水上の番外編   作:しちご

10 / 51
03 うぉるしんぐまちるだ

硬さを感じる小麦色に輝く衣に包まれた、巨大な海老は皿の上。

 

伊勢海老では無い伊勢海老の伊勢海老っぽいエビフライ定食、三桁円。

 

尾頭付きの豪勢なそれを目の前にして、言葉を失う黒春風が居た。

国道沿いのドライブイン、山肌に在るそこからは眼下に海原が見える。

 

「円ノ価値ガ下ガッタノハ理解シタケド」

 

それにしても安すぎでは無いかと問う言葉に、詰所提督が応える。

 

「伊勢海老じゃ無いからな」

 

巡回の折り、共に足摺岬まで船足を伸ばし、そのまま陸路で帰投するべく

温泉に浸かり港を抜け、国道沿いの山肌に昇ったあたりの会話である。

 

「海老ノ種類ガ違ウノカナ」

「いや、同じイセエビ科でイセエビ属のイセエビだぞ」

 

沸いた疑問を、何とも不可解な返答で煙に巻く有様。

 

「養殖ト天然トカ?」

「同じ海域で獲った同じ海老だな」

 

尾頭付きの巨大なエビフライを切り分け、ソースに漬けながらの会話が進む。

 

「漁法ガ違ウトカ」

「下手したら同じ船が同じ網で獲っている」

 

付け合わせのサラダ、汁物と共に白米が順調に消費されていく。

 

「水揚げした港が、伊勢じゃ無いからな」

 

軽く珈琲を啜りながら、詰所提督が結論を述べた。

 

「伊勢以外でイセエビを水揚げすると、伊勢海老を名乗れないから安くなるんだ」

 

伊勢海老とは、伊勢の海老である。

 

当然、伊勢以外で水揚げされた海老は伊勢海老を名乗る事は出来ない。

むしろ、伊勢で水揚げされたのならばイセエビではなくとも伊勢海老を名乗る事も在る。

 

とは言え昨今はそのあたりの区別は曖昧で、同じイセエビなのだから間違いでは無いと

伊勢海老キャッチャー、伊勢海老釣りなどに見られる様に低価格のイセエビ、

 

伊勢以外で水揚げされたイセエビ、或いは小振り、角欠けなどの粗悪品が

伊勢海老を名乗って流通する例も散見される様に成って来た。

 

まあ何にせよ安いイセエビは確かに存在し、伊方周辺にも流通している。

 

そんな話を聞きながら、安い事は良い事だと目を細め、

まったりとエビフライを食べる駆逐艦が昼下がりに居たと言う話。

 

 

 

『うぉるしんぐまちるだ #03』

 

 

 

13番詰所に割り箸を通された大量のアオリイカが干されていた。

 

こんな時代でも烏賊釣りは死なねえと、荒廃した世紀末世界のロックンローラー

の様な事を言い出した釣りのアレな人種が、烏賊釣り船を出したのが数日前の夜。

 

詰所所属の駆逐艦が夜通し護衛に付いていたと言う。

 

烏賊釣り船にさりげなく詰所提督が乗っていたのは、所謂督戦と言う事だろう。

 

刺身に丼にと作り続けてもまだ余り、塩水で洗って干物にしているほどの

大量のアオリイカが、何故か13番詰所に存在しているのは永遠の謎である。

 

そんな時代の狭間に生まれた謎のオーパーツを、急いで取り込んでいる姿は

駆逐艦と提督の二つ、次々ともいでは袋に入れ、証拠隠滅に余念が無い。

 

「まさか呉に直接行かず、こんな辺境で一息入れるとはッ」

「ヨリニモヨッテ一桁駆逐隊ガッ」

 

舞鶴所属の哨戒艦隊が立ち寄ると連絡が在ったのは先程の事。

 

「じゃ、俺は烏賊を倉庫に放り込んでくるッ」

「紐ハ纏メテ転ガシテオイタンデ良インダヨネッ」

 

動乱の時代の仇花を他鎮守府所属の艦娘に目撃されるのは流石に不味いと、

極めて真っ当な理由で13番詰所は慌ただしく行動していた。

 

「何ヤッテンダヨ、クチコキ様」

 

そんな有様を、ジト目で眺めていた艦が一隻。

 

「……レ級カ」

 

線路に並行するように、疎らに立ち並ぶ樹木の一本。

烏賊を干していたプレハブ軒先に隣接するそれの、枝の上に何かが乗っていた。

 

薄い布地で胸元のみを隠し、露に晒す白蝋の肌を黒いコートで包む怪異。

マフラーを巻く戦艦、レ級、此度の再生の折に顔を走る刀傷が消えている。

 

「桟橋ニ突ッ込ンデカラ音沙汰無イト思ッタラ」

「アッハッハ、降リテ来ナサイ、ソノ首モウ一度潰シテアゲルカラア」

 

笑顔のままに青筋を立てる黒春風に、溜息を吐きながら枝の上で肩を竦める艦。

 

「悪イケドアタシノ首ハ、アキツ丸ッテノニ予約サレテマスンデー」

 

先日に穫られたでしょうと言えば、刀で落とされては無いからなと飄々と答えた。

 

「アアモウ、離島ノ奴ラハ本当ニコレダカラッ」

 

猿と蟹の如く地団太を踏む駆逐艦と、ケラケラと哂う戦艦が居る。

 

「デ、本当ニ何ヤッテンダヨ」

「タダノ休暇ヨ」

 

愉しそうな声色の問いかけに、憮然とした表情で目を逸らし、

烏賊を吊るしていた紐を括り纏める黒い春風。

 

「ソシテ最後ハ喰ラウノカイ、暇様ミタイニ」

 

