水上の番外編   作:しちご

2 / 51
冷えてない東南アジア

何事か区切りがついた所で艦生と言う旅路が終わるわけも無く、

今日も今日とて再建途中の5番泊地では、秘書艦組が書類の地獄を揺蕩っていた。

 

誰の眼も横綱の威風で座りきり、室内の1名と数艦からは悍ましき瘴気が吹き上げている。

 

そんな異界と化した執務室に飛び込んで来たのは、泊地主計長の軽巡、大淀。

 

「提案です、霞ちゃん賞賛手当を新規に ―― 」

 

物言わず叢雲が窓を開ければ、そこに巴と投げ飛ばすは龍驤の役。

 

その日、大淀は鳥と成った。

 

 

 

『気が付けば孤独じゃない島風』

 

 

 

霞ちゃん賞賛手当とか言うお小遣いを大淀さんから貰ってしまった島風です。

 

朝霜、ちゃん、朝霜、あさしー、うん、朝霜に連れられて帰投したあたりから

何かどうにも記憶が朧と言いますか、霞ちゃんを担いでひたすら讃えていたような。

 

思い出そうとすると、頭が、ぬあ。

 

礼号組怖い、それだけはわかります。

 

何はともあれ、朝霜を回収に来た長波ちゃんと一緒に簀巻きを作りつつ、

何故かお手当を貰ったので、一緒にお昼ご飯を食べに外出している所なのです。

 

出がけに経費で落としますとか言っていた大淀さんが、泊地2階の執務室から

紐無しバンジーをしていましたが、見なかった事にしておきましょう。

 

「あー、何かもうウチの馬鹿が本当に迷惑かけたな」

「大丈夫だよ、何て言えばいいか、うん、記憶に無いから」

 

ここ最近に何があったかと思い出そうとしても、ええと、何だっけ、

付け髭、霞神輿、大戦艦清霜、無限のトンカツ、えーと……

 

忘却と言うのは自分を守る術なんですね。

 

まあそんな思い出してはいけなさそうな内容よりも、お昼ご飯の事を考えましょう。

 

デコボコに成った海岸沿いに、クアラブライトの港湾へと向かえば、

何か普段よりも盛況に市場が開かれ、屋台が軒を連ねていました。

 

「マレーシアから難民の人が入って来てるんだっけ」

「災害の後の露天市か、何て言うかタフだよなあ、人間って」

 

流通は生きていますので、知識に在る戦後の闇市と言うわけでも無いのですが、

どこかしら以前に利根さんに聞いた様な、そんな雰囲気が感じられる活気です。

 

何にせよ、元気に動き回れる間は大丈夫ですよね。

 

それでは早速、良い感じにお客さんが溜まっている屋台を覗いてみましょう。

 

と思ったのは少し迂闊だった様で。

 

何の屋台だろうと覗く程度の気持ちだったのに、周囲のお客さんが

艦娘さんだと騒ぎ立て、大急ぎで席が作られ長波ちゃんと一緒に座る事に。

 

好意が、好意が重い。

 

何の屋台かもわからないのに食べないと帰れない雰囲気的に。

 

とりあえず、カレーっぽい香辛料の香りがするから、

食べられない事は無いだろうと長波ちゃんとアイコンタクト。

 

間を置かず器に盛られて提供されたのは、カレーラクサでした。

 

何かやたらと新鮮そうな大量の海老、おそらくはブルネイ産に、

ミントとモヤシと、魚肉団子がちょっと嬉しい。

 

そんな具沢山な、ココナツカレーの系統の汁を使う麺料理。

 

ラクサは米粉麺を使う所が多いのですが、店主さんの言う事には、

これは卵を練り込んだ小麦麺だそうです、道理で黄色いと思った。

 

サバ州、ボルネオ島北端のあたりのラクサではよくある事だとか。

 

ラクサと言うのは所謂ババ・ニャニョ料理で、15世紀に欧米による

東南アジア統治が始まった時、手頃な憎まれ役として移住させた中華系移民。

 

それとの混血を意味するババ(男性)ニャニョ(女性)からはじまり定着した料理です。

 

マレー語ではプラナカン(ここで生まれた)と言い、プラナカン料理とも言いますね。

 

魚や海老などの海産物からとれる出汁を、香辛料で整えたスープに

麺、主に米粉麺を入れた酸味のある麺料理で、南国の気風に合っている感じ。

 

広く普及し、現代では特にマレーシアとシンガポールで人気だとか。

 

細々とした所が変わっていますが、艦だった頃に美味しく頂いた料理が

現代でも変わらず愛されているのを見るのは、ちょっと嬉しいものがあります。

 

さて、広く普及し長く愛されていると言う事は、

各地で様々なバリエーションが作られていると言う意味でもあり、

 

