水上の番外編   作:しちご

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04 うぉるしんぐまちるだ

 

師のみならず走り抜ける年の瀬の、慌ただしい憲兵詰所に艦娘が居る。

 

「瀬戸内に、やたら強い駆逐艦が居るらしいの」

 

豊かな肉体を紺の水着に包み、礼服の上だけを肩に羽織るは伊19。

 

「武功抜群の同類でも生まれましたか」

「あんな化物がポコポコ出来たら、駆逐以外の艦種が商売あがったりなのね」

 

書類束を弾く潜水艦に、座ったままに受け答えをする揚陸艦、あきつ丸。

 

「せいぜいが当代の阿修羅程度じゃない」

「ネジが外れているのは確定でありますか」

 

弾き出され机に広がった書類を手に取り、あきつ丸の眉が僅かに顰められる。

 

「瀬戸内だからねー」

「あー、広島が近いでありますからなー」

 

文面は駆逐艦雷の再配属に関して。

 

「ほら、最近は終戦で残留日本人が帰国してるでしょ」

 

さまざまな理由で大陸に取り残されていた日本人、艦娘が帰国しており、

報道などはもっぱら涙の再会、感動的な美談として扱われている。

 

「元沖縄の天龍型一行も、北欧から帰還でありますか」

「向こうが離さないし時間かかりそうなのねー、配属先も決まってないし」

 

英雄と言う生き物は本当に周辺の諸事がややこしいと、溜息を吐く聞き手。

 

「まあ、命の価値がお高い友軍には、是非とも帰還してほしい所ではありますが」

 

言いながら書類を捲り、書き出されている名前を眺めながら溜息を重ねる。

 

「走狗など、煮込んでおいて頂ければ面倒が無いでありますのに」

「ゴミはリサイクルするのが最近の流行りなのね」

 

疲れ果てた声色に、肩を竦めた潜水艦の呆れた様な声が重なった。

 

「それで、こう言うのは諜報方の案件では無いのでありますか」

「見てくるだけだから、正面から乗り込んでも問題は無いの」

 

今一つ懸念の色が消えないあきつ丸の、肩を掴む伊19の顔が在る。

貼りついた様な笑顔のまま、見えぬはずの内心を察せと無言の圧力を帯びて。

 

「年の瀬に神器持ちが詰所に居ると、各省庁や神社からの招待がね」

「愛媛県で在りますか、いやあ蜜柑が美味しい季節でありますな」

 

笑顔のまま高速で掌を返した揚陸艦が、無駄に溌溂と席から立ちあがった。

年度末の諸事に、事務方が忙殺されていると言う話題を先日に受けたばかりである。

 

変わり身の早さを受け、額に指をあてていた潜水艦が幾つかの書類を投げ渡す。

 

「舞鶴の、いや、移籍前に消えたのでありましたな」

 

帯剣し、陸軍と言うには些か色が深い士官用の外套を羽織り、

受け取った書類を捲りながら詰所を後にする一隻。

 

「沖縄の、雷」

 

その零れた言葉が、慌ただしい空気に消えた。

 

 

 

『うぉるしんぐまちるだ 04』

 

 

 

かぽんと、何処からか音がする。

 

「湯ノ、温度ガ高イィ」

 

湯煙の中、黒い春風が生まれたままの姿で湯舟に茹っていた。

 

「源泉カケ流シダカラナア」

 

その横で、黒い雷が肩まで浸かって百を数えている。

 

微妙に尻尾が邪魔そうである。

 

白蝋の肌の互いが、透明感の在る湯に沈み力を抜いて揺れていた。

 

全面石造りの湯舟にはアルカリ性単純温泉の優しい湯が揺蕩っており、

碑文が刻まれた石窯から続々と湯が注がれ続け、湯舟から常に零れ続けている。

 

―― 巡礼の杓に汲みたる椿かな

 

刻まれている言葉は子規の一句、男湯には別の句が記されている。

 

道後温泉別館、椿の湯。

 

道後温泉駅を降りた所からはじまる道後商店街、L字型のそれ、

別名ハイカラ通りを歩いていくと、その終点には道後温泉が在る。

 

しかしその、L字の曲がる部分に別館が在る事はあまり知られていない。

 

観光名所としてのみならず、近隣住民の銭湯として愛されている道後温泉の

芋洗いに嫌気がさしているような原住民が通う、憩いの温泉場であった。

 

以前は湯舟に座ればバスケ選手でも余裕で溺れるほどに水深が深かったが、

平成29年の改装で世間一般並の深さに改装された、極めて残念な話だ。

 

「アー、何カ、シンプルダナア」

 

湯舟と涼む席の他、特に何の施設も無い。

 

とは言え外湯、別館などと言う物はそのようなものであろう。

 

黒雷が茹る様に湯舟縁に頭を乗せれば、湯舟の横、

木桶の中に放り込んだタオルから蜜柑の香りがした。

 

小さい、指で摘まめるサイズの蜜柑石鹸。

 

貸しタオルは30円なのだが、60円の貸しタオルを選べば蜜柑石鹸が付く。

 

「牛乳トカノ自販機ガ在ルカラ問題無イネエ」

「昔ハ冷エタ瓶ノ、リボンオレンジトカ言ウノガ在ッタラシイゼ」

 

今は無い、普通の缶ジュース自販機である。

 

あとは小規模な日本庭園なども在ったが、現在は壁ごとぶち抜かれて

改装時に建設された別館、飛鳥の湯が堂々とそそり立っている。

 

