片付けを考えたら落花生の方が楽そうだ。

 まあ今回は大人が後片付けをしてくれるので面倒なことは考えないことにした。だって俺子供だもんね。実はちょっとワクワクしていたりするのだ。

 豆まきなんて子供時代じゃないとやらないからね。しかも今回は鬼役まで用意してくれているのだ。ここでやる気にならなきゃ男じゃねえ!

 

「俊成、楽しそうね」

「え、そうかな?」

 

 俺の顔を覗きこんだ瞳子ちゃんが楽しげに言う。やる気が顔に出ていただろうか。

 

「いつも大人びた顔してる俊成もいいけど、そういう子供っぽい顔も好きよ」

「うっ……」

 

 ちょっとそれは不意打ち……。胸を押さえてしまう俺を見て、瞳子ちゃんは楽しそうに笑っていた。

 ……でも、顔が真っ赤になってるのは気づいてるんだからね。言わないけど。

 ちょっと熱くなってきた時、ついに鬼が現れた。豆まき開始である。

 

「あ……」

 

 小さい子供達が一斉に鬼役に向かって走り出した。豆をぶつけようと振りかぶったところで全員固まってしまう。

 

「わしは鬼だどー! 悪いごはいねえがーっ!!」

 

 理由はその鬼役の人を見てすぐにわかった。

 うん……、これは怖い。正直子供の豆まきだからと舐めていた。ちょっとデフォルメされた鬼のお面を被っただけの人が出てくると思っていた。

 その鬼の顔は凶悪そのものだった。無駄にリアリティに溢れていて恐怖心を煽りまくってくる。格好も本格的で偽物であろう金棒が凶器にしか見えない。

 うん、ちょっとこれはがんばり過ぎたね。ほら、先頭の子供達が後ずさりしてる。「ふぇ……っ」と声にならない悲鳴を漏らしている子までいる。なんかもうナマハゲにしか見えないんだもんね。仕方ないよ。

 固まっている子供達を見て微笑ましく見守っていた大人達も固まった。おいっ、誰だよあんな鬼にした奴! こんな状況になるとわかっていなかったのかオロオロしている人までいる。

 これはなんとかするしかあるまい。豆まきに重要なのはノリだ。乗ってしまえば後はどうとでもなるだろう。

 俺は前に出た。泣きそうな子供に「怖くないよ」と声をかけながら背中で隠してやる。まあ直視するのは心臓に悪いのは確かだ。

 ドン引きされている鬼役の人は戸惑っているようだ。もしかしてウケるとでも思っていたのだろうか? 一度その格好を鏡で確認してきた方がいいと思う。

 先頭に立つとすぅーーっ! と思いっきり息を吸い込んで、それから声を放った。

 

「鬼はぁぁぁぁぁぁ!! 外ぉぉぉぉぉぉーーっ!!」

 

 声と同時に力の限り豆をぶつけてやった。鬼役の人は「ぎゃああっ!?」と大袈裟なやられ声を出してくれる。ナイス!

 

「みんな見たか! 鬼は豆に弱いんだ! 豆には鬼を滅する力があるんだぞ! だから思いっきりぶつけてやれーーっ!!」

 

 しばしぽかんとしていたが、低学年の男の子達を中心に「うおおおーーっ!!」という雄たけびが響いた。

 それからは蹂躙であった。男の子達の容赦のない豆攻撃を受けて鬼は「助けてー!」と逃げ回ることしかできなかった。それを見た残りの子も参戦して、鬼は四方八方から豆をぶつけられることとなってしまった。「福は内」と口にする子は誰もいなかったことは気にしない。

 まあ終わってみればアクシデントなんてなかった。むしろ大盛り上がりだったね。俺も思いっきり豆をぶつけてすっきりできた。

 

「トシ兄ちゃんすげー! 一番にあの鬼をやっつけたぜ」

「怖かったけどトシお兄ちゃんのおかげで怖くなかったよ。ありがとー」

 

 そして俺は低学年の子達からヒーロー扱いされていた。なんか恥ずかしい。葵ちゃんと瞳子ちゃんと野沢先輩の三人から生温かい目で見られてるし。赤城さんは面白がってるな。無表情だからってわからないわけじゃないんだからなっ。

 この後、歳の数だけ豆を食べた。子供達から「早く大きくなりたーい」という声が聞こえてくる。いっぱい豆を食べられるもんねー。実際に大きくなると歳の数だけってのは気にならなくなるんだけどな。

 鬼は外、福は内。その通りになってくれればいいと思う。まずは無病息災が一番だ。何をするにしても健康あってこそだからな。子供の頃は気にしなかったけど、大人になると健康の大切さを身に染みてわかるようになるからな。今世では健康診断に引っかからないようにしたいものである。

 

 




※こっちじゃなくてなろうでの感想ですが、恵方巻のシーンは昔は全国的に定着してなかったというご指摘をいただいたので訂正させていただいています。

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