元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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小四時での調理実習でやったお米の研ぎ方が間違ってるとのご指摘をいただいたので修正しました。ご迷惑をおかけしました(土下座)


65.正月に従妹が家に来た

「兄ちゃーん。お年玉くれよ」

「と、父さんからもらってください」

 

 正月になると親戚との関わりも多くなるわけで、従妹の麗華が家を訪れるのも恒例行事の一つと言えた。

 日焼けした肌にショートの長さの髪が少年なのか少女なのかわからなくしている。そんな活発そうな見た目の女の子が俺にお年玉を要求するように手のひらを向けてくるので、父に助けを求めて目を向ける。父さんは「待ってなさい」と優しく言ってから麗華用のポチ袋を取り出した。

 

「やったー! おじさん大好きー!」

 

 麗華は弾けるように父さんの元へと走った。なんて素直な奴なんだ……。というか子供の俺にお年玉をせがまないでほしい。あの無邪気な顔を見てたらあげなきゃいけないなって思っちゃうんだからさ。

 

「麗華、ちゃんとお礼言うのよ」

「うん! ありがとうおじさん!」

「はははっ、麗華ちゃんは元気があっていいなぁ」

 

 麗華は父さんからお年玉をもらえてご満悦である。ああやって素直に喜ばれるとあげる方も気持ちがいいのだろう。なんだか父さんも嬉しそうだ。

 

「兄ちゃんお年玉もらったぜ。いいだろー」

「そっかそっか、よかったなー」

 

 麗華は相変わらずだな。従妹の元気な様子に頬が緩む。

 父さんと麗華の母親は兄妹である。久しぶりに会ったというのもあり、話が弾んでいるようだ。大人はここぞとばかりに酒盛りをしようとしている。まあ昼間に飲めるなんて一年中でそうあるわけでもないし、野暮なことを言う必要もないだろう。

 

「兄ちゃん兄ちゃん。どっか買い物行こうぜ」

 

 麗華が今しがたもらったばかりのお年玉を見せびらかしながら言う。早速使う気満々だった。貯金というものを知らないらしい。

 

「いや、どこも正月休みで開いてないと思うぞ。明日くらいからなら開いてると思うから今日は我慢しろよ」

「えー! 明日はうちここにいないのにー!」

「買い物なら地元でもできるだろ?」

「う~! 兄ちゃんの目の前で買って自慢したかったのにー!」

「そんな理由かよ……」

 

 なんというかしょうもない理由だな。まあ子供らしいと言えばそうなのかもだけど。

 

「じゃあどっかつれてってよー」

「えー……、寒いからこたつに入りたいし……。そうだ、将棋でもするか? それならこたつに入ってもできるしさ」

「将棋って……兄ちゃんジジくさっ」

 

 かっちーん。将棋をバカにするんじゃないっ。これは前世で上司と絆を深められたゲームなんだぞ。けっこう奥深いんだからな。

 思い入れのある将棋をけなされて一瞬頭に血が昇ったが、わからない子からすればそんなもんかと冷静に納得してみせる。ほら、俺大人だからな。

 

「こたつに入ってやるんだったらテレビゲームがいい。兄ちゃんとこはゲーム機置いてないの?」

「……ないな」

 

 前世ではそこそこやってたけど、今世ではまったくだ。自分の能力を少しでも上げようといろいろやってるとそんなに暇な時間なんてできなかったからな。葵ちゃんと瞳子ちゃんもやらなかったこともあってノータッチだ。

 

「むー、つまんねー。やっぱり外出ようよ」

 

 麗華はとにかく何かしたいらしい。体をうずうずとさせている。

 大人達に目を向ける。全員目を逸らした。誰も外へは出たくないらしい。まあ寒いからね。

 子供は風の子というからな。俺も子供だし、麗華に付き合って外で遊ぼうか。

 

「わかった。なら公園に行こうか」

「やった! さっすが兄ちゃん。話がわかるね」

 

