「Hi! Admiral、調子はどう?」
昼下がりの提督室に、明るい声色の高速戦艦が飛び込んできた。
「それはともかくとして、B・B 借りていくわねッ」
「べいッ!?」
そして即座に龍驤の席に座っていた、影武者と書かれた俎板を
首から下げる護衛空母、ガンビアベイを担ぎ上げる。
「UTBにメンバーが足りなくてね」
「すまんがイニシャルトークだと意味がわからん」
高速過ぎる状況変化に置いていかれかけている提督の、極めて最もな発言。
言われたアイオワは性急に過ぎたかとの反省に軽い謝罪を乗せ、
教導の一環で球技の試合が行われるのよと、簡単に状況を説明する。
「それがUTBとやらか」
「アルティメットテーザーボールよッ」
アルティメットテーザーボール、
それは、熱きアルティメットテーザーボウラーたちの戦い。
「人生の縮図ねッ」
「浪漫なら仕方ない」
さらりと出した許可を、サムズアップで受けた高速戦艦が
何か未だ状況を掴めず目を回している航空母艦を拉致して暫く。
俄かに騒がしく成った窓の外を伺いながら、提督が叢雲に問いかけた。
「で、アルティメットテーザーボールって何だ」
「マイナー球技ね、体格差に因る有利不利の無いフェアなスポーツだとか」
「知らないなあ」
そんなもんかと説明を受けて後、
―― エレクトリッガアアアアアアァァッ
―― ぶげらッ
教導の場から響いて来た叫びと爆音に、スルー安定と心に決めたと言う。
『ヴェールヌイは鉄面党が許せないらしい』
悲鳴と爆音の連鎖する敷地の喧騒を聞き流しながら、
書類を片付けている提督が、思いついた様に叢雲に聞く。
「そう言えばさっきアイオワがベイの事をB・Bと呼んでいたが」
書類を交換し、互いに判を押しながら会話を繋ぐ。
「BLOODでもBURNINGしてるのか」
「まあ戦績から言えば熱血艦と言われても仕方ない娘だけど」
ガンビアベイ、栗田艦隊に総出で叩かれた艦ではあるが、
それはつまり、友軍を逃がすために殿で激戦を繰り広げたと言う意味でも在る。
そして以前、アイオワさんに聞いただけだけどと前置きが在り。
「バンクーバーにカイザー造船所ってのが在ったらしいわ」
16隻造る予定の造船所だったが、海軍のゴリ押しで急遽18隻造る事に成る。
「そんな海軍の無茶ぶりに全力で応えた結果、やりすぎたとか」
―― 目標18隻以上、むしろ頑張れば44隻までならイケる
当時のカイザー造船所の標語である。
突然出てきた44隻、現場の発狂ぶりがひしひしと伝わってくる表現であった。
「まあ結果としてノルマの18隻をクリアして、何かまだ期間が余っていて」
丁度、あと1隻造れそうなぐらい。
「そんなわけで余力で造られた19隻目、ボーナスベイビーことB・Bよ」
判を押した書類を決裁済みに重ねながら、叢雲が言葉を締めた。
「名前には関係無かったんだな」
「まあ確かに、少し紛らわしいわね」
言葉の終わりで互いに決裁済みの書類を纏め、一区切りかと肩を回す。
間宮にでも行くと叢雲が水を向ければ、提督は沈痛な面持ちで首を振った。
「何か陽炎隊と時雨が死体に成って転がってたから近寄りたくねえ」
謎のプレッシャーが酷いと。
そんな引き攣った顔色に初期艦は、苦笑を乗せて言葉を受ける。
「龍驤に置いてけぼりにされたからねえ」
「あー、やっぱそこらか」
そんな言葉に提督が思い浮かべるのは、先日の光景。
ブルネイ鎮守府群合同で空母機動部隊を編成するとの計画に、
基幹にあたる龍驤に希望の随伴艦は居るかと聞くと、即答が在った。
漣、と。
そう口に出た途端、何となく近くでゴロゴロ言っていた島風と天津風の
目のハイライトが突然に行方不明に成ったのをよく覚えている。
「時雨はわからんな」
「ほら、龍鳳と仲良いからあの娘」
そこかと想到し、疑問を解消したままに眉間を抑える。
「しかし何だ、連れてけーとか強請る事は出来なかったのかね」
「それはちょっと難しいわね」
湧きあがった疑問を、軽く否定する様な言葉を出した駆逐艦に、
