水上の番外編   作:しちご

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09 うぉるしんぐまちるだ

それはまるで、猫に嬲られる獲物が如く。

 

数多の爆撃鬼が空を裂き、立て続けに生み出される水柱が海面を荒らす。

散発的な砲撃と爆撃の合間に、木の葉の如くと散らされる艦隊が在った。

 

―― ヒャッホーッ 敵だーッ

―― ヒャッハハ、見ろ!あの必死の顔をよーッ

 

「何か何処かのモヒカンっぽい事を言ってるしッ」

「オ客様ノ中ニ世紀末救世主は居ラッシャイマセンカアアァッ」

 

提督イ級と古姫が高波に掻き混ぜられながら叫ぶ所に、至近弾が落ちる。

そして、並走していたワ級が吹き飛ばされて引っ繰り返った。

 

天地逆しまと成った補給艦の艤装から、穀物の種籾が零れ落ち海面に散る。

 

「ア、明日、明日ガ……」

 

艤装から引き抜いた腕が伸ばされるも、種籾に辿り着かずその身が業火に包まれる。

 

―― 熱いぜ熱いぜ、熱くてシヌぜエェェッ

―― 汚物は消毒やああぁぁッ

 

哀しみを伴う瘴気の霧と化したワ級の最後に、血涙を流しながら古姫が叫んだ。

 

「貴様ラノ血ハ何色ダアアアァァッ」

 

そんな義の宿星が輝きそうな発言に、イ級にしがみ付いている詰所提督が叫び問う。

 

「念のため聞くけど、打合せとかしてないよねキミらッ」

 

極めて最もな疑念は、即座に至近弾で蹴散らされた。

 

爆風に吹き飛ばされたイ級on提督は空を舞い、やがて水柱と化す

 

深海と言うには流石に浅い水深へと叩き込まれた人間と駆逐艦が、酸素を求めて

当然の如くと水面に浮かび上がった所、何時の間にか海上が白い色に染められていた。

 

詰所提督の視界を染める白への疑問を持つ間も無く、痛む。

 

肉体の反射で瞼を閉じ、呼気に伴い喉が焼け、肌が音を立てる。

 

「息ヲ止メロオォッ」

 

駆逐古姫が、ヒトの頭を掴み海へと沈めた。

 

即座、駆逐イ級がその袖口を噛み、海域を離脱せんと航行を開始する。

 

場を埋め尽くす白煙の中、不思議と一切の音が消えていた。

 

 

 

『うぉるしんぐまちるだ 09』

 

 

 

海原を二つに白煙が割る。

 

「半信半疑だったけど、本当に来たわねー」

 

空を横断した艦載機から、文字通り幕の如くに垂らされた煙幕を眺めながら、

呆れの色が見せて零した伊勢の言葉に、相槌を返しながら龍驤が言葉を繋ぐ。

 

「向こうは喉から手が出るほど欲しい、こっちは是非とも押し付けたい」

 

海面に滞留した白煙は綺麗に艦隊の視界を塞ぎ、

煙を挟んで停滞する海域は、先刻までの爆音が嘘の様に静まり返っている。

 

「そしてウチらは ――」

 

途切れた龍驤の言葉を、言い訳を作らねばならんと利根が継いだ。

そんな発言に、ふと思いついたと言う風情を醸しながら、桃色の髪が揺れる。

 

そのまま見えぬ白煙の向こう側を覗き込みながら、気軽な声色で漣が問うた。

 

「私らを呼んだのは、汚れ仕事だからですかね」

 

とても嘘くさい笑顔を張り付けた駆逐艦の言葉に、

とても嘘くさい笑顔を張り付けた軽空母が答える。

 

「漣んを信頼しとるからやんけー」

「もーう、龍驤さんたらー」

 

うふふあははと寒々しい会話が、白い眼をした艦隊の温度を下げていく。

 

「海軍のあざとい艦TWO突風を占めようと誓った仲やんか」

「確かに、猫耳とメイドと道は違えてしまいましたが」

 

質量の無い胸に手を当てて謳い上げるように訴える龍驤の言葉を、

哀しみをこめながら首を振り、涙を堪える素振りを見せながら漣が受ける。

 

「こいつらの発言、どこまで本気で受け取ればよいのだ」

「基本聞き流すべきじゃな」

 

艦隊の先端で繰り広げられる会話を拾い、日向が口にした疑問を利根が受ける。

 

やがて一抹の静寂が海上に生まれ、龍驤が落ち着いた声色で口を開いた。

 

「猫耳メイドっつうのはどうやろか」

「天才でしたか」

 

電撃的和解からの熱い握手をするあざとい2隻に、白い目を向けながら曙が言う。

 

「こいつら縛って倉庫にでも放り込んどいたら、南方が幾らか平和に成りそうよね」

 

ぼのたんひどい、ぼのたんかわいい、ぼのたん言うなッ

 

途端に姦しく、泣き真似をする二隻に顔を赤くした曙が叫ぶ。

 

「それで何じゃ、暫く待機しておけば良いのか」

 

与太を聞き流しながら、航空巡洋艦が軽空母に並び艦隊の疑問を代弁する。

問われた龍驤は会話を切り、髪を少し掻き混ぜながら思考を纏める様相を見せた。

 

「まあとりあえず、無駄に1回ぐらい撃ちこんどこか」

 

