白煙が散り、広く海原の視界が開く。
今まさに、ブルネイ四航戦に相対するは、離島ハウスの住人でなし。
面白がるような嘲笑を張り付ける離島の姫と、傍らに立つ戦艦の姫。
そして曳航索を背負い、肩で息をしている駆逐棲姫と防空棲姫。
その後ろで、鳩尾に大発を減り込ませ瘴気と散って逝く泊地水鬼が居る。
何とも言い難い静寂が訪れている海域に、静かに潮の声が響いた。
「やりましたッ」
よく見れば離島棲姫の視線が、明後日の方を向いている。
恐らくは遥か遠く、涅槃へと視線を彷徨わせていたのだろう。
龍驤が潮の頭をぐりぐりと撫でまわし、ぐりぐりと回される駆逐艦の質量が
たゆんたゆんを越えてぶるんぶるんへと達した頃合いに、一息。
距離の開いた空間を挟み、互いの艦隊の視線が絡まった。
とても平たい旗艦が海原を渡る爽やかな風の様な微笑みを浮かべ
とても平たい棲姫が草原を駆ける涼やかな風の様な微笑みを返す。
そして艦載機が、雲霞の如くと広がり ――
「イキナリ沈ムナ馬鹿メロオオオォォッ」
「はっはぁ、まさに好機やなッ」
即座、何の躊躇いも無く前進を開始したのは4隻。
直進するは龍驤と利根、軽く弧を描き左右に広がる様に進むのは伊勢と日向。
その開いた狭間を、こじ開ける様に追い抜いていく水雷の一団。
突撃型航空戦力が最短距離を吶喊するのならばと、船足の在る駆逐と軽巡は
やや大きめの弧を描き、回り込む様な航路で吶喊を試みる。
大型艦よりも遠く、それでも猶、大型艦よりも速く。
七駆と足並みを揃えていた神通が、言うまでも無いですがと、一言だけ置いた。
「大型艦の背中を拝むような間抜けは、私が沈めます」
「わーお、相変わらずの神通さんキタコレェ……」
ぼやき、冷汗を流しながらも、迷い無く駆逐艦4隻は進む。
その様な有様の集団を追いかける様に、3隻の軽空母も前進をしている。
「何で私たちまで吶喊しているんでしょうかッ」
「いやだって、ほら、置いていかれたら良い的にしか成らないしッ」
半泣きの龍鳳の言葉へ、遠い目をした飛鷹が返した。
「相変わらず龍驤サンの艦隊は地獄だなー」
やけっぱちの様な隼鷹の言葉が、全てを物語っていた。
―― ブルネイ第四航空戦隊、初手、全艦突撃
『うぉるしんぐまちるだ 10』
僅かに離れた海域、ゴポリと音を立て浮かび上がった駆逐イ級と、
襟首を噛まれ引き上げられた体に成る詰所提督が居た。
追いついた駆逐古姫が、航空煙幕に晒された被害者の様相を見て取る。
水を吐き、咳は酷いが段々と収まっていく。
眼は充血し、肌は僅かに赤く腫れているものの、特に危うい気配は無い。
「人間ト言ウモノハ……本当ニ脆イ」
安堵の吐息に重ね、溜息の様な言葉が零れた。
「まったくだ」
寄せては返す波かの如く、海面に揺蕩う漂流物が言葉を返す。
僅かに離れた海域より響く、轟音と悲鳴が海面を揺らす。
そんな騒がしさの傍らに、何をするでも無い、静かな時間が訪れている。
乗り上げた駆逐イ級と共に揺れながら、詰所提督が言葉を継いだ。
「―― 大陸でさ、藁の様に死んでいったんだ」
かつての陸上自衛軍、大戦時に大陸へと展開していた連隊。
海域断絶により孤立した後、前線を後退させ幾つもの拠点を巡り、
半ば匪賊と化した様々な勢力より民間人を守り続けた。
「たくさん殺したし、死んでいった」
声高に語られる事も無い犠牲。
「そう言えば、兵隊さん有り難うと言ってくれた子が、呉で座りこんでいたな」
言葉を、騒楽の傍らに生まれた静かな空間に、ふと思い出した様に挟む。
「度シ難イネェ」