返答は無かった。

 

ただ一度、漆黒を乗せている樹木の幹を殴りつける。

 

軽く叩いただけの様な風情で在りながら、まるで深海の姫に殴られたような衝撃で

樹木が大きく揺れ、揺さぶられた戦艦が慌てて枝に掴まれば。

 

ポキリと、気の抜けた音がした。

 

「アレ?」

 

そして枝を抱えた姿勢で落ちる。

 

頭から。

 

少しばかりな危険な音を響かせて。

 

戻って来た詰所提督の目の前で。

 

「ドロップ……だと……」

 

何時か何処かで見た様な光景である。

 

「ま、まさか、艦娘は引かれ合うと言う噂は、本当だったのか」

「エ、チョット待テ、何ノ事ダ」

 

突然の光景に戦慄している詰所提督に、ドロップした黒い艦が

変な音がした首元を撫でさすりながら、何はともあれと言葉を紡ごうとする。

 

「アー、イヤ、アタシは深海 ――」

「雷ねッ」

 

困惑の気配の満ちる会話に突然、強い語調の単語が突き刺さった。

 

「ソウ、イカッテ、エ?」

 

イカと言う響きに春風と詰所提督の頬が僅かに引き攣る。

 

その二人の目の前で、気の抜けた風情で首を捻り声の方を向くドロップ艦。

視界の先には、白地に紺の水兵服を纏う小柄な駆逐艦が居た。

 

肩下にまで伸びる濃い色の髪に薄紫の瞳、特3型を表すローマ数字の徽章。

舞鶴第六駆逐隊所属、特3型駆逐艦、暁型駆逐艦1番艦、暁。

 

涙目で飛び込んだ彼女は、黒い艦の纏うコートを握りしめ、

その胸元に顔を埋めながら感極まるが如くにしゃくり上げる。

 

そして叫びに釣られる様に、その後ろから姿を現す艦が2隻。

 

新たに駆け付けて来たのは同じ制服で、栗色の髪の4番艦、電。

 

「雷、本当に雷なのですッ」

「雷の馬鹿ッ、あんなヤツに義理立てなんてしてッ」

 

目を白黒させる黒い電らしき艦の、胸元にしがみ付きながら姉妹が嗚咽した。

そんな姦しい姉と妹を抑えたのは白銀の髪、2番艦、響。

 

「まあ戻ってきてくれたんだ、こんなに嬉しい事は無い」

 

淡白な声色で言葉を紡ぎながらも、僅かに潤んだ瞳が感情を滲ませている。

 

「でも何か黒いのです」

 

あと尻尾も生えている。

 

「雷がグレて……いや、うん、きっと苦労したんだし、格好良いじゃないッ」

「そうだね、電と見分けも付きやすいし、これはこれで良いんじゃないかな」

 

「あッ……そうですね、あまり深く聞いてはいけないのです」

 

何か色々と察するものがあったらしい。

 

「イヤ、待テ、チョット待テ」

 

そして黒い雷の至近で、3隻の駆逐艦が筒抜けの内緒話を繰り広げた。

 

暫くの間は姦しい時間が続き、一息。

 

「おかえりなさい、雷ッ」

「もうあんな奴に殉じたりしてはいけないよ」

「とにかく、これからも一緒に南瓜を作るのですッ」

 

涙と喜びとに溢れた優しい空間がそこに在った。

グレた雷は冷や汗を流しながら引き攣っている。

 

「ア、エート、ダナ……」

 

雷、雷と言葉にこそされていないが、何か凄まじい質量の空気が舞鶴第六の

一同から溢れ出ており、凶悪なまでの同調圧力を生じさせていた。

 

「イ、雷ヨ……カミナリジャナイワ、ソコノトコロモ、宜シク、頼ムワ……ネ」

 

その日、かつて沖縄よりMIAで除籍されていた駆逐艦雷が、舞鶴所属の

第六駆逐隊に発見され、そのままの流れで13番詰所に再所属したと言う。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「ヤベエ、コレヤベエ」

 

宵の淵、黒い雷が詰所の炬燵で戦慄していた。

 

「アオリイカノスルメ、ヤベエ、モウ普通ノスルメ食エネエ」

 

まったりと目を細め、スルメを口に咥えながらの発言である。

 

「ツーテモサ、アオリイカヲスルメニスルナンテ、馬鹿ジャネーノ」

「余リマクッテイルンダカラ、仕方ナイジャナイノサア」

 

同じく炬燵に捕獲されている、黒い春風が合いの手を入れていた。

 

アオリイカは烏賊刺しなどに使われる烏賊であり、新鮮なそれを

わざわざ保存食にする様な真似は、勿体無いと言う意見にも一理は在る。

 

しかしながら、腐って捨てるぐらいならば干した方がマシと言う事も事実。

 

「近所ニ配ルトカ」

「配ッタワヨ」

 

それでも猶、余った。

 

烏賊釣り舐めてたわと、しみじみと語る護衛の駆逐艦。

詰所提督は知り合いにスルメを配りに行くと、外出している。

 

言葉の切れ目に静寂が在り、遠く車道の上を移動する質量の音だけが響く。

 

「イツマデモ続ケラレルトハ、思ッテイナイヨナ」

 

夜に差し込まれたような言葉が、グレた雷から出た。

 

そしてそのまま、音が消え。

 

「マ、休暇カ」

 

軽い疲労感の滲む声を、黒い雷が部屋に投げた。

 

そして隣接する線路に、巨大な質量が通過する音が無音の室内を蹂躙する頃。

 

お互いの全身から「何でこの寒いのに海上に居なければならん」と

声に成らない魂からの叫びが滲み出ており、詰所を埋め尽くしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。