 喜ぶままに外に出ようとするので厚着になるように注意する。まったく落ち着くということを覚えない子だな。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 俺と麗華は近所の公園に訪れていた。寒いからなのか、それともどこかに出かけているからなのか、公園には俺達以外の人の姿はなかった。

 

「よし! 勝負だぜ兄ちゃん!」

 

 羽子板を俺に向かって突きつけながら麗華は大声を張り上げる。外は北風ぴゅーぴゅー吹いて寒いってのにその元気は変わらない。

 これからやる遊びは羽根つきである。正月の伝統的な遊びの一つだ。

 二人で向かい合って羽根を打ち合う。打ちそこなったら負けとなる。これは追羽根というルールだ。一人用としては揚羽根という遊び方もあるけど今はやることもないのでいいだろう。

 

「じゃっ、いっくぜーーっ!!」

 

 大声とともにカーンと羽根を打つ麗華。声とは裏腹にふわりと羽根が上がる。それをタイミングを計って打ち返す。

 

「うりゃあっ!」

「ほいっ」

「どりゃあっ!」

「ほいっ」

「でりゃあっ!!」

「ほいっ」

「だりゃあっ……あ?」

 

 ぽとり、と羽根が地面に落ちた。

 

「……盛大な空振りだったな」

「う、うっさいよ兄ちゃん! たまにはこういう時もある!」

 

 負けたのに偉そうだな。顔に墨でも塗ってやろうか。まあ今回はそんなものは用意してないので罰ゲームはなしだけどな。

 羽根を打っては打ち返し、それをまた打って返す。羽根つきは単純な遊びだが熱中できた。

 何度も続けているとなんだか楽しくなってきた。体もあったまってきたし俺も本気を出してやろう。

 

「俊成?」

 

 背後から聞き慣れた声が聞こえて振り返る。そこには瞳子ちゃんがいた。初詣以来の再会である。

 あれ? なんで瞳子ちゃんがこんなところにいるんだろうか。彼女と葵ちゃんは今日親戚のところに行く予定だったはずだ。

 

「兄ちゃんどしたのー?」

 

 いないはずの瞳子ちゃんの登場に首をかしげていると、麗華がこっちに近づいてきた。彼女を見て瞳子ちゃんの眉が寄せられる。

 瞳子ちゃんと麗華の視線がぶつかり見つめ合う。何を納得したのか麗華はうんと頷いた。

 

「こほんっ……、俊成さん。この人は誰ですの?」

「は? 急にどうした麗華?」

 

 突然口調を変えた麗華に面喰う。一体何を考えてるんだ?

 その疑問が大きな隙だったのだろう。麗華は俺と距離を詰めると腕を組んできた。

 

「お、おい麗華っ。本当にどうしたんだよ?」

「おほほほほほ。なんでもございませんのことよ。いつものことではないですの」

 

 嘘つけ! と言おうとして麗華の目線に気づく。その視線を追いかけると瞳子ちゃんが目を吊り上げていた。なんか背後からゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうなくらいの威圧感を放っていた。

 

「と・し・な・り? 誰なのこの子? いいえ、名前は麗華っていうのよね。俊成が呼び捨てにするくらい仲良しなのよね?」

「い、いや待って瞳子ちゃんっ! 絶対に勘違いしてるからっ。瞳子ちゃんが考えてるような関係じゃないからっ!」

「あたしが考えてる関係って何かしら? ほら、言ってみなさいよ」

 

 と、瞳子ちゃんが怖いです……。助けを求めて麗華に目を向けた。すごいニヤニヤ顔だった。こいつ狙ってやりやがったな!

