元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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76.危険な林間学校(前編)

 八月は林間学校の行事がある。キャンプファイヤーしたり野外でカレーを作ったりという思い出がある。なんだかやたらと失敗していたような気がするが、まあ気にしないでおこう。

 とはいえ八月は絶賛夏休み真っ最中である。だからこその予定もあるわけで、全員出席というわけにもいかなかったりする。

 

「本郷くんお休みなんだってー」

「えー! 楽しみの半分がなくなっちゃったじゃない」

「せっかく久しぶりに本郷くんに会えると思ったのにねー」

 

 出発したバスの中で女子達から「ねー」という声が重なった。どんだけ本郷に求めているんだか。

 それにしても本郷は休みか。事情を知っている男子からの情報では、彼の所属するサッカーチームが全国大会の出場を決めたからだそうだ。すごいな。

 前世ではどうだったっけ? 男子では一番目立っていた奴だったし、普通に参加していたと思っていたのだが。まあ仲が良かった相手でもなかったし、何十年も前ともなれば記憶も不確かだろう。

 学校からバスで一時間と少し。目的地の自然教室へと辿り着いた。

 

「緑が多いね。空気もおいしい」

 

 葵ちゃんが自然豊かな空気を肺いっぱい吸い込む。豊かな胸が強調される。目線が吸い寄せられるのは自然なことであった。

 

「俊成、目をつむりなさい。ついでに息も止めなさい」

「え? ぷわっ!?」

 

 瞳子ちゃんにスプレーを噴きかけられる。首筋から顔。腕や脚にもかけられてひやっとした。

 女子には悟られたくないような目をしていたのがばれたのかと思って焦った。どうやら罰を与えられたというわけではないようだ。

 

「虫刺されしないようにね。葵も虫よけスプレーしてあげる」

「うんっ。お願い瞳子ちゃん」

 

 葵ちゃんは笑顔で瞳子ちゃんに虫よけスプレーをかけてもらう。林間学校ではほとんどが体操服で過ごすことになっている。女子はブルマなので脚なんかは特に虫に刺されないように注意しなければならないだろう。だからスプレーもしっかりとかけてやらないといけない。

 

「今度は私が瞳子ちゃんにしてあげるね」

「じゃあ任せるわ」

 

 シューと葵ちゃんが瞳子ちゃんに虫よけスプレーをかける。剥き出しになっている素肌を守るために念入りにだ。

 冷たいのか瞳子ちゃんの体がビクリと震える。声を漏らさないようにしている姿がなんとも……。

 

「高木、見過ぎ」

「うわっ!? な、何がかな?」

 

 急に背後から美穂ちゃんに声をかけられて驚いてしまった。彼女は無表情で俺を見つめる。いつもよりも冷たい眼差しをしている気がしてしまう。なんだか責められているようで心が痛いです……。

 

「そういう目は気をつけた方がいいと思う」

 

 ため息交じりにそんなことを言われて言葉に詰まる。美穂ちゃんは葵ちゃんと瞳子ちゃんの元へ行くと虫よけスプレーをかけてもらっていた。

 修学旅行以来、美穂ちゃんとは普通に会話できていた。少しは距離を置かれるのだろうと思っていたけれど、目に見えてというほどでもなかったりする。

 ただまあ、前と違って体に触れるようなコミュニケーションはなくなったか。そこはほっとしている。なんだかんだでドキドキしちゃうし。

 

「よーし! 宿舎に入るから全員ついて来い」

 

 先生が前を歩くのでクラスごとで列になってついて行く。

 まずは宿舎で荷物を下ろす。今回の林間学校は二泊三日で、初日は宿舎に泊まれるのだが、次の日の夜はテントを張ってそこで寝るようになるのだ。たまにはテントで寝泊まりするのも楽しいだろうけどね。

 初日、最初のイベントはウォークラリーだ。宿舎からスタートして、定められたコースをぐるりと回ってまた宿舎に戻るようになっている。

 俺のグループは修学旅行の時と同じメンバーだった。ベストメンバーとも言える。

 各グループがスタートしていく。俺達も山道へと入った。

 

「チェックポイントを見逃さんようにせえへんとあかんね」

 

 佐藤は渡されたコースの地図を穴が開くんじゃないかってくらい凝視している。本気で取り組む姿勢が見て取れる。

 グループごとでスタートしていくつかコースが分かれている。とはいえ人数もいるのでほとんど固まっているようなものだ。迷わないためにもその方がいいんだろうけども。

 ところどころで先生が立っている。コースから外れないようにするためだろう。

 

「きゃっ!?」

「おっと、葵ちゃん大丈夫?」

「うん、ありがとうトシくん」

 

 慣れない山道のせいか葵ちゃんが転びそうになったので支える。スタートして三十分ほどしか経っていないけど、すでに肩で息をしていた。体力のなさは相変わらずのようだ。

 

「佐藤、チェックポイントはまだ?」

「うーん、もうちょっと先やね」

 

