水上の番外編   作:しちご

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結 うぉるしんぐまちるだ

磨り硝子越しの視界。

 

砲声が響き。

破片が散る。

 

どれほどの時間が過ぎたのか。

 

至近の棲艦が砲を受け砕け散る。

相対する艦娘が爆炎に艤装を砕く。

 

硝煙の中。

 

駆逐古姫の中ではもはや全てが、夢と現の境すらも曖昧に成る。

 

意識にも乗らぬ一撃が、鎧袖一触とばかりに重巡を砕く。

 

―― 出戻りばかり すね

 

ああそうだ、穏やかに微笑む彼女は沈んでいた。

 

―― カツ ね、カツが食べ いわ

 

ご飯をくれた彼女も沈んでいた。

 

何もかもが終わったあの時。

 

―― 羽 は、 ――  柄は

 

立派だったと、ただ一言しか伝える事が出来なかった。

 

微笑みの中で泣いていた彼女に。

 

力が、欲しかった。

 

間に合うだけの速力が。

打ち砕くだけの火力が。

 

沈まぬだけの装甲が。

 

もう二度と。

 

目の前に居る。

 

もう二度と、貴女が涙を流さぬ様に

 

それが血塗れに成り吹き飛んで行く。

 

もう二度と、誰も嘆かずに済む様に

 

悲鳴が爆音に連鎖して響き続ける。

 

―― ああ、そうだ

 

「何デ、コウナッテシマッタ、ノ、かし、ら」

 

気が付けば腹が無く。

 

崩れ伏す。

 

私は、何処で間違えたのだろう。

 

歓声の中も戦闘は続き、海面に揺蕩う自分が瘴気と散っていく。

譲れぬ、譲りたくない何かだけを残して飛散していく。

 

浄化の火に炙られ。

 

全てが遠く、朧と霞む。

 

次は、次が在れば、自分は誰の傍に生まれ直すのか。

 

あの日のシンガポールに居た彼女の傍か。

あるいは、何処か頼りない航空戦隊の鉄面皮か。

 

崩れる。

 

「―― 約束」

 

ああ ―― そうだ

 

していた。

 

間違っている。

 

ああそうだ。

 

間違っている。

 

だが、それがどうしたと言うのだ。

 

見えぬ視界の先で、口元が歪む。

 

―― どこまでも行こう、行けるところまで

 

最後に、一言だけ。

 

「コノ恨ミ ―― 晴ラサデオクベキ、カ ――」

 

戦火の傍らに沈む。

 

放たれた呪いは、火薬の海原に溶けて消えた。

 

 

 

『うぉるしんぐまちるだ last』

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

電影の画面には定番の番組が映り、世代を越えて馴染み深い音楽が流れる。

 

「そういえば昔も、支那にゃ四億の民が待つ、とか謳ってたのね」

 

最近の巷の報道には、何某につけ大陸や東南アジアに縁を繋ぐものばかりで

 

様々なリスクを越えて経済活動を活性化させようと言う思惑が

透けて見える様々に、少しばかり昔を思い出した伊19が溜息を吐く。

 

誰が聞いているわけでもない言葉が室内に消えれば、扉の開く気配。

 

「お土産でありますよー」

 

憲兵屯所にお気楽な声が響いた。

 

松山銘菓、坊ちゃん団子。

 

求肥を抹茶、黄身、小豆の三色の餡で包んだ三色団子である。

 

夏目漱石が松山に赴任していた折、気に入っていた櫛の団子を

著作で紹介したために有名になり、銘菓として定着したもので、

 

元々は湯晒し団子と言う名称で、小豆餡一色の櫛団子であったが、

道後温泉名物として、作品の名に肖り坊ちゃん団子と呼称する様に成った。

 

20世紀末に童謡、だんご三兄弟のヒット時に馬鹿売れした記録が在る。

 

松山の様な救い難い糞田舎にも、赤シャツやマドンナの様ないけ好かない

新時代は訪れており、坊ちゃんや野太鼓の様な古い生き物は居場所を無くしていく。

 

