獣人協奏曲   作:あげびたし

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獣人が大好きです
某SNSの診断結果で広がる獣人ワールド


始まり

決して明るくは無いが暗くも無い。そんな塩梅のランプの灯りが机の上を照らす。

長い時間下を向いていたためずり落ちそうになっている丸眼鏡をあげながら、私は大きく伸びをした。

喉の奥から出てくる音に多少の気恥ずかしさを感じるが、私以外には誰も居ないから気にはしない。

そのまま横を見れば、真っ暗な街を濡らし続ける雨と窓に映る私の顔。

痩けた頬に隈が目立つ目と度が合わなくなってきた丸眼鏡。

手入れをしないためにボサボサになっている毛と髭。

かろうじて高貴であるいわれるその色だけは、まだまだその存在を主張しているという有様。

…酷い顔だ。

 

「熱々のココアが飲みたいぞ」

 

ここ数日、自分の書斎から出ていない事にも気づく。何も口にしていないのは慣れた事ではあるが、さすがに喉の渇きだけは我慢ができなかった。

振り子時計に視線を移せばすでに深夜を過ぎ、そろそろ明け方になるという時間。

手元の原稿用紙は未だ真っ白な状態であり、周囲には丸められたそれらが散乱している。

溜息は飲み込んだ。

どこで聞かれているかわからないからだ。今にもその扉の奥から、あの恐ろしい顔が覗きそうだからだ。

寝巻きというには些か華美な装飾が施された服の皺を姿見を見ながら直し、堂々と胸を張り背筋を伸ばす。

老木がへし折れるような音が背中から響き、いやでもしかめっ面になってしまう。

元々しかめっ面だから誰も気にはしないだろうが、私だって好きでこんな顔をしてるわけではないのだ。

スリッパを履き直し、足音を消しながらゆっくり扉を開く。幸いにも私の部屋の扉は軋んだり音を立てる事は無い。そこに1番金をかけただけに気にはしなかった。

 

首だけを出し周囲を伺うが広すぎる廊下にはだけもいない。多少毛が長い絨毯であるにも関わらず私は抜き足差し足で部屋から抜け出した。

目指す先は厨房だ、シェフ達のココアの粉を多少貰うだけだ。

と、ここまで考えて気づく。

私はこの館の主人なのだ。何も盗っ人じみた事をせずとも堂々と命令すれば良いのだと。

猫背になっていた背筋を改めて伸ばし、歩幅も相応の広さをとる。

目指す部屋が見えたきた時には、先程までの卑屈さは消えていた。

厨房から漏れる光は、勤勉なシェフ達が食事の仕込みをし始めている事を教えてくれている。ならば話は早い、主人らしく頼めば目当てのモノにありつけるのだ。

顔がにやけ始めている事を自覚しつつドアノブに手を伸ばしたその瞬間、冷やりとする視線を背中に感じる。

 

「旦那様、このような場所で、一体何を、していらっしゃるので?」

 

一言一言をゆっくりとそして区切るように尋ねる声。

よぉく知っているその癖は、その声の主がとても機嫌が悪い時の癖だ。

 

「お、おはよう。早いんだね?」

「ええ、おはようございます旦那様。それで、何を、してらっしゃるのですか?」

 

しゃがれてはいるがよく通る声と半月眼鏡の奥に光る金色の瞳に射抜かれてしまい、私の心はすでに折れかかってしまっている。

この館の主人は私なのに、なんでこうも遠慮がないのだろうか。だが仕事の出来は館で一番である彼女に頭が上がらないのは事実である。だって私掃除とか全然からっきしだもの。

 

「朝日とともにココアを飲んで、リフレッシュでもと…」

 

だからというべきか、私は素直に彼女に打ち明けた。隠し通せる自信は無いのだ。

それを聞いた彼女は目を一層に細くし私の目を見つめ返す。

 

「旦那様、前にも申したはずでございますが。甘味に関してはお控えくださいと、お伝えしたはずでございます旦那様。旦那様のお仕事はわたくしはよぉく理解しております。ですが旦那様。一日中書斎にこもってばかりの旦那様が、ああも毎日のように甘味を求められてはそのお身体に毒となるとわたくしは申したはずでございますよ旦那様。良いですか旦那様、甘味を召し上がりたいのであれば、せめて運動した日に限って頂きたいと奥様も仰っておりましたでしょう。しかし、その奥様がお亡くなりになってしまった今、旦那様のお身体をお守りするのはわたくしの役目なのでございます旦那様。この通りでございます、どうか果実水我慢していただきますようお願いします旦那様。」