堆積し膨らみ、僅かずつながら薄れていく煙幕を指し示し、言う。

 

「あ、じゃあ私、持ってきた大発を発進させますねッ」

 

指示を受け即座、喜色を見せて大発を掲げる牛乳駆逐艦の声。

 

「……のう、龍驤」

「言うな」

 

抜錨以降延々と潮が龍驤へと向けていた熱っぽい視線に関し、

ためらいがちに利根が疑問を向ければ、目を逸らした回答が短く返る。

 

「大陸の頃の龍驤さん、何と言うか精悍でしたし」

「言うな」

 

遠い目をした曙の言葉に、短く龍驤が返す。

 

「そ、その頃に漣とは、神通さんの紹介で知り合ったんでしたっけ」

「そやでー、那珂姉やんに何かあったら神通頼れ言われとってなー」

 

話題を変えようとした朧の言葉に乗っかり、抑揚の無い声色の返答。

 

「ほらウチ、川内型航空巡洋艦4番艦やし」

「問答無用で突然無理やり末の妹に成ろうとしないでください」

 

真面目な顔で口にした与太を受けて、神通が速やかに訂正を入れる。

 

そんな益体も無い会話の中、たゆんたゆんと揺らしながら、

鼻歌でも歌いそうな風情で大発を海面へと置く潮。

 

血気盛んな妖精が意気を上げながら、海面を航跡で割り進んで行く。

 

「めくら撃ちで良いのだな」

 

後を受けるかのような姿勢で、前に出た日向が砲撃を放った。

 

続き伊勢、利根と大型艦から順に白煙へと撃ち込み、

その度に堆積していた煙が散らされ、穴の向こうに水平線が見える。

 

穴開きチーズの如き煙の壁の、その穴は撃ち込んだ数よりも多く、

間を置かず龍驤たちの周りに水柱が上がる。

 

煙を挟み、撃ちあう互い。

 

複数の攻撃に散らされた煙幕はもはやその役を果たさず、

砲撃の余波で乱された髪を整える艦隊の、視界が開けた。

 

その幾隻かの艦影は漆黒に染まり、気配が異界かと疑うほどに、濃い。

 

舞台の幕が開かれる様に消え果てた煙幕の前後に、

深海と艦娘の二つの艦隊が相対していた。

 

―― 待タセテシマッタカシラ

 

姫の艦隊の最奥、濡れ羽の黒髪を撫でながら離島棲姫が問い掛ける。

 

「いいや、今来た所や」

 

龍驤の掲げた砲に、装填の音が響いた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

暁は、涙を拭かなかった。

 

本土防衛の層が薄くなっている今を狙いすました様に、繰り返される略奪。

幾度も繰り返される艦隊戦は、蝗の群れに相対するかの様相で。

 

成程、それらを率いる妹の成れの果ては、確かに馬の耳と蠍の尾を持っている。

 

レ級と呼ばれるそれは、既に満身は創痍ながらも連戦を重ね。

 

沈まない。

 

如何なる声にも微塵も揺らぐ事も無く、猶も悪意の象徴として、強く在る。

 

かつての自分たちを率いた提督は、お世辞にも良いモノとは言えなかった。

 

大陸に通じた者、薬物を乱用した者、現実から目を逸らし続けた者。

それらの側に立ち、ただどこまでも周りに流されるだけの惰弱な人間。

 

私にとってのアレは、そういうモノでしか無かった。

 

あの娘には、何が見えていたのだろう。

 

その身を穢し、宿縁の全てを放棄するほどの、何が。

 

今、目の前で戦火を重ねる成れの果ては、人を食った様な軽い哂いを零し、

艤装の破片を撒き散らしながら友軍の包囲を突破しかけている。

 

どれほどの僚艦が沈んだのか、どれほどの被害が在ったのか。

 

姉妹だと、家族だと言っていた相手は、何を見て、何を思っていたのか。

何一つわかる事も無く、ただ無意味に被害だけが積み重ねられていく。

 

腹を割かれ、吹き飛ばされたのは電か。

 

爆炎が四方八方に水柱を生み、海が飛沫と成って撒き散らされる。

 

飛ばされる艦の隙間、死角より放たれた一閃を、

自らの腕を犠牲にして逃れた深海は、揚陸艦を尾で払う。

 

突破される。

 

間に合わない。

 

ここで取り逃せば、すぐにまた何処かを襲うだろう。

 

全速に追い縋る。

 

足りない。

 

駆逐の砲では止められない。

 

「雷イィッ」

 

見えていなかった、知らなかった、気付かなかった。

ああそうだ、どの面を下げて姉などと名乗れるものか。

 

吹雪型21番、特型駆逐艦最終完成形、暁型駆逐艦1番艦、暁

出力5万馬力、最大船速38ノット、排水量は公試にて1980トン

 

それでもまだ、自らがこの娘の姉であると。

全身と全霊を以って示すのならば。

 

「歯ァ、食い縛れッ」

 

拳が、その頬を打つ。

 

圧壊する互いの艤装と、破裂する腕。

 

顕現する霊力に顕された霊的な質量が、

駆逐艦たる身を潰し、戦艦の全霊をへし折った。

 

そして、呆れた様な笑いを残し瘴気と散る、悪夢と、大破した駆逐艦。

 

呉より放たれた追撃の顛末は、そのような形に終わった。

 




適当描き、ワ級さんはたぶんこんな感じ

【挿絵表示】

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