「オレンヂジュース、カ」

 

ふやけた言葉に、黒春風の表情が真剣な物へと変化した。

 

どこかの南方で忙殺されている艦娘が知ったら、血涙を流しそうな有様であった。

 

そしてふやけたままに外に出て、男湯に浸かっていた詰所提督と合流し、

脱力したまま観光客向けの腰掛に座り、缶ジュースを齧る駆逐艦。

 

「アー、外カラモ中カラモ蜜柑デ染マルンダネエ」

 

まったりとした言葉は特に意味も無い。

 

「シッカシ昼間ッカラ良イノカネ」

 

炭酸を齧りながら、人の悪い笑みを浮かべた黒い雷が問いを口遊む。

 

「まあ、詰所に残ってると再戦要求が激しいからなあ」

 

雷の再所属の報を提出した途端、何故か幾つかの演習依頼が届き、

半ば可愛がりか何かの様相を見せたそれを、悉く撃退したが故の惨状であった。

 

現在では、必要な職務の時以外は詰所を不在にする事がしばし、である。

 

「こんな状況が続くのは、良くないんだろうなあ」

「ツーカ、何シタノヨ雷ハ」

 

黒春風が誰にともなく疑問を零せば、グレ雷は気にせず缶を傾ける。

 

「マア、ドウセ海岸線ノ詰所所属、ソウ大義ナ事ヲ言ワレテモナ」

「何だろう、この海軍軍人としての正道から外れていく感じ」

 

ケラケラと哂う駆逐艦の言葉に、僅かに悲壮の色を見せる提督が居た。

そして言っても仕方が無いかと、一息を付いた黒春風が口を開く。

 

「所デ、私ハ向コウデ売ッテタ蜜柑オ握リッテノガ気ニ成ッテイルノサ」

「食事マデ蜜柑ニスル気カヨ」

 

「蜜柑お握り……うッ、あああ頭が」

 

みかんおにぎり。

 

蜜柑で炊いた米で、薄味に炊いた柏肉を包む丸いお握りの事で、

 

酸味の在るライスにサッパリとした鶏肉が合わさり、そう言う物だと識って

口にすれば美味しい、そんな微妙に地味な新名物候補の一角である。

 

「オイオイ、何事ダヨ、ヤバイノカソレ」

「いや、美味しいと言えば美味しい、らしい、俺にはもう、よくわからないが」

 

苦々しい色合いの言葉と、歪んだ苦悶の表情から力の無い言葉が零れる。

 

「何ナノサ、コノPTSDニ苛マレル患者的ナ反応ハ……」

 

かつて、蜜柑県に新名物を作ろうと言う運動が在り、その一角として

オレンジピラフと言う名前だけ見れば面白そうな代物が存在した。

 

試作品の実験体にされたのは、当時の小中学生である。

 

―― 給食の時間に地獄が生まれた。

 

後に第一の犠牲者となった世代が、口を揃えて語った。

 

しかし蜜柑県蜜柑市は諦めなかった、俯仰不屈の精神で改良を繰り返し、

POMジュースごはんなどと名前も変え、じわじわとクオリティを上げて。

 

何世代もの嘆きと苦悶を越え、そして現在が在る。

 

みかんおにぎり。

 

美味しいと言えば美味しい。

 

しかし、そこに辿りつくまでには蜜柑県民の死山血河が幾つも作られている。

 

「ドンナ顔ヲシテ食エバ良イノサア……」

 

詰所提督の悲壮な顔色に、どうにも反応の難しさを感じる黒春風であった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「いやあ、こちらに呉の水雷戦隊を返り討ちにした駆逐艦が居ると聞きまして」

 

憲兵と言うからと身構えていた詰所提督が、柔らかな笑顔のお姉さんと

お付きの2人の少女、皆艦娘ではあるが、その有様に緊張を解いていた。

 

「ええ、ウチの雷がすいません」

「いえいえ、武を生業とする身の上故、勝敗に問題など無いでありますよ」

 

和やかな挨拶が交わされる中、後ろの2隻の駆逐艦の顔が

僅かに引き攣っていたが、それを指摘する者など何処にも居ない。

 

「ナンダ、オ客サンカ ――」

「ああ、そちらが噂の雷殿でありま ――」

 

空気が固まった。

 

プレハブから出来て来たグレた雷と揚陸艦の間に、

目と目が通じ合う素敵な空間が生まれ、静寂のままに時間が経過する。

 

「―― ぶふぉうッ」

 

そして静寂が打ち破られた。

 

「ああッ、あきつ丸が未だかって無いほどに面白い顔で噴き出しているのですッ」

「え、ちょ、と、トドメは要りますかッ」

 

突如に蹲り痙攣する小隊長を案じ、声を掛け続ける副官と平。

 

駆逐艦春雨、かつては夕立と共にたった2隻で米艦隊に突撃した駆逐艦であり、

そんな少しばかりアレな性質が時折垣間見える事が在る。

 

「この際やっちまうのです、春雨」

「いや待ってください、言っておいて何ですが駄目ですよね」

 

そう返した言葉には、発言者の肩へ手を置く事で応える副官。

電の、清々しく濁り切った瞳が春雨を捉えて離さない。

 

「駄目ですからねッ」

「テメエラ、何シニ来タンダヨ」

 

詰所前の騒動は混迷のままに収まる気配を見せず。

 

とりあえず、剣の間合いには入らない様にしていた黒雷だった。

 

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