 

一体、何度「旦那様」と言ったのだろうかと私はぼんやり聞いていた。

私の背の半分ほどしかない体躯でありながらも、黒を基調としたキッチリとしたメイド服に身を包んだこの老メイドは一本の剣のようにその背筋を伸ばし、私を叱り付けるのだ。

反対に私はその勢いに飲まれ、猫背をさらに丸め首をすぼめた状態で彼女のお説教を聞く始末。

そんな格好だったからか彼女の背後でユラユラと揺れていた黒い鞭のような尾が更に大きく揺れ始めていた。

滅多に感情を出さない彼女がそうなっている時は、本当に怒っているときだ。私はよぉく知ってる。僅かにその黒い体毛も逆立っているようにも見える。

 

「旦那様旦那様。いいですか。わたくし達クロヒョウ族が旦那様の御先祖様に縁をいただきお世話になっているのはご存知のはずでございます。ですが、だからといってそんな風にわたくし達に対して縮こまってしまっては困りますよ旦那様。貴方様は、この広大な王立国の王であります赤ライオン族の親戚筋にあたる白ライオン族の当主様の御子息なのですから、その様な真似は控えるようにとわたくし前にも申したはずでございますよ旦那様」

 

しまった、またやってしまったようだ。

確かに私は白ライオン族の現当主の息子ではあるが三男坊だ。家督は歴代でも特に有能だと言われている一番目の兄が継ぐだろうし、軍人として素晴らしい功績を納めている二番目の兄は中央で将軍補佐になっている。

私?私は政治の勉強はからきしだし、ペンより重い物は持ちたく無い。部屋の中で詩をよんだり森の中を散歩する方が好きだ。

だからといって何もしない訳ではない、これでも王立国ではそこそこ名が通った小説家なのだ。

ジャンルは決めずに自由に書く私の本は、ベストセラーにこそならないが新作を出せば売り切れもするし、ファンレターも届くぐらいの知名度だ。

一番有名になりたいという事もないし、今のままが一番良いのだ。

しかし、今はそれが私の一番の悩みのタネでもあるのだが…。

 

目の前の老メイドは、白が混じり始めた黒い毛で覆われたクロヒョウ。代々私の家族に仕え、幼い頃から世話をしてもらっている。

確か彼女の孫達が父や兄達の専属として、私の実家である白獅子城で働いてるはずだ。

そんな第一線から退いた彼女が勘当同然に追いやられた私を追いかけてきてくれたのには酷く驚いたし嬉しかったが、理由が「貴方様はお一人では何もできませんでしょう」という酷いもので、開いた口が塞がらなかったのは良い思いでだ。

そんな彼女も、今ではかなり老け込んでしまった。たまに椅子から立ち上がるのが辛そうなのを目にするが、それでもメイド長として部下のメイド達に対して毅然と振る舞う姿は当時からまったく変わっていない。

私にはもったいメイドなのだ。

 

未だに小言を続ける彼女を視界の端に見ながら、廊下に備えられた立派な鏡を盗み見る。

しょぼくれた顔ではあるが、白ライオン族である事の証明であるツヤのある金のたてがみに覆われ、色素の薄い白の体毛に父親譲りの鋭い目と細い鼻筋。『獣王』と呼ばれる赤ライオン族の血統である事を示す赤の瞳…まぁ、片目だけだが。

私はこの瞳が嫌いだが、亡き妻は好きといってくれた。

 

そんな様子で小言を聞き流す私に、更に追い討ちをかける老メイド長。

 

だれか、逃してくれ…私には私そっくりな真っ白い原稿が待っているのだ…。

 

※※※※

 

王立国と呼ばれる広大なサバンナと豊かな森が共存する稀有な土地。城下町は活気に溢れ、治世はとても良く周辺国との争いは無い。

この国を治める赤ライオン族第15代国王は初代国王の血を歴代でも一番濃く受け継ぎ、初代の再臨とまで呼ばれ、途轍も無いカリスマを誇った初代と遜色無い覇気を纏っているのだ。