 

「ぷっ、あははははっ! こんなに面白い反応するなんて思ってなかったよ。姉ちゃん面白いね」

「は、はあ? 一体なんなのよ?」

 

 大口開けて笑う麗華に瞳子ちゃんは困惑顔だ。口調も砕けたのもあってからかわれたことに気づいたようだ。

 

「うちは兄ちゃんの従妹だよ。お年玉もらいに来たついでに兄ちゃんと遊んであげてんの」

 

 おいおい、お年玉もらいに来たのが一番の目的になっちゃってんぞ。いや、麗華にとってはそれで間違いないのか。それと遊んであげてんのはこっちの方だからなっ。

 

「な、なんだ従妹なのね……」

 

 あからさまにほっとする瞳子ちゃん。そういう反応はかわいいってば……。

 

「それにしても、瞳子ちゃんは親戚のところに行ったはずじゃなかったの?」

「う、うん……、今日はちょっと都合が悪くなっちゃって行けなくなったの。だから暇になったから俊成のところに来ちゃった。……迷惑だった?」

「ううん全然」

 

 俺が瞳子ちゃんを迷惑に思うはずがない。むしろ真っ先に俺のところに来てくれたのが嬉しい。

 

「姉ちゃんって髪の毛光っててなんかきれーだな。クリス姉ちゃんみたい」

 

 横から飛んできた麗華の言葉に瞳子ちゃんがピシリと固まった。あっ、これは嫌な反応だ。

 

「俊成? この子が言うクリス姉ちゃんって誰かしら? あたしの聞いたことのない名前なんだけど?」

「い、いや……。別に隠してたわけじゃないんだけども……」

 

 まるで浮気が見つかった夫の気分だ。浮気以前に結婚すらしたことはないけども……。

 それにクリスとはひと夏の思い出というか、去年の夏休みにちょっと遊んだくらいの関係でしかない。彼女は国に帰ってしまったし、もう会うこともないだろうからとわざわざ教えなかったのだ。

 

「そんなことよりも姉ちゃんの名前教えて! うちは清水麗華。麗華でいいよ」

 

 ナイスだ麗華! 今だけは麗華の空気の読めなさに感謝する。

 割って入られて瞳子ちゃんの意識が麗華の方に向く。基本無視とかしない子だからね。おかげでこれ以上の詰問はなさそうだ。

 

「え? ええ、そうね。あたしは木之下瞳子よ。俊成の従妹なら好きに呼んで構わないわ」

「じゃあ瞳子姉ちゃん! うちら羽根つきやってんだけど瞳子姉ちゃんもいっしょにやろうよ!」

「べ、別にいいけれど……」

 

 瞳子ちゃんが押され気味だ。麗華も遠慮を知らないからな。距離感を量るということを知らないもんだから瞳子ちゃんも戸惑ってしまっているようだ。

 俺の羽子板を瞳子ちゃんに貸すと、女子二人で遊び始めてしまった。せっかく体があったまってきていたが見学することになりそうだ。

 羽根つきは瞳子ちゃんともしたことがある。運動神経が良いこともあってなかなかの腕前なのだ。麗華よりも普通に上手い。

 しかし年下というのもあってか、瞳子ちゃんは麗華に打たせやすいように返している。こういうところにも彼女の優しさが表れていた。

 

「うりゃーーっ! あ……空振っちゃったぁ」

「振り回すようにしちゃダメよ。こうやってよく見て打つの」

 

 瞳子ちゃんが丁寧に打ち方を麗華に教える。初対面とは思えないくらいあっさりと仲良くなっていた。

 

「へぶしっ!」

 

 ずずずと鼻をすする。見学してたら体が冷えてきたようだ。じっとしてたらやっぱり寒いな。

 

「俊成大丈夫? ごめんね、あたしばっかりやってたから」

 

 俺のくしゃみを聞きつけた瞳子ちゃんが飛んできた。申し訳なさそうにするので首を振る。

 

「大丈夫だよ。ちょっと冷えただけだから」

「風邪引いたら大変じゃない。すぐにあっためなきゃ」

「じゃあ兄ちゃん家に帰るか? うちもスッキリしたし帰ってやってもいいぜ」

 

