女神による創造物の人生 作:雪谷
あと三十秒で、レオナルドのいう五分になろうとしていた。
「本当にくんのかぁ?おめーの幼馴染とやらはよう」
「彼は時間に厳しい人です。普段は待ち合わせの十分前には表れるまるでジャパニーズのような男ですよ」
「あと十秒、か」
時計を見てスティーブンがつぶやいた。しかしレオナルドが外に迎えに行くそぶりはないし、ドアの前のエレベーターを使われた形跡もない。本当に来るのかと苛々し始めているのはだれの目から見ても明白だが、レオナルドはきょろきょろと落ち着きなくあたりを見回すのみ。
今更珍しいものなどないだろうにと声をかけようとしたザップは己の目を疑う光景を目の当たりにした。
ドアといつも座っているソファーのあいだに光の線が現れ、何らかの魔法陣をほんの一秒で書き上げるとそこから光の粒が沸き上がり人の形を作り上げるのに二秒。その一瞬後にはすでに彼はそこに立っていた。
たった三秒の出来事だ。
約束の五秒前の出来事だった。
「……本当に来やがった」
「まさか魔術師とはな、しかしどうやってここを……?」
ライブラのメンバーを置き去りに、仲睦まじく会話する二人はふわふわと花でも飛んでいるのではないかというくらいには穏やかだ。しかし他の面々は今しがた直面した人外並みの魔術に、体を動かすことはおろか声さえ出すことも出来ずにいた。
そんな中スティーブンが絞り出すようにレオナルドへ声をかけた。
「少年、そろそろいいかい?」
「あっそうでした、ごめんなさい。紹介します、僕の幼馴染のオスカー・ランドルフです」
「ご紹介にあずかりました、オスカー・ランドルフと申します。レオナルドとは赤ん坊からの付き合いで仲良くさせていただいております。そうですね、魔術師とでも呼んでいただければ幸いです」
印象に残りずらい良くも悪くも普通の顔立ちをした穏やかそうな表情をする彼は、その外面とは正反対の獰猛な光をその目に宿して言い放った。
それは分かりやすい拒絶であり、挑発でもあった。
「オスカー?どうしたんだ、わかりやすく猫かぶりして気持ち悪い」
「いや、だってさ魔術師なんて初対面ぐらい外面よくしとかないと辛気臭いって」
「解ってるならもっと努力しろよ」
「もうこれが精一杯」
あきれたようにレオナルドはそんなもん止めちまえ、と吐き捨てた。
その瞬間、穏やかな雰囲気をまとい、しかし印象に残らないようなHLとはかけ離れた不自然さを持っていた青年は霞になって消え、再び現れたそこには無表情の美しい人がただ立っていた。その時にはもう最初の課を置忘れてしまっていることに、ライブラのメンバーが気づくことはなかった。
彼は不機嫌そうにレオナルドを見やると一言要件は?と低く囁くような小さな声で言った。
「いや、変わりすぎだろ!」
「僕としてはやっといつものオスカーに戻って安心なんですが……」
「少年」
ここまで話が脱線し続けて、彼をここに呼んだ目的を達成できなくなっては困る。スティーブンはレオナルドに声をかけると無言で目的の達成を促した。
「さっきの話の続きなんすけど、まずオスカーあのビルの事教えていいよね」
「問題ない」
「よし、単刀直入にいいますと彼は例のビルの最高責任者です」
ということはレオナルドは秘密結社のリーダーをメールでこの場に文字通り召喚して見せたのだ。
各々理解に少々時間がかかったが一番最初に復活したのはやはりというべきかスティーブンだった。彼は頭が痛いとでもいうかのように米神を抑えると嫌なものでも見るかのようにオスカーを見やって口を開いた。
「彼が秘密結社アテナのリーダーということか?」
その問いにレオナルドが答えることはなく、目線をオスカーに向けると彼は頷いて話し始めた。三年前にこの地に足を踏み入れてからの出来事を。
「魔術師の卵を保護していたらなぜか師匠になってて、いつの間にか秘密結社のリーダーになってた」
超端的に。
言葉も出ないとはこのことかとついには頭を抱えてしまったスティーブンと、こいつ何言ってんだと小さくつぶやいたザップ、クラウスは騙されているのではないか?と心配し始める始末で収拾がつかなくなり始めたころ、勢いよくドアをあけ放ち金髪の美女が事務所に入ってきた。
「あら?お取込み中だった~?」
「いや、丁度良かったよK.K。彼なんだが……」
「やだ~ルーク君のお父さんじゃな~い!どうしてこんなところに?」
「呼び出されて」
「あんた何やったのよ?怒らないから言って御覧なさ~い、お姉さんが通訳してあげるわ」
「俺は英語圏出身なんだが……」
「あんたの言い回しじゃ伝わんないことなんて山ほどあんのよぉ!」
テンポよく進む会話に全員で目を丸くしていると聞き捨てならない固有名詞があったことにザップは気が付いた。
「こいつこのなりで子持ち!?」
「保護者なだけで血のつながりはない」
「よく許可が下りたものだ」
「今年で一二歳の男の子でとてもいい子なんすよ。こいつにはもったいない出来た子です」
レオナルドの言葉にK.Kは確かにとうなずく。気配りができて誰ともすぐに仲良くなれるし愛想もいい。可愛らしい顔立ちも相まって、スクールのアイドル的存在までなっている彼は今年卒業してミドルスクールに進学したはずだ。
その入学式では新入生代表として挨拶を任されるほどだから頭もいい。もうパーフェクト。
「わかった」
『え?』
「オスカー・ランドルフ、秘密結社アテナのリーダーで例のビルの最高責任者であり至高の魔術師であることはわかった。証拠はこの場に現れて見せたあの魔術で十分だ。問題は彼がもうそろそろ人間の範疇に収まらなくなるくらいの魔術師だってことだ」
「あんたマジで?」
「まあ、人外じみてる自覚はある」
「そこで」
また脱線しそうになったところでスティーブンが抜け目なく鋭い接続詞を挟む。まだ話は終わってないと、その目は雄弁に語っていた。
「魔術師殿、我々ライブラと同盟を組まないか」
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