水上の番外編   作:しちご

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故きを温ねて

扉が開く。

 

その日、航空巡洋艦利根が筑摩を伴って執務室に入れば、

床の上に見えたのが尻であり、スカートであり、足の裏で在り。

 

赤金の髪を背中に広げ、俯せに成っているサラトガの背中。

 

何事かと視線を留めて見れば、その下から赤いモノが滲み出している。

 

赤い、血の様に赤い。

 

―― 水干の袖だ。

 

詰まる所、教本に載せようかと思うほどに綺麗な上四方固めであった。

 

「ついに一線を越えおったか」

「……姉さん、その感想は何か違うと思います」

 

益体の無い姉妹の会話を繰り広げる隙に、無言のままにアメリカ製の正規空母が

乳圧に目を回した全通甲板の軽空母を俵の如くにと担ぎ上げ、だらりと垂らす。

 

「では、私はこの仕事中毒(ワーカホリック)を寝台に叩き込んできますので」

 

異議を挟めないほどに重い宣言に、宜しく頼むと見送って暫く。

 

「……年末からこっち、働き詰めじゃったからのう」

「何で戦争が終わったのに、仕事が増えるんでしょうね」

 

生き残れば口も軽くなるものじゃと軽口を叩きながら、

見渡せば部屋の隅で特型組3隻も白く燃え尽きている。

 

吹雪など捲り上げたスカートを直す余裕も無く、白いモノが見えたままだ。

 

「提督と金剛が居らんの」

 

せめてもの情けで見なかった事にしつつ、魂を吐き出している夕立と

壁際で大丈ばない事に成っている榛名、紫色に成って倒れている比叡と視線を回し、

 

残り僅かな報告書にサインをしている霧島に問い掛ける言葉。

 

「提督が、ホワイトデーのお返しで幾隻かの艦娘に毟られていたのですが」

 

足りなかったと、簡潔ながらどうにも関係性が不明な言葉が返って来る。

 

「そして簀巻きにされて、有志にお持ち帰りされました」

 

提督が休息に入るのはまだ暫く先の話に成る様であった。

 

眉間を揉みながら小柄な巡洋艦が、龍驤の席に残る書類を取り上げ、

自分の席に移動させながら内容に目を通していく。

 

先日に漸くに仕事の峠を越え、久々の落ち着きが見えてきた頃合いの分量。

 

「まあ、一線を越えた事に違いは無かったのじゃ」

 

机の上に僅かに残る書類を片付けながらの、静かな所感が室内に響いた。

 

 

 

『コンビニを見つける』

 

 

 

龍驤ちゃんの部屋で寝床を占拠していたら、追い出されてしまった島風です。

 

ここはひとつ故事に倣ってと、寝床を温めておきましたとか言ってみたら

南国でそれって素直に嫌がらせですよねと、セメントで返されました。

 

うん、ぐうの音も出ない。

 

何はともあれと泊地を彷徨くお昼過ぎ、何故か長波ちゃんが居たので

そのままの流れで連れ立って屋台に行く事に成りました。

 

わさわさと長い髪の2隻連れが道端を歩くのも地域的に外聞が悪いので、

ヒジャブ、と言うほどでも無いけど髪を覆う感じに日除けを巻いて。

 

ふよふよと兎耳リボンが付いているのが私の方です。

 

道すがら聞いてみれば、今日は少しばかりヨー島を追い出され風味だとかで、

道理で何か同類の香りがしたものだとしみじみと納得します。

 

「まさかさー、ああも簡単に首が取れるとは思わなくてさ」

 

聞けば、桃の節句にヨー島で雛壇の大和型雛人形の首を獲ってしまったとか。

超弩級戦艦の首を獲りに行きたくなる気持ちは、わからないでも無いですね。

 

「いやそうじゃなくて、本当にうっかりなんだって」

「まあ友軍だし、うっかりだよね、うん」

 

わかってるわかってると頷くと、何故か頭を抱える昔馴染み。

 

龍驤さんや神通さんに悪い影響受けてないかとか、

真面目な顔で聞かれても、どう答えればよいのか何なのか。

 

まあさておき、壊した事自体はさほどの問題でも無かったそうで。

 

何でも慌てて修復をしたら、どうにも姉妹の受けが微妙で

泊地に居た堪れない空気が蔓延してしまったとか。

 

堪らず姉妹を振り切り、長期遠征で5番泊地まで回ってきた所と。

 

しかしまあアレですね、修復で微妙な空気って。

 

「漣さんなんか、真顔で妖怪キタコレとか言い出すし」

「ちょっと待って、一体何を生み出したの」

 

果たして、大和さんと武蔵さんがどんな事に成ってしまったのかと聞けば。

 

「いや、何で頭から腕を生やすのかな」

「だって恰好良いだろ」

 

駄目だこの巨乳。

 

「乳にセンスが吸われていやがる」

「心の声が漏れてるからなッ」

 

夕雲型姉妹の心の傷に思いを馳せながら視線は遠く、

お昼時過ぎた頃合いだけ在って人影も少なく、どこかしら閑散とした空気。

 

赤道の近い地域ってお昼時に人が居ないんですよね、暑いから。

 

