水上の番外編   作:しちご

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どうでもいい連絡:カガノフに挿絵が生えました


06 うぉるしんぐまちるだ

呉鎮守府。

 

旧海軍鎮守府跡の土地には現在、自衛軍施設が堂々と居座っているため

日本海軍呉本陣は隣接箇所にひっそりと存在している。

 

少しばかりレトロな、言うならばハイカラな赤煉瓦の本棟は

近隣施設に比較すればどうにも小規模で、

 

中四国方面を支える海軍の要とは、とても思えない質素さが在る。

 

そのような規模に合わない詐欺の様な施設の搬入道路は、

今日も風物詩と化した反戦団体の座り込み抗議が行われており、

 

艦娘の即時解体をとのシュプレヒコールに、耳を揉みながら春雨が零した。

 

「素直に殺せと言えないのですかね」

「もう、自分でも何言ってるかわからないのですよ、きっと」

 

気も無く受け答えたのは、肩を竦めた電。

 

「あー、お客さんやから気になるとこやったか、すまんなあ」

 

可愛らしい声が響いた。

 

住んどるとその内に鳴き声にしか聞こえん様になるからと、

赤い水干の軽空母が氷菓の箱を差し出しながら声を掛けてくる。

 

憲兵隊下っ端駆逐組の動きが止まった。

 

まじまじと目を大きく見開き、相手を見つめながら、

ガリガリとした安い氷菓を箱から貰い口に咥える。

 

齧る。

 

圧力が無い、瘴気が無い、背丈が無い、胸も無い。

 

呑み込む。

 

殺気が無い、隠されても無い、誘い受けの胡散臭い緩みも無い。

 

そして、頷く。

 

「コレなのです、こういう安心安全あざとさ全振りが龍驤ちゃんなのです」

「ブルネイのアレは、やっぱり存在自体が何かの間違いなんですね」

 

「ブルネイのウチって、どんな化物なんよ……」

 

突然の酷い評価に、呆れた声色の反応が呉の龍驤から零れ落ちた。

 

「思ったより、若い人が混ざって居るんですね」

 

目を逸らした春雨が、視線の先に在った座り込み団体を入れてしまい、

何となくと会話を逸らす様に言葉を繋げた。

 

「そういえば、最近ちょい増えた感じやな」

 

ガリガリした氷菓の箱を閉じながら、興味の無い様相で龍驤が返す。

 

「帰国してきた中国残留日本人の餓鬼どもなのです」

 

ぼそりと、小さな声が不思議なほどに響いた。

 

声に2隻顔を向ければ、水平線に視線を向けている電。

背中で何かを語ってはいる気がしない事も無い。

 

「3番倉庫の近くには布陣したらあかんのやったな」

「うかつに近づかれても責任はとれないのですよ」

 

僅かに訪れた静寂を、軽く会話で破りながら、

赤い水干の艦娘は氷菓を配りに場を離れていく。

 

亜細亜に平和をと、甲高い叫びが施設に響いた。

 

 

 

『06 うぉるしんぐまちるだ』

 

 

 

怨嗟の響く漆黒の海と、鮮血の如く紅く染まる空。

 

深海側の視界には、いつもの光景が映っていた。

 

其処は陸の見えない程度の近海、2隻の黒が航跡を描いている。

瘴気に包まれた海原を何の躊躇いも無く進むのは、深海の所以。

 

「マア、思ッタヨリハ愉シメタンジャネーノ」

 

黒い雷と呼ばれていた個体が、肩を竦めての言葉を零す。

 

「雷」

「アタシハ、レ級サ」

 

そうだろうと、視線を合わせないままの対話。

 

「誰ニデモワカル話ダロウヨ」

 

ヒトが深海では生きていけない様に。

 

春風と呼ばれていた個体が深海の輩で在ると喝破された途端、

札をひっくり返すかの如く対極に、白と黒と、世界の色が変わった。

 

名を呼ばれてしまったら、最早名付けに惑わされる事も無い。

 

深海の姫と戦艦の2隻は速やかに海軍の討伐対象として、

現場の数隻にはじまり続々と集まる援軍に、詰所を追い立てられた。

 

「提督ハ残念ダッタガ、マアソノ内ニ解放サレルダロウヨ」

 

レ級の記憶に在るのは、状況を理解できぬままの詰所提督が、

戸惑ったままの様相で拘束される姿。

 

古い姫は何も言わない。

 

「人ト深海は、相容レナイ」

 

古姫が言葉に何かを返そうと振り向くも、口から零れる音は無い。

 

ただ勢いのままに、艤装に留めていた人形が外れて落ちた。

 

あ、と声が漏れる。

 

タルト人。

 

深海の視界の中でも、変わる事の無い黒と白。

 

沈んでいく。

 

手を伸ばす。

 

されど伸ばした手は、海面に辿り着く事無く留まり。

 

静寂の中、漆黒に埋もれる様に沈んでいく人形。

 

歯を食いしばるが如く悲壮な表情の古姫の有様に、レ級が嘆息したあたり、

海中に僅かに見える人形を力強く握りしめた指が在った。

 

そして、それをその手に掴み、天へと突き上げる様に海面へと浮上する。

 

水音が響く。

 

身体よりも長い白銀の髪が、水飛沫と共に海面に落ちた。

 

「アレ、久シブリダナ変ナ潜水カ級個体」

「潜水棲姫ヨッ」

 