「まったくだ」
互いの苦笑が鉛の混ざった空気を僅かに軽いものに変えた。
「連隊の夢は破れ、誇りは死に、海軍で飼い殺される日々」
軽い口調は嘆息の音色で、穏やかな日々をそう評す。
「雷 ―― レ級がさ、言ってたんだ」
浮薄な面と、しかし真面目な瞳で、古姫の瞳を覗き込みながら口を開いた。
「キミが、後で口説いてくれるって」
言葉が染みるまで僅か、間を置いて赤面が在った。
「度シ難イネッ」
「まったくだッ」
場違いな笑い声が響く。
そして塗り潰す様な、爆音。
音に釣られる風で周囲を見渡せば、水平線に数多の影が乗せられていた。
天球を半に分けるが如く、鏡写しの漆黒と色彩。
無数の深海の勢力と、膨大な艦娘の群れ。
「懸命ナル者ナラバ、大人シク投降スルベキダロウサ」
気が付けば鉄火場は大戦場の序曲と化し、
勢力定かならざる集団に包囲をされている有様。
それもまだ、ヒトの側ならば何処にでも逃げ込めると語る。
僅かの間が在り、互いの顔を覗き込む。
汚れ、やつれた互いの口元が、僅かに歪んでいた。
「誰カラモ望マレテイナイノナラバ、私ガ求メヨウ」
鳴き声で同意を示すイ級が、帆先を回して意を溜める。
「何処マデモ行コウ、行ケル所マデ」
振り向き背を向けた古姫が、眼前の戦場を睨む。
詰所提督は包囲を抜け、東南へと向かう。
「西には未来が在ると人が言うな」
「他ニハ何ガ在ルノヤラ、ダネエ」
背中越しに軽口を交わし合った。
「見に行くか」
「必ズ会イニ行ク」
会話の終わり、互いの航跡が真逆を描いた。
(TIPS)
誰そ彼の灯が窓から差し込んでいる。
何処とも言えぬ場所は何故か懐かしさを覚える風情で。
燃え上がる様な色彩に染められている提督執務室には、影が見え、
置かれている鉱石ラジオから流れる不規則な雑音。
レ級の前に在る影は、雑音を静かに聴いていた。
「皆で一緒に作ったのよね、鉱石ラジオ」
気が付けば傍らに艦娘が在る。
「古イ洋楽ガ好キダト、言ッテイタナ」
アタシらが沈んだ後の歌ばっかだけどなと哂うのは深海の戦艦で、
肩にかからぬ程度の茶の髪を持つ駆逐艦は、暁型三番艦、雷。
ガチャガチャと音を立て、影がラジオを操作した。
その度に様々な曲の言葉が途切れ、意味の無い不快な連なりと化す。
「何処ヲ聞イテモ泣キ言バカリダ」
「そういう歌しか、聞くのを許されなかったのよ」
―― 風に吹、想像し、西へ、魂を買、アメリカで、西へ
黒と茶の同一艦が、途切れ途切れの楽曲を聞き流す。
「ルイジアナニデモ住ムツモリダッタノカネ」
レ級の肩を竦めた嘆息に、優しい声色で雷が言葉を返す。
「サンフランシスコかもよ、消えたけど」
「西ニ向カウニハ、尻ニ覚悟ガ足リナカッタンジャネ」
あら下品と驚く顔に、呆れた顔色のままで深海が背を向けた。
背中越し、ようやくに影の動きが止まり、楽曲がまともな連なりを見せる。
「もう充分に報いたわ」
互いを視界に入れないまま、雷の言葉だけがレ級に届いた。
無言のまま、深海の戦艦が自らの頬を撫でる。
言葉の無い中、湖畔で羊を捕まえ料理すると、ラジオが歌った。
「もう終わっても良いのよ」
雷は、なおも言葉を募る。
帰ろうと。
そして、暁たちの元に戻ろうと。
無言のまま、レ級は執務室の扉を開ける。
何故と、その背中に掛けた言葉に少しだけ振り向いて。
人を食った様な笑顔で一言だけを返した。
「ロックだろ」
それは、たしかにレ級と化した雷の言葉であり。
生きて貴様らに裁かれるものかと、
官憲に追われた放浪者が、湖に身を投げてラジオの歌が終わった。