呉の埠頭に砲火の豪声が轟き続ける。
爆煙の中、血煙を越えて聞こえる音は、打ち砕かれる艤装と艦娘の悲鳴。
ひたすらに上陸を阻止し続け、時間だけが浪費されていく現状は、
ただ一方的に深海に嬲られるが如き様相とも言い換えられる。
そして僅かな、当事者の体感では須臾に至るほどに長い戦闘は続く。
駆逐古姫、サイパンの主敵。
その主砲は、戦艦の装甲すら容易く撃ち抜くほどに、重い。
その装甲は被弾する軽い砲など物ともしないほどに、厚い。
その雷装は数が多く、正しく重雷装と呼べるほどに、深い。
その対空は、空を雨の如く弾丸で埋め尽くすほどに、濃い。
だが、真に恐るべきはその速度。
いかなる攻撃もその影を踏む事すら能わない。
言わば、駆逐艦並みに高速で機動する戦艦
「なんともまあ、始末に負えん」
疲弊した前線と入れ替わりながら、呉鎮守府所属の那智がぼやいた。
現実に相対してようやくに理解が至る。
速過ぎる。
構え、撃ち抜くまでの間に既にその場から姿を消している。
砲撃も雷撃も、爆撃でさえ、僅かな狙いすら定められない悪夢。
これは ―― 受け止めては駄目だ。
今にして思えば、サイパンにて南方軍が徹頭徹尾攻勢を貫き、
最終的に面で制圧を選択したのは、それが理由であったかと。
「どうにも、初動の間違いが痛いな」
「だからと言って、諦めるわけにはいきませんわッ」
「よーし改鈴谷型初出撃が…… 肉の盾ってテンション下がるぅー」
僅か、食いしばる歯の隙間から愚痴を零した重巡に並ぶように、
飛行甲板を盾の如くと構えながら2隻の航空巡洋艦が上がってくる。
「水戦はどうした」
問うた那智に全部飛ばし終わったと、やる気無さげな鈴谷が答える。
「壁は一枚でも多い方が後ろが安全じゃんよー」
「噛み付くのは得意な方にお任せですわ」
達観した気配を滲ませた熊野の視線の先、砲火の庭を蹴立てる影が在る。
那智が、呆れたような声色で言葉を零した。
「ああ違いない、まさに狂犬よな」
加速するは天龍水雷戦隊 ―― 舞鶴六駆。
『07 うぉるしんぐまちるだ』
砲が疾る、雷撃が海を分かち足場を乱し、激突する艤装が破片と化す。
火花を立てながら、天龍が降り抜いた刃を片腕の漆黒が弾く。
足を止めた古姫の至近に爆撃が落ち、吹き上がる水煙が衣装を濡らした。
加速した船足が戦隊をばらけさせ、個別に航跡を残し散っていく。
単純に、駆逐艦並みの速さを誇ると言うのならば、
水雷戦隊が対処すれば良いと言うだけの、無謀。
縦横の水雷が過ぎ、砲火の作る水柱の連なりが音を立てて海面に戻る、僅か。
天龍のみが食らいつき、駆逐艦が周囲を回る。
そんな戦火の間隙に、凪いだが如き一瞬が訪れた。
「何で、ここに来た」
刃を突きつけ問う、相対する互い。
「人ト深海ハ相容レヌ、カ」
嗤うが如き声色で、問いの先に在る前提を口にするのは駆逐の姫。
それきりの静寂に、鉛を流し込んだが如き重さが加わった。
ゆっくりと、周囲の艦娘の、深海の姫の艤装が駆動する。
少しずつ、だが確実に刻限へと近づくかの様な変異の底。
号砲を待たずして、再度に古姫が口を開いた。
「オ前タチガソウ呼ンダ、私モソウ名乗ル」
埠頭の、海域の艦娘の視線を集めながら、
滔々と述べられる言葉が世界を渡る。
「私ハ駆逐古姫 ―― 深海ノ古キ姫」
神風型駆逐艦を素体とし、力への渇望の果てに生まれた個体。
その性、傲岸にて不遜。
「ソノ私ガ」
言葉に、火薬の匂いが混ざる。
「何故ニ人ノ道理ニ従ワネバナラン」
即座、砲撃に連なる爆音が世界を埋めた。
身を竦ませる様な不格好な回避に、反射と放った砲を艤装に弾かれながら、
刹那にすれ違い波蹴立て、振り向いた天龍の視界に状況が入る。
燃え上がる埠頭。
爆散し噴煙に埋まる建物と、阿鼻叫喚。
混乱。
爆破テロとの単語が、誰かの叫びから届けられた。
「―― 3番倉庫」
思考が停滞を生み、銃撃をその身に受ける。
削られる艤装に意識を割きながら、相対する怪異に視線を戻す刹那。
視界の端に、何かが映った。
爆音に、どこか嬌声染みた悲痛の叫びに、誰も彼もが世界を狭めた一瞬、
群衆の中から飛び出した漆黒が一隻、まだ他に誰も気が付かない。
天龍の正面に漆黒の艤装の口が開く。