太腿あたりを喫水線として浮かび、海面を叩いて飛沫を上げながら、

発言に全霊で異議を唱えたのは、ブルネイ近海によく見る潜水カ級の亜種。

 

南冥侵攻時に何処居たんだよ、何か気が付いたら変な木に刺さってたわ、

そんな益体も無い会話の合間に、拾った人形が落とし主に返された。

 

思いがけず戻って来たタルト人に、古姫の表情が泣きそうに歪む。

 

「ホドヨク乾イタアタリデ、海ニ放流サレテネー」

「キャッチアンドリリースカヨ」

 

その背後で何かマッタリとした空気で会話を続ける2隻。

 

「モウコネエワヨト泣キナガラ撤退シヨウトシタラ、イツモノ爆乳ガネー」

「アー、アノ爆雷職人ノ軽巡ナ」

 

某泊地所属の長良型は、深海側で知名度が高まっていたらしい。

 

「ンデ、アンタラ何ヤッテンノ」

 

そして会話の流れで、長髪の潜水艦が可愛らしく首を傾げ、問いかけた。

 

何とも言えない気配を漂わせたまま、無言の静寂が海面に満ちる。

何と言うべきかと首を捻る戦艦と、傾げたまま待っている潜水艦。

 

「マ、アタシはコレカラ暇様ノトコニデモ帰ロウカネト」

 

頭を掻きながら、レ級が疲れた様な声色の言葉を流した。

 

そして駆逐艦は、海水に濡れた人形を見つめている。

 

頭を押すと鳴き声がした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

呉の本陣で、舞鶴の狂犬が嘆息する。

 

「何で、と聞いても答えは返ってこないんだろうなあ」

 

本陣埠頭の内側で、天龍の目の前に縄でぐるぐる巻きにされた

件の詰所提督が放置されている、転がされている米俵の様に。

 

持ち運びしやすそうな取っ手も付けられていた。

 

常日頃に世話を焼いている舞鶴六駆の3隻が、

大事を引き起こしたと聞いて慌てて駆け付けてみたものの。

 

何かが、おかしい。

 

駆逐古姫、かつてサイパンの作戦で確認された駆逐艦の姫。

戦艦レ級、通商破壊に名が売れている小柄な悪魔。

 

その2隻が攻めてくる、可能性が高いとだけ説明された。

 

「……あの娘は、雷だもん」

 

涙目で弱々しく零す暁の、制帽を取って頭をくしゃりと撫でる。

 

―― 憲兵あたりか、それとも呉か

 

何処かで誰かが何かを企んでいる気配に、天龍が眉を顰める。

 

搬入口の団体によるシュプレヒコールは最高潮を迎え、

防衛に布陣している艦娘の後背、避難誘導に従うそぶりも見せない。

 

「雷か、会った事は無かったな」

 

かつての沖縄鎮守府解体後、第六駆逐隊4隻は舞鶴8番泊地へと移籍した。

 

後に泊地提督の深海堕ちに伴う泊地解体が在り、

暁、響、電の3隻は再度の移籍を経て、現在に天龍の預かりと成っている。

 

ただ、泊地提督の失踪に時を同じくして、

行方が不明と成っていた駆逐艦が、1隻。

 

旧沖縄、舞鶴8番泊地提督付初期艦、雷。

 

書類の上では、責任を取り自主解体と記されている。

 

―― それじゃない

 

先程から天龍の深層意識が、何故か警鐘を鳴らし続けている。

 

ぐりぐりと暁の頭を撫でながら、おおおおおと謎の呻きを受けながら、

視線を回し、思考を深く沈めていく。

 

埠頭に見えるは艦娘の布陣、かなりの数が在る。

 

近場に待機させている六駆への視線は暖かい物とは言えない、

まあ敵意に成って無いだけまだ大丈夫かと思考を移す。

 

島に囲まれた湾、多くの味方、少ない敵。

地の利は在る、そうだ、間違いでは無い。

 

敵性存在に対する情報。

 

かつての作戦で航空隊の爆撃に沈む、艦隊に被害無し。

海軍が完勝した相手、詰まる所、勝てない相手では無い。

 

―― そうじゃない。

 

天龍が暁の目を回しながら、何かに想到した瞬間に。

 

ゆらりと、在った。

 

いつの間にか、海原の只中にただ1隻。

 

視界に在る化生の姿に、天龍は自らの疑念を理解した。

 

ああそうだ、何を勘違いしていたのか。

 

航空隊の爆撃で沈む。

 

艦隊に被害無し。

 

だが、それが何だと言うのだ。

 

「引けーッ」

 

絶叫に、近場の艦娘が表情を変えた。

 

爆音が響く。

 

埠頭の艦娘は固まっている。

 

相対する怪異への畏怖に、その身が凍り付いたかの如くに動かない。

連鎖する爆煙の中から、悲鳴と叫びが埠頭を埋め尽くした。

 

「駆逐古姫、姫の怪異 ――」

 

血と硝煙の香りが流れ、背後からは民間人の絶叫。

 

全てを受け流し天龍は、手近に居る残存艦娘を纏めながら、

陣に満ちていた思い違いを、言葉に出して訂正する。

 

「あの龍驤ですら、為す術無く逃走せざるを得なかった化物だッ」

 

埠頭に漂う瘴気が、一層に濃く成った。

 

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