水上の番外編   作:しちご

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上を向いて歩こう

しゃぶしゃぶなどに使われる、中央に煙突の付いた中華鉄鍋には蟹が茹っとる。

バンコクまで帰投しつつ、艦隊の艦娘で打ち上げと洒落込んどる最中。

 

請求は呉に回す。

 

目の前にある蟹出汁に沸き立っとる鍋に、海産物や肉野菜を放り込み、

火を通して食べる料理はスキーと呼ばれとる、タイの名物料理や。

 

まあスキーは略称で正式名称はスキーヤキー。

 

タイのスキヤキと言う意味でタイスキとも呼ばれとる。

 

「何でスキヤキなんですかね」

 

鍋の灰汁取りをしながら、鍋の向こうに座っとる(なみ)が言うた。

 

「ウチらが沈むちょい前あたりに生まれた、戦後の有名歌手が居てな」

 

マレー沖海戦の日に生まれた有名歌手、坂本九。

 

「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」など数多くのヒット曲を持つが、

そのうちの一つ、「上を向いて歩こう」が世界的な大ヒットと成った。

 

のだが、海外に輸出され発表された当初はまったく注目をあびなかったと言う。

 

「うえをむいてあるこう」と言う日本語の発音が難しい、と言うかそれ以前に

ローマ字で書かれても何と読めば良いのかわからないと、意味不明が過ぎて。

 

そんな何語だよコレと言う微妙な空気の中、音源収録時に雇われたバンドなどの

関係者が、発音しやすい仮名としてスキヤキの歌などと言い続けて暫く。

 

もういっそと、そのままスキヤキのタイトルで改めてレコードを売り出した。

 

そして大ヒットである。

 

英国ではスキヤキであったが米国ではスキヤカ、これは後にスキヤキに改題される。

仏蘭西では星の降る夜と呼ばれ、何故か阿蘭陀は忘れ得ぬ芸者ベイビーと呼んだ。

 

それはともかく、要するに60年代にスキヤキと言う単語が世界を席巻したわけや。

 

「んなわけで、日本風鍋料理やからとスキヤキと言う名前が定着した」

 

50年代、もとの発案者がスキヤキが好きで、しゃぶしゃぶと寄せ鍋から思いついた

このタイ式日本風鍋料理をスキヤキと名付けたとか言う由来もあるんやけど、

 

人気を博し国内に普及していった60年代、改めてタイ語の料理名が付く事も無く、

そのままスキヤキと言う名前が世間一般に定着したんはそのせいやとか。

 

ちなみに日本の鋤焼きはタイでは鉄鍋牛肉(ヌア・グラタ)と呼ばれとる。

中華風鉄鍋(グラタ)での牛肉(ヌア)料理って意味やな。

 

漬けダレ(ナームチム)お皿に取り分けますね」

 

などと蘊蓄っとったら隣に座っとる牛乳、もとい潮が皿を回してきた。

 

タイスキの特色と言えば漬けダレ、店や個人、各店舗や各ご家庭には

そこだけのナームチムが在るとか、タレの味がそのままその店の味なわけやな。

 

ナームは水でチムはタレ、液状のタレって意味の言葉や。

 

んで今回の赤い液体はタイでよくある組み合わせ、要は酢と砂糖が多めのチリソース。

 

「スウィートチリ、キタコレーッ」

「あ、龍驤さん、ポン酢の方が良かったですか?」

 

何かハイテンションでソースを蟹出汁で割って辛さ控えめにする漣を横目に、

牛乳の頭をぐわんぐわんと撫で揺らす、うん、質量も揺れまくりやわ。

 

何やろな、こう、何でもかんでも茹でてタレを漬けて食うわけなんやけど、

落ち着いて考えてみると、どっちっかてーと水炊きのノリに思えてくる。

 

そんな事を考えながら他の席の鍋を伺えば、既に出来上がっとる飲酒母艦組や、

利根に面倒見られとる鍋には七駆の残り2隻、って空気おかしいな。

 

何やろう、朧が固まっとる。

 

固まった表情の上には、短めの髪にしがみ付き震えとるペットの蟹的ナマモノと、

その視線の先に在る、甲羅を割られて出汁を取られ続けとる鍋の蟹。

 

あ、はい。

 

「大丈夫よ朧、居るのは龍驤さんだからッ」

 

重ねて赤城さんや加賀さんじゃないからと、必死の様相で曙が言う。

 