はてなと首をひねる様相を見せ、言葉の続きを待つ。
「まあ武勲艦や幸運艦、いろんな艦が我こそはとプライドを持っているけどね」
それでも、それとは別に昔からの、とても簡単な区別がひとつ在ると叢雲が言う。
「一桁の駆逐隊は、格が違うのよ」
龍驤が第七駆逐隊を指名した以上、異論を差し挟める艦などそうは居ないと。
「特に七駆は一航戦所縁の駆逐隊だし、異論を出せるのは一航戦組ぐらいかしら」
「ああ、赤城と加賀が貸してあげますとか言ってたのは、それかあ」
あの瞬間、何処からも文句が出せなくなったわねえと、しみじみとした言葉。
「しかし、そんな区別が在ったんだな」
「まあ、艦の性能とかとはあまり関係無いけどね」
入れ替わりも結構頻繁だし、タイトルホルダーみたいなものかしらと嘯いた。
「ウチで言えば第六駆逐隊ね」
貴重な一桁を遠征専門にするなんてと、初期は驚愕されていたわねと
思い出しながらの苦笑を零しての言葉が在る。
「まずかったのか」
「そうでもなかったわね」
不安を帯びた言葉を、秘書艦が軽く否定する。
「何だかんだでウチは、大型艦主体の泊地じゃない」
川内型率いる水雷戦隊が意気を上げるとは言え、それでもどう考えても
主役は空母など大型艦に成る以上、必要なのは駆逐艦の奮戦では無いと語った。
「ぶっちゃけ六駆のおかげで、兵站の安定が段違いだわ」
他の駆逐隊に任せてたら、支援とか必要に成ってどこかで破綻してたかもと
しみじみとした口調で消耗品の書類を触る。
「龍驤の言っていた、天龍幼稚園ってのはよくわかんなかったけど」
「何だその否定し辛い遠征組の異名は」
実は何も考えて無かったのではと、
筆頭秘書艦の過去の功績に疑問を持った執務室の空気であった。
(TIPS)
深夜の居酒屋鳳翔。
普段通りの落ち着いた色彩の店内は、何故か今日に限り
常ならぬ何処か独特の緊張感を湛え、カウンターの空気を重くする。
ここでもかと、謎の緊張感に冷汗を流す提督の様相に気付くそぶりも無く、
本日の厨房に入る赤金色の髪の正規空母が厳かに言葉を紡いだ。
「文明の発展とともに、様々な技術が生まれました」
サラトガがオーブンを注視しながら、厳かな口調で言葉を紡いだ。
「例えば織物など、2200年の昔に既に存在していたと言われていますね」
生地で丸める、発酵させる、織り込む、数える様に謳いあげる個別の ――
「そんな遥か古代から、ひとつひとつ、断片の様な技術が」
永き時の流れの果てに、今この場にひとつの形として結実していると。
宣言に、どこか神聖な気配の静寂が生まれた。
託宣を受けたかの如くにオーブンが開けられ、噴き出した熱気が厨房を駆け巡る。
「そして遂に、到達したのです」
今、皿の上に乗せられたのは、質量。
「人類は、遂にベーコンエクスプロージョンへと到達したのです」
―― ベーコンエクスプロージョン。
縦横と布の如く織り込んだベーコンに、一瓶のバーベキューソースをぶち撒けて、
刻んだベーコンをこれでもかと混ぜ込んだ後、ソーセージを巻き込んだ肉の暴力。
21世紀早々に産み出された究極のベーコン料理である、
その、もはや芸術と言っても過言では無いほどの即物的な質量は、
世に出ると時を同じくして世界各国にファンクラブを生み出すほどに
人々を魅了して、瞬く間に世界最高級の知名度を持つアイデア料理の座に輝いた。
世界各国、具体的に言えば主に英米である。
主に英米である。
そしてその、ラグビーボールの如きベーコンの塊はオーブンで焼き上げられ、
5000キロカロリーオーバーの暴力的な威風を皿の上に醸し出している。
「到達してはいけない境地って在ると思うんだ」
切り分けたら溶けたチーズが零れだした。
深夜に何てものをとの心の声が、染み込んだ嘆息が提督から漏れる。
そんな提督の横で、顔を覆って謝罪の言葉を漏らすのはアイオワ。
「……龍驤が居ないと、サラを止められる艦が居ないの」
航空母艦サラトガ、ヘルシーと聞くと鼻で笑う昔ながらのアメリカ艦であった。