水上の番外編   作:しちご

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牛に触れろ

罪重なりヒトの行いの醜さを告発しているかの如き書類の塔の圧力は、

機械的に判を押している龍驤に、砂に染み込む水の如くな苦行を課し続け。

 

「何で私が居なかったのかしら」

 

頭上から掛けられた足柄の、そんな言葉を死人の瞳でスルーしつつ。

 

「海軍全鎮守府参加の大海戦、だったのよね」

 

張りの良い胸元は今も小柄な軽空母の後頭部で形を歪めており、

その適度な質量の圧力に、既に龍驤の魂は涅槃へと去っている。

 

「何で私が居なかったのかしら」

 

死人の瞳でスルーしつつ。

 

「うげふッ」

「ついに血を吐きおったッ」

 

乳置きに現れたストレス性の急性なアレの症状に、顔色を無くす利根の反応も

何処吹く風と、押し付ける胸と問い掛ける言葉は終わることが無い。

 

「ねえぇ、りゅうじょおぉちゃああぁあぁん……」

 

そんな伍子胥の故事に倣うが如き、屍者に鞭打つその有様の、

今日もエクストリームで執務作業な秘書艦業務のブルネイ提督執務室であった。

 

 

 

『今すぐにだ』

 

 

 

穴の開いた胃を修復剤で塞ぎつつ、路傍にバンブーを担ぐ。

 

英語では一律バンブー言われとるが、日本語やと竹の類は竹とバンブーに区別される。

 

大雑把に亜熱帯に生えとるんが竹で、熱帯がバンブーや。

本州が北限にあたる日本あたりは竹の産地で、ブルネイやとバンブーに成る。

 

まあ竹なんやけどな。

 

主だった相違点として、竹は地下茎から生えて竹林を構成しがちで、

バンブーは株からエノキの様にまとまって生えて、コロニーを形成したりする。

 

密林に生えると、密集した竹の束が熱帯の植物に混ざって散見されたりする感じ。

酷い時は指すら入る隙間も無いほどの密集ぶりやから、生垣なんかに適しとる。

 

そう言えば、日本で生垣とかに使われとる蓬莱竹あたりはバンブーか。

 

まあ竹なんやけどな。

 

それはともかく、手ごろに伸びとるバンブーを1本調達して歩く。

先端には鎌をどうにかして括り付け、別に山刀でも鉈でも何でもええんやけど。

 

そんな竹槍の親戚の様な竹長刀を両手で持って、高枝切り鋏の要領で。

 

ココナツを落とす、スコンと。

 

ブルネイに限らず東南アジアでは椰子の木がえらい生えとって、

油椰子から油をとったりココ椰子からココナツとったりと、至る所で大活躍で、

 

まあ何つうか要するに、泊地周辺の街路樹にも椰子が延々と植えられとるわけで。

 

こうやって間引いてやらんと当たるねん、ヒトの頭に、ココナツが。

 

落ちた瓦に当たってヒトが死ぬ様な感じで、ココナツに当たってヒトが死ぬのも

正月に餅を食って死ぬ事案レベルで、まずは無いが国内人口で見れば確実に毎年居る。

 

そんな東南アジア何とも言い難い微妙な死因ランキング、上位常連と言う塩梅。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ていやー」

 

とりあえず随伴してきた陽炎隊4隻が、街路椰子をピシバシとチャンプる頃合。

 

「落とすんは1個ずつやでー」

 

景気良く落としては避けと、駆逐艦の回避力を存分に発揮している集団に声を掛け。

 

「一気に落とすのはダメなの?」

 

首を傾げて疑問を呈して来た島風に、無言で道端の死体を指し示す。

 

ドタマに大量のコブを作って倒れとる赤い一航戦。

 

「ああなる」

「ああ、なる」

 

単発より散弾が避け難いのは当然の話ではあるやな。

 

「ここらへんから先の椰子には実が成ってないみたいよ」

 

爽やかな風が吹き抜けていた空間に、天津んの声掛けが在って視線を向けた。

これまでの上部がワサッとしとる椰子と違うて、幹の先端が軽く締まっていく様な椰子。

 

「そこらからのは大王椰子(ロイヤルパーム)やな、実は成らんけどまあ叩いといて」

 

どうでも良いが、椰子の実から採る油がココナツ油で、油椰子から採るんがパーム油や。

 

「ぬわ、何か小さい実が降ってきた」

 

でも危険と言うほどでは無いわよねと、首を捻る被弾済。

 

そんな疑問を呈してきた天津風に、無言で道端の死体を指し示した。

 

椰子の葉の下敷きに成って潰れとる青い一航戦。

 

「こうなる」

「わぉ」

 

重いんよな、大王椰子の葉。

 

とりあえず何も見なかった振りで、椰子の葉を揺らしに入った2隻を見送りつつ、

このココナツ目当ての死体どもをどうするべきかと、処分に頭を悩ませるあたり。

 

「何でこう、歩いているだけで命の危険を感じなくては成らないのかしら」

「いや、家屋の瓦が落ちてくるレベルに、まず起こらんからな」

 

―― ズイハンニハカゲロウガタ ズイハンニハカゲロウガタ

 

被害艦を避けながら、落ちたココナツを背負い籠に入れつつ陽炎が感を漏らせば、

随伴には陽炎型姉妹と、そっと小声で刷り込んでこようとする不知火の怪。

 

わお、根に持たれとる。

 

冷や汗を振り払いつつ、島風も姉妹に入れるんやなと軽い気持ちで聞いてみたら、

何か闇の底を覗き込んだような、泥色の瞳で返答が帰ってきた。

 

「陽炎型の19番艦は島風ですよ」

「秋雲、知らない子ね」

 

振り向き様に気が付けば姉がいっぱいと、衝撃を受けとる新人末っ子は置いといて。

 

「いや何があった、キミら」

 

聞けども返らぬ、虚空に無明の闇を見出している長女と次女の無言に、

反対側から感情の籠らない平坦な声で、九女が一言だけを差し込んでくる。

 

「新作で、島風くんの毒牙にかかったのは陽炎型兄弟だったわ……」

 

静かに、大連結だったわねと遠い目をして零す陽炎型長女の姿に、

触れてはいけない話題だと言う事だけは、よくわかった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

何やら空間が緑色に染まっている。

 

「姉さまが、少し薄情だと思うのです」

 

空母寮、龍驤の部屋でキッチンから帰ってきた雲龍に向かって天城が言った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

何時もの様に雲龍が抱えている龍驤が、皿に盛った筍を一欠け、

バンブーを調達したついでに採ってきた筍である、

 

葛城の口に押し込んだあたりの話になる。

 

「味もそのまんま筍ですね、日本の筍と何か違うとことか在るんですか」

「アクが強いねん、実はコレ3回茹でとるんや」

 

雲龍型長女と次女の愁嘆場を他所に、末の妹と先達が呑気な会話を交わす。

 

「流石に常夏の国なだけあって、採れる時期とかもええ加減でなー」

「南国って素晴らしいですよねー」

 

まったりとした空気の上で、いつも龍驤師匠ばかり構ってと不満を漏らす妹に、

おいでと片手を広げた長女の、肉体相応に豊富な包容力が披露されたため。

 

「ああッ、龍驤さんがッ」

 

久々に雲龍型サンドの具と成った武勲艦へ、平たい胸族の嘆きが響いた。

 

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