そんな凄まじい地元こき下ろし作品に対して、容赦無く内容をガン無視して、

坊ちゃんとヒロインと愉快な仲間達的な観光資源として活用していく姿勢は

 

或る意味、手の込んだ意趣返しと言えるのかもしれない。

 

そして出張土産の箱を囲み、お茶を淹れてきますねと給湯室に向かった春雨と、

書類の受け渡しをしながら適当な会話を交わす伊19と、あきつ丸。

 

胃に穴が開いて補強増設されそうな光景を横目に、電が口を開いた。

 

「結局、今回の騒動は何のためだったのですか」

 

適当な器に、団子を出しながらの問い掛けと、手早く一本。

 

「いやーまさかこんなことになるなんてだれもおもわなかったのねー」

 

果てしなく平坦な棒読みが在る。

 

駆逐艦のジト眼を何処吹く風と受け流し、団子を咥える潜水艦。

少しばかり苦笑を零した揚陸艦は、例えばですがと前を置いて言葉を零した。

 

「深海との戦いは、これからも延々と続くでありますな」

 

そうなると必要な物が、との言葉を伊19が継いで語る。

 

「例え和解できない相手でも、最低限の話は通じて貰わないと困るのね」

 

丁度今回、とても都合の良い人間が1人ばかり国を出た所と。

 

「深海に鈴を ――」

 

零れた思い付きを、遮る様に隊の長が言葉を重ねる。

 

「以前の、大陸の手が入った闘士様などは論外であります」

 

手元の櫛を回しながら、気の無い言葉。

 

「まあ別に、仲良くするとまで行く気は無くても、最低限」

 

留守を守っていた者が2本目に手を出しながら言う。

 

「日本で育ち、日本語を解し、日本人の価値観を持っていれば」

 

言葉の途中で団子を食み、途切れた音をあきつ丸が継いだ。

 

「実に便利でありましょうなー」

 

白々しい結論が室内に響いた。

 

「随分と都合の良い話なのです」

 

肩を竦めたまま下っ端が感を漏らせば、ひとつだけ理由をと上役が。

 

「呉の提督に、陸自あがりの元連隊長が居るとか」

 

それきりの静寂。

 

彼の提督が、閑職とは言え詰所を任されたのは呉の旗下故の事と。

そこまでの想到に至った電が、硬い声色で一言だけを問う。

 

「売り渡したのですか」

「これほどに大きな騒ぎに成ったのに、でありますか」

 

海軍、全鎮守府をあげての大海戦。

 

大量の友軍と、それに匹敵するだけの都合が良く豊富な敵。

 

「日本国としては、全力で対処したのね」

「被害も少なくは無い、完全に被害者でありますな」

 

まるで、両者が示し合わせて待ち合わせをしたかの様な。

 

「たまたま、物事が都合良く収まっただけなのね」

「日頃の行いでありますなー」

 

ぬけしゃあと語られる建前に頭痛を覚えながら、

どれだけ日頃の行いがろくでもないのかと、溜息を零す聞き手。

 

「まあ、主犯は憲兵ではありません故」

 

愚痴を吐く自由ぐらいは在ると語る黒尽くめに、肩を落とす水兵服。

 

「何にせよ、これからの深海相手の交渉は、呉が主導する事になりますな」

 

国内の勢力争いの混沌へと投じられた一石。

 

そんな言葉に重なる様に届けられたお茶を、のんびりと春雨が配り始める。

おお怖い怖いとお道化る姿に、今は一杯のお茶がと受け取り零す猥褻物。

 

「何の話だったのですか」

「ただの夢物語なのねー」

 

端的すぎて意味の無い会話。

 

「いつか言葉を重ね、明るい未来がやってくるかもとか言えれば綺麗ですな」

 

綺麗なのねー、綺麗なのは大事でありますなー、なのですー。

 

遠い目をして棒読みの言葉を発する3隻に、春雨の笑顔が軽く引き攣った。

 

そして茶を啜り、団子が消費されていく穏やかな昼下がり。

何とは無くと生まれた静寂を、壊さぬ様な自然な風情であきつ丸が口を開いた。

 