ラクサも例にもれず様々なご当地ラクサが作られています。

 

ブルネイ及びマレーシア各州、シンガポール、それぞれの土地にありますが、

おおざっぱには、カレーラクサとアッサムラクサに大別できるとか。

 

海老がメインでココナツカレーのスープを使うカレーラクサと、

魚がメインで主に酸味、辛子やタマリンドなどを入れるアッサムラクサ。

 

まあそんな事はどうでも良いのです、だって海老がプリプリなんですよ。

 

何かもう、海老の養殖万歳とブルネイ王室に賛辞を贈りたい気分。

 

「お客さんが並んでいるのも納得だねー」

「思ったよりは辛く無いな、酸味の方が強い」

 

小麦麺も良い、米粉麺に無い力強さ的な歯応えが在る。

 

サバ州のラクサか、これはちょっと南国では覚えておいた方が良い品目かも。

 

「夏場の熱気に嬉しい感じだが、何か麺が短くないか」

 

食べにくいと言う長波ちゃんの勘違いに気付いたので、ちょっとだけフォローを。

 

「ラクサは大陸の系譜の麺料理だから、日本とちょっと違うんだよ」

 

艦の頃の記憶は朧げなせいか、意外に細かい所を忘れているものですね。

 

言いながら蓮華を使って、スープと一緒に麺を口に入れる。

 

「ああ、汁と一緒に食うのか」

 

観光客向けのエリアだと麺料理として長い麺で売られていますが、

地元密着の店だと、ショートパスタの様な感じで短く切っている事があるのです。

 

蕎麦切りや饂飩などの系譜から、麺の方が主体に成る日本と違って

ラクサはあくまでもスープの具としての麺、汁の方が主体の中華系なわけでして。

 

「あー、酸味と辛みが丁度良い」

 

そう言って長波ちゃんが、何かに目覚めた様な感じの表情を見せました。

 

気が付けば器も空き、店主さんたちにお礼を言って露店を後にする。

 

「今日は随分な当たりだったな」

「シンガポールラクサに近いから、ヨー島にも似た様なのがあるかもねー」

 

それは良いと笑顔を見せる長波ちゃんに、何となく嬉しくなるお昼時でした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

宵も更けた頃合いの居酒屋鳳翔、新装開店直前の厨房や。

 

「今夜は、帰りたくないんや」

「うわあ、色気のある台詞」

 

棒読みで無かったらな、うん。

 

「部屋にエアコン入れたんだろ、もう大丈夫じゃないのか」

 

そう言うカウンターには司令官。

 

「おかげでバキュームどもと、飲酒母艦がマグロに成って転がっとんねん」

 

足の踏み場もない、つーか自分で買えやコンチクショウ。

 

「まあええわ、ほい夜食の出来上がり」

「お、今日もお疲れさん」

 

そう言って黄金のおビール様を掲げる前に、置かれた器は麺料理。

 

鳥出汁を整えた琥珀色のスープは、辛子の赤が浮いて南国の気風を見せている。

米粉麺の上には海老にモヤシに茹で鶏、あと錦糸卵。

 

何つうか冷やし中華の様な見た目やな。

 

「夏場に嬉しい感じだな、何処のラクサだ、コレ」

「クチンラクサ、つーかサワラクラクサやね」

 

ものごっつ無難なサワラクラクサ、いやちょい難民護送の時にレシピを聞いてな、

サワラク州の州都クチンで店を持っとったとかで、クチンラクサ言うとった。

 

讃岐うどんを、丸亀うどんとか高松うどんとか言う感じか。

 

「サラワクラクサは、ココナツミルクが入ってなかったか」

「それはサワラクのカレーラクサや」

 

透明感の在るスープに、メジャーなサワラクラクサとの違いを問いかけられる。

 

コレは、クアラルンプールあたりのアッサムラクサに近い感じか。

魚介主体やなくて鶏ベースなんがちょい違う所やな。

 

そんな、細かくてやってられっかと言いたくなるようなバリエーション話を

聞きながら、付け合わせのマナオ(ライム)を蓮華の上に絞る司令官。

 

「慣れとんな、さりげに」

「流石に東南アジアだと、ラクサからは逃げられないからなー」

 

言いながら口をつけ、思ったより酸味が強えと苦笑する姿。

 

そしてサンバル、海老と唐辛子で作ったペースト状の調味料を溶かし、

辛みを調整しながら麺を、汁をとテンポ良く食べ進める。

 

「タマリンドの香りもするし、辛口のアツアツ冷やし中華かな」

「暑い時に食いたくなるもんは、どこの国も一緒ってとこやな」

 

何と言っても錦糸卵が、冷やし中華感をマシマシにしとるわ、熱いけど。

 

まあそんな、熱帯夜に帰結する様な宵の飯やったとか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。