人通りが増え屋台とかが賑わうのは日も陰り、気温が在る程度

下がった時間帯に成ってからと言うわけで、しまったな。

 

妖怪製造機が言っている何事かを華麗にスルーしつつ、

あたりを見回して見れば、どこの難民屋台も基本的に開いていない。

 

「あー、最近バンコクとか回ってたせいで少しボケてたかー」

「やってる所少ないなあ」

 

まあよく見れば無い事も無いけどー、うがー。

 

昼時でもやっている涼し気な喫茶を通り過ぎ、いやだってお値段高いから、

ちまちまとたまにやっている屋台を覗き、彷徨き彷徨い。

 

ようやくにお手頃な感じの Lok(ロッ)-Lok(ロッ) 屋台を発見、開いたばかり。

 

肉、魚介、野菜、練り物、屋台に積み上げられた様々な串物に、鍋とソースバー。

漢字だと楽楽、マレーシア風フォンデュとも、おでんとも言われていますね。

 

好きな串をほいほいと取って、煮えたぎった鍋の中に漬けて茹でるのです。

鍋の中のスープはカレースープやトムヤムスープが多く、今回はそれに白湯の模様。

 

カニカマをー、カレー、カボチャをー、トムヤム、ふふふーん。

 

「えーとさ、焼売串があるんだか、これも茹でるのか」

「あ、いや、そこらへんはそのまま食べるやつ」

 

揚げ物串とかもね。

 

「厚揚げと腸詰なんかも茹でてしまえー」

 

何と言いますか、好きな物を好きな様にって聞くと、胸が躍りますよね。

 

茹で上がったら好きなソースを掛けて、これまたチリやピーナッツ、

何かの醤やマヨネーズとより取り見取り、何となく甘辛いのが多いかな。

 

「ピーナッツソースがマレーシアって感じがする」

「わかる様なわからない様な」

 

言うまでも在りませんが、二度茹で二度漬けは許されません。

 

出来上がったら店主さんに見せてお支払い。

串を抜いたりそのままだったり、店によって後の流れが変わります。

 

今回はすこんと抜かれ、食べやすい大きさにカットされてしまった。

 

支払いついでに短く話せば、何でも艦娘が居る地域は人が多いから

結構勤勉な感じで屋台を開いて居るかとか何とか。

 

本店がマレーシアにあるとかで。

 

「出稼ぎ」って聞くと「難民」と言い張る。

 

インド人でしょうか、いいえ誰でも。

 

そして黙々と立ち食いしつつ、籠ってくる熱気に冷たいモノでもと、

近場にバンドンジュースバー発見、氷を、あと炭酸で、至急。

 

そして花の香りに包まれつつ、ピーナツソースの甘辛い世界が口に居る。

 

もうよくわかんない。

 

「アタシはペプシで」

 

裏切ったな長波ちゃん、何かこう、私の道連れ的な心を。

 

そんな薄情な巨乳にブーイングを浴びせつつ、消費を続ける立ち食いのお昼過ぎ。

 

まあトムヤン南瓜の微妙な酸っぱ甘さが結構気に入ったので、良しとしましょう。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

深夜の鳳翔厨房に、二つ括りの空母が居る。

 

「そんなわけで、今日はセンパイの代理なのさッ」

 

だが巨乳だ。

 

つまりフライパンの牛肉をひっくり返しているのは正規空母、蒼龍。

 

「いやまあ、働き詰めでいつか倒れそうとは思っていたけど」

 

倒されるとは思ってなかったと語るのは、カウンターの相方、飛龍。

 

意外と龍驤は折に触れ台所で蒼龍をこき使っている事も在り、

何だかんだ、結構なレベルで料理を仕込まれている事はあまり知られていない。

 

基本、食べる側である。

 

とは言え繊細なナマ物などは流石に手を付けないが、焼き物揚げ物、

ある程度の肴なら無難に仕上げる程度の技量が在る。

 

ほくそ笑む鳳翔の怖い笑みを後ろに受けながら、今日は珍しく

良い牛肉が手に入ったからと、焼き上げている最中であった。

 

南方は基本的に牛肉の質が悪い。

 

気温が高いため、牛がやせ細りがちで肉質が悪く成り易いからだ。

 

鶏肉の高品質も在り、質の悪くなりがちな牛肉は人気が無く、

肉質の向上を望めない程度に市場が乏しく、総じて悪い流れに成っている。

 

ならその肉は何処からと聞けば、コンテナと答えるまでも無く。

 

表を6分、裏を3分に焼いたステーキが皿に乗りカウンターに置かれた。

付け合わせの隠元と芋に良い感じの焦げ目が付いている。

 

料理を受け取り、食器を手にしながら飛龍が、

ふむりと一息を入れて言葉を漏らした。

 

「しかしなんでアンタの料理ってこう、男前なのかしらね」

「ふぐぉッ」

 

牧草飼育牛(グラスフェッド)のステーキ、味付けは塩胡椒のみ。

ソースなどを軟弱と言い張りそうなほどに硬派な雰囲気の外観。

 

泊地で言えばサラトガの好みである。

 

そんな何の気ない深夜の一言は、結構深刻に蒼龍の心を穿ったと言う。

 

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