 なぜに麗華は上から目線なのか。まあ飯の時間も近いだろうからちょうどいい頃合いだろう。

 

「瞳子姉ちゃんも家に来るか?」

 

 そしてなぜに我がもの顔なのだろうか。そんな麗華にツッコむことなく、瞳子ちゃんは首を横に振った。

 

「ううん、あたしもそろそろ家に帰るわ。俊成、風邪引かないように帰ったらちゃんと手洗いとうがいをするのよ」

「わかったよ」

 

 瞳子ちゃんからは母親みたいなことを言われた。心配かけないためにも言う通り手洗いうがいをしっかりしよう。

 

「それと――」

 

 瞳子ちゃんが俺の耳元で口を開く。白い息が冷たくなった耳をくすぐる。

 

「今日のことは葵に言っとくからね」

「は、はい……」

 

 え、俺何もやましいことしてないよね? 葵ちゃんに報告されても大丈夫だよね?

 俺に心配の種を残して瞳子ちゃんは帰って行った。麗華は彼女の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

「瞳子姉ちゃんと遊べて楽しかったなー。それにすげー綺麗だった」

 

 麗華は目をキラキラさせている。瞳子ちゃんと仲良く遊べてよほど嬉しかったのだろう。

 

「まさか兄ちゃんにカノジョがいたとはねー。うちもびっくりしたよ」

「ぶっ!?」

 

 まさか麗華からそんなことを言われるとは思ってなかったのでびっくりしてしまった。少し咳き込んでしまう。

 

「どしたの兄ちゃん?」

「いや……、瞳子ちゃんは俺のカノジョじゃないんだよ……」

「はい?」

 

 麗華の顔が怪訝なものへと変わる。俺に疑わしげな視線を送ってくる。

 

「いやいや兄ちゃん、そんなん嘘だよね? あんなにラブラブだったじゃん。瞳子姉ちゃんとか絶対兄ちゃんのこと大好きじゃん」

 

 初対面なのにそこまでわかっちゃうのか。俺は麗華のことを舐めてたらしい。遊ぶことばかりで恋愛ごとなんてまだまだちんぷんかんぷんなのかと思っていた。

 ただ、葵ちゃんの存在を知らないからこその見立てでもある。

 俺のしかめた顔を見てか、麗華ははぁとため息を吐いた。

 

「兄ちゃん、うちが言うことじゃないのかもだけどさ。あんまり女の子を待たせるもんじゃないぜ」

「うっ……」

 

 麗華の言葉がぐさりと俺の胸を抉る。

 俺にダメージを与えた麗華は「まっ、うちには関係ないけど」と言いながら俺の手を引っ張る。

 

「そんなことはいいから、早く帰って飯食おうよ! 動いたらお腹ペコペコになっちゃった」

 

 俺は麗華に手を引かれるまま家へと向かった。その短い帰路で考えてしまう。

 瞳子ちゃん、もちろん葵ちゃんもそうだけど、いつまでも答えを出そうとしない俺に呆れていないだろうか。そんなことを考えてしまう。

 まだ小学生、されど小学生。彼女達に好意を向けられてからそれなりの年月が経過している。

 俺が黙っている間も、葵ちゃんと瞳子ちゃんはずっと待ってくれているのだ。ずっと、好きでいてくれているのだ。

 そんな事実に、今さらながら胸を抉られる思いになってしまったのだ。

 わかっていないわけじゃない。忘れているわけでもない。それでも、どうやって答えを出せばいいのか、未だにわからないままなのだ。

 五年生でいられる期間もあと少ししかない。六年生になれば小学生でいられる時間もそう長くはない。

 時間をかけてしまった分、せめてしっかりとした答えを出せるように。そう考えれば考えるほどに、俺の中にあるだろう答えが見えなくなっていく気がした。

 

 


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