 美穂ちゃんも疲れがあるのかチェックポイントを探しているようだった。わかりやすい通過点があれば気分的に楽だからな。

 日差しが木々に隠れているとはいえ夏なのだ。暑さもある。水分補給には気をつけておかないとな。

 

「瞳子ちゃん、少し休憩を挟まないか? ちょっと喉渇いちゃったしさ」

「それもそうね」

 

 一番体力のありそうな瞳子ちゃんが休憩に賛成してくれれば、みんなも休憩しやすいだろう。俺達は各々持ってきた水筒で喉を潤す。

 コースを記した地図を確認する。歩くペースを考えれば一時間くらいは覚悟していた方がよさそうだ。

 体力に自信のある俺や瞳子ちゃんならいいが、他のメンバー、特に葵ちゃんの体力を考えると休憩はこまめに取った方がいいだろうな。スタート前に先生も言っていたけど、熱中症には気をつけないといけない。

 林間学校は体を使うイベントが多い。目的自体が自然を通して体力の促進がうんぬんだった気がするので、仕方がないと言えばそうだ。

 でも、健康も大事だからな。倒れないようにだけは気をつけていかなければならない。特に葵ちゃん。

 順調にチェックポイントを通過し、俺達は無事にゴールした。ゴールした瞬間に脱力してしまった葵ちゃんを俺は見なかったことにした。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 二日目はまず宿舎の清掃から始まった。

 疲れもあってか昨晩はよく眠れた。そのためか朝早くだというのにみんな元気だ。

 

「ふぁ~……眠い~……」

 

 佐藤はそうでもなさそうだけども。たぶん夏休みで生活リズムが狂っちゃったんだろうな。

 

「夏休みだからって夜更かししてたのか?」

「んー……。ゲームが面白くてつい……」

「おっと、ちゃんと一人で立ってくれよ」

 

 フラフラしている佐藤を支える。ほうきが掃除するためじゃなくて体を支えるための杖になっちゃっているし。

 まあ今日も体を動かすことが多いからすぐに頭もすっきりするだろう。掃除を済ませると寝惚けた佐藤を引きずって朝食の席に着く。

 

「おはよー。佐藤くんすごい顔ね。笑える」

 

 小川さんが佐藤の眠そうな顔を見てケラケラと笑う。ここまでつれて来るのに苦労した俺からすれば笑えないけどな。

 朝食を終えてから荷物を持って移動する。移動先はキャンプ場だった。

 

「これからみんなでテントを張ってもらうぞ。今晩自分達が寝泊まりするからそのつもりで真剣に取りかかるんだぞ」

 

 先生の号令のもと、テント設営が始まった。

 キャンプ経験のある子がいるとテキパキと組み立ててくれる。小六にもなればテントの張り方がわかる子がそれなりにいるようだ。

 ちなみに俺も葵ちゃんや瞳子ちゃんと家族ぐるみで何度かキャンプに行ったことがある。父親勢に混ざってテントを張っていたのでやり方はわかっている。

 

「佐藤、シートかけるから手伝ってくれ」

「うん、任せてや」

 

 七、八人で一つのテントを使うというのもあり大きめのサイズだ。時間はかかったが、みんなで協力したので完成させることができた。

 テントの中に荷物を置いてまた移動だ。次は昼食作りである。

 野外炊事場に向かうとすでに食材が用意されていた。献立はカレー。定番ですね。

 グループごとに分かれて先生から説明される。当たり前だが家で料理するのとは勝手が違う。

 

「火をつけなきゃなんだよね」

 

 葵ちゃんが困り顔を浮かべる。料理が得意な彼女でもこの形式は初めてだから戸惑っているんだろう。キャンプだとバーベキューばっかりで父親勢がはりきっていたからなぁ。

 

「でも基本は変わらないんでしょ。あまり心配しないの」

 

 そう葵ちゃんに声をかける瞳子ちゃんの包丁さばきは見事なものだった。料理に関してはそこまで得意ではなかった彼女だけど、努力の成果なのだろう、かなりの上達を見せていた。

 葵ちゃんと瞳子ちゃん、それに美穂ちゃんを加えれば料理でつまずくことなんてなさそうだ。俺は火をつけたり米を炊いたりなどの仕事しかしていない。だって女子のレベルが完全に俺よりも高くなっているんだもん。

 

「あおっち! 助けてー!」

「きゃっ!? 真奈美ちゃん包丁持ってる時に脅かさないでよ!」

「うっ……ごめんなさい」

 

 葵ちゃんに怒られて小川さんがしょんぼりしていた。料理中の葵ちゃんは真剣だからね。包丁や火の扱いでの危険性をわかっているからこそなんだろう。

 葵ちゃんの代わりに、ちょうど手が空いていた瞳子ちゃんが小川さんに話しかける。

 

「それで、どうしたのよ真奈美?」

「きのぴ~。なんかね、途中で火が消えちゃってつかなくなっちゃったのよー」

 

 野外炊事場なので電気やガスはない。火をつけるにはマッチでまきを燃やすのだ。

 とはいえ大きいまきにそのまま火をつければいいものでもない。木くずや枯れ葉があればいいんだけど。

 葵ちゃんがことりと包丁を置く。

 