そんなボノたんの、一航戦への理解が深い感じが滲み出とって泣けてくる発言に

蒼白なまま、それでも凛々しく引き締まった決意の表情で朧。

 

「い、いえ、旗艦の方が望むのなら、この身を捧げるぐらいの事は」

「駄目じゃこやつ、五航戦の方に居たからか滅私奉公が身に染み付いておるッ」

 

利根が頭を抱えとる。

 

そして、静かに目を逸らした漣が挽き肉海苔巻きを鍋に入れる。

笑顔のままそっと体の向きを鍋に戻した潮が、ヤングコーンを皿に取る。

 

そしてウチはとりあえず、目を逸らしながら久々の豚肉をしゃぶしゃぶり、

泊地に帰ったら一航戦と五航戦に説教やなと、心に決める食事時やった。

 

 

 

『そこにすかさず水面蹴り』

 

 

 

春日丸改め大鷹さんを誘って食事外出と洒落こんだのは私、島風です。

 

 

【挿絵表示】

 

 

龍驤ちゃんと神通さん不在の隙に我が世の春を謳歌していた泊地浪費組が、

あらかじめ仕込まれていた各種トラップの発動と同時に無力化され、

 

 

【挿絵表示】

 

 

具体的には、今まさに如月ちゃんにドナドナされていってる加賀さんとか。

 

まあともかく、走り回っていた陽炎隊も少しお休みが出来まして、いざ外食。

 

以前の深海棲艦南冥大進攻のせいで入り江だらけになったブルネイ沿岸ですが、

 

首都に限らず各都市でも、復興の熱気はそれなりに経済を回している様で、

セリアを横断するテンガー通り(ジャラン・テンガー)などの再建が着々と進んでいるわけで、

 

その様な労働者が集まる環境に生えてくるモノと言えば、そう、屋台です。

 

クアラブライト港湾からセリアに向かって難民屋台が結構連なっていまして、

何かもう最近は屋台街の様な雰囲気を醸し出している感じなのです。

 

そんなわけで軽く髪を隠しながら屋台屋台。

 

まあブルネイはそもそも海域断絶前は観光客などが多く、非ムスリムの女性が

結構わらわらと歩き回っていたせいで、髪に関してはかなり適当なんですけどね。

 

とは言え住み着いてる側からしたら、気を使っているアピールは必要とかで。

 

「島風さんに随伴してもらうのも、久しぶりと言うのですかねー」

「懐かしいよねー」

 

改めていつでも護衛するんだぜとか言ってみると、ちょっと喜んで見える。

 

思い出すな遥か昔、

 

護衛で随伴している間に、延々と龍驤ちゃんを語り続けた大鷹さん。

 

それはもう延々と。

 

…………そうか、艦娘に成った後に何か妙に龍驤ちゃんが身近に思えたのは

何割かは大鷹さんのせいだったんだ、今更に思い出して自覚したよ。

 

「そういえば龍驤さんは」

「あッ、あの屋台美味しそうだよね、よね、行ってみようかッ」

 

危ない、またエンドレス龍驤ちゃん語りが始まるところだった。

 

いやまあ聞くのは良いのだけど、その前に何か食べ物を調達させてくださいと。

 

「鉄皿……ではなく鉄鍋で雑炊、いえ、ぱえりあとか言う料理ですか」

「タイスキだね」

 

適当に寄ってみた屋台には火に掛けられた浅底の鉄鍋がいくつか、

たっぷりと入れられた(カオ)の中で、汁がグツグツと音を立てている。

 

「タイ・スキーヤキー、タイの日本風鍋料理だよ」

「鍋と言う割に雑炊の様な見た目ですが」

 

とりあえず二人前注文しつつ、ご家庭用的チープな机の椅子に座り、

各種ソースを並べて場所を確保しつつ、適当に会話で時間を潰す。

 

「鍋料理なんだけどね、最後の締めにご飯や麺を入れるんだ」

「ああ、その締めの部分を屋台で売っているのですか」

 

タイスキの定番の締め方として、ご飯などを卵と一緒に入れて

醤油で味を調えてタイスキ雑炊とかにして食べるのが人気なわけだけど、

 

その人気の締め料理は、これもまたタイスキとしてよく屋台で売っている。

 

「タイスキと言えば、テンモーパンだよねー」

「すいません、同意を求められても、てんもーぱんとは何かがわからなくて」

 