臣下を率いた遠征では当時争っていた国をことごとくを蹂躙し尽くしたにも関わらず、向こうから軍門に降りたいと言われるほどの傑物であった初代『獣王』。

その再臨ともなれば争おうとする周辺国は無い。だからこその治世、だからこその平和なのだ。

…だが、どこにでもそれを良しとしない者はいる。

王立国より遥かに西にある大山脈を超えた先。一面を砂に覆われた荒廃した大地。その砂漠の中心にその国はあった。

唯一そこにしか存在しない水場を中心に広がったその国を治めるのは、神のごとき存在。

その名も、黒ゾウ族。

自らを神と自称するだけあって、その身体はまさに山の如しの巨体であり神々しさを増すように体には金の刺青と豪奢な金の装飾品で溢れている。

温厚な種族であるはずのゾウ族の中では彼らは異端であった。苛烈にして残虐。

暴虐の限りを尽くす彼らを止めたのは、初代『獣王』であった。

三度戦ったとも四度戦ったとも言われるその戦争は、長い歴史の中でも最大規模であったのだという。

『神王』を打ち倒した『獣王』はその後ますます巨大な力と国を手に入れ、反対に破られた彼らは元の国へ戻っていったのであった。

だが、彼らは諦めてはいなかった。この世界の全てを握るのは自分達だと疑わなかった。

なぜなら我らは『神の一族』なのだと。そう自負していたからだ。

 

※※※※

 

「それで、俺に何をさせたい。歴史の勉強に来たわけじゃないんだろう?」

「口を慎みたまえよ、傭兵。それは時として命を奪うのだ。よく、考えることだ」

 

王立国と呼ばれるこの国の城のどこか。そう、俺はそのどこかに居る。

ここまでの道はわからない。頭を覆う麻袋に包まれては何も見ることができなかったからだ。

自慢の獲物も今は無い。だが捕まった訳ではない。そんなヘマはしない。

目の前には黒のフードとマント被った獣人。だが覗きでる白の体毛に覆われた太い腕と大地を踏みしめる脚からこの国の近衛団『白獅子団』の誰かということがわかる。

 

「お前の事だ、もう既に依頼はわかっているのだろう。だからこそ、今の自分がどういう状況かもわかるはずだ」

 

漏れ出る声と開いた口から覗く牙。間違いなく白ライオン族だ。並みの獣人ならば、その威圧だけで倒れてしまうだろう。

個々の武力では赤ライオン族に劣るとはいえ、知略によって集団で戦う彼らを敵に回すのは愚かだ。

俺はしばらくの間無言を貫き、諦めた。

 

「…引き受けよう。報酬は必ず寄越せ」

 

それだけ聞くと鷹揚に頷く黒フードは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

丸めてあるソレを開ければ、それは人相書きのようであった。

 

「そこに描かれたモノを連れてくるのだ。異論は認めん」

 

聞いていた依頼とは違う。

俺が受けたのは、ある人物の排除だけだ。そう反論しようと紙から視線を上げた瞬間。

フードの奥から俺を見据える真紅の視線とぶつかった。

『異論は、認めない』

そう言われたのだ、ならばそうしなければならないのだろう。

俺は視線を外さずに持っていた羊皮紙を丁寧に丸め、彼に返す。

 

ここに来る前にも見た紫の煙が俺の鼻腔に入る。

 

…そうしてまた暗闇が俺を包んでいった。

 

※※※※

 

気がつけばそこは俺が連れ去られた場所。

身なりも荷物もそのまま、陽の光もささない森の一角にあるそこそこの老木の虚だった。

俺の寝ぐらすら把握している奴らの情報網は危険だが仕方ない。

快適だったここは引き払わなければならないだろう。

そう考えながらも、準備を始める。

深緑色の羽毛に合わせるように作った薄い緑色のフードつきマントを羽織り、砂色のベストを身につける。ベストの背中部分につけたポーチには小降りの黒曜石でできたナイフを仕込み、左腕を水平に持ち上げしまっていた翼を広げる。

腕と翼の隙間にも投擲用のナイフを仕込む。

腰に巻くガンベルトに弾を一発づつ込めたあとはそれを肩にかけ、壁に立てかけていた自分の獲物である長銃の整備を始める。

分解し中を掃除、その後各所に油を指して再度組み立て。

スコープのレンズもしっかり拭き取り、フリントロックの調子もしっかり確認する。

一通りの準備が整い、俺は右の羽毛の中から巻きタバコの箱を取り出し、嘴に咥えマッチで火を付ける。

一本を吸い終わると同時に俺は素早く銃を構え引き金を引く。

俺の上空を飛んでいたトンビが赤い血を流しながら落ちていくのが見える。

俺の調子も良さそうだ。

フードを被り、樫の木で作った仮面を着ける。

 

…まったく、フクロウ族はどこに行っても、嫌われ者だ。

 

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