様々な生き物の中で、ただ、ヒトだけがと。

 

「目を開けたまま、夢を描く事が出来るのでありますよ」

 

会話に居なかったせいで、意味のとれないまま首をかしげるお茶汲み係の横で、

今度こそはと盛大な溜息を吐き出しながら、気苦労担当が言葉を返す。

 

「寝言は寝て言うのです」

 

失笑にも似た表情だけが、憲兵屯所に残されていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

海面が盛り上がり、巨大な何かが天を衝く。

 

鯨の如き威容の、太平洋深海棲姫の巨大な艤装の口元が開き。

レインボーとばかりに吐き出されたのは、2隻の個体。

 

ぺいっと音が聞こえた様な気がした。

 

前衛的な姿勢で海面に配達された荷物、戦艦レ級と駆逐古姫の

苦情を述べようとした口元から吐き出されたものは、言葉ではなく海水。

 

そして暫し、海上に乙女の尊厳的な何かが崩壊する様な音が響く。

 

「モウ少シ運ビ方ヲ考エヤガレッ」

 

深海の怨念溜りから無酸素層を抜け、海面までの直行便で在った。

 

寄せられたクレームを鯨に乗って、何処吹く風と受け流す深海棲姫に、

それで提督は何処さと聞く古姫へと示されたのは、視線の先に在る海面。

 

引っ繰り返った筏。

 

波に玩ばれ目を回している、深海筏の動力と化していた駆逐イ級と、

その傍ら、輸送ワ級に海中から引き揚げられている詰所提督が在る。

 

「壊滅シテイヤガルーッ」

「テカ、何デチャッカリ復活シテルノサアッ」

 

俄かに騒々しくなった海域を脇に、深海棲姫が興味無さげな欠伸をした。

 

蒼天は音が聞こえるほどに高く。

 

そして胸を押し付けながら救助活動を続けていた輸送艦を

古姫が追いかけ回して暫く、艦隊の体も整い誰とも無く行き先を思案する。

 

「比較的平和ナ北方トカ、激戦区ダケド大西洋ニ向カウノモ良イカモネ」

 

目を逸らしながら、駆逐古姫が夢を語った。

 

「ハッハッハ、現実ヲ見ロヨ、クチコキ様」

 

人の夢と書いて儚いと読む。

 

「人間ガ居住可能ナ拠点ヲ確保シテル姫ナンテ、暇様シカ居ネエゾ」

 

レ級の実も蓋も無い一言に、詰所提督と言う洞窟探検家級の軟弱を

備えてしまった古姫の顔が歪む、言葉が無くとも伝わるほどに、嫌そう。

 

苦悶の百面相で多角的に嫌さを表現している姫と、締め上げられているワ級

あたりを脇に置き、戦艦レ級がイ級を撫でる提督を気楽に旅に誘う。

 

とりあえずの行き先はニュージーランド離島ハウス、将来的にはタヒチとか。

 

「ツマリ、南ダッ」

 

無駄にテンションの高い断言に、一行の気炎が上がった。

 

合流を断った鯨は再び深海へと潜り、艦隊は目的に帆先を向ける。

 

漆黒の艤装が、向きを変え奔る海風を切り裂いて、耳元の髪を揺らす。

 

イ級の引いている筏の先で、騒々しくも奏でられる喧騒を背中に

先導していた戦艦が、ふと、懐かしい記憶を思い出した。

 

そうあれかしと望み、果たせなかった夢を。

 

見れば、強奪してきた羅針盤の針は固着して、

晴れ渡る空は航跡に光を注ぎ、様々は遠く。

 

そして海原に亡霊が歌う。

 

遥か遠く、湖に身を投げた放浪者の歌を。

 

青空の下で、海原の上で。

 

―― Waltzing Matilda

何処へでも好きな様に彷徨い行こう

 

―― Waltzing Matilda

マチルダと呼ばれる襤褸を道連れに

 

過去に消えた提督に、その忠実な初期艦が望んだ様に

 

―― You'll come a-waltzing Matilda with me ?

お前も一緒に彷徨わないかと

 

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