西瓜(テンモー)回す(パン)、つまりは西瓜のスムージー。

 

よくわかっていると言う風に、隣の屋台で売っていたので二人前を確保。

 

そんな準備万端の席に、出来上がった浅底の鉄鍋がドカリと直置きされ、

吹き上がる熱気と海産物、醤油の魅力的な香りが無遠慮に顔を撫でて来る。

 

うん、刻みネギが目に嬉しい、そして大豆醤油、まあシーユーだけど。

店によってはナンプラーやオイスターソースだったりする。

 

そして口に運んで最初に叩き込まれるのは、熱量。

 

鶏出汁の中で、うん、海老だ、熱、これは鶏肉、熱、香ばしっとり、菜、熱。

 

鉄鍋を火に直でかけて、そのまま机にどんと出されるだけあって

限度と言う物を軽く越えてくるとんでもない熱量が身体を蹂躙する。

 

泣けてきそうなぐらいの熱さの中で、意識もせずにテンモーパン。

 

赤道直下から一気に南極へと至った口の中に、スッキリ爽やかな甘さが滲む。

 

「ちょっとまったり」

 

あ、大鷹さんが首後ろと眉間を押さえてのたうってる。

 

「スムージーあるあるだよねー」

「ぬをおおおおおぉぉ……」

 

そんな一気に冷えた血液が、脳髄を蹂躙する苦痛に喘ぐ犠牲者は置いておいて、

まったりとタイスキの続きを楽しんでいく、熱いけど、冷たいけど。

 

鶏出汁でサッパリ風味なのはブルネイだからなのかな。

 

タイスキ屋台は、他にもトムヤンクン風味とか結構バリエーションがあるのです。

 

何か後に来たお客さんが米粉麺のタイスキを頼んでいて、

そんな選択肢もあったのかーとか、言い合いながら鍋の中身を消費していく。

 

終わった頃には汗もかいて、引いて。

 

「うん、冷たさが足りない」

「あ、私は素直に炭酸で」

 

適当に飲み物の追加を頼みに行く、大鷹さんの護衛的お昼外出でした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

深夜の居酒屋鳳翔で、提督の座るカウンターに一人鍋が置かれている。

 

「今日はタイスキです」

 

店主の鳳翔が、たまには私も龍驤さんみたいに異国料理をなどと言い、

陰陽の如く二つに区切られた火鍋子、中華風鉄鍋を用意して暫く。

 

鍋の陰陽には、それぞれ昆布出汁と鶏ガラ出汁が沸き立っている。

 

そして並べられた幾つかの食材と、各種ソースを眺めて提督が口を開いた。

 

「何か、日本のしゃぶしゃぶ食べ放題とかで見た感じだな」

「ええ、龍驤さんが以前語っていましたが、それも当然かと」

 

浮かんだ疑問を特に否定しない店主の言葉に、はてと首を捻る客への説明。

 

何でもエスニックブーム以降、日本でタイスキを流行させようと試みては

サッパリ人気が出ずに消えていくと言う事案が、何度か在ったと語る。

 

「それで平成の終わり頃に、考え方を変えて試みた店が在ったそうなんです」

 

タイスキと言う名前を捨てて、しゃぶしゃぶダイニングと言い張った。

 

「えーと」

 

つまり現在、日本で定着しているしゃぶしゃぶ食べ放題のお店は、

実はしゃぶしゃぶの専門店ではなく、しゃぶしゃぶで食べる事も出来る、

 

タイスキのお店なのだと語る。

 

聞いたまま記憶を思い返し、何度か頷いて感を零す。

 

「道理でナンプラーだのチリだの、エスニックなソースや出汁が豊富だったわけだ」

「お肉や練り物、お野菜や茸などと具の種類が多いのも特徴ですね」

 

言葉を交わしながら薄切りのブリの切り身に火を通し、

皿に取り分けたポン酢をつけて、ご飯に乗せる。

 

葱、七味、大根、マナオと薬味もより取り見取りだ。

 

「ところで鳳翔さん」

 

食べ進みながら、合間に自然な様相で一言が挟まれた。

 

「これ、しゃぶしゃぶだよね」

 

食材も出汁も、どこをどう見ても純和風だと。

 

軽く視線を外し、はにかみ乍ら肯定する。

 

「バレましたか」

 

そんな鳳翔の深夜であった。

 

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