それは敷地外の、速やかに活動家を取り押さえる公安を抜け、
被害を確認し倉庫周辺の整理をしていた特3型駆逐艦の元へと走り寄る。
艤装を盾に身を屈めるように回避を選ぶ巡洋艦。
次いで、言葉を発する。
「後ろだ馬鹿野郎ッ」
声が埠頭へと届き、刹那、思考よりも早く振り向いた憲兵の駆逐艦。
その顔の前に、在る。
鼻先が触れるほどに。
白蝋の肌、死の色を纏う怪異。
「欲シケレバ奪ウ、当然ノ話ダヨナア」
耳元で囁かれる言葉。
電の反応は、僅かに遅れた。
レ級の腕は伸び切っている。
突き出すように伸びた拳はその腹を強かに打ち、
その全身を、撞球の如く勢いをつけて弾き飛ばした。
延長線上の建築が瓦礫に変わり、音を立てて崩れ落ちる。
手前、舌打ちと共に、千切れる予定だったんだがと零れる言葉。
そのまま撃ち手は埠頭の舗装を削る様に滑り、煙を上げながら止まった。
そして流れる様な勢いで、地面に転がされていた詰所提督を担ぎ上げる。
「あ、えーと、雷か」
「レ級サ」
答えながら埠頭を疾走、数多の混乱を、艦娘の間を摺り抜ける様に走る。
「撃つな、人質に当たるッ」
誰かの叫びが、周囲の砲塔を止めさせた。
刹那に口元を歪め、砲撃をまき散らしながら海へと飛び込む一隻。
水音の中、言い募ろうとする提督に視線を向けず言葉を掛ける。
「後デ口説イテヤルカラ今ハ黙ッテナッ」
潮風が埠頭を薙ぎ、硝煙を運ぶ。
口説かれるの俺との驚愕に、飄々とした気配でレ級が補足を足した。
「クチコキ様ガ」
「クチコキ言ウナッ」
気が付けば声を交わすほどの距離。
響き続ける砲撃の音。
思い出した様に放たれる散発的な砲が作る水柱を抜け、漆黒の2隻が相対する。
「帰ルンジャナカッタノ」
「土産モ無シニカ」
無いわと零し、そうかと笑う。
軽い会話を交わしながら、戦艦が空いた手を駆逐の首に引っ掛けた。
船体を杭の如くに利用する。
急激な旋回に詰所提督の目を回させながら、古姫の周りをレ級が回り、
その移動に追随するように振り回される尾の先に口は既に、開いている。
数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどに大量の魚雷が、円周に吐き出された。
大量の爆音と水柱、悲鳴が海域を埋め尽くす。
「ソレデハ皆様、ゴ機嫌ヨウ」
けらけらと嗤い、人を食った様な言葉だけが埠頭に残される。
回避に費やした時間を僅か、埋め合わせる勢いで追撃に向かう数隻が、
即座に過たず魚雷の直撃を受け姿勢を崩す、足を止めた。
レ級以外の射線。
被害を受けた暁を庇う様に前に出る舞鶴の電、並走する駆逐艦は呉の曙。
「まだ居る」
「何処にッ」
短い会話と、彷徨う視界。
喧噪の中、小さく、なのに不思議と海域に響く様に
何処からかコプリと水音が響き、水滴が海面に落ちた。
まるで何かが、沈んだ様な。
「―― 潜水艦」
追撃の足が完全に止まる。
硝煙の漂う埠頭を、不気味な静寂が埋め尽くした。
(TIPS)
目を回した暁を担ぎ、天龍が埠頭へと戻ってくる。
聴音器を乗せた駆逐艦が周囲を掃海する中、慌ただしく整理されている状況。
「お疲れ様なのです」
修復材を被り、制服を霊的物質で濡らした憲兵の電が声を掛けた。
その頭頂に拳骨が入る。
頭を押さえ呻きながら震える駆逐艦の横で、巡洋艦は耳を澄ませた。
「い、いきなり何をするですかッ」
「悪い事した餓鬼は、叱られるもんだ」
さざめく音の連なりに混ざるのは、爆破テロと言う単語。
搬入口に座り込んでいた市民団体は、
どこからともなく現れた官憲に拘留されている。
溜息が漏れる。
「やったのは憲兵か」
「止めなかっただけなのです」
若者が老人の自慰に付き合えるわけが無いのですと、肩を竦めての言葉。
「呉の面子を潰すほどの事か」
「売り渡したのは彼らの国ですよ」
語り手の一言に、聞き手が天を仰いだ。
「何より、呉は面子を潰しておかないと、ここから西日本が強くなりすぎるのです」
「あーわかった、もう聞かねえ」
拗ねた様な声色を、頭髪を掻きまぜる様な掌で止めて、天龍が一言だけを残す。
「まあ、現場の被害を減らそうとしたのは有難い話だったよ」
わしゃわしゃと掻き混ぜられる髪。
そして電は、何の事だかわかりませんと呟き、視線を逸らした。