書類の地獄も煉獄程度に収まった頃合。
ラヴをバーニンさせる余地も無いほどに燃え尽きた金剛が、
そっと末の妹の手で窓から捨てられる、そんな穏やかな執務室の昼下がり。
突如に蒼天を駆ける爽やかな風の如き笑みを湛えて入室したのは、
最近に装甲空母への再改装を果たした正規空母の瑞鶴であり、
張り付いたままに固まった笑みが、その内心を物語っていた。
「すいません龍驤さん、元凶を知っていますか」
「横須賀第3提督室や」
主語の無い問いに対し、打てば響くような即答。
そしてそのまま張り付いた笑顔を微動だにさせず、通信機に何事か打ち込み
退室していった様相に、居なくなってから後に提督が疑問を呈す。
「ああほら、瑞鶴って艦娘とか関係ないとこで、元々人気の空母やん」
問い掛けに龍驤が、少しばかり言い難い声色で返答を紡げば。
「扶桑や山城の艦橋が無駄にド派手で格好良い、みたいな話か」
「そうそう、空母なら赤城か瑞鶴かって感じやな、艦船の人気で言えば」
関わりの不明な会話がしばらく続く。
そして不自然な、静寂。
先程まで言葉を繋げていた軽空母は、そっと窓の外に視線を向けた。
「全通甲板の空母赤壁の後番組は、魔女っ子ズイカクだそうや」
後日の事、横須賀鎮守府にて複数の五航戦に因る爆撃が、
第3提督室を木っ端微塵に吹き飛ばした件についての苦情が、
ブルネイの龍驤宛てに送り付けられて来たのは余談に成る。
『幸運は怪物を作る』
俄かに騒がしくなった泊地の夜、鳳翔厨房でフライパンを傾ける。
溶かしたバターの上澄みを掬った澄ましバターで、ガーリックを揚げて
風味を付けた後、それなりの赤身牛肉を揚げるように焼き上げていく。
ついでや、せっかくやからローズマリーでも放り込んどこか。
何や終戦を迎えてインドネシアに浸透しとった中国兵も引き上げていき、
華僑勢力もその勢いを衰えさせて、一区切りついたかと思った途端に、
何でか紛争が激化して完全な内戦状態に成りおったそうで。
「なーんでこうなるのかクマー」
おかげでインドネシア泊地の面々が、5番泊地に一時避難の有様。
「まあ、インドネシアやからな」
そして、空母嫌いと空母勢の間に挟まれて胃に穴をあけていた軽巡長女が、
間宮の宴席肉祭りもたけなわと、鳳翔に避難してきたカウンターの手前。
一緒の逃避ついでに、バターで肉を焼いとるわけで。
少し前にサラが好みの焼き方やと主張しとったねん。
澄ましバターは不純物が無いから焦げにくく、牛脂よりええ感じに焼けるとか。
普通のバター焦がして焦がしバターにするのも、風味が付いてええらしいけど。
いやまあ、うん、確かに焦げんな。
「インドネシアが何だってさ」
そして言葉を返したのはカウンターの球磨の横、疲れた様相の司令官。
「まあ何や、皇族の居ない日本の戦国時代を、無理に国として纏めた様なとこや」
「近代の表現で言えば、複数部族の混成国家として成立ってとこかクマ」
「聞くからにカオスな」
例を挙げれば、織田と懇意な日本国の鉄道計画を、上杉が懇意の中国にリークして、
オーストラリアから金を貰った大友が計画書を強奪して上杉に、とかそんな感じ。
「中から見るとひとつひとつの行動に理由が見えて、納得は出来るクマー」
「外から見ると、ひとつの国の支離滅裂な行動にしか見えんけどな」
詰まる所、制御不能な複数部族の寄り合い所帯って感じの国や、言語まで違うし。
「綺麗な言い方をすると、インドネシアは義によって動く国なんや」
「遠回しに頭イカれてるとか言いきんな」
などと、ぐい呑みを空けながら司令官が言う。
「それでもー、各勢力の橋渡しとか泊地総出で頑張ってたクマよぉ」
次いで響く、おビール様片手にカウンターに突っ伏したクマの嘆き。
「終戦で部族間抗争が収まらず、むしろ激化って感じか」
「いや、単純にオーストラリアあたりが全力で実弾入れとんのやろ」
インドネシアの国力削るためなら何でもするからな、あの国。
「何でオーストラリア」
何か突然別の国名が出てきたなと首を捻る司令官に、補足を入れる。