「手伝うからそんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ」

「そ、そんな顔してないしっ!」

「ちょっと真奈美ちゃんのところ手伝ってくるから。美穂ちゃん、ここはお願いできる?」

「もちろん。あたし一人で充分なくらい」

「トシくんがいるから一人じゃないよ。じゃあ行ってくるね」

 

 そんなわけで葵ちゃんは助っ人に向かった。先生がしてくれた火をつける手本を真剣に聞いていたし、任せて問題ないだろう。

 

「木くず持ってきたでー」

 

 それに話を聞いてすぐに行動していた佐藤もいたしな。俺が心配することなんて何もなかった。

 

「いただきまーす!」

 

 全員無事カレーを作り終えたので席に着く。木で作られたデコボコしたテーブルにカレーを並べて手を合わせた。

 

「野菜の芯が硬ーい」

「なんかカレースープみたいになっちゃったー」

「おこげができちゃったよ」

 

 などという声がちらほらと聞こえてくる。ガスを使わない調理にみんな苦労したようだ。それでも楽しそうにしているし、これはこれで新鮮な体験がスパイスになっているんだろうな。

 ちなみに俺達グループのカレーはしっかりとした美味しいものになっている。自慢したいくらいの出来栄えだ。

 

「外で食べるカレーって美味しいんやね」

「そうだね」

 

 佐藤も同じく新鮮な体験そのものが楽しいようだった。美穂ちゃんはいつもと変わらない様子でマイペースに食事しているけどね。

 昼食を終えて片づけを済ませる。それからはしばらく自由時間だ。

 

「ねえねえトシくん。川に遊びに行こうよ」

「わかった。じゃあテントに戻って着替えようか」

 

 葵ちゃんの提案で俺達は近くの川で遊ぶことにした。とはいえ川で遊ぶには先生が監視している場所に限定されている。安全を考えれば仕方がないか。

 男女それぞれのテントに分かれて水着へと着替える。男子の着替えは早いものである。必要な物だけ持って葵ちゃん達のいるテント近くで待たせてもらう。

 

「なんかこんなところで水着でおるのって不思議な感じやね」

 

 緑の自然を眺めながら佐藤が笑う。海とは違った解放感がある。

 

「だな。プールや海じゃこんな景色ないもんな」

「それに僕、川遊びって初めてやわ」

「そうなのか? 流されないように気をつけろよ」

「そんなんわかっとるって」

 

 佐藤と他愛のない会話をしていたら女子達がテントから出てきた。学校行事なのでみんなスクール水着である。

 こうして見てみると少しずつ子供らしさが抜けてきているように感じる。男子よりも女子の方が成長が早いってのは頷かざるを得ない事実だ。

 

「お待たせ俊成」

「そんなに待ってないよ。それじゃあ行こうか」

 

 ドギマギしないように心掛けて前を歩く。今日は日焼け止めクリーム塗ってとか言わないよね? 最近瞳子ちゃんが女性らしい体つきになっている。そんな彼女に日焼け対策とはいえ体に触れるのは恥ずかしさを感じつつあったりする。それが同級生達の前でともなればなおさらだ。

 瞳子ちゃんの言動に気をつけながら川へと到着した。すでにたくさんの子達が川で遊んでいる。自由時間とはいえ、見張りについている先生ご苦労さまです。

 

「トシくん、これお願いできるかな?」

 

 葵ちゃんにそう言われて差し出されたのは空気の入っていない浮輪だった。彼女の必需品だ。俺の肺活量が試される。

 俺が顔を真っ赤にさせて浮輪に空気を入れている間、みんなは準備体操をして川へと入っていく。「冷たーい」という楽しそうな声が聞こえても空気を入れ続けた。

 

「お、終わったよ葵ちゃん」

「ありがとうねトシくん」

 

 ニコニコ笑顔で膨らんだ浮輪を受け取る葵ちゃん。ちょっとだけ休憩をする俺に葵ちゃんが寄り添ってくる。

 

「葵ちゃんは泳がなくていいの?」

「んー、トシくんといっしょに川に入りたいから今はいいかな」

 

 葵ちゃんは浮輪を抱きしめながら笑顔を向けてくる。なんだか気恥ずかしくて目線を逸らしてしまう。

 しばし穏やかな時間が流れる。葵ちゃんを待たせるのも悪いしそろそろ泳ごうか。そう思って腰を上げた時だった。

 

「あ、あれ! きのぴー溺れてるんじゃないの!?」

 

 焦燥感をかき立てるような小川さんの声が耳に届く。俺はすぐに確かめようと目を向けた。

 

「がぼっ……あ、足が……」

 

 川の真ん中で溺れている瞳子ちゃんがそこにいた。手足を必死に動かしているのか水しぶきが上がっている。

 

「瞳子ちゃん!?」

 

 葵ちゃんが悲鳴じみた声を上げる。それと同時、瞳子ちゃんが下流へと流された。

 

 


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