水上の番外編   作:しちご

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05 うぉるしんぐまちるだ

凪ぐ程でも無い穏やかな海面を疾駆する2隻の黒。

 

その片割れ、指先に下げられた小物は、

のの字を描いた黒白に、黒一色の胴体が付属している。

 

そんな、何とも言い難い形状のぬいぐるみストラップを目の前で揺らしながら、

黒春風が何とも言い難い微妙な表情で海面を走っている、何とも言い難い様相で。

 

タルト人。

 

タルトに似た宇宙人で、松山の非公式マスコットキャラクターだ。

 

今日も元気に世界征服を夢見て暗躍している。

 

ここで言うタルトとは、昨今に散見する焼き菓子の事では無く、

カステラ生地で餡を巻いたロールケーキの様な郷土菓子である。

 

江戸時代、長崎探題を兼務していた伊予松平藩藩主が、

 

長崎にてポルトガル船より供された南蛮菓子を甚く気に入り、

レシピを譲り受け国許で作れる様に取り計らうと言う事例が在った。

 

松平家家伝の菓子として長らく伝えられていたが、明治の御一新以降に、

市中の菓子司に製法が伝わり、愛媛松山の銘菓として定着する事に成る。

 

松山銘菓タルト、その菓子の事だ。

 

どうでも良い話だが、元来のタルトは生地でジャムを巻いていたそうだ。

それを餡に変えたのが、松平家の工夫であったと言う。

 

そんなタルトに、身体が生えている。

 

頭を押すと音が鳴った。

 

持ち手の何とも言い難い表情から、何とも困った感情が醸し出される。

 

「何ツーカ、色気無エナア」

 

そんな有様に声を掛けるのは、黒い雷。

 

春風は、呆れたような視線を受け流し、肩を竦めて漆黒の艤装にと掛けた。

 

白黒の怪しげな人形が、疾走に揺れながら潮風を受け流す。

 

「マア、ソンナニ悪イモノジャナイサ」

 

声色は僅かに柔らかく、そのままに会話が途絶えた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

『うぉるしんぐまちるだ 05』

 

 

 

かたん、かたたんと軌条が鳴る。

 

陸地とは言え、四国は海面より山脈が突き出ている様な土地であり、

鉄道は外辺の海岸に沿い、島を環状に覆う形に設置されている。

 

他に、置き様が無いのだ。

 

今現在、憲兵隊の電と春雨が座る座席より左右を見れば、理由が一目に理解出来る。

 

右を見れば緑、山肌が窓を覆い鬱蒼と茂る何某かが暗い色彩を飾っていて、

左を見れば青、物の見事に開けた水平線の先に空と交わる境が在る。

 

山と海の僅かな狭間に、拓かれた鉄の道を列車が走っていた。

 

「しかし何か、変な雷だったのです」

 

頻繁に弧を描く軌条からの、横向きのGを受けながら電が言う。

口休めに買ったテンプラを齧りつつ、春雨と共に斜めに成りながら。

 

テンプラとは言うが、蕎麦饂飩に入っている様な魚介の揚げ物では無い。

四角い練り物を油で揚げた、一般に角天、平天などとも呼ばれる代物だ。

 

四国では、雑魚を練った物を雑魚天、白身を練った物を白天などと呼んでいる。

 

一般に言う天婦羅、衣を纏った揚げ物料理は、江戸時代にポルトガルより伝わり

好評を博し定着した南蛮料理、長崎てんぷらが元と成っている。

 

それが参勤交代に因り日本各地に伝わった折、名称の混同が発生した。

 

油で揚げると言う技法自体、そしてその様に作られた料理を、

悉くテンプラと呼ぶ風潮が日本各地で巻き起こり、

 

従来の技法や料理の名称は廃れ、歴史の闇に消えていく事と成る。

 

時は流れ今現在、各地でテンプラと呼ばれる練り物などの揚げ物が、

かつては何と呼ばれていたのかは、もはや定かでは無い。

 

ただ、薩摩揚げや雁擬きなどと、幾つか生き残った名称が残るのみである。

 

かくて四国に於いても、揚げた魚の練り物がテンプラと呼ばれ久しい。

 

そんな四角い練り物を齧り、口からぷらぷらと下げ揺らしながら、

人気の無い特急列車の席の上、首を捻る2隻の駆逐艦。

 

「でも、各地の金剛さんや龍驤さんほどの違いは無いですよね」

「あんな多様性の塊どもを比較対象にするんじゃねーですよ」

 

そう言う電もヒトの事を言えない。

 

会話も途切れ、もそもそとテンプラが揺れる座席の上、

ふと気付いたように、春雨が口を開いた。

 

「そう言えば雷さんって、尻尾、在りましたっけ」

 

互い、捻る首の角度が少し増える。

 

無言の中に幾度か、かたたんと静寂が過ぎた。

 

「例の14cm単装砲」

「いやそれじゃなくてですね」

 

多少頬を赤らめながら、通称ガロン塚本砲、の事では無いと言葉を重ねる。

 

「こう、後ろの、お尻のあたりに大きくでろーんと垂れてませんでいたか」

「んー、言われてみれば、生えていた様な気も」

 

疑問の答えと言うわけでも無く、聞き手の首を捻る角度が変わる。

 

そんな電の煮え切らない態度に対し、

席の上で大きく身振りで何某かを動作で示す春雨。

 

太く、長く、そして丸く。

 

「ボクカワウソ」

「違います」

 

連想したナマモノの名に、即座に否定の言葉が飛んだ。

 

気が付けば窓の景色が移り変わり、僅かな平地に建物と畑が見えて、

やがて間を置かず再び海と山の景色に戻る。

 

「雷さん、でしたよねえ」

「雷、だったのです」

 

客も疎らな車内の静寂に、軌道の成る音だけが響き続けた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

横須賀鎮守府所属、神風型1番艦の神風は妹を目の前にし、疑問を抱いた。

 

海老茶式部と言うにはやや紅に寄った制服を纏い、

流れる髪に電探の如く大きいリボンを結んだ姿で。

 

聞く限り、僚艦の雷と共に演習にて押し寄せる各地の戦隊を蹴散らし続けた、

そんな随分と武名を上げている三番艦、詰所の春風を目の前にして。

 

「春風、よね」

 

言葉が瀬戸内の海岸を小さく通り抜ける。

 

それは、春風だ。

 

黒い妹は何も言わずに立っている。

 

ああそうだ、コレは春風だ。

 

だって頭から垂れたドリルが風に揺れている。

 

黒い彼女は何も言わずに立っている。

 

「春風、なのよね」

 

同じ言葉だけが無為に積み重なっていった。

 

気が付けば、魂魄の奥に刻まれた光景が視界に浮かび重なる。

 

万丈の火焔に包まれる海。

凪いだ穏やかな海原。

 

空を埋める死神の如き爆撃機の群れ。

 

在り得ざる性能を発揮する黄金(こうはい)

 

触れる事すらできなかった、赤。

 

かつて随伴した気狂いどもと、同じ化物(いっこうせん)

 

伸ばしたまま、焼け焦げて崩れ落ちる指先。

妹の前に伸ばされた白い自分の指。

 

黒い何かは何も言わずに立っている。

 

ああそうだ。

 

アレは、春風だ。

そして、神風(わたし)だ。

 

「―― なのに何で、深海棲艦(わたし)なの」

 

そして夢が醒める。

 

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