水上の番外編   作:しちご

33 / 49
居酒屋鳳翔夜話

定時終業、何と聞こえの良い言葉か。

 

32時間ほど休み無しで執務室に居った気もするけど、

定時に終わったんやから定時帰りや、間違い無い。

 

床に米製防空爆乳やクマの死体が転がっとった様な気もするけど、

そんな物は見なかった事にすれば何の問題も無い、お憑かれ様や。

 

そして清々しい気分で殺り甲斐の在るバックホームな職場から

アイムホームにゴーホームと洒落込もうとした所で、

 

物陰から鳳翔さんが横っ飛びに飛びついて来たわけで。

龍驤さんのホームは厨房ですよって、止めてや否定し辛いやん。

 

「鳳翔さんもなー、昔ブラック勤務で大本営に怒られたクチやからなー」

 

そんなこんなで厨房でグラスを磨き、カウンターに座る利根の相手。

 

「聞いた話では馬鹿4隻まとめて怒られた上に、特に酷いのは龍驤と」

「ウチのログには何も無いな」

 

明後日の方向を向いて煙に巻けば、丸めた青葉日報で軽くツッコミが入った。

 

 

 

『NGワーオ いつものこと』

 

 

 

「しかし何じゃな、相も変わらず紙面が懐かしいと言うか」

 

青葉日報の広告欄を眺めながら利根がそんな事を言えば、

時間差で駆け付け隣に席をとった司令官が、首を捻った。

 

「ほれ、こう言う広告の事じゃ、新人艦娘向けの復刻広告」

 

軽く紙面を傾ければ、随分と古めかしい雰囲気の広告が目白押し。

 

「随分とレトロな紙面だと思ってたが、新人向けなのか」

 

気軽に補足を入れる、時代が変わって新しい物も随分増えたんやけど、

古いまま続いていたものなんてのも結構あるわけで。

 

「まあ艦娘人気にあやかって、各企業から復刻品とかも出とるみたいやけどな」

 

そうなると必要なのは新規の入力ではなく情報の更新と。

 

「更新と言われても、古い広告が役に立つのか」

「浦上靖介商店とか日鳥印の日賀志屋とか言われてもわからんやろ」

 

聞いてみればさっぱりと応えが在る。

 

「百貨店か何かか」

「ハウス食品とS&B食品や」

 

ほれここと指し示せば、旧名と現在名が併記されている復刻広告。

 

【挿絵表示】

 

浦上商店のハウスカレー、日鳥印のカレー粉、コカコラタンサン。

並んで愉快な漫画「原子力人造艦娘陸奥」、最後ちょっと待て。

 

「三ツ矢サイダーとかも旧三ツ矢シャンペンサイダーとか書いとるな」

 

指さし示せば視線を戻した利根と見つめ合い、しばしの無言。

 

「注釈を入れる意味があるのかの」

「誰も呼んどらんかったわな」

 

昭和33年のマドリッド協定、要するにシャンパンはシャンパーニュ地方の

商標だから他の地域の商品には使うな協定を40年に日本が批准し、

 

企業の請願も却下され、シャンパンと言う名称が国内で使えなくなってしまい、

三ツ矢シャンペンサイダーは三ツ矢サイダーに改名された経緯が在る。

 

うん、でもな。

 

広告にすら三ツ矢サイダーとしか書いとらんかった事例多数やんかと。

いやまあ、正式名称やと広告面積食いまくるからやろうけど。

 

「茶屋の幟も三ツ矢サイダーとしか書いておらんかったよな」

「横に金線サイダーとか短い名前が並ぶから、仕方無いんやろうけどな」

 

まあ瓶にはずっとシャンペンサイダーと書いとったけど。

 

「つーか三ツ矢サイダー人気だったのか」

 

戦時中もずっと海軍に納入してくれとったでとか言えば、利根が言葉を継ぐ。

 

「海軍と言えばラムネじゃが、贅沢と言えば三ツ矢サイダーじゃったな」

 

士官や古参兵は三ツ矢じゃったとの言葉に、司令官が首を捻る。

 

「違いがわからん」

「三ツ矢サイダーは有料やねん」

 

ラムネは基本無料やったけど、三ツ矢サイダーは酒保で買う品目や。

 

「あ、それそれ、大和型にラムネ製造機が積まれたとか言うのはよく聞くけど」

 

積んでない艦も無料ってのはどういう話なんだと聞いてくる。

 

「大和型言うか、製造機は基本大型艦には全部乗っとったな」

 

ウチにもな。

 

そーなんだーと頷く司令官に、肩を竦めて気軽に答える。

 

「製造機言うと大仰やけど、ぶっちゃけると単なるハンドルやから」

 

疑問をおぼえた顔に、横の利根が手をくるくると回しながら説明をはじめた。

 

「こう、くるくる回すハンドルに瓶をはめ込んで回せるようにするじゃろ」

 

瓶にボンベを繋いでガスを入れて。

 

「して砂糖水を入れた瓶にボンベの炭酸を入れて、引っ繰り返すのじゃ」

 

口を下にしたら中のビー玉が落ちて、内圧で内側から押されて栓に成り完成と。

 

ふむと頷いた聞き手が、つまりと結論を求めたので真面目な顔で。

 

「ボンベ買ってくれば人力でイケる」

「陸に寄るたび、炭酸ボンベを仕入れに走ったものよの」

 

「ああ、だから駆逐艦でもラムネが無料、なわけか」

 

つかそもそも、ラムネが無料なのは何でだとか疑問を重ねてくるので。

 

「ラムネが無料やなくて、レモネードが支給されとったねん」

 

