水上の番外編   作:しちご

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仕事を追い立てよ

スコールと言えば雨を思いがちだが、実のところ雨を伴う強風の呼び名である。

ただ、その烈風は頻繁に豪雨を伴うため、雨の呼び名と誤認されがちだ。

 

叫びと言う意味が語源との説があり、踏まえるならば叫風とでも充てるべきか。

 

「んー、雨の日は出不精になってしまいがちだけど」

 

折からのスコールに見舞われた泊地、轟音の中でポツリと、夕立が零した。

 

視線の先、風雨が叩き続けた執務室の窓は灰色と化し視界は消えている。

暗闇よりも先の見えない薄明の景色を見つめる瞳は、死んでいた。

 

「でも、外に出かけるっぽい」

「逃がすかあぁッ」

 

即座に背後から、閃く布地の下から白い物が見えるも構わず、

3隻の特型が全力ダッシュ5秒前だった白露型駆逐艦を捕獲する。

 

「ぽーぃ……」

 

そのまま獄卒衆に席へと引き摺り戻される哀れな亡者。

 

既に3回ほど逃げ出して利根に捕獲されていた龍驤と提督は、

容赦無く席に荒縄で縛り付けられ、魂を吐きながら光景を見つめていた。

 

 

 

『追われるよりは幾らかマシだから』

 

 

 

ブルネイは、晩夏のあたりまでは乾季が続く。

 

際限無く気温が上がるせいもあり、赤道近い常夏の国ではあるんやけど、

夏っぽい感じの気温の変化に、季節の移り変わりを感じない事も無い。

 

「そのせいか、6月に降られると梅雨って気分になるな」

 

盃を傾けながら、カウンターの司令官が言うた。

 

例によって例の如く残業明けの時間帯で、人の居ない居酒屋鳳翔。

夜半に緞帳の如く厚く、針金の様な雨が壁を叩いていた。

 

俄雨、と言うには余りに極端な風情。

 

「しかしまあ五月雨や、とか言うにはちと激しすぎるわな」

 

濡れていこうなんて言うた日には、マッハで見事な濡れ鼠。

 

「そういや五月雨って、なんであんなわけわからん読みなんだ」

「言うまでも無いやろけど、五月雨には言うたらあかんで、それ」

 

さてと、本土から回ってきた初鰹、言うにはちと遅い感じの鰹を軽く炙りつつ、

細かく説明でもして調理時間の暇潰しと洒落込むかね、小ネタも挟んで。

 

()の神さんってのが居るねん」

 

宇迦之御魂神、要するにお稲荷さんやな。

 

普段は山頂あたりの神域に居って、この神さんの神域との境界が(「さ」かい)

境の所にある垣根が(「さ」く)、そして膝を折り礼拝するからサを拝む(しゃがむ)

 

「これが稲作が始まりそうに成ると、山から降りてくるわけや」

 

そして降りてきたよと開花を以って人に知らせるわけで。

 

「そして花に宿り、やからその花の名を稲御座(さくら)と言う」

 

まあ要するに古代、桜の開花は稲作の時期を計るのに重宝しとったわけやな。

 

「宿った神に供物、歌舞を含むそれを捧げ賑やかに騒ぐ、つまり花見や」

 

何もかもが眠りにつき御霊が増える時期、殖ゆ(ふゆ)が終わり、

(ハレ)の季節に呑んで歌って騒げと言う、そんなノリ。

 

儀式(はなみ)の時に神がおわすから桟敷(「さ」じき)、人は芝の上に居るから芝居」

 

転じて貴賓席と一般観客席って感じの言葉に成るわけや。

 

そんな感じで春先にまったりと降りてきて、人の側でもいろいろと準備が終わり、

さあ田植えだと気合が入る本番時期が陰暦五月、つまりサの月で皐月。

 

「そしてサの神に巫女として選ばれるんが早乙女、それが田に植えるから早苗」

 

古い言葉だけあって、五月女とか皐乙女とか表記が乱れまくっとるけど、

要するに田植えをするサの巫女やからサオトメと呼ばれるわけやな。

 

「んでサが乱れ、水が垂れるから五月雨」

「このようやくたどり着いた感」

 

もともと五月雨るとか形容詞で使っとった言葉や、乱れと水垂れの両方の意味で。

 

「さてここに、薬味を嫌がらせの様に乗せまくった炙り鰹の刺身がある」

「タタキって感じだな」

 

それがまだちゃうんやなあと、切り身の上にラップを引いて。

 

「リズミカルにひっ叩く」

「何でだ」

 

両手の先あたりを使って、ドラマー的気分でスパパパパンとな。

 

「ひっ叩いて無理やり薬味を肉に叩き込むから、鰹の叩き言うんや」

「本気か」

 

由来の一つやな、思い切り日持ちせんようになるから、店売りではやらんけど。

まあちゃんとした呑み屋なんかでタタキを頼むと、たまに叩いてくれたりする。

 

「そしてええ感じに脂ッ気を消せる、この微発砲日本酒を添えて」

「え、何、もしかして豪華なのかこの皿」

 

言われてみたら何か贅沢やな。

 

「うわ、薬味の気配が無茶強い」

「ぶっ叩いて成分出しまくっとるからな」

 

何だかんだ言いつつも手早く消えていく肴と酒に、そこはかとない満足感。

 

「でもま、叩きやと旬の鰹の方が良かったかもなー」

「あー、薬味が強いと、脂が乗ってる方が良さげだな確かに」

 

まあ縁起物だしコレはコレでと、不満の無い感じに盃が空く。

 

「そういや、何で昔は旬の鰹じゃなくて初鰹が持て囃されたんだろうな」

 

最初の鰹だからかねと疑問を述べる司令官に、もっと身も蓋も無い理由やと一言。

 

「薬味を贅沢に使える時代は最近やで、山葵が使われる様になったんも江戸時代中期」

 

つまりと促す雰囲気に、肩を竦めて結論を出す。

 

「薬味無しに旬の鰹なんざ食えるかい、脂っこくて」

 

話している内に音も消え、雨上がりの湿気が熱帯夜を覆い始めていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

単冠湾泊地に、横須賀より一通の手紙が届く。

ネルソンより、ウォースパイトに宛てて。

 

 

――おまえたちよ、雑魚バストという名の艦たちよ

 

 よく聞け

 

 心して聞け

 

 おまえたちよ、雑魚バストという名の艦たちよ

 

 よく聞くのだぞ

 

 おまえたちよ、雑魚バストという名の艦たちよ、

 

 おまえたちの過ちをわたしは明らかに示し

 おまえたちの信条をわたしは非難しなければならない

 

 さあ、聞かせてやろう

 

 乳とは、乳とはだな

 何が正しくって、何が間違っているかだ

 

 乳とは、何が正しくって、何が間違っているかだ

 

 何が正しくって、何が間違っているかだ

 

 小さい胸と大きい胸

 垂れない胸と垂れる胸

 

 戦うためさ

 

 遠くで名高く

 

 遠くで名高い英雄の戦いを何が引き起こすのか

 遠くで名高く、英雄の戦いを何が引き起こすのか

 

 英雄の戦いを何が引き起こすのか

 

 はしたない艦爆をもいだり

 あるいは脇の贅肉を狙う

 

 血まみれの戦争だ

 

 血まみれの戦争だッ!

 

 

そのあたりで、ウォースパイトが笑顔のまま手紙を床に叩きつけた。

 

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