「ちょい地図を想像してみ、東南アジアの南側」
海があって、ブルネイがめり込んだマレーシアがあって、その南。
「ほれ、オーストラリアを封鎖する様に伸びとる異教徒の国発見」
「うわぁ」
話しながら、傾けたフライパンの溶けたバターを匙で掬い、
肉の上から回し掛けて上下から揚げ焼きをする、巧く火が通る様に。
「インドネシアは、成立以降ずっとオーストラリアの明確な敵国や」
肉と脂の暴力的な香りが漂う店内に、司令官の想到が在った。
「あーそうか、オーストラリアの親中反日路線って」
「敵の味方に成る先進国、つまり日本が大嫌いって話やな」
んで、敵を北から叩いてくれる中国と仲良くできたかってーと。
「敵の敵はやっぱり敵やったと」
「身も蓋もないクマ」
んなわけで、やっぱ日本とは仲よくしよう派が盛り返しとるとか、また。
「そう鮮やかに何度も掌を返されてもな」
「ちゃうでー、おーすとらりあはゆうこうこくやでー」
「あめりかともなかよしで、だいじなゆうこうこくくまー」
「いや何その棒読み」
アメリカの手前って話や、言わせんな。
「さんざん嫌がらせしてきた糞外道だけど友好国クマ」
「泊地を作る予定がまったく無いけど友好国やな」
「行動から本音が漏れ出しまくっているな」
適当な会話を交わしながら、火の通った肉を焼けた鉄板皿に盛り付ける。
ミディアム気味に焼いて、寝かさず熱いまま食べるのがお薦めだとか。
そのための澄ましバター様や、にやりんぐ。
「ほい、サラ監修のアメリカ式牛ステーキ」
暴力的なまでにシンプルな、塩胡椒のバター焼き、うぃずローズマリー。
「同じの球磨にもプリーズ、くま」
「ほいほい」
焼くでー、澄ましバターはまだまだ在るでー、むやみやたらと在るでー、
バターフライ作って配ろうとした阿呆をシバいて没収したからな。
つか面倒やし試みにオーブンで焼いたろか。
「しかし、まともな交流も無いのによく最近の情勢を把握できているな」
ナイフを立てながら、司令官がそんな感じの疑問を言ってきたので、
一切れと切り分け、肉の中に残る柔らかそうな紅をそっと指し示して一言。
「オージービーフ」
カウンター付近の時間が止まる。
「ああ、受け取ったコンテナはそんな意味だったのな」
少しばかり後に漏れた声は、どことなく避難関連処理からの疲れが見えて、
ハイライトの消えた目に、食欲をそそるバターの芳香が絡みつく様な夜やった。
(TIPS)
ヒトは、いつも夢を掴むべく手を伸ばす。
そして今まさに、確かな夢をその手に掴もうとした島風型駆逐艦の掌は、
だがしかし、無情なる世の常の如く何も掴む事が出来ずに空を切り。
身を翻した戦友の横、つるぺたと何か含みの在る音を立てながら滑りこけた。
のどかな朝方の泊地に、天使が通り過ぎた様な静寂が訪れる。
しばしの無言が歩み去り、床の上に伸びているナマモノがジト眼を向けながら、
薄情に回避を果たした駆逐艦に、何一つ疑問を含まない素直な声色で問い掛ける。
「何故避ける」
「何故に揉む」
具体的に言えば、長波の胸部で豊かに実っている夢と希望である。
その手に望みを掴み損ねた指先は、床の上でわきわきと蠢いていた。
「長波ちゃんの長波様のうち右波様は私の取り分と決定されたのだ」
「何時何処で誰が決めやがったそんなトンチキな事」
右波様が夢を担当していたらしい。
「先週ヨー島で夕雲型の総意」
「初耳なんだがッ!?」
冷静な返答に、姉妹の秘密会議にハブられていた4番艦の叫びが返る。
「ちなみに左波様は激闘の末に高波ちゃんが持って行った」
「左右で別の人格がありそうな感じに名付けんな」
激戦であったと言う。
「あーもう、誰か止めなかったのか、夕雲姉とかッ」
いつのまにか姉妹にバラ売りされて買い手まで付けられていた駆逐艦が、
波打つ髪を掻きむしりながら、現状の打開を模索して疑問を零した。
「夕雲さんは左膝の裏波を死守していたよ」
「夕雲姉ーッ」
夢も希望も無い一言が島風から齎され、南冥に長波の嘆きが木霊した。