微妙な違いを言えば、利根が会話に乗せてくる。

 

「まあラムネではなく、砂糖水の支給と言う名目であったな」

「海軍シロップやからクエン酸入りのな」

 

そんな端的な回答と何でまたとの疑問顔に、補足説明。

 

「大航海時代に、数多くの壊血病対策が試されたやろ」

 

中にはザワークラフト積めるだけ積み込みまくったキャプテンキッドとか、

船内で萌やしを育てた明や清と言った、偶然の正解も在るんやけれど。

 

何が正解かなんてわからんビタミン発見の遥か前の話。

 

当然、効果は無かったけど定着してしまった対策なんてのも存在する。

 

「英海軍の、船員全員にレモネード支給とかな」

 

その流れで日本海軍も、レモネードが乗員に支給される伝統に成ったわけや。

 

「んで賢い誰かが、消火器を突っ込んだらラムネになるんじゃねと」

 

「どういう発想だ」

「炭酸消火器の時代やったねん」

 

艦の規模や火力の大型化に伴い、薬剤の消火器に更新されていったと。

 

「睦月型や初期の金剛型とかには積んでおったはずじゃの」

 

そこらへん金剛さんとか詳しそうやなーとか、平和な声の合の手を入れる。

 

「シロップは厨房、ガスは人力、結果としてラムネは無料と言う事じゃ」

「そして三ツ矢サイダーは有料や」

 

言いながらサイダーを広口のコップになみなみと注ぐ。

 

「どさくさ紛れに売上をとりにきておるなッ」

「ええかげん何か頼めやコラッ」

 

すっかり店員が板についてとの言葉を全力でスルーする。

 

苦笑交じりな司令官の、なら三ツ矢でとの注文を受け、

追加のコップに注ぐ無色透明、磨かれた炭酸飲料。

 

「しかし今の三ツ矢は、怖いくらいに透き通っておるの」

 

グラスを明かりに透けさせてから口を付けた利根に、首を捻る現代人。

 

「ウチらの頃の三ツ矢は琥珀色やったな」

 

「入っている成分が違うのか」

「シロップをカラメル化させとったんや」

 

まあ当然、味も微妙に違う。

 

三ツ矢が初期に輸入して使ったシャンペンシロップに倣ったとか何とか、

つかカラメル化は流行と言うか、内容物の誤魔化しが効くと言うか。

 

「海軍厨房のシロップも、カラメルの砂糖水割りやったからな」

 

つまりさっき話したラムネも色付きや。

 

「んでクエン酸とかの香料をポイ、分量は艦によって違ったな」

「おかげでラムネにも、それぞれの艦の味があったのう」

 

作り置きのシロップと炭酸あるから、今ここで龍驤ラムネが作れるでとか笑う。

 

「んで、三ツ矢が透明に成ったんは戦後やな」

 

戦時中に砂糖の供給が止まり、合成甘味料を使いながら軍に提供を続け、

終戦後も流通は止まったままで、そのまま製造販売を続けて。

 

やっと昭和26年に砂糖の流通が復活して、三ツ矢サイダーが合成甘味料から

砂糖に切り替えた「全糖三ツ矢シャンペンサイダー」と新装したんや。

 

「んで、全糖っぽさを強調する感じで、その時に透明に成った」

 

「全糖っぽさって透明なのか」

「色付きは廃蜜や二等以下の糖って印象やったからなあ」

 

透明やと、見るからに良い砂糖使ってんなって感じやな。

 

「現代の日本じゃ黒蜜すら砂糖を使ってるけどな」

 

ウチらの頃は廃蜜全盛やったなと。

 

「どんな感じだったんだろうな」

 

「いや、そこらの菓子屋の安い黒蜜、廃蜜再利用の代物やで」

「近場で菓子を食うと、たまに懐かしい駄菓子の気風を感じるの」

 

東南アジアも廃蜜全盛、要するにそこらの味やと言えば、天を仰ぐ司令官。

 

「まあ、これはこれで良い物よ、贅沢な感じで」

 

苦笑を滲ませながら、利根がグラスを室内灯に翳して言った。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

騒々しく奏でられる鳳翔の夜も落ち着いて。

 

「龍驤ちゃんを迎えに来ましたー」

「依頼のサラトガさんの笑顔が段々凄みを増してきています」

 

利根が筑摩に回収されていって暫く、司令官に飲み食いさせとったら

何や島風と天津んが来襲して来てそんな事を言う。

 

「よっしゃ、そのまま鳳翔さんに泣き落としや、ラムネ奢ったるから」

 

せっかくなので店主のメンタルにダイレクトアタック。

 

「司令官が」

「俺かよ」

 

そして売上は確保。

 

ラムネラムネと鳴き声をあげる駆逐艦型ゾンビが店主を襲う光景が在り、

苦笑とともにもう上がって良いですよと言ってくれる優しい鳳翔さん。

 

いや待って、タックルから拉致されてきた被害艦やからなウチ、優しくなかったわ。

 

「ラムネ製造機欲しかったんだよねー、艦だった頃」

「軍艦じゃないと積めなかったんですよ」

 

かくてラムネを齧りながら司令官と軽い会話を交わす駆逐艦2隻。

 

「菊の御紋みたいなもので、ステータスなんですよラムネ製造機って」

 

天津風が補足を入れていけば、島風が思い出しながら言う。

 

「私も何度か申請出したけど、駆逐艦が馬鹿言うなって却下され続けたし」

 

欲しかったーと悔しそうに言う言葉を受けて、

両方を持ち合わせていたウチは